456.唆す者
街に戻ったら兵士に囲まれた。正確には私だけ囲まれて槍を向けられてる。一様に兵士達は恐怖の表情を浮かべている。まあこうなるかもなとは思っていたので私は抵抗しない。指示出した私が言うのもなんだけどアジ・ダハーカの衝撃はデカすぎた。
アーラン達は無理矢理引き離された。ミリは一応私の主という事になっているのだけどそれすら関係は無く全員引き離された。というかこの感じだとほぼ間違いなく私が精霊だとは思われてない。
「ん~、潮時かなぁ」
ぼそっと呟いて指輪から適当な椅子を取り出してその場に座る。どうでもいいけどこの出した椅子やたらと豪奢な椅子だ。何処で手に入れたか忘れたけど凄く座り心地良くて気持ちいい。この職人さんにベッド作って貰ったら長時間眠っても疲れなさそう。
そんな風に好き勝手してたら兵士達の奥の方から誰かやってきた。その頃には私の目の前には小さなティータイムとかに使われそうなテーブルと多分適当に詰め込んだ何の花か分からない花が飾られたお洒落な花瓶、ケーキやクッキーといったお菓子を置いて紅茶飲んでた。
『んむ?誰か来たぁ?』
「これは……」
ダーちゃんが頬っぺたにケーキを付けながら振り返るとそこに居たのは片方の目が潰れているのかかなり悲惨な傷跡を付けた女性だ。切れ長の目は冷静に私達を見つめている。
「ふむ、ご相伴に預かっても?」
「ん、いいよ。甘いものは好き?」
「そうだね、休憩の時には食べる程度には好物と言えるかな」
そう言いながら堂々とテーブルを挟んだ椅子に座る女性、ちなみにダーちゃんは何故かさっきから私の隣で私から隠すようにクッキー食べてた。椅子に座らずに食べるあたりこの子大概やばそうな感じだ。
「ほう、甘くて美味しいな。どこで売られていたものなのかなこれは」
「残念だけどこの世界のものでは無いかな。あと私も覚えてないけど多分作った人は死んでるから」
多分ケルクにあったやつだと思うんだよねこれ。シィとリムと手分けして適当に詰め込んだ時の物だから恐らくというかほぼ間違いなく死んでる。
「そうか、それは残念だ。美味な甘味を作る職人は保護したいとすら思うのだがな」
「そうだね。私もここまで美味しいなら条件付きで生かしておいてあげれば良かったなと思うよ」
「何かしてしまったのかなその人は」
「まあ街単位でね。その人個人には特に思う所はないよ」
私が実質街を滅ぼしたのだと伝えても女性は特に顔色を変えない。随分と肝が座っている人だ。諦めているのかもしれないけれど。
「それならば致し方あるまいな。今こうしてご相伴に預かれただけでも良かったと思うべきだろう」
「……へぇ」
その態度に面白くなって私は女性を見る。女性は見られていても何の変化もない。
「何かな?」
「いいえ、私が言ったことが分からないわけじゃないでしょう?あれほど直接的に伝えてあげたんだから」
「勿論分かるとも、だが君は異世界の魔王とやらなのだろう?ならばそれくらいしていても何らおかしくはあるまい。それにその魔王様は私達を守る為に力を尽くしてくださっている。過去の所業がどれだけ酷い悪業であったとしても今救ってくれた事実が消えるわけではない。そこは間違えないようにしているんだ」
女性はそこまで言うと口元をハンカチで拭う。
「魔王スイ、私達を救ってくれてありがとう」
そう言って頭を下げる女性、周りの兵士達は少し居心地悪そうにしている。一方私は少し驚いていた。普通兵士達のようになると私は推測していたし実際そうなっても特に何も思いはしなかった。だけど女性のような態度を取られるとは全く思っていなかった。
「……ん」
結果として何を言おうか迷って頷くだけしか出来なかった。
「ふふ、異世界の魔王は随分と可愛らしいお人のようだ」
女性は楽しそうにそう言うと立ち上がる。そして兵士達に向けて腕をなにやら振ると兵士達が槍を下ろす。
「魔王スイ、貴女はこの世界で何を成すつもりか聞いても?」
「ん、この世界の魔王を撃退ないしは殺す。そうしたら私は消えるよ」
この世界をある程度回って分かったが異物らしい気配は残りは魔王のみと思われる。だから魔王をいなくならせてしまえば私はすぐにでも消えることだろう。
「そうか、ではそれまでの間よろしく頼むよ」
女性はニコリと綺麗な笑顔を浮かべて私に手を差し出してくる。
「……ん、分かったよ」
打算だろうけども何も言わずに受け入れられたという事実が少し嬉しくなってその手を掴んだ。
だからこそ気付かなかったのだ。裏に潜む悪意に。
美しい彼女が握手に応じている。絵描きが見れば一枚の絵として人気になりそうな光景に目を細める。
「どうです?あれが彼女です。魔王です。取り入りいずれこの世界を蝕む悪意です。それに彼女は色々と不可解な点が多いでしょう?」
思い返せば色々と不可解な点はある。そもそもこの世界に誰に送られてきたのか何を知っていて来ているのかアジ・ダハーカなる怪物をその身に飼っているのはどうしてなのか死人とはいえ人の形をしたもの達をあれほど容易く殺して行ったのは既に人を殺したことがあるからか。思考を巡らせれば巡らせるほどどんどん深みにハマっていく気がする。
「彼女はこの世界の魔王を殺しその座に座るつもりです。その為に勇者パーティを利用しているのです。騙されてはいけません。そもそも彼女は一体何なのかそれすら知らないでしょう?私は知っている」
耳に響く声が彼女の真実を教えてくる。
「彼女は幾百幾千幾万の人々を殺した魔王です。きっとこの世界の魔王も神も殺す為にやってきたに違いありません。そして人類を全て殺した後はまた別の世界に渡り滅ぼす。彼女は既に複数の世界の主たる人物を殺し滅亡の一途を辿らせています。私の主がそれを確認しています」
淡々と伝えられる彼女の真実は恐ろしいものばかりだ。そしてそれが違うのだと否定する事も出来ない。何故なら彼女の事を知らない。彼女は教えてくれない。
「それに……どうやら彼女は恐ろしい術を開発しています。何年も前からこの世界に潜伏していたのでしょう。そして満を持して出てきた。黒印という酷く余りにも理不尽な呪いの技を携えて」
声は更に語る。
「黒印は呪いの塊を対象に打ち込みます。そしてその対象が死ぬまでに起きた負の感情を蓄え、対象が死んだ瞬間その身に蓄えた呪いを爆発的に広めてその土地を死の大地へと変える恐ろしき技。彼女は人のみではなくその大地すら殺しに来ているのです」
声は更に語る。騙り語る。それが真実かは誰にも分からない。
「彼女は恐ろしく強い。だけどだからこそ付け入る隙もある。これを……」
声の主に渡される短剣。それは真っ黒な剣。闇夜に沈んで見つけられなさそうなそんな剣。
「あなただけが彼女の凶行を止められる。頼みましたよ」
声は消える。
短剣を服の内側に隠し彼女を見る。彼女はやっぱり美しかった。
???「これで彼女を……」




