81.生を呪う者よりお届けされます
「骨の屋敷とは本当悪趣味だなぁ」
拓也はそう呟きながら内部を歩いていく。外側に結界があるため荒らされていたりはしないが年月による風化か所々壁が崩れていたり足元が割れていたりとちょっとしたお化け屋敷のようになっている。
目当ての物を探すため現在は片っ端から部屋を開けては落胆するを繰り返しているのだがそろそろ飽きてきた。殆どの部屋はただの個室なので目ぼしいものが全くと言って良いほど見付からないのだ。
「まあこれだけでもそれなりの成果なんだろうけど……」
たまに効果が分からない魔導具や宝石の類いを見付けるがこれはこの屋敷に居たであろう使用人達の物なのだろうか。だとしたら相当裕福であったのだろう。一介の使用人が宝石を装飾品にして過ごすくらいなのだからと考えたところでこの屋敷が仮にも魔の大陸を治めていた魔王であることを思い出して納得した。
「……ん?この部屋……何か違和感が?」
妙な違和感を感じて拓也は出ようとした足を止め中に戻る。今まで見た部屋と殆ど変わらない部屋だ。なのに何故違和感を感じるのだろうか。拓也は部屋を見渡す。すると違和感を一番感じるところを発見した。部屋の扉だ。先程から変わっているわけではない。しかし拓也の感じる違和感は扉が最も強い。
「う~ん、何かありそうなんだけど……」
拓也が扉をぺたぺた触っているとカチっと音がした。
「ドアノブに……何か物凄い小さいボタンが」
肉眼で見えるがドアノブの色と完全に一致しておりパッと見る限りでは殆ど見付けられないだろう。しかも付いてあるのは付け根付近なので出るときに触ることも無い。
「でも……何も起きないね」
音はしたが特に何かが起こった様子もない。部屋の中の家具が動くことも何処かで動いた音が鳴ることもない。少し待ったが時間差という訳でもなさそうだ。拓也は落胆の息を吐くと部屋を出る。そしてそこで固まった。
部屋の外にあった筈の廊下は消え薄暗い部屋が出現した。中に入ると自然に扉が閉まる。拓也は指輪から適当な長さの棒を出すとつっかえ棒にする。その部屋の中心には長方形の板が浮かび上がっていて頼り無さげな光を放っている。
「……もしかしてさっきのボタンが原因かな?」
扉の影に隠れていて見えないが後ろを振り返る。すぐに前を向くと長方形の板に近付く。拓也が触れるか触れないかといった所まで近付いた瞬間に長方形の板が割れ中から光が溢れた。咄嗟に光から目を逸らす。光は淡い光だったのですぐに顔を戻すと目の前に青年が立っていた。立っていたというのは語弊がある。何故ならその青年は光の上に立つようにして浮いていたからだ。
「ホログラム?」
「あ~あ~、えっと録音できてるよね?多分出来てると見て始めようか。まず始めにこれは録音であって現在の私が喋っているわけではないことを知らせておく。なので君か君達からの質問には答えられない」
拓也の想像通りだったようで青年に触れられない。まあそもそも録音と本人が言っているので確かめる意味はなかったかもしれないがこういうものは自分の手で試したいので無駄ではなかったと思うことにする。
「さてと、何から話せば良いかな。ああ、そうだ。私の名はグレウフェイトと言う。恐らく歴史に全く残らないだろうが魔王ウラノリア様の直属の部下であり研究者の一人だ。そして今はあの若造……ヴェルデニアにやられ逃げ隠れている。あいつの持つ魔神王という素因は我等魔族達にとって天敵過ぎる効果を持っているのだ。それさえなければあんな若造にしてやられることなど……失礼、取り乱した」
青年はすぐに落ち着きを取り戻すと謝罪する。
「今これが再生されている時代でヴェルデニアが倒されているならば良いが倒されていない場合どうか倒してもらえないだろうか。もしもウラノリア様が亡くなられてから千年以上経っているならば私達が命を込めて造り上げた少女が生まれている筈だ。その子と協力して倒してくれ。私からの願いはそれだけだ。と言われてもやはり足踏みするのは居るだろう。だから君又は君達が倒せとは言わない。この異界の奥深くに入れるのだからある程度の実力はあるとは思うがヴェルデニアには遠く及ばないだろう。その少女しか恐らく倒せるまでに至れるのは居ない筈だ。いや居るかもしれないが出来たら……まあ私達の娘と呼んでも良い子が倒すのが嬉しいだろう?」
そう言って少し照れたように笑う青年。
「それでその私の、いや私達の願いを聞いていただけるのならば奥の部屋に入ってくれ。そこには私達の研究の成果等が置かれている。その部屋にあるものは全て持っていってくれて構わない。まあ盗賊じみたものならば願いは聞かれないだろうがそれもまた良し。私達は恐らく亡くなっていてもう使うこともないだろうから」
そう寂しげに青年は話すとすぐにその表情を消し前を向く。
「ではそろそろ私は消えよう。このメッセージを聞いた者よ。頼む。この世界に平穏をもたらしてくれ。願わくば君が、君達が善人であることを」
深々と頭を下げたまま青年は薄れるようにして消えていく。拓也はその姿に静かに頷く。
「まあ分かったよ。その子次第だけどさ」
「……あぁ、そうだ。その子が幾ら可愛いからと言っても襲ったりしたら魂そのものにしがみついて呪って殺してやるから」
消える寸前に低い声でとてつもなく恐ろしいことを言って青年は消えていった。拓也は突然の低い声に怯える。
「ま、まぁ、そんなことしないよ。だから……呪わないでね?」
既に消えた青年に怯えながら願う拓也。暫し待ったが何も起きそうになかったので気持ちを落ち着けると奥の部屋に向かって歩き出す。扉に近付いた瞬間背後で板が完全に割れる音がした。なので拓也は一度そこで振り返ると頭を下げた。そして奥の部屋に入っていく。
奥の部屋にあったのは宝石の類いや恐らく魔導具だと思われるもの。部屋の四隅に小さな珠、それとフード付きのマントと武骨な作りの直剣だ。説明書きなど無いため何らかの魔導具なのだろうが分からない。とりあえずマントなのだし羽織っておけば良いかとマントを付け直剣を腰に下げる。
「……うわぁ、痛いコスプレにしか見えないや」
手鏡があったので見てみたが凄い恥ずかしい。実際は拓也はイケメンと呼ばれる類いなので割と似合っているのだが当人からしたら恥ずかしいことこの上ない。少し身悶えているとマントに付いたポケットから紙が落ちてきた。
「ん?何これ」
紙を拾うと何も書かれていない。何も書かれていない紙があるとは思いにくいので魔力を込めたりしてみたが何も起きない。特に無いのかなと思い始めて何の気なしに持っていた手鏡で覗くと文字が浮かび上がってきた。
「鏡越しに写る文字って凄い技術だなぁ。いや魔法なのかな?どっちでも良いけど」
紙に書かれていた内容は場所だ。渦巻く黒海、天なる階段とウラノリアの逃げ隠れていたとされる場所ばかりだ。そして場所の横にはアーティファクトと書かれている。
「……まさかアーティファクトを隠したのか。あはは、凄いな。ということはこの屋敷にも?マントと剣かな?防具と武器を一種類ずつって書いてあるし……マントを防具と認めたくないんだけど」
拓也は複雑な感情を抱きながら歩いて目ぼしいものを回収していく。指輪は二個貰ったので容量的にオーバーになることはまあ無いだろう。とか思っていたら指輪を見付けた。これで三つ目である。本来ならこの指輪で回収するのだろう。
回収し終わると壁に貼られていた紙を見つめる。正確には写真だ。どういう技術なのかは分からないが少なくとも写真にしか見えない紙が幾つか貼られている。恐らくどういう場所か分からない人用に貼ってあるのだろう。しかし拓也はそれを見るとにやりと笑う。
「これはありがたいな。これで転移しやすい」
拓也は写真を回収するとそのうちの一つに目を付ける。唯一まともに探索されていない異界、深き道だ。その尻尾先端付近は二重異界化のせいで魔物が出現しない。拓也はその地点を想像すると魔法を発動した。魔族が数百年の歳月をかけて完成させた転移魔法を。
「転移」
そして拓也の姿は消えた。
尻尾先端付近は魔物が一切出ないらしいというのは本当らしい。転移直後は魔力の急激な減少に息を切らしていたのだが魔物が来ないと分かるとその場で休憩を始めた。指輪から生を呪う者に辿り着くまでに狩った猪の魔物を取り出すと火を付けて焼いていく。狩った直後に血抜きや解体などは済ませてあるので焼くだけでいける。
魔物はそのまま焼いた方が旨いと言う者が居るほど美味しいものが多い。中には見た目と相反した味のものもあるので油断は出来ないが大概の魔物は見た目通りだ。猪の魔物なので臭みがあるかと思っていたが意外にも臭みは殆ど無く少し噛みごたえのある豚肉といった感じだ。しかし地球で食った豚肉よりも上質に感じられる。噛みごたえがあるのに暫く口に含んでいるととろっとした感じになり一瞬で鼻孔まで旨味が広がっていく。
「はぁ~、美味しい」
これがあくまで普通の魔物だというのだから恐ろしい。別に高級な肉というわけでもないのだ。この猪肉至って普通に町中で鉄貨数枚で売られているのだ。勿論全身ではないが一部だけなら鉄貨数枚、全身でも鉄貨が数十枚で済む。高い肉などは銀貨が飛ぶのだからそれが如何に安いか分かるというものだ。食事に舌鼓を打ち果物のジュースを飲み寛いでいると誰かが入ってきた。
「誰だ?……女の子?いや魔族か」
勇者としての勘なのか拓也は正確に魔族か否かを判断出来るようになっていた。前任の勇者の未央やその前の勇者である晃も見分けられるそうなので勇者の特権とでも言うものなのだろう。
その少女は何かを呟くと深き道を降りていった。その姿がまるで溶けるように消えていったのでアストラルでも見たのかと拓也は目を瞬かせる。しかしすぐにこれが深き道を入った瞬間なのだと気付いた。
「……でも何で僕に気付かなかったんだ?結構近くに居たし気配察知が優れてる魔族ならすぐに見付けられた筈だけど」
拓也は少し迷う。あの少女が罠に掛けるためにわざと気付かない振りをしたというのは無茶があるだろう。何故なら拓也が先にこの異界に居るのだ。わざわざそんな事をしなくても拓也はこの後すぐに入っただろう。警戒させるだけ無駄である。
「だったら……あの子は先に異界を攻略したいのか?あの紙通りアーティファクトがあるなら先に持っておきたい筈だ。もし知らずにただ来ただけなら…どうしようか」
拓也は少し悩んだ後付いていくことにした。どうも気付かれていなかったようなので離れて見ていれば目的や戦闘力も把握出来るかもしれない。それに……
「もしも……あの子がウラノリアの娘なら」
少女という点、既にウラノリアの死後千年経過している点、ウラノリアの建造物がある異界をたった一人で訪れる点を鑑みると可能性はありそうではある。なのでもしもそうなら手助けをするのもありかもしれない。
そして拓也は付いていった。道中少女の戦闘力がかなり高いことは良く分かった。ツインヘッドベアーが何も出来ずに両方の頭を手刀で潰されたのを見て少し気分が悪くなったが少女は意にも介していない様だ。
しかし少し進むと少女が群れに入ってしまったのか大量の魔物が出現し始めた。魔物との戦闘音で遠くに居た筈の魔物も引き寄せ終わりのない戦闘になってしまっている。拓也にも魔物が襲いかかってきていたがどうもマントの効果なのか触られなければ気付かれないらしくぶつかった魔物とだけ戦っていたためそれほど疲弊はしなかった。
途中少女の身体から明らかに許容しきれない大きさの三つの頭を持つ犬や小さい点のような梟らしきものが飛び立ったのには驚いたが四時間が経過する頃には魔物の群れは全滅していた。
「……凄く強いなあの子」
体力はそれほど無さそうだし所々傷を負っているので戦闘技術は高いがプロではないと分かる。しかし予想通りなら彼女は生まれてそれほど経っていない筈だ。なのに何百体居たかも定かではないほどの魔物の群れと戦いあの程度で済んでいるならばかなりの強者だろう。少女は指輪を持っているのかしっかりと魔物を回収するとそのまま二匹の獣に挟まれるようにして休憩し始める。
「僕も休憩しようか……フード邪魔だなぁ」
拓也がフードをほんの少し離した瞬間少女が勢い良くこちらを向き誰何の声をあげる。
「……このフード付けてないと意味無かったのか。失敗したな」
少女は顔を隠すためかフードを被っていて声色も多少変えているのが分かった。拓也は仕方ないので同じようにフードを被ると少女に向かって歩き出した。
「あっ、えっと警戒させちゃったかな。それとも君は魔物かな?」
そう分かりきった事を問い掛ける。少女は意図的なのか少し低い声で答える。
「アーティファクト、影の衣か」
呟いた少女の声を聞き拓也は驚く。やはりこのマントはアーティファクトだったようだ。恐らく隠蔽や認識阻害といった効果を持つのだろう。
「これが何か知ってるの?僕はこれが何か知らないから教えて欲しいんだけど」
何となくで効果は分かったが正確に能力が分かったわけではないので正直に問い掛けることにした。少なくとも敵対する魔族ならこうして話し合うこともない筈なので。
「…………知ってるけど敵か味方かも分からない人に言いたくない」
当然の答えを返されたので条件を付けることにした。もしもこの少女がウラノリアの娘ならば受け入れるだろうし違うならば自らの目的は隠しながらアーティファクトを回収するだけだ。
「……んー、それもそうか。なら交換条件でどうかな?僕はこの異界を探索したい。その間だけ共闘するというのはどう?君の目的も異界探索だろう?だったら力が欲しい筈だ。僕は自慢じゃないけどそこそこ強い。どうかな魔族の女の子?」
最後に気付いているよと言外に言ってみると警戒されたようだが少し悩む素振りを見せると少女は頷いた。しかし少女は更に条件を加えてきた。
「そこにもう少し条件を追加する。お互いの名前も所属も年齢も性別も目的も開示しない。途中裏切りが判明した時点で死ぬ。そういう条件でこの異界攻略中に限り限定的誓約を求める」
少女の口にした裏切りが死を意味するものは拓也の事を信用していないというのもそうだがそれ以上に自らの命も天秤に掛けるのだ。決して裏切らないという証明にもなる。拓也は少し悩んだ振りをして受け入れた。拓也の中で少女の立ち位置は完全にウラノリアの娘であると殆ど確信に至っていた。
拓也「……話し合いの最中ずっと梟掴んでた」
少女「もふもふ」
拓也「僕も触っても良い?」
少女「良いよ。一緒にもふろう」
拓也「もふ……可愛いな」
梟「……ホー」
犬「ワン」




