83.見てはいけない何か
「……二人じゃ無理ならどうする?」
「やっぱり無難にあれに対抗できる人を連れてくるか僕達が対抗できるようになるか何らかの魔導具で見たらいけないと思わせる何かを無効化する……それぐらいかな?」
二人で敗北宣言を告げた後帰り道が分からないのでその場に岩のテントを造り上げると作戦会議をする。しかし出てきたのはすぐに対策が立てられそうに無いものばかりだ。
「……そもそも見たらいけないと思わせる何かが分からない。魔導具を作るにしても何を無効化するか分からないと作りようがないよ」
「むしろ魔導具が作れるってことに流石魔族と驚いたよ」
「?別に魔族だから作れる訳じゃない。原理さえ理解すれば誰だって作れるよ。ただ良いのを作ろうと思えば才能は必要だけど。今回みたいに無効化するだけなら比較的作るのは簡単、でも無効化対象が分からないから無理」
「何かが分かれば良いんだけど……試すのも怖いしね」
「ん、治せるなら治すけど発狂させたり死に至らすものならどうしようもない……いや、発狂だけなら治せるけど元の精神構造かは分からない」
「それは治ったとは言えないんじゃないかなぁ?」
少年の苦笑の気配にスイは頷く。
「でも実際どうしようか。中間地点から脱出するだけなら出来るよ」
「脱出しても外に対応できる人が居ない。あまり有意義とは思えない」
少年の脱出の提案にスイは首を振る。アスタールは創命魔法の対象となっているが不完全な上に元は人族だ。あまり対抗出来るとは思えない。クライオンも来た時に投げ出したのだ。その後攻略しに来ていないということはそういうことだろう。
「……いっそ無効化じゃなければ?」
スイが呟いた言葉に少年が顔を上げる。
「どういうこと?」
「見なければ良いんだよ。最初から攻略法は提示されてた」
「見ないで倒すと?けど何かの拍子に目を開けたら終わりだよ?」
「だから見ない魔導具を作る。見ずに倒せる?」
「それは……うん」
少年が少し悩み目を瞑ると頷く。
「次は倒してみようか。仮称闇のもの」
少年がそう言って笑顔になる。
「…………あっ、うん」
闇のものというネーミングに苦笑の気配を漏らしながらスイが頷くと少年が少しショックを受けていた気がした。
――剣国の勇者――
「……サングラスにしか見えない」
その魔導具を見て真っ先に思ったのはそれだ。真っ黒く塗られたレンズ部分にリムまで真っ黒でリムの橋渡しをするブリッジ部分は何故か赤色。鼻当ては赤色だがツルは真っ黒でしっかり開閉できるようになっている。色こそ不思議なことになっているが形は完全に眼鏡である。
ウラノリアの娘と思われる少女は拓也の言葉は聞こえていなかったようで作った眼鏡を当てては首を傾げている。どうやらサイズが合わなかったようだ。ちなみにこの眼鏡製作速度はたったの五分である。すぐに対策が立てられないとは一体なんだったのか。
「うわっ、真っ暗だ」
眼鏡を付けると途端に視界が暗転する。黒いレンズだからとかそういうレベルではない。目が無くなったかと錯覚しそうな程だ。歩くこともかなり厳しい。しかし付けずに歩きふと遭遇してやられましたよりマシだと拓也は思い一旦外そうとした手を下ろす。
「手を繋ぐよ」
少女はまだ付けていないらしく拓也の左手をぎゅっと握る。その小さな柔らかい手の感触に拓也はふとこの女の子に世界の命運という途轍もない重責が掛かっているのかと思うと不憫に思えてならない。
そんなことを思っていると少女もまた眼鏡を付けたらしく小さく「暗い」と呟いたのが聞こえた。少女の手は未だしっかりと握られたままだ。拓也は何故か無性にこの少女のために動いてあげたいなと思った。そんな意思を込めて手を握り返すと少女がこっちを見た気配を感じた。
「行こうか」
何かを聞かれるのが嫌で拓也は少女の手をエスコートするかのように引っ張る。少女が今は見えないようで良かったと拓也は感じた。こんな守るという意思を込めた男の顔などフード越しでも見られたくないから。
――スイ――
一切の光を通さない無形の闇がスイ達の視界を覆う。スイは少しやり過ぎたかなと感じたが万が一の可能性を感じると妥協が出来なかったのが事実だ。はっきり言って感じたあの魔物の脅威度は尋常ではない。恐らく視界に入れなくてもあれはかなりの危険な魔物だ。知性こそ感じられなかったが凶獣と思っても構わないだろう。
ならば初見殺しの見敵殺しとでも呼ぶべきあの能力以外にも初見殺しの数々を持っているはずだ。だからはっきり言ってまだ行くのは反対したいと言えば反対だった。しかしやつの能力を明かす方法が無いことを考えるとこれ以上の対策が持てなかったのも事実。
故に常に警戒するしか方法が取れない。スイにとって凶獣自体は知性ある存在でなければ一方的に倒せる程度の相手でしかない。しかしそれは舐めた行動を取って倒せるというものではない。今回でいうなら視界の制限だ。只でさえスイの素因は完全に治っているわけではないのにそこに制限を掛けるなど自殺行為に等しい。
「……でもやらないとね」
スイの呟きには気付かなかったようで少年は前を向いて歩いているようだ。スイの懸念はそれだけではない。そもそも帰り道が分からないのだ。前に進んでいるつもりで下がっていたら意味が無いのだ。しかしこの懸念も意味が無い。脱出は出来るらしいが脱出したとしてその後来たらまたこの辺りで転移してしまうのだ。結局道が分からないのは一緒である。
「行き当たりばったりはあんまり好きじゃないんだけどな」
スイの言葉は少年に聞こえたみたいで苦笑の気配を感じた。少年もまた行き当たりばったりだとは思っているようだ。いやむしろ思わないわけがないか。誰がどう見ても行き当たりばったりだろう。
そんなことを思いながら歩くと突如として背後に気配が発生する。その瞬間まるで示し合わせたかのようにスイと少年は飛び退ると同時に背後に向かい魔力を撃ち放つ。
「獄炎!暴禍!」
「終末の光!転曲剣!」
スイの左手からは赤黒い炎が全てを切り刻む暴禍を纏って射出される。少年の右手にはいつの間にか握っていたイグナールがありそれを振るうと極光と呼ぶべき光の波が発生する。イグナールに何らかの魔法を作用させているのか刀身の先がぶれたり曲がっているように感じる。壊れないアーティファクトだから出来るが通常の剣なら決して出来ない魔法だろう。
「ギィヤァアガュギュアィァァァ!!??」
耳障りな声を上げて背後に居たそれが下がる気配を感じた。なのでスイは躊躇わずに追撃のために魔法を使う。少年も同じ結論に至ったようでかなりの魔力を練り上げる。
「天雷!」
光がその場を支配する。天上より降り注いだ雷光は狙い違わず当たる。狙いも何も背後のほぼ全域に降り注いだので避けられるわけがないのだが。
「龍咆!!」
少年がイグナールを指揮棒のように持ち刺突するとその先から赤い光が現出する。威力はかなりのもののようで当たった場所はその存在を焼失させていく。
「ギュイアァァアギャガァ……!」
悲痛な声を上げてその何かが倒れる。しかしまだ生きている。そのため油断せずにスイはかなりの魔力を込めてしぶといその魔物に止めを刺す。
「極撃」
力ある言葉で魔法を唱えグライスを降り下ろす。その瞬間生まれたのは世界さえ分かたつ究極の一撃だ。身動きが取れないままその魔物は分かたれる。
完全に死んだのが分かったのでスイは胸を撫で下ろす。少年は生きているか気配では分からないらしくまだ警戒しているようだ。
「まだ見てはいけないって継続中かな?」
「いや生きてる最中だけだったみたいだよ。何も感じない」
少年の問いに否定を持って答える。先程まで感じていた強烈なその能力だが死んだ今では何も感じない。スイはそれでも防御魔法を唱えてから眼鏡を外す。目の前に居たのは◇》ヽ―\゜
「……ごめん。大丈夫だけど想像以上にきつい」
「どういうこと?」
「えっと、名状しがたい何かだったってこと。防御魔法を唱えてあげるから見てみる?」
「見ても大丈夫なんだよね?」
「一応大丈夫」
「なら見てみるよ」
少年に防御魔法を唱えると眼鏡を外す。目の前に出現した◇》ヽ―\゜に少年が目を逸らす。
「……何これ?」
「……さあ?」
「何というかこう……正七面体とかみたいな決して出来ない何かが手と足を構成させて胴体は無しみたいな存在に感じたよ?」
「へぇ、私には同じ位置に固体と液体と気体が混ざりあって全く別の存在になった蜘蛛のような爬虫類のような蛸みたいに感じたよ」
「……お互いに想像できない何かなんだね」
「……みたいだね。滅茶苦茶な存在だっていうことは良く分かった」
二人で頷きあうとスイが魔力を右手に溜める。その行為に少年もまた左手に魔力を溜める。
「獄炎」「天炎」
スイの手からは赤黒い炎が、少年の手からは煌めく白炎がこの世界に現出し屍を焼き払う。屍はゆっくりとその姿を灰に変えていき風に拐われその灰も何処かに消えていく。
「……さて、行こうか。道分からないけど」
「そうだね。行こう。道分からないけどね」
それを見た後に二人して微妙に締まらない会話をしてまた歩き出した。深き道の道程はまだ長く続く。
スイ「さてどっち行こうか?」
少年「任せるよ」
スイ「じゃああっちで、ちなみに私方向音痴らしいから」
少年「じゃあ何で決めた!?」




