476.業
「何用かぁ.....」
目の前で美しい肢体を隠しもせずにそう呟く少女、いや少女の姿をした魔王。私達とは根本的に生物として違う怪物。この世界を侵す危険な存在。
身に付けているのは装飾の無い指輪、片手で弄ぶようにして握っている短剣、それと翼かと思っていたがよく見ると黒い羽を編んでいるのかマントのようなものだけ。たった三つのみだ。先程から建物を透過して何処かへと広がっていく不可視のエネルギーを考えればこの不可視のエネルギーで戦うのだろう。まさかあの自決用にしか使えそうもない短剣で戦いに来ることもないだろう。
「おかしいなぁ?私がここに来た以上ある筈なんだけど.....」
少女は頻りに無表情のまま首を傾げる。美しい少女でありながらどこか不気味ですらある。まるで作られたマネキンが人の真似をしているかのような錯覚すらしてくる。
少女から何度も不可視のエネルギーが放たれる。全身を撫であまつさえ身体の中すら覗こうとする気味の悪いそれに顰め面を浮かべてしまう。部下達も何人かはそれを感じているのか私と同様嫌そうな顔を隠しもしない。
しかし正直に言って勿体ないと思わざるを得ない。これ程のエネルギーだ。上手く使えば私達を大いに助けるであろう事は想像に難くない。実際白魔から齎されるエネルギーは他の魔王達と比べても段違いに違った。だからこそ白魔は丁重にそれでいて絶対に破れないように慎重に結界を維持していたのだが、今となれば分かる。白魔にとっては恐らく出るのが少し早くなるか遅くなるかの違いでしか無かったのだろう。それ程までの力を肌に感じるのだ。
「ん〜、まあいいか。適当に見て回れば見付かるでしょう」
白魔はそう呟いた後、ようやく自身が裸体である事に気付いたのか何処からか服を取り出すとその身に纏う。淡い緑色のドレスを着て小さな姫のような姿となった白魔は私達を見て一言言う。
「邪魔」
私達は慌ててその場を退いた。本来ならば命を賭けて白魔という危険な魔王を止めなければいけない。何万人何十万人の犠牲者を出そうとも止めなければいけないはずだった。しかし少女の言葉で理解させられてしまった。これは人の身で止められるような存在ではないと。私達は白魔という存在が何処かに居なくなるのをじっと耐え忍ぶしか出来ないのだと。白魔は私達を見て何かしようとしたのか腕を上げようとして止めた。
「まあいいか.....この様子だと意識なんてしてないだろうし」
そう呟くと部屋から出ていく白魔。扉が閉まり気配を感じられなくなりそれでも暫く私達は動けなかった。そして誰かの荒い息で動き出せた。私もそうだったようだがいつの間にか息を止めていたようだ。
「何.....なんだあれ。あんなの止められるのか.....?」
部下の言葉に誰も何も返せない。私ですらそれに返す言葉を思い付かなかった。あれは人の身でどうにか出来る存在には見えなかった。そもそもどうやって昔の先祖達はあれを封印したのか。完全な不意打ちだったのだろうがそれでも封印出来たのが信じられない程の偉業だったのだと今更ながら理解した。
何せかなりのエネルギーを奪われているはずの白魔は奪われている事に気付いているのかそれとも気付いて尚どうでもいいとすら思っていたのか。その身に感じた力は未だ衰えているようには見えなかった。
「白魔が解放されてしまったことを報告しなければ」
私はそう言うと部下達も慌てて動き出す。だから私は先に言った。
「あれを封印出来るかは分からん。狙うのは良いがあまり下手な刺激はするな。あれは爆発寸前の爆弾だと思え」
私はそう言いながら何人かの部下に指示を出すと部屋を出る。既に白魔の姿は見当たらなかったが嫌な予感だけはしていた。建物内に響く警報音。封印が解除されそうになっているか解除された時に鳴る音だが白魔の時とは恐らく違う。何せ少し前に鳴ったばかりだからな。
「白魔が原因と見るべきだろうな」
さて私は生きて家に帰れるだろうか。部下達は可能な限り生かして帰したいが.....。
「なるようにしかならん...か」
私は足早に歩き出す。事ここに至っては走ったとて事態はそう変わらないだろう。私はそう思いながらも覚悟を決めていた。私程度の命であれば幾らでも捧げよう、人類の未来の為に。
「ん〜、何だろう?この世界妙に死んでるような?」
私は窓から景色を見ながら呟く。見た目はSFのような街並みだ。だが何処か何かが欠落したような違和感を感じる。この建物からどうやら魔力やら私の知らない力が電気等に変換されて街に供給されているのが分かる。というか私の魔力とかも多分そうなっていたのだろう。
魔力を電気やらに変換する技術は素直に凄いと言えるけどその為に私や他の存在から奪って使っているのは何とも言えない。だけどそれも仕方ないのかもしれない。何せ街の外に広がるのは乾いた大地。作物の育ちそうに無い環境だ。恐らく街並みに隠されているだけで土地そのものは乾いて死んでいるのだろう。荒野に作られた街といった感じだ。どう頑張ってもエネルギー問題は深刻だろう。
何回もサーチの為に魔力を飛ばしているのだがどこもかしこも荒野か砂漠かその辺りの地形しか確認出来ない。一部は森や川などもあるがどうにも元気が無さそうだ。率直に言ってほぼ死んでいる世界だと言えるだろう。
「.....おかしいよねぇ?」
なんでこんな死んだ世界があるのか、そもそもここを管理している神はどうしているのか、その割に何故こんなにも人が大勢居るのか理解出来ない。本来ここまで衰退しているのならば人はもっと減っていないとおかしい。ましてやこんな高度な技術力など残しようがないだろう。
「.........あそこか」
妙に警備の厚い場所を見掛ける。ただの倉庫にしか見えないのに三十人以上の警備が居る。交代要員も含めれば優に百人を超えるだろう。しかも警備がおかしい。どうにも外側より内側を警戒しているように見える。勿論私のように封印された何かの可能性が高い。
「まあ見に行けば分かるか」
私は気軽にその場へと足を踏み出した。先程から私を応援するかのように鳴り響く音達を置き去りにするように。まあ付いて来たけれども。
警備の目の前にやってきた私は少し威圧する。先程の人達と同様に顔を引き攣らせてその場から退る人達。人差し指で殴った時も思ったがやたらと弱い。この程度の威圧で死にそうにならないで欲しい。
倉庫の扉を開けようとしてやたらと硬かったので蹴飛ばした。轟音と共に吹き飛んでいったそれを見もせずに中に入る。扉の内側には更に厳重な部屋があったけどそこも構わずに壊す。私の時よりも遥かにガチガチな警備に違和感を感じざるを得ない。まあ気にするようなことでもないだろう。そして私は部屋の中に入る。
そして私は足を踏み入れた。罪の場所に。
原初の罰。決して許されてはいけない罪を見たのだ。
「.....あはっ.....ははは.....これは.....駄目でしょうに」
私の目の前に広がるのは小さな部屋。その中心には配管が大量にある。配管が繋がっているのは一人の女。
いや女ではあるがそれだけではない。彼女は......。
「女神.....」
神を殺し欲望のままに貪る人の業がそこにあった。
スイ「女神様を資源にするなんて、ね。何て業の深い人達」




