471.その神は
「何……で!何が!?」
依代が破壊された。そんな簡単に破壊できるものじゃないのにいとも容易く、しかもこの僕に気付かせる事無く破壊された。有り得ない、有り得ないはずだ。そんな事が出来る存在なんて居ないはずなのに……!
何が起きたか確かめねばならない。勿論そんな事があった場所に本体で行くなんて馬鹿なことはしない。僕が他の神と違って優れているのは何も力だけじゃない。創造の力を使って作り出す眷属や依代が複数いる事だ。しかも僕本体に繋がる道は無いから辿ることも出来ない。万が一依代が破壊された時などにそいつから離れる為だ。僕は強い。けど完璧であり最強であるとは言えない。だから用心に用心を重ねているのだ。
「何だ、こいつ。普通の人?」
眷属を通して見た視界ではあれを抱える男と勇者を抱える女の姿が映っていた。けどおかしい。あれほど理解が出来ない存在なのに力の一端すら感じられない。まるで普通の人。こいつそのものに力なんて微塵も存在しない。なのにそこに居る。
「……何だそれ、そんなのに僕の依代が破壊された?有り得ない。あの依代はそこまでの力を込めてなかったとは言っても普通の人に破壊出来るようなものじゃない。なのに……?いやそもそもこいつは何処から来て……!?」
僕が眷属の視界をもう一度覗き見たら目の前に居た。
「……………………」
男は何かを呟いた。けどその声は、言葉は全く届かない。眷属に耳が無いわけじゃない。だから聞こえてこないとおかしい。それにどうやってこいつは眷属を捕まえた……?
疑問で意識が逸れた瞬間僕の、本体の身体が傾いだ。
「……………………?」
何も声を発せられない。身体も動かない。視界も固定されているかのようで見れない。何も聞こえない。けど傾いだ視界から見えた光景は僕の身体が何故か両断されていてその身体にそっと優しく右手で撫でている男だ。そしてあまりにも僕は呆気なくその生を終わらせられた。
「…………」
「…………ゲホッ……ゲホッ……」
背中を優しく摩ってくれる女の人の手から体温を感じながらも体温とは異なる温かいものが身体を巡っていくのを理解する。かなり致命傷に近い状態だったはずだがこの女の人が優しく摩ってくれている僅か五分程度の時間でだいぶ回復している。流石に全力で戦える程では無いけれどある程度なら戦闘行為すら可能な程だ。
「あり……がとう……」
けど消耗した体力までは回復させられないのかはたまた消耗が激しすぎるだけなのか声が途切れ途切れになる。けどそれももう少ししたら治まるだろう。その程度にはどんどん身体が治っていっているのが分かる。
「…………」
「……?もしかして……喋れ…ないの?」
先程男の人が唐突に何処かに消えていった後も女の人はずっと居てくれたのだがその間全く喋らない。声どころか吐息すらここまで近くにいてようやく感じ取れるくらいだ。吐息も聞こえなかったら人形か何かだと勘違いしそうだ。
「…………」
女性は申し訳なさそうな表情で首を振る。態度的には喋れそうだが何か事情があるのだろう。まあそれも仕方ない。この人が依代なのか眷属なのかは不明だが主が主だ。私では察することも出来ない程の理由があるのかもしれない。
暫く摩って貰っていたがふと思い出した。薄れ行く意識の中でアーランが声を荒らげて何かされた筈だ。周りを見ると少し離れた場所でアーランが倒れていた。
「私はもういいからアーランを助けてくれないかな?」
私がそう言うと女の人は私を安心させるように笑みを浮かべる。その態度から死んだりはしていないのだと理解出来た。かなりギリギリではあったのだろうが何とか助かりはしたのだろう。
「……ねぇ、ミリ、ううん、あの神はどうなったの?」
その問いには少し考える様子を見せる。女の人が考えていると私の目の前に男の人が現れる。驚かせない為かわざわざ魔法陣のようなエフェクトもどきも使っての登場だ。この二人の最初に出て来た感じからそんなもの使わずとも出て来れるだろうに。
「…………んっ、ぁ、ぁ、ぁああ、これでよし」
男の人が喉の調子を整えるかのように押さえて声を発していたら話し始めた。すると女の人も同じように喉を押さえて発声練習みたいなことをし始める。
「うん、ちゃんと聞こえているよね?」
男の人は優しげな笑みを浮かべてそう問い掛けてくる。私はそれに対して頷きで返す。
「良かった。あの神についてはもう君に手を出すことは出来なくなったから安心するといい」
「死んだから?」
「まあ……そうだね。そういう感じかな」
男の人が濁して言おうとしたのでちゃんと確認をする。少し言いにくそうではあったが男の人は確かに頷きながらそう答えを返した。
「あの神、創傅神イィガーズは死んだ。僕が殺した」
「貴方達は依代?眷属?」
「そのどちらでもないよ」
男の人と女の人はにっこり笑顔で一言こう言う。
「「僕(私)達は本体だ」」
「本体……?」
「そう、正確には本体の末端の分体というか……まあ依代みたいだけど違うそんなものだと思えばいいよ」
よく分からないがとりあえず本体ではあるということでいいのだろう。
「それじゃあこうして僕達が来たから契約の対価を貰わないとね」
そう、私はこの人達、本体の神に契約を持ち掛けた。乗ってくれるかは分からなかったけれどそれなりに可能性はあると思っていた。
「君が持ち掛けた契約内容に従い僕達は君の身の安全の保証及びかの神からの危害を永久に無くした。その対価は支払われなければならない。そして既にその対価は提示されている。僕達はそれを頂き契約の終了を宣言するとしよう」
私はその言葉に頷きだけを返す。何せ仕方なかったとはいえ少し寂しくなるのはどうしようもない。男の人と女の人もそれを理解している。
「契約の対価として僕達が君に貸与していた全ての返却及び素因の五割を回収させてもらう。ごめんね、重いと思うかもしれないけれど相手は神だった。対価が重くなるのはどうしようもないんだ」
「大丈夫、生きているだけでも儲けものってもの。素因は回収されてもまた新たに集めればいい。返却の方は……少し悲しいけれど。私じゃまだまともに使えない。それもまた仕方ないことだと思うよ。だから気にしないで」
女の人が少し悲しそうにこちらを見て頭を後ろから撫でて来る。男の人は私の言葉を聞いて頷くと私の手を取る。そして私は失ったことを理解した。力が一気に無くなったことによるものか身体から一気に力が抜けて立っていられなくなる。
「ここに契約は果たされた。対価としてスイより素因の五割、創命魔法で造られし生命、外典・正逆の理の全てをしかと受け取った」
「これで私達は帰ることになるわ。スイ、頑張ってね」
「うん、ありがとう。名も無き神」
私がそう言うと二人は笑みを浮かべる。
「いつか貴方達の事を思い出すよ。外典を貰った時のことを。そして貴方達とのもう一つの契約を果たしてみせるから」
「「楽しみにしてるよ、また会うその日まで」」
瞬きの内に二人は消えていた。そこに元々何も無かったように。ミリの居た形跡も、エンネの居た形跡も、彼等がここに居た形跡も。何もかも。
「……うっ……!」
アーランが起きたようだ。タイミングが良いのかそれともこのタイミングで起きるように調整したのか。どちらでもいいか。別れを言える時間があるのならそれでいい。私はそっとアーランに近付き身体を支える。
「スイ……?」
「アーラン、手短に言うね。私もう行かないといけないみたいなんだ。ミリやエンネ、正確にはそれを操っていた神様かな?はもう死んじゃったから大丈夫。だから安心して……って言うのもおかしいかもだけどもうこの世界は大丈夫だから」
「そうか……スイ。もう行くんだな……」
「うん。慌ただしくてごめんね」
「いや、いいさ。じゃあ一言だけ言うよ。いってらっしゃい」
「……ありがとう。行ってきます」
そして私はアーランに見送られながら世界を後にした。
アーラン「頑張れ……スイ」




