464.ジズ
「あら?意識を失ってますのね?好都合ですわ」
三人がやって来た時既にスイの意識は無くその傍らに女が一人立って何かをしていた。三人は若干の警戒をしながら近付く。この女が誰かは知らないがスイを逃がした存在と関係が無いわけではないだろう。だがあくまで三人が命じられたのはスイの抹殺のみ。わざわざリスクを冒してまで女と戦うメリットは無かった。
「そこをお退きなさいな。そうすれば貴女は生かしておいてあげてよ?」
語り掛けるが全くこちらを見もしない。聞こえているのかすら分からない程に反応が無い。
「聞こえませんの?そこをお退きなさいと言ったのですけど?」
女、ジズはその言葉に鬱陶しそうに目を細めて声を掛けてきた存在を見る。忘れてはいけないのだがベヒモス同様ジズもレヴィアタンも三界の空、海、陸の元となったような怪物だ。ベヒモス程でないにしろかなりプライドが高い。そのジズからすれば我が物顔で飛んできた天使もどき程度が誰の許可を得て空を飛んでいるのかと苛立ちを抑えきれない。
ここでおかしな事を言おう。本来の創命魔法についてだ。創命、つまり命を新たに創り出す魔法ということなのだが、ここでポイントなのが【新たに】という部分だ。つまり既に存在しているような者を生み出す魔法ではない。ましてや既に神話の中に堂々と出現するような知名度があるような神話生物を生み出すなど以ての外だ。
では何故スイが娘として生み出せたかというとそれはもう既に分かっている通り名も無き神の仕業に違いない。如何なる方法かは分からないがスイの創命魔法に干渉し既に生み出されているような存在をスイの娘として新たに誕生させたのだ。
だが誕生であると同時に新生でもある。かつて存在した者として記憶が連綿と継がれている。勿論だからといって当時の力が使えるわけではない。というかもしも使おうとするならばスイの魔力を軽く五十回は枯渇させて尚足らない程度にはジズ達の持つ本来のスペックは化け物だ。何せ世界を文字通り作り出せるのだから。
さてここまで言ってから改めて現在のジズのスペックを確認しよう。ジズの本来の力の五十分の一……?いいや、更に低い。百分割しても尚足りない程には。実の所、神話再演等を使えば身体能力の制限を取り払い神話における事象の再現が出来る……と思われている。スイがジズ達の本来の力がどの程度か分からない為にあくまでも仮初、それらしくやれるだけだ。
ではではこの状況はかなりまずい。本来の力ならばまだしも制限どころか最早瀕死と変わらない程の力しか発揮出来ないジズでは天使達を甚だ遺憾ではあるが相手出来ない。身体能力、行使する事象、全てで負けてしまっている。ならばどうするか。
「現世降誕」
スイの魔力量では絶対に発動出来ない筈のそれをジズは唱える。その瞬間三人は自分達が遥か遠い場所に叩きつけられていることに気付いた。
「!?!?」
何が起きたのか分からない。ただ女が何かを言った瞬間に自分達がこの遠く離れた地で叩き付けられたことしか分からない。しかし怪我らしい怪我はない。叩き付けられた時だろうか。背中に喰い込んだ小石が痛い程度だ。
「何が起きたんですの?」
「分からねぇ。だが誰も反応出来ないってなるとあの女がいる時に行くのは無茶だぞ。間違いなく死ぬ」
「移動させる技ってわけでもなさそうだよねぇ」
そう言いながら三人は自分達が叩き付け?られた所を見る。酷く抉れたその大地は相当な力でやられた証拠だ。なのに怪我が無いのがぞっとする。
「本気なら既に死んでいるぞってことだなぁ。こりゃやべぇ」
「でもなんで殺さなかったんだろう?」
「さあな、だが今行くのは無謀だ。まだ居るだろうしな」
「……少し待機しましょう。源天使に連絡を取りましょう」
三人は第一位階ではあるが、その明らかに自分達の手に負えないそれに自分達での対処を早々に諦める。プライドもあるため連絡したくない気持ちもあるがそれ以上に自分達の身の安全の方が最優先である。こうして三人は先程別れたばかりの源天使からの連絡があるまで待機することを余儀なくされた。
その頃ジズは自らが叩き付けた三人の方を見ていた。決して殺してはいない。いや殺すつもりもない。あくまで自分はスイの娘であり【空を象徴するもの、ジズ】ではないのだ。
「けどやってしまいましたね。どう誤魔化しましょうか」
ジズがやった事はただ三人を身体能力に任せて叩き付けて瀕死にした三人を回復させてやっただけだ。だがそれ程までの力をジズは持たない。正確にはスイの娘であるジズは持たない。ましてや現世降誕はスイの全魔力を枯渇させても発動出来ない。
ではどうやったのか。酷く簡単でそれでいてスイの娘としては落第点の出来事。
「本体を出すなんてやっちゃいけませんよねぇ……」
スイの娘ではない、本来の自分が出ればいい。空を象徴するものとしてのジズはそこに空があるならば、何時でも何処でもそこに現界出来る。だってそれが空だから。何者にも縛られずそこに現れるもの、究極の怪物が一つ、それが空なのだから。
現世降誕なんて使っていない。ただ見ているグライスとネズラクを騙す為だけに言っただけだ。それがどこまで意味のある行動かはさておいて。
『少々気になりますが今は何も言いません。良くやってくれましたジズ』
『ああと、まあうん。色々あんだな嬢ちゃんも』
やっぱり誤魔化されてはくれなかった。というかこの目も鼻も口も耳もないような剣がどうしてジズのしたことを正確に把握出来るのだと大声で言いたくなるが我慢する。プライドの高いジズではあるが流石に自分達でも壊せるか怪しいアーティファクト相手にはプライドの高さも発揮されない。
ジズは知っているのだ。アルーシアで発生したアーティファクトという概念がどれほど馬鹿げたものなのかを。より正確にはアーティファクトという概念を保有する神代の武装とでも呼ぶべきアイテム達の桁違いの耐久力を。これを創り出したとされる宝王トナフはジズ達が本音で凄いと言える唯一の人だ。だって多分グライスもネズラクもこの前見付けたあの砦も壊せない。まあネズラクは名も知らぬ鍛冶屋のおっさんによる作品だし砦に至ってはそもそもアルーシアのものですらないが。
「うぅ、まあ良いとします。それで?今主はどうなってますか?」
『あぁ〜、そうだな。まあ簡潔に言っちまえば呪いは切り離して消し飛ばしたから大丈夫だ。んでグライス先輩がついでにあの神様にされたらしい余計なもんも切り離しちまおうってことで切っちまったところだ』
「余計なもの?」
『おう、あの神様はどうやらマスターに、あぁ〜、感情?みたいなもんを芽生えさせたみたいでな?分かりやすく言えば元の世界に戻りたくないみたいになるみたいな?まあそんな感じだ。だからマスターは記憶を戻そうともしなかったしアルーシアに戻りたそうにもしてなかったってことだ。まあマスター的には無意識なんだろうがな』
「それを切り離したと」
『はい。これで起きた時にはマスターは元のマスターになる筈です。そうなればあのような奇怪な機械天使風情にやられるような不甲斐ない姿は見なくなるはずです』
『グライス先輩が言うには本来の性格とかも制限?されてるみたいだから解放しちまえば大丈夫だろうって。まあ俺からすりゃどっちでもいいんだけどな。だってマスターだぜ?俺達が何もしなくても多分勝手に解決してそうなマスターなんだぜ?』
『それでもマスターの不甲斐ない姿を見たくはありませんしマスターの身体を思うならばさっさと治すべきです』
『まあそうなんだけどなぁ。無理に切っちまったら大丈夫なのか分かんねぇのに』
『ネズラクが何とかしたでしょう?』
『したけどよ?俺だって初めての試みなんだからちょっとは手心ってもんを』
『必要ありません』
『えぇー』
グライスとネズラクが何やらコントみたいなことをしているがつまりスイは少なくとも起きた時には元の?スイに戻るらしい。
「……(あれ?ってことはベヒモスのこととか色々加減されてるってこと?まずくない?私のしたことバレたら殺されないかな。大丈夫かな?)」
ジズは内心で物凄く慌て始めた時、目の前のスイの瞳がピクリと動いた。
ジズ「……ぷるぷる」
グライス『何故震えているのでしょう?』
ネズラク『……そっとしといてやろうぜ?』




