511.ルイン
走っていたら遠くで爆発音が鳴り響いた。街から離れた場所のようでまだ見えないけれどこの様子だとかなり本格的な戦いになってる気がする。
「ん〜?ゼブルが本気?凶獣でも出た?」
少し気になったので急ぐ事にする。リーリアとリロイに後から来るように言うと私は先に向かう。爆発音の後に音が無いのが気になる。
「……大丈夫かな」
呟いた言葉は風に乗って消えていった。
時間は遡りゼブルとラウ、クループの戦闘は本格的な戦いになっていた。ゼブルが拳を振るうと衝撃波が起こり地面を吹き飛ばすがラウもクループも当たることはない。それよりも二人は高度な連携を見せてゆっくりとしかし確かにゼブルへと手傷を負わせていく。
ラウが振るった槍が鋭くゼブルの胴を薙ごうとするがバックステップで避ける。けれどそれでは終わらず更に振るうと槍に巻き付いていた棘がまるで鞭のように伸びしなると幾筋もの軌跡となって襲い掛かる。ゼブルは避けたり弾くことでそれを回避するがその間もクループによる剣が来る。全てに対処することは出来ず少しずつ傷を負わされる。
「どうしたの?あんた弱くなってない?」
ラウがそう言いながらも槍を棘を次々と繰り出しゼブルを追い詰める。
「仕方ないよ、ラウ。僕達が強くなり過ぎただけさ」
人によっては気弱とすら思えるような笑みで目の前のゼブルを虚仮にするクループ。
何とか反撃を繰り出そうとするがそもそもが人数不利、更に言えば二人とゼブルの素因数の量こそ違うがその質は恐らく二人の方が高い。それは取り込んだ素因が同族のものと思われるからだ。天然で落ちている素因など実際の所大した役には立たない。勿論集めて強くしていけば実力は高くなっていくがそれには時間が掛かる。対して魔族の基幹素因やそれに準じるような高位素因は最初から一定以上の力を保有する。当たり前だがそういったものを取り込んでいないゼブルと恐らく積極的に取り入れたであろう二人との間に差が無くなるのは仕方ないことだ。
「……(とは言っても負けてやる訳にはいかないのだがな)」
全身に力を込めて二人を睨みつける。ラウは不快そうに眉を顰めクループはいつも通り、いや少し愉快そうに笑みを深める。尚ハウンドウルフのバルモはそもそも役に立たないこともあって離れた所で待機している。多分ゼブルが勝てばゼブルに寄り添い、二人が勝てばそのままで行くつもりだろう。魔物としての位は三流でも生存本能だけは一流の狼だ。
ゼブルが二人を警戒しながらも気配を探る。すると少し遠いが比較的近くにスイが来ているのに気付いた。二人を自分の力だけで倒せないのは思う所もあるがタクヤとルーレの命も掛かっている。自分の中の感情に振り回されて守るべき仲間を守れないのは一番駄目だろう。
そう思って二人を再度睨みつけると少し違和感を感じた。さっきより妙に遠いような……。
疑問に思った次の瞬間地面が大爆発を起こした。一瞬見えたものは巨大な魔法陣。儀式に使うレベルの魔法陣が光るとゼブルの身体を飲み込んだ。
「……ガハッ」
一瞬意識が飛んでいた。目が覚めると手足が炭化し身体に槍が突き刺さっていた。ラウが使っていた朱槍センレウルローズだ。あの一瞬で投擲し地面へと身体を縫い付けたようだ。
「ねえ、あんた死ぬわよ。渡してよ。あたし達だってちょっとは悲しんだりするのよ?」
「そうですよ。ゼブルさん。決着は着きました。意地を張らないでくださいよ」
二人がそう言うがゼブルは腹に刺さった槍を抜くと地面に放り捨てる。槍はひとりでに戻りラウの手元へと帰る。
「すまんな……この中に居るのは私の大事な仲間でな。渡せんのだよ」
ゼブルの言葉に二人は顔を顰める。しかしすぐに武器を構え直す。ゼブルもまたふらつきながらも拳を構えようとして……背後から忍び寄った男の拳によって背中を貫かれた。
「……っ!?」
「すみません。ゼブルさん。僕達もう二人組じゃないんですよ」
クループの言葉に背後に振り向くとそこには長身の目つきが鋭い男が立っていてゼブルの腹に左手を貫かせている。
「ルインと言います。冥土の土産にどうぞお見知りおきを」
そう男は言うとゼブルの素因を握るとバキッと音をさせる。
「ぐふっ……」
ルインはゼブルの腹から手を抜くとゼブルの身体が傾いで倒れる。もう力が入らない。基幹素因を傷付けられた以上遠からぬうちに自らは死ぬだろう。そしてタクヤ達も助けられずこちらに来ているらしいスイ達にも危険が及ぶ。
「……(何たる不甲斐なさだ。情けなさすぎて反吐が出る)」
自身を罵倒する事しかもうやれない。身体は既に石のようになってしまって動けない。精々動かせるのは目と口程度だろう。それも数秒の内に消え失せる。
ゼブルが悔恨に自身を燃やそうとした瞬間ゼブルの目の前に少女が降り立つ。腰まである白髪、透き通るような翠の瞳。その造形はまるで少女の理想を体現したかのようでふわりと翻る黒いドレスが夕焼けの中に映える。
「……これは私の失態だなぁ。すぐに来れば良かった。ゼブルごめんね」
少女、スイはゼブルの顔をそっと抱え込む。ゼブルは既に口も動かせない。だから目線で逃げろとそう必死で伝える。スイが強いのは知っている。だがこの三人はそれぞれがかなりの実力者だ。いくら何でも無茶が過ぎる。
「バンちゃん。ゼブルを保管しなさい」
「キュッ!?!?」
スイの言葉に何処から現れたのか額に宝石が嵌められた少動物?が驚いたように反応する。
「良いから。拓達を何年も守ってくれたゼブルをこんなくだらない事で失う訳にはいかないの。何としてでも世界の理を潰してでもどれだけ時間が掛かろうとも必ずゼブルは助ける。分かったらさっさとしなさい」
その言葉に小動物は少し怯えたようにしながらもゼブルに近付く。
「……(何を?)」
ゼブルが疑問に思った時、小動物の口から何かが詠われる。それは神話の声、誰も理解する事が許されぬ祝詞。だが僅か数秒でそれは終わり最後に呟かれた言葉だけが妙に響いた。
「無窮反響結界・天血海」
宝石から幾つもの板状のまるで鏡のように磨かれた宝石が出現するとゼブルの全身を覆い隠すように卵状になる。それはカーバンクルの宝石の中に溶け込むように消えていった。
「ん、よくやった。あとは……」
スイはゼブルを殺した三人を見る。
「お前達を殺すだけ」
全力で完膚無きまでに、圧倒的な暴力で蹂躙して殺し尽くす。スイはそう決めると三人に向かって歩き出した。
スイ「…………」




