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480.変な空間



「ん?」

二つの世界を崩壊させて転移が始まったと思ったら妙な浮遊感を感じた。いつも通り目を開けると何も無い。いやありはするが風景というか街の中とか草原とかそういう感じじゃない。空も床も白い空間だ。あの結界内に近いけれどここには物がある。

ドアにテーブル、本棚、タンス等普通の家に見える。全ての配色が白で統一されていて現実味は薄いけど確かにここには何かが住んでいそうな生活感があった。

「……」

ただ酷く不安な気持ちが抑え切れない。ここは私がいるべき場所じゃないというか地に足を付けられていない感覚がある。というよりも恐らくここに住まう何か以外にこの空間に居ていい存在は居ないようにすら感じる。それは他人の部屋に土足で入っていることによる居心地の悪さとは全く別物だ。私こそが異物となっている感じがする。

本棚には幾つかの本が入っているけれどタイトルが書かれていない。適当な本を抜き出して頁を捲る、いや捲ろうとしたら何かに手を掴まれた。

「……!?」

バッとその場から離れるように飛ぶと私の手から本を奪われていた。それは奇妙な存在だった。何に掴まれたのか、本棚そのものに手を掴まれていたのだ。正確には本棚から伸びる霊体のような手に本を取られた。

「魔物……?」

霊体の手は本を取り返すとゆっくりと元の場所に戻して再び消える。まるで何事も無かったように本棚は完全に沈黙した。読むなと言わんばかりの行動に正直ちょっと怖かった。全く気配も何も無く出て来て手を掴まれたのだ。しかも掴まれて本を取られるまでに感じた力は尋常じゃない。少なくとも魔族であり膂力も相応にあるスイが掴んでいた本を力任せに奪い返せる程には強いのだ。あれがスイを殴っていればかなり深手を負っていたのは間違いない。

「何なの……」

本棚には近寄らないでおこう。グライスで壊したくなるけれど敵対する意思をそこまで感じなかったからやりたくない。というか壊そうとして反撃されたらそっちの方が怖い。多分かなり強い。

周りを見渡すとあるのは目立ったのはテーブルとその上に置かれた花瓶。中には蒲公英みたいなのが数輪刺さっている。少し警戒しながら蒲公英に近寄る。もしかしたら植物系統の魔物で動き出すかもしれないからグライスでちょんと触れる。

蒲公英は特に反応しな……した。蒲公英からはふわっと綿毛が出て来た。いや待て、おかしい。蒲公英の花が咲いている状態で何処から綿毛が出てきたと言うのだ。綿毛に触れないように下がって見ていたらゆっくり落ちてきた綿毛がテーブルに触れてテーブルから蒲公英が生えてきた。にょきっと定点カメラの高速映像か何かかと勘違いしそうになるくらいに生えてきた。

「いや怖」

寄生植物か何かなのだろうか。純粋に怖い。魔物ではなさそうだけどほぼ魔物と変わらないと思う。しかし驚きはそれで終わらない。生えてきた蒲公英をテーブルは食べた。何を言っているのか私も分からなくなってくるけど確かに食べたのだ。ギザギザの歯が生えた口がパカッとテーブルの中心が割れて出て来てこの空間ではやたら目立つ赤い舌で蒲公英を舐め取ると咀嚼した。そして食べ終えると口はまた閉じて元の普通に見えるテーブルに戻った。

「…………」

正直早く帰りたい。何処が普通の家だ。何処にも普通の要素がない。本棚からは手が出てきて蒲公英は寄生植物だしテーブルはそれを食べるしどれだけ巫山戯た空間なのだここは。

警戒しながら周りを見る。何かどれにも触れたくないけれどどんなのか分からないと危なくて仕方ない。もたれかかった壁から手が出てきて埋められるとか普通にありそうなのだ。ということでとりあえず壁を適当にコンコンとグライスで叩く。目が出てきて笑ったような目でにっこりされた。顔が引き攣った。そっと離れると目は消えた。

「……もう嫌だここ」

怖い。何があるか分からないから怖い。ホラーはそれ程得意ではないのだ。ぶっちゃけ部屋から飛び出したい。ドアあるしそこから出たいのだがドアすら怖い。どうしろというのだ。近くにあったゴミ箱らしき物を足でちょんと触れる。

ゴミ箱は足が生えて勝手に動き始めて地面に散らばっていたらしいゴミを片っ端から入れていく。良く見たら足が生えたのではなくて手が生えていた。しかも三本。普通にキモイ。器用に二本の手で走り回って残った一本でゴミを回収していくと元の場所、つまりスイのいる場所まで走って戻ってきた。思わず引くがゴミ箱はそれに構わず元の場所に居座ると手がにゅんと戻って普通のゴミ箱みたいにし始めた。

引いたことで近くにタンスがあったのでグライスでちょんと触れる。タンスが勝手に開くとタンスに備え付けられている姿見の鏡にスイの姿を映す。ドレス姿のスイの姿がぼやけると可愛らしい少女らしい服を着たスイの姿へと変わる。変化はすぐ訪れた。パサっという音と共にスイの着ていたドレスが勝手に脱がされる。驚いているとドレスはそっと伸びてきた霊体の手に掴まれて滅茶苦茶綺麗に畳まれた。ついでにスイの身体も呆気なく捕まった。抵抗しようとしたが力が抜けるのか抵抗らしい抵抗が出来ない。霊体の手はスイの身体を支えるとタンスから服を取り出してスイに着させ始めた。それはさっき鏡に映された服でスイが少し可愛いなと思ったものだ。あっという間に着替えさせられてタンスの中にドレスが仕舞われた。そしてまた閉まる。

「……服を剥ぎ取って着させるタンスって何」

タンスってそういうのじゃないと思う。というか服は返して欲しい。またタンスをグライスでちょんと触れるとゆっくりタンスは開いて綺麗に畳まれたドレスがそっと申し訳なさそうに返された。変な気分だがとりあえずドレスを受け取って今着ている服、着させられた服を脱いで返そうとすると霊体の手はスイの手を止めるとどうぞどうぞと言わんばかりに手のひらを見せながらタンスの中に帰っていった。

「……いや正直得体の知れない服なんて要らないだけなんだけど」

貰えた?らしいから一応貰うけれどもこの辺な空間にあった服なんて正直怖くて着たくない。今のところ何も無いみたいだがどんな変なことが起きてもおかしくない気がするのだ。

「まあいいか」

何かが起きるなら既に着させられた段階で起きてもおかしくない。ならもう気にしないことにしよう。服自体は可愛いのだし。そう思ってとりあえず近くにあったドアに触れる。勿論グライスでだが。けど何も起きない。流石にドアまでは変ではないようだ。いやまだ分からないけれど。

ゆっくりとドアノブを回して開けると見えたのは別の部屋。寝室らしいベッドと枕元に置かれた小さな花型の照明器具、他には特に目立つものは無い。人のベッドを弄くり回す趣味は無いのでそのままドアは閉める。元の部屋にはこのドアとまだ二つドアがある。一番近い方のドアを開けると台所のようだ。細々とした調理器具や皿等が綺麗に置かれている。ただ綺麗過ぎて本当に使っているのか分からないくらい生活感が逆に無い。ドアを閉めて最後のドアを開ける。そうしたら通路だったようだ。

前にはドア、右には玄関らしきものが見えるが鎖等でやたら厳重に閉じられていてこの家?の性質上出られる気がまるでしない。絶対出ようとしたら何かに止められる。だって外側にあるならまだしも内側?の筈の方に鎖やらで通りにくくする理由が出られないようにするため以外の理由が見当たらない。

左の方にはまだ部屋があるようで突き当たりに一つ、その左右の壁に二つのドアが見える。構図がかなり家っぽくない気もするけれど元々変な家だ。正直気にするだけ無駄かもしれない。家っぽく作られた魔物の方が正直説得力がある。

とりあえず目の前のドアを開けると人が居た。奥で何かを書いているのか椅子に腰かけながらテーブルの上で手を動かしている。

「ん?おぉ、来たかね。そこのソファにでも座って少し待っていてくれるかい?」

老人だったらしい人は振り返ることもせずにスイにソファへの着席を促す。スイは大人しくソファに座ることにした。正直怖いけれどその老人からは不思議と安心感が得られた。この辺な空間にいる普通?の人?だからかもしれない。まあ警戒は怠りはしないけれど多分あまり意味が無い気もする。だってこの空間変過ぎるし。

老人のペンを動かす音を聞いていると少しうとうとしてくる。のんびりとした雰囲気と妙に柔らかいソファのせいかもしれない。あとはその前までの殺伐とした世界崩壊と異常空間の部屋による精神的な疲労のせいかもしれない。そのどちらもかもしれないがスイはいつの間にかソファに倒れ込むようにして寝てしまったのだった。

スイ「……」

老人「おや、寝てしまったか。おやすみ」

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