482.神様のお手伝い
語彙力と表現力が欲しいです。
「ん、来たよ」
無心で食べ終えた私はすぐにあの老人の神の所に行った。妙に世話を焼こうとするテーブルから離れるのがちょっと面倒だった。
「うむ、そこのソファに座っておくれ」
促されるままにソファにボスっと身体を預ける。やっぱり凄く心地のいいソファだ。横になったらまた寝てしまいそう。
「それで何の話があるの?」
「スイよ、少しばかりここで儂の仕事を手伝ってはみんか?」
「手伝う?神様の仕事を手伝えるとは到底思えないと思うけど」
「大丈夫じゃよ、そこまで大したことはさせん。雑用に近いものじゃな」
真意が分からず首を傾げる。はっきり言ってそんな事をさせる必要が無い。
「うむ、まあ雑用とは言っても多少は手伝って貰うがの。とはいえこれだけではスイからすれば受ける必要も無い話ではある」
「それにエラ?とかいう人も偶に来ているんじゃないの?その人に雑用でも頼めば」
「いやいや、エラにはエラで仕事があるでの。そこまで時間を割かせられん」
「私ならいいって思われてるのも癪なんだけど」
「うむ……まあ色々と理由はあるのじゃがスイには言えん。というよりは言わん」
あまりにもハッキリと拒否されたそれに不機嫌な気持ちが出たのが自分でも分かる。
「一応受けてくれたのならばこれまでの旅で蓄積された時を巻き戻すくらいはするぞ?」
「……ん、でも私寿命無いし」
「ふぉふぉ、いや違うのぅ、そうじゃなくてじゃな。世界の時を巻き戻してということじゃ」
「それは……」
「不可能ではないんじゃよ、儂はな」
目の前に座る老人が途端に異質な何かに見えてくる。見た目通りではないということか。まあ神なのだからそもそも姿形に意味があるのかは分からないけれど。不定形の神様とか居てもおかしくない。
「スイはこれまで六つの世界を旅させられておるな?」
「ん、あと一つ行かないと行けないけど」
「その結果元の世界との時間差が生まれておるのは分かっておるか?」
「ある程度ズレるだろうとは思ってるけどそこまで酷くなってるの?」
「いいや、せいぜい五秒程度じゃろうな」
「五秒……え、それだけなら」
「本来起きる時間の移動を強制的に五秒に圧縮しておる」
「……え?」
老人は静かに立ち上がるとテーブルの上に小さなメモ帳を置く。そのメモ帳から紙を一枚ちぎるとそれを折り畳んでいく。
「この紙が正常な状態であれば通常の時の移行、くしゃくしゃになったのは何らかの原因で捻れた状態、ではこの折り畳まれた紙はどういう状態じゃと思う?」
「……分からない。時に関して私は殆ど知らないから」
「じゃろうな。ちなみに過去に移動したりすればこのくしゃくしゃの状態じゃ。折り畳まれた状態はのぅ、分かりやすく言えばただの爆弾じゃ」
「爆弾」
「そう、爆弾。本来過ごすその時間は平等にある種の圧力が掛かっておる。厳密には全く違うが重力とかなら分かるかの?重力は一定の力を、負荷を掛けておる。それを十年、二十年、百年貯めるとなればどうなると思う?」
「圧力で死ぬ?」
「ま、そうじゃな。それをあやつはお主にぶつけようとしておるのじゃよ」
「あやつってあの私を送り出した胡散臭い神?いやあれってそもそも神様なの?擬きっぽいけど」
「それに対する答えは言えんのう」
老人はそう笑うと私の頭を撫でる。さっきまでの異質な何かじゃなくてそこに居たのは好々爺とした老人だ。
「まあ受けてくれると助かるのじゃがどうかの?」
「……というかそれって受けないと私死ぬんじゃないの?」
「いいや?ちゃんと死なぬように保護してあげたからの。既にその脅威は無いぞ」
「え、じゃあさっきまでの会話は何?」
「神様ジョークかの?」
「死ねジジイ」
「ふぉっふぉっふぉっ」
高笑いする老人の腹に軽めにパンチを入れたけど全くビクともしない。これだから神様は嫌いだ。
「とりあえず受ける気になったら教えておくれ。受けずとも良いが儂からしたら助けて欲しいのう」
「はぁ……いいよ、受けてあげる。神様の仕事ってのも少し興味があるし。それにちゃんと元の時間に戻してくれるんでしょ?」
「うむ、それは約束しよう」
神様ジョークとか言ってふざけてきた神様だけど流石に約束は守ってくれるだろう。いや守らないなら守らないで仕事の邪魔位はしてやるけど。
「おお、怖い、ちゃんと守るからやめておくれ」
そう言って笑いながら老人はとんでもないことをほざいた。
「うむ、とりあえず儂の仕事の手伝いは大体二百年くらいかの」
「……は?」
神様の仕事のスケールを読み間違えていたのに気付いたのは少し後からになってだった。
神様の仕事は途轍もない。やっている内容は教えてくれないけれど運命とか輪廻とか転生先の決定とかたまに見える紙のタイトル?等で大体察せられる。
ただ明らかに複数の世界を纏めあげているのは分かるのだがその規模がどうもおかしい。紙に書かれたそれらの決定を所定の場所に移動させたりするのが私の仕事なのだがどう見ても書かれている言語が最低でも十、似たようなのもあるからハッキリと断言は出来ないが文法的に違いそうなのもあるので実際には数十以上あると思われる。
何せ一枚として他の紙と書かれた文字が合わないのだ。しかもその一枚もどうも読み方がおかしいのか、変な魔法でも掛かっているのか情報量が少ない。日本語だとあ行からた行まで程度の文字しか載ってない。なのに神様にそれを渡して返ってくる紙は数百枚を越す。意味が分からない。
ぶっちゃけほぼ分からない。この文字数から何を抜き出してこれだけの事を書いたのかも分からないしそもそも書く速度も尋常じゃない。だって渡して二分もしないうちにそれが出てくるのだ。書いているというか脳内の文章をペーストでもしているのかと言いたい。
それを午前中、とは言っても私がそう思っているだけで実際はそうじゃないかもだけど多分五時間くらい作業するとお茶休憩、その後二時間程度どこかに行って戻ってきたら就寝である。なのに私は毎日疲労困憊状態である。午前中の仕事が頭のおかしい量だから仕方ないのかもだけど。寝る前にお勉強の時間というか宿題が出されるのだ。
宿題とは言っても解けるわけじゃない。というか解く以前に何書いているかの解読から始まる。言語的に読めない。読めても情報量が少な過ぎて言葉にならない。宿題の紙に掛けられた魔法が難解すぎて込められた魔法が全く使えない。だから解けない。けれど毎日これをさせられるのだ。しかも毎日違う言語に毎日違う魔法が掛かってある。どうしろというのだ。
それを伝えたらこのクソジジイはふぉっふぉっふぉっと笑うのだ、死ね。
口が悪くなるのも仕方ないと思う。何せ既に二年経っている。逆に言えばまだ百九十年以上残っている。恨みで神様を殺せるのかを試したくなってきている私が居る。
「……読め……ない!!あぁぁ!!」
紙を適当な壁に叩き付けたら壁から手が出てきて掴んでそのまま顔に押し付けられた。この家も割と本気で壊れればいいのにと思う。押し付けられた紙を受け取ると手はグッと親指を立ててきた。指へし折ってやろうか。霊体の手だから折れないのだけど。
「ぐぅ……二年前の私を殴ってでも止めてやりたい……」
そう呻くが事態は変わらないし多分戻っても当時の私の心境的に受ける選択肢以外は取らないだろう。無駄に頑固な所があると私自身自負しているから。
「はぁ……これに何の意味があるんだろ」
紙を睨みながらも解読しようとする。無理だ。せいぜい二十文字も無いそれに法則性を見出すのは困難が過ぎる。しかもどう見ても文章だから余計分からない。そもそも私は別に考古学者でもなければ言語学者でもない。ただの……というには色々波乱万丈な人生送っているけれど十四歳のただの女の……いや肉体的には全く十四歳じゃないな。今の年齢を何歳と言うのかは分からないけれど。多分十四歳ではない。
「………………あーぶやーむら?」
読めるわけがない。私はそっと紙を裏返しにして寝た。
「ふぉっふぉっふぉっ。頑張っておるのう」
視線の先にはふて寝した少女の姿。それを眺める老人。そしてそれを冷めた目で見る二つの影だ。
「いい趣味してるねジジイ。あれ僕のなんだけど?」
「貴方のものでもありません。彼女は管轄で言えば名も無き神と三神のものです。ものというのも失礼ではありますが」
老人は二つの影に向き合う。
「それでお主はどうするんじゃ?創傅神イィガーズよ」
「ふん、僕は諦めてはないけど名も無き神に殺されちゃったからね。神同士の争いでは死んだら殺した方に従わないとね」
「イィガーズ、その割に全く従っているようには見えませんが」
「エラちゃんそれはね、あいつが僕に大して命令してこないからだよ。まあ名も無き神が誰かに命令したり上から押さえつけようってのは見た事ないけどね」
イィガーズ、かつてスイを自分のものにしようと世界すら箱庭の玩具にして連れ去ろうとしていた神は不服そうにそう言う。実際名も無き神は殺した後にただスイを見守ることだけを伝えて去ったのだ。まるで例え従わなくても再び殺しに来れるからとでも言わんばかりに。
「ふぉっふぉっふぉっ。まあ良い。儂からも見守るようにだけ言っておこう。イィガーズよ。手を出せばお主は消す。分かっておるな?」
「ふん、流石に僕もジジイに逆らうつもりまでは無いよ」
「エラよ、イィガーズの世話を頼むぞ?」
「畏まりました。では行きますよクソムシ」
「はぁ!?おい、エラ今お前僕のこと」
老人は声の大きくなりかけた二人に対してパンと一つ手を叩く。それは小さい音であったにも関わらず二人は硬直する。
「よろしく頼むぞ?」
「……分かったよ」
「では、失礼します」
二つの影が消えた後、老人はスイを見る。何か嫌な夢でも見ているのか少し眉間に皺が寄っている。
「スイよ、運命の子よ。お主の未来が悔いのない選択であることを」
老人はそう呟くとそっとその場を離れる。
「うぅぅん、このクソジジイめぇ……」
残されたのは老人に対して恨み言を呟くスイの姿だけであった。
壁の手「(グッてやったらへし折られそうになっちゃった)」




