438.アレベオルタンケンス
「マスターの年齢ですか……?確か今年で七万年目だとは聞いた覚えがありますが」
「エキュイ、それはもう二万年以上前だ。つまりマスターは九万年ほど生きてらっしゃる」
ついロリコンなのかとアレベオルタンケンスの一体、最初に話し掛けてきた者に聞くと別のアレベオルタンケンス、エキュイと呼ばれた女性が横から答えてそれを最初の一体、バーゼナクという男性が訂正する。
「……あれで九万年?」
「マスターの種族は聖光天使の第二位階。寿命の類は存在してませんから」
「ばえら?きゃらぜす?」
「……えっと、そうですね。この世界風に言うなら聖なる光の天使でしょうか?それの上から二番目の位階ということです」
バーゼナクが少し悩んだ後にそう答える。どうやらこいつらが居た元の世界では天使がやたらと多いようだ。天界とでも呼んだ方が良いか。まあその天使達が侵略してくるという悪魔みたいなことしているのが良く分からなくなってくるが。
「思ったんだけど侵略が成功した場合お前達はどうなるの?」
「私達ですか?恐らくペルファ……あぁ〜っと元の世界に戻り昇華なり移魂していたと思いますが」
「……お前達の世界の言葉やたらと専門用語みたいなの出て来て理解するのが苦労するんだけど」
若干会話が面倒になってきた。そこまで知りたい内容という訳でもないから流してしまおうか。
「すみません。どうにも私達の大半はこの世界の住人と関わりを持っていないので言葉を上手く伝えるのが難しくて……」
「いや別にいいんだけどね。それより私はお前達の仲間?同種っぽいやつらを殺してるけど何も思わないの?」
「……本音を言えば少しは思います。けれど彼等と別れて既に何千年も経っています。流石に記憶も感情も薄れてしまいましたよ。マスターは忘れない筈なので未だに覚えているでしょうが……マスターは少々他のザラエ……えっと、天使達と関わりが薄いので特に何も思っていないかと」
あぁ、まああの子私に一方的に告げた後どうも甘やかされてたみたいだしかなりの人見知りかぼっち属性持ちなのだろう。しかし上から二番目の天使となると恐らくかなり優秀な部類なのではないだろうか。見た目からは全く想像つかないが。
「ねぇ、そう言えばあの子の名前は?」
「マスターの名前は私には発言出来ないです。祝福を受けてらっしゃるので。どうしても気になるのであればマスターから直接名乗って貰わないことには……」
どうも凄く面倒くさそうだしあの子に名前を聞いても多分しどろもどろになって答えられないのではないだろうか。そう思った私は首を振って話を切り替えた。
「まあ名前は別に良いとして……ダンジョンごと移動させるってことで良いんだよね?」
そう問い掛けるとバーゼナクは頷く。どうもダンジョン内には完全に自給自足できる環境が出来上がっているらしく移動の際に置いていくとなるのは厳しいようだ。
「マスターの好きな果物などもありますので持っていただけるなら幸いです」
「……ん?もしかして果物の為だけにダンジョンごと持っていかせようとしてる?」
「……え?そうですが……私達はそもそも食事を必要としてませんし」
「……」
思わずじっと見つめるがバーゼナクは首を傾げる。自給自足ってもしかして果物だけじゃないよね?
「ダンジョンに何があるの?」
「それは……どういう意味合いの物でしょう?罠などの類を聞かれているのでしたら流石に答えられないのですが」
「環境とかどういう植物とかが置いてあるかだよ。具体的には自給自足の内容が凄く気になるんだけど?」
「はぁ……まあそれでしたら……。果樹が三千種に魚が七万種、獣が三万種でしょうか。野菜の類はマスターが嫌いなので無いですが作ろうと思えば作れる筈です」
「……え?」
思った以上のとんでもない量に思わず耳を疑う。なんだその馬鹿げた数は。いやあくまで種類であって数自体はそれほどの可能性もある。
「数自体はどれくらいあるの?」
「数?そうですね。数えたことは無いのではっきりとどれくらいとは答えられませんが果樹だと一種辺り百本ずつ程度で魚と獣には繁殖させているので詳細は不明です。ただ生み出した当初はそれぞれ十万匹ずつ放っていたはずです。そこからあまり食べていませんし自然のサイクルで増えたり減ったりしてるんじゃないでしょうか」
「もしかしてあの子って凄かったりする?」
「それはもう。第二位階となればダンジョン位でしたら片手間に作れます。マスターは戦闘方面にも才覚はありますがあまり戦いたがりません。動く事を極端に嫌がる方ですし。だから転移で数歩程度ではありますがここまで出て来たのは五千年ぶり位ですね」
いや極端過ぎる。あの時あの子歩いた歩数なんて十歩も無かったのにその十歩が五千年ぶりとは全く動いていないのか。動いてないんだろうなぁ……。
「あの子どうやって生きてるの」
「基本的に私達がお世話してます。とは言ってもマスターは本当に動きませんのでお世話する内容なんて殆ど無いんですけど。汚れたりもしませんし汗等もかかれませんし……一応着替えと湯浴みはしてますがそれだけですね。食べる事すら何十年ぶりとか普通にありますし」
生態がやばすぎて眉をひそめそうになる。生命体として高次元にでもいるのだろうがそこまでいくと生きているというより在るという形の方が正しく感じる。私も確かに生命体としては似通っているのかもしれない。血は別としても食事だって本来は不要だし寝る必要も無い。身体が魔力だから汚れないというのも同じだ。
そう思った時にあの子のようになった私を想像して気分が悪くなる。ああはなりたくないなとだけ考えて無理矢理思考を止める。
「まあいい。じゃあ貴方達はとりあえず……錬成。はい。血の誓約っていう私の世界の誓約陣みたいなの作ったから全員に交わさせて。私は他のダンジョンを潰しに行くから」
「分かりました。あの……」
「……他のダンジョンでも貴方達みたいなのが居たら殺しはしないから安心しなさい。多分居ないでしょうけど」
「いえ、確認して頂けるだけで結構です。ありがとうございます」
バーゼナクはそう言って頭を下げる。良く見たら遠くで見てたアレベオルタンケンスの全員が頭を下げていた。私は何とも言えない気持ちのままその場を後にした。
「……うん。まあそうだよね」
結局というか当然というかバーゼナク達のような存在は居なかった。それは今目の前で私を睨みつける第四位階という天使が証明している。バーゼナク達と別れて三日経っている。
ここが最後のダンジョンだったのだがアルゲバと名乗った天使と一騎打ちしているのだ。そういえば最初に壊したダンジョンには天使が存在していなかったのだがあれはどうやらある程度大きくなったダンジョンは天使の管轄から離れるかららしい。確かにあの時壊したダンジョンはどれもこれも規模が大きかった。
その証明のように四十七個程壊したがその内三十二個で天使が現れた。第二位階は居らず一番高くて第三位階だった。第一位階という名前だけ天使との会話で知った存在は他世界に侵略しに行ったりはしないのだそうだ。
無駄に天使達の位階名だけ知った。第三位階の天使はそれなりに強かったが強い程度で終わった。私と相対するにはまだまだ力量不足だった。ただこの天使達位階が一つ違うだけで全くの別格に変わる。現に第四位階の天使は片手間に相手出来てしまっている。
「昇華……か」
恐らくそれが天使達の望むものだろう。それをしたら位階が上がるのかもしれない。だとしたら第一位階の天使は一体どれほどの強さなのか。
「もしも来たら殺すけど」
そんなことを口の端で呟きながらアルゲバの首を跳ね飛ばした。
「はぁ……あの娘達の事も考えないといけないし放置しちゃったラウネの所にも行かなきゃ」
考える事は多いがすぐに次が始まるのだろう。二つ目の世界がどんなのかは分からないがここ程面倒でなければいいなとそう一人思った。




