485.鍛錬相手
ドサッと音を立てて倒れ込む少女を見る。身体のあちこちを削られ死にそうな状態だがこの程度では終わらない。
【早く動け。さもなくば死ぬぞ】
言いながら魔術を数十程起動させる。その全てが万全の状態で受けても致死の威力を誇るであろう。しかし起動させたが少女は動かない。動かないのではなくそもそも身体が追い付けず気を失ってしまっていることに今更ながら気付いた。
【ふむ……やはりまだ身体が追い付かぬか……少し飛ばしすぎたかもしれんな】
不思議な声色でエイエルヤルはそう呟くと少女、スイを魔術で浮かせると指先を動かし瞬く間に寝台を作るとそこに寝かせる。
【しかしこの程度で気絶するようではあの方の要望通りに育て上げられるか分からぬな……如何にこの場の時を変容させていようとも足りぬはずだ。どうなさるおつもりなのか……】
思案するエイエルヤルは背後から背中を叩かれる。軽く叩かれたそれに振り向くと深く帽子を被った少年か少女か分からぬ見た目の子供が立っていた。
【我以外にも鍛錬相手は居ると聞いてはいたがそなただったか】
「そうだよ!暇だったから来ちゃった!この子が例の子?」
【是である。この娘が運命の子。因果を捩じらせる者である】
「こんな子がねぇ。普通の子にしか見えないけどそうじゃないんでしょう?」
【そうらしいが未だその片鱗は見えず。そも我の管轄内である魔族の娘だ。運命の子と言われても理解出来ぬ。この娘は優秀ではあれど普通である】
「ふぅん?まあいいけどぉ?というか気を失ってるけどこの子大丈夫なの?」
その問いにはエイエルヤルは答えられそうになかった。なので何も言わずにそっと視線を逸らす。
「ほぅ、厳しそうだねぇ。ならもっと厳しくやんなきゃ駄目じゃん。エイエルヤルは優しいんだからぁ」
そう言うとスイに近寄り額を指先でなぞる。
〈起きよ〉
ビクンっと一瞬動くと跳ね上がるように目を覚ましたスイは咄嗟に目の前に居た子供に蹴りを放つ。しかしその蹴りは無造作に添えられた左手で止められた。
「活きは良いね!さあ、休んでる暇なんてないよ!君はこれから寝ることも休むことも許されないからね!ボクはエイエルヤルのように優しくはないよ!」
そう言いながらも笑顔で子供はスイの足を掴むと振り回すように投げ飛ばす。足で着地したスイだがその人が瞬間に顎を蹴り飛ばされて意識を飛ばし掛ける。だが再び子供がスイの額に突き刺すように指を触れさせる。
〈起きよ〉
意識の覚醒が強制的に行われる。しかし起きると同時に腹部に強烈な打撃が与えられその場に崩れるようにしゃがみこむと嘔吐する。
「駄目だって言ったよ?ちゃんとボク達と相対出来るようにならないとね?折角忙しい身分のボク達と過ごせるんだ。一分一秒すら惜しまないでどうするのさ」
子供はにこやかなままスイに近付く。グライスを振ろうとしてその右手にグライスが無いことに、いやそもそも右手が肘から先が無い。
「あぁ、これ?物騒だからね。取ったよ。とりあえずさ、武器を失った程度で動揺しないこと、だよ!」
次の瞬間スイの顔面に前蹴りが当たり真後ろにひっくり返るように吹き飛ぶ。十回以上その状態でバウンドをしてから地面を擦るように吹き飛ぶと動かなくなる。それを見て子供は面倒くさそうにしながらスイに近付き額に指を当てる。
〈起き…〉
「ぁぁっ!!!!!!」
起こそうとした瞬間子供の顔にスイの拳が迫る。しかし予期しないタイミングであったであろうそれは単なる身体能力によって埋められ左手でその拳を握られていた。
「……あははっ!!本当に活きはいいなぁ君!!」
握った拳ごと振り回し地面に叩き付けた後子供はスイを高く飛ばすとその腹を蹴り飛ばして上空に飛ばすと即座にスイの背後に回りその首に足を引っ掛けると勢いを付けて折りながら地面に叩き付けた。
「………っ」
「ん?何か言ったかな?」
「げへなぁぁ!!」
子供の身体に膨大な魔力による赤黒い炎が纏わりつく。
「あはっ!あっつ!!〈消えろ〉」
子供は手で払うようにして消し去ると面白そうにスイを見る。身体はボロボロで血が出てない場所の方が少ないし右手も無ければ首の骨を折ったからか左手で戻そうとしている。満身創痍という言葉が似合う状態だ。過去にも似たような状態になっていたり死んだりしていたというのは知っている。だがその時と比べて精神的に成長したのかこちらを見る少女の瞳は全く絶望していない。それどころか隙を見せたら噛み砕くと言わんばかりに牙を向いて殺意を向けてくる。
「…………あはぁ、ゾクゾクするなぁ。君。ボクはあんまり名乗ったりしないんだけどね……君になら教えてあげてもいいよ?」
「……黙ってろ。殺してから調べてやる」
その答えに子供は笑みを浮かべる。
「エイエルヤルぅ?殺しちゃ駄目なんだよねぇ?惜しいなぁ。殺したいよ君。すっごく楽しそうだ」
「悪いがその前に私とやってもらおう」
いつの間にかスイと子供の間に一人の女が立っていた。髪をポニーテールにした凛とした女性だ。煌めく銀色の鎧を着ており右手には美しい装飾の施された剣を持っている。女騎士というよりは戦乙女を連想させるその姿にスイは咄嗟に"死"を感じて後退する。
「……ふん。それなりには分かるようだな?」
明らかに蔑みを浮かべた表情で戦乙女な女はつまらなさそうに言う。
「だが遅いし弱い」
次の瞬間スイの身体がズレた。胴体が、腕が、首が、足が、指も目も鼻も爪すらも全てがバラバラにされ、流石にそこでスイは完全に意識を失った。
「ちょぉっ!?そこまでしちゃったら暫く起きれないじゃん!!何してんのさ!!いくらボクが万能だからって限度はあるんだよ!?身体はすぐに戻せても魂の損耗はボクの専門外なんだからね!?」
「ぬっ、いや、その、すまなかった。つい……」
「君が魔王とか嫌ってるのは知ってるけどさぁ。この子は何も関係ないんだから八つ当たりはどうかと思うよぉ?」
「す、すまない。反省する……」
子供と戦乙女が話している最中にエイエルヤルは静かに指を立てて呼ぶように曲げる。すると観衆としてスイ達を見ていた内の一人が結界内に入ってくる。
「……んー、ラザーフ。まっ、これでっ、大丈夫っ、ですねっ!」
特徴的な話し方のモノクルを掛けた胡散臭い執事服の男はスイに何かした後、そう言うと一礼してその場を去る。この間僅か十秒である。まるでこの場に居たくないとでも言わんばかりの速度である。
【魂の損耗を治した。起こしても大丈夫だ】
「えっ!わぁ!本当だ!あははっ!誰だか知らないけど魂関連の奴いたんだねぇ!ありがとね!じゃあ早速ぅ!〈起きよ〉」
時間が巻き戻るようにスイの身体が万全の状態へと復活していく。折れた首も消し飛ばした右手もバラバラになった身体も全てが元通りになると同時にスイが強制的に意識を呼び戻される。
「あはっ、まだまだいけるよね?」
スイはその言葉に対して目を瞑るとお腹に手を当てる。
「無理、先にご飯」
その言葉に子供は目をパチパチと瞬きする。
「えっと、君食べなくて大丈夫な筈だよね?」
「大丈夫。だけどご飯は活力の元。何も食べずにボロ雑巾にされ続けるのは心が折れるかもしれない。少しの楽しみが無いと人は簡単に折れるしモチベーションは落ちる。パフォーマンスも落ちる。成果を得たいなら多少の遊びがないと駄目」
「……あ、うん。そだね?」
「だからご飯」
「……そっか。うん、まあ分かったよ?」
「エイエルヤルは食べられないみたいだけど二人は食べられると思う。一緒に食べる?」
「さっきまでボコボコにしてたボクやこの子を誘うの君?肝が据わってるね」
「ご飯の前には皆平等」
スイはそう言うとさっさとテーブルと人数分の椅子を出すと指輪から適当に肉やら魚やらを出していく。
「食べるの?」
「……じゃあ貰おうかな?」
「……では私も」
その答えにスイは頷くと二人の分も追加で出していく。そして微妙そうな顔をしている二人を放ってさっさと食べ始めたのであった。
スイ「もぐもぐ」
子供「…………」
戦乙女「…………」
エイエルヤル【…………】




