477.女神様を
ある所に一柱の女神様が居ました。
女神様は宇宙を創り、その中に幾つもの数え切れないほどの星を創りました。
女神様はその中の一つの星がお気に入りでした。
その星には女神様の創り出した生命の輝きが沢山あったからです。
「女神から力を奪い取ってるのかこれ」
私は配管に繋がれた女神を遠目に見ながら顔を顰める。女神からは命を感じない。だけど死して尚も圧倒的な迄の、いっそ暴力的とすら言えるほどの存在感の圧に怯みそうになる、
そんな女神に少し近付くと分かった。身体こそ死んではいるがその神としての権能そのものは失われていないのだと。魂は生きているとでも言い換えた方がいいかもしれない。どちらにせよそのお陰で身体も朽ちず力も失われていないのだろう。
「……貴女はどうして死んでしまったの?」
問い掛けても答えは返ってはこない。当たり前だ。死んでいるのだから。
女神様はそこに住む幾つもの生命の中でも最もお気に入りだった【人】の為に色んなことをしてあげました。
美味しいものが食べたいと言われれば色んな地域の豪華なご飯を渡してあげました。
病気を治して欲しいと言われれば治した後病気にならないように身体を丈夫にして病原菌も根絶させてしまいました。
少ない土地で沢山の物が育つ様な種、ずっと綺麗な水が湧き出る泉、切っても切っても直ぐに伸びる森、沢山のものを与えてしまいました。
なぜなら女神様は【人】の輝きが大好きだったからです。
「それから離れよ!!!」
私が女神にもう少しで触れそうな程にまで近付くと背後から叫び声が聞こえてくる。さっき見逃してあげた人達だ。一番偉そうな服を着ていた老人が目を見開いて顔を真っ赤にしている。どうやら相当怒っているようだ。
「この人が何か知っているの?」
「離れよと言ったぞ白魔」
私の問いには答えずあからさまに不愉快そうな顔で私を睨みつける老人、さっきの少しの怯えを含んでいた表情とはまるで別人だ。
「……」
女神であると知っているのかいないのか、それは分からないけれど大変不都合なのだろうなとは分かった。だから私はゆっくり近付く。
「貴様っ!!」
老人の部下らしき人が私に向かって咄嗟に銃らしきものを撃つ。それを躱すとカランと音を立てて銃弾?が落ちる。先端が二つに分かれた不思議な形の弾だ。
「お主!フィエルムに当たればどうするつもりだ!お主の命程度で賄えると思うなよ!!」
すると老人が物凄い激怒して銃を撃った男の人から銃を奪うとそのままその人を撃ち殺した。
「創神……ね」
私の呟きは届かなかったみたいだが、なるほど?女神であることは知っていると見ても良いのかな?
女神様は甘やかして甘やかして甘やかしまくりました。
何時しか【人】は女神様に頼るようになりました。
そして女神様もそれを喜びました。
大好きな【人】といっぱい話して感謝されて嬉しかったからです。
けど女神様はやりすぎました。
そして【人】もまたやり過ぎたのです。
「白魔、貴様の狙いはフィエルムか。違うのならば即刻立ち去れ。ここは貴様が居ていい場所ではない」
「私が何処に居ようとお前に指図される筋合いはない」
私が言い返すと老人は視線で人が殺せるのではないかと思えるほど瞳に憎悪の炎を滾らせている。呪術が使えたらそれだけで私を呪えそうだ。
生きている部下の人が少しずつ立ち位置を変えて私を捕縛か殺害かをしようとしているけれども老人の言葉が効いているのかフィエルムとやらに当たらないように気を遣っているようだ。まあ気を遣われても遣われなくてもこの人達に何か出来るとは思わないけれど。
ある日【人】の一人が女神様の元へとやってきました。
その【人】は一言言いました。
女神様の力が欲しい。
女神様は困りました。
そして今まで全て叶えてきていた願い事と違い、はっきりと駄目と断ったのです。
【人】は粘りましたが女神様は駄目の一点張りです。
ついに【人】は折れ帰りました。
けど心は折れていなかったのです。
私の一挙手一投足を見逃さない為かそれともあまりの激情の為か老人は私を血眼になって凝視している。瞬きも殆どしていないからちょっと怖い。
「フィエルム、創る神…か。この人が女神様だって知っているの?」
「…………撃て」
私の問いに答えるどころかいきなりの攻撃指示に目を瞠ると部下達が銃を撃ってきた。勿論軌道上にフィエルムと呼ばれた女性が入らないようにはなっているが中々思い切っている。今撃つ指示を出すくらいならさっき殺した部下も死なずに済んだだろうに。少し箍が外れているようだ。もしかして私が女神であることを指摘したから?
「危ないよ、フィエルム?に当たったらどうするの?」
先端の分かれた銃弾を全て握り締める。亜音速で飛んでこようが私からしたらまだ遅い。そもそも形状的に亜音速まで到達しているかは怪しいけれど。
掴み取った弾を全て地面に投げ捨てると部下達は怯んだ。まあ軽く五十発以上撃ったのに全部掴まれたとなるとそうなるだろうね。老人はそんなことには興味無いのか睨み付けてくるだけだけど。
女神様は今日も【人】の願い事を叶えていました。
けどその日は違ったのです。
ある【人】が女神様の前にやってきました。
女神様の力が欲しい。だから死んでください。
女神様は何を言われたのか分からないままに下がりました。
そのお腹には大きなナイフが刺さっていました。
女神様は逃げました。
けど逃げた先で女神様は不思議な事を聞きました。
曰く、女神様は【人】の事など二の次で自分の為にしか動かない。
曰く、女神様は女神様じゃない。
曰く、女神様は自分だけが良ければそれでいいのだと。
曰く、女神様は……曰く、女神様は……
色んな声が聞こえてきました。
それは全て女神様を貶めるかのようなものばかりでした。
どうしてこんなことに……女神様は嘆きました。
嘆いていたら一人の【人】に見付かりました。
見付けましたよ、創神
それはかつて女神様が唯一願い事を断った【人】でした。
貴女が悪いんですよ?その力を寄越さないから。
だから女神様の事を皆にありのままを伝えたんです。
そうしたらこうなりました。
創神、【人】というのは愚かですね?
「それは私のものだ、私だけのものだ。貴様が、白魔の貴様がその名を呼ぶなぁ!!!!」
老人が叫ぶと空気が震える。その有り得ない現象に私は咄嗟に下がる。
そうしたら私の左腕が吹き飛んだ。
「フィエルム、あぁ、私だけの創神」
老人はいつの間にか女神の前に居てその髪を撫でる。愛おしげに、或いは所有物を磨くかのように。
「お前……神の力をその身に宿したの?」
「……貴様は何だ?何故、創神の事を知っているんだ。有り得ないだろう。だってこれまで知られてないのに……」
「何?」
老人の様子がおかしい。明らかに支離滅裂だし呂律も回らなくなってきている。そもそもさっきまでの老人とあれは多分別人だ。
「フィエルム……私だけの創神、誰も居ない地で二人過ごそう。あぁ、それがいい。そうしよう」
「……きょ、局長?」
焦点が合っていない瞳で女神を見る老人に部下の男が話し掛ける。
「なんだお前は、私のフィエルムに近付くな」
老人はぐりんと首をほぼ真後ろに曲げて部下の男を見る。あまりにも気持ち悪いそれに部下の男が下がろうとして……伸びてきた老人の腕に首を掴まれて捻られて殺された。
「魔物、神、人、一体お前は今何なの?」
「…………」
老人は答えない。答えないけれど私を見てただ気味の悪い笑顔を向けた。
女神様はその命を奪われた。
ある一人の【人】の悪意によって。
魂さえも貪られた。
だけど女神様はそれでもこの世界を愛した。
そして同時に恨んだのだ。
それは緩やかな崩壊を促す。
少しずつ少しずつ……世界は壊れていくのだ。
そして壊れ切る日はそう遠くない。
スイ「気味が悪いな」




