501.喫茶店で
ガチャっと音を立てて家に入っていく過去の私を見てから移動する。この後の私は家から出ることなく過ごす筈だから少し離れた場所にある喫茶店に入る。ここのコーヒーがあんまり美味しくなくて私は苦手で自分からは入ろうとしなかったから私に合う心配は無い。
「……だった筈なんだけどね」
「あら?そんなに嫌そうな顔をしないでよ。私が目の前で使ったそれに追い付く事ぐらい想定出来たでしょう?」
何故か私の目の前に座って優雅にパンケーキを食べている過去の私。いや今は過去の私が二人居てややこしい。
「じゃあ鈴と呼びなさいな。名前的にもそう変にはならないから」
「私の名前って鈴が入るの?」
思わず訊いてしまった。すると少し不思議そうな表情を浮かべた後納得したような表情になる。
「成程。私は随分と面倒な契約を交わしたみたいね?どうやら覚えてもいないようだけど」
「……何を知ってるの?」
「別に何も?今の貴女と違って私は完璧で天才なの。貴女が分からなくても私には分かる。それだけよ」
凄い嫌味な言い方をされた。過去の私ってこんなに性格が悪かったかな。いやまあ色々やってたし実際私と同じような相手と話してたらこうなってた可能性はあるけども。
「別に嫌味じゃないわ。ただの事実よ。私の方が優れていて……けど私は選ばれなかった。私は私として認められなかった」
過去の私、鈴と名乗るように言った私はそう言ってから溜息を吐く。
「私と貴女は……あら、言えるのね」
何かを言おうとして止められなかったのか鈴はそう言ってから口を押える。
「本来ならきっと貴女が自力で辿り着かないといけないのでしょうけど私もまた自力として認められている?それとも元から抑えるつもりが無いのかしら?」
「何の話?」
「気にしなくていい……いえ、やっぱり気にしなさい。私と貴女と全てに関わる事よ」
そう言ってから鈴はコーヒーを飲み物凄く渋い表情を浮かべてそっとテーブルに置く。私も一応頼んでおいたコーヒーを飲んでやっぱり美味しくないそれに顔を顰める。
「そうねぇ、何処から話せば良いのかしら」
「最初から。どうせ聞けるなら全て知りたい。あとちょっと気になるんだけど元々の私ってそんな話し方だったっけ?」
「面倒ねぇ、話し方は知らないわ。私はこうだった。貴女がそうだったかまでは知らない」
言い方に違和感を覚えるけど話してくれるみたいなので少し待つ。
「……そもそも今どうなっているのか貴女は理解しているのかしら?」
「鈴が過去で何かしでかして色々とおかしくなっているってことぐらいしか」
「成程、その程度ね……ううん、まず前提から違うわ。私は確かに過去を改変した。私と貴女のどちらが本物に私になるのかもさっき殺し合って決めようとはしたわ。けど違う。過去の改変は私じゃない」
「……どういう意味?無駄に変な言い回しばかりしないで結論だけ話して」
「随分と短気ね。では結論だけ。私は複数居るわ。正確には私も貴女も本当のオリジナルに作られた」
「……作…られた?」
「ええ、作られた。けど少しだけ違うのはクローンって訳では無いのよ。私達は確かに本物でオリジナルだけど同時にそうじゃないというだけ。オリジナルが居て私達をオリジナルとして生み出した。言葉として意味が分からないけれどね。実際にそうだとしか言えないのよ」
「……過去の改変をすることで分岐点を作って私を複数人生み出した?」
「正解よ。パラレルワールドとか並列世界とか色々呼び方はあるけどそれを意図的に作って遠巻きに私達を操作して作った。性格とか環境とかを変えてね。あぁ、どんな改変をして生み出したかとは訊かないでね。私にもそんなの分からないから」
そもそも分かるような事を私がする?と言われて思わず唸ってしまった。私が本当に誰かを性格や環境まで変えて作ろうとするならば正体はおろかどうやって作るのかは絶対に隠すだろうなと思ったからだ。
「まあという訳で私達は複数居るの。でもまあ殆どは死んだでしょうけど。今貴女が生み出しちゃった私もまた何処かでね」
パンケーキを口の中に放り込んで笑みを浮かべてそう言う。
「何故死ぬの?」
「さあ?ただ他の私達が何故死んだのかの想像は出来るわ。そして私達の内どちらが死ぬのかも……ね」
鈴はそう言って貴女も食べなさいなとテーブルの上のパンケーキを指す。フォークで切り分けて口の中に入れるとほんのり甘く幸せな味がした。
「ふふ、まあ警戒しなくても良いのよ。どっちが死ぬかなんてもう決まっているのだから」
そう言ってから優しく微笑む鈴。
「……私は複数人居る、いえ居たわ。そしてまた貴女のお陰で私も時を超える術を手に入れた。いえ手に入れてしまった。なら死ぬのは私の方なの。でも簡単には死んであげない。私の役目はきっと貴女を完成させることだもの」
他の私も貴女を生かすために死んだのだから。
そう言われて思い出すのはかつて見た過去のアルーシアで手に入れた指輪。そしてアルフ達の武器。あれは何処かで分岐し、私を生かすために死を選んだ私だったのではないかと。
「オリジナルとやらはどうしてるの?」
「……さあ?そればかりは私にも分からないわ。きっと私よりも化け物だもの。けどわざわざ分岐点を作って私を、貴女を生かすのだもの。きっと最初か、或いは最後に死を選ぶことになるのだと思うわよ。実際はどうかは分からないけれどね」
「どうして……」
「そんなの決まってるじゃない。私達の原点を思い出して」
「……お父さんとお母さん?」
「ええ、そして今の貴女とオリジナルとの決定的な相違点。父と母を見なさい。貴女が作ってしまったこの分岐点の世界で一体何が起きていたのか。そして全てが分かった時、また戻ってきて。その時に私と貴女が本気で殺し合う時間よ」
パンケーキの最後の欠片を少しお行儀悪く指で掴んで小さな口に入れると鈴は立ち上がる。
「じゃあね、私」
少し無理がある過去移動だったのか薄れるように消えていく鈴を見て私もまた口を開く。
「じゃあね、鈴。次はちゃんと殺す」
「ええ、待ってるわ」
ふっとまるで元々居なかったかのように消えた鈴を見てから立ち上がる。テーブルに適当にお金を置いてからさっさと出る。過去とはいえお金も払わないのは良くない。レジに並ぼうとまでは思わないけれど。
そのまま店を出た私はさっと飛び上がる。向かったのは私の家、じゃなくて私の両親が働いていた筈の職場。今の時間帯はここに居ると思う。
工場勤務だったと聞いている。何を作っている工場なのかは聞いていなかったが遠くから見る限り食品関係だと思う。
魔法で透明になって入っても良いのだが工場自体がかなり大きい。この建物の中でお父さんとお母さんを探すのはかなり手間だ。どの部署なのかは流石に分からないし魔法で探知しようにも気配が分からない。パパや花奈のようにスイとして転生してから会った人なら時間は掛かるが出来なくもない。けど流石に前世の私は気配で人を区別なんて出来なかったので。
「ん〜、まあ地道に探すしかないかな」
まだ昼になるかならないかの時間だ。ここから仕事が終わる時間まで待つのは流石に無い。鈴も流石に呆れるだろう。ということで少しズルをした。
「……ええと、透視」
建物に入ることなく魔法で直接見る事にした。人が重なっているから見えにくいがそれも飛び上がれば識別出来る程度には分かる。
「見付けた」
見付けて気配も察知したので後は中に忍び込んで直接見る事にしよう。ううん、潜入ミッション感が凄い。意外と私はそういうのが好きだったみたいだ。
スイ「エージェント、S。ただいま参上!」
スイ「……虚しい」




