430.いざ魔王の元へ
少しの休息から目を覚ますと何時もわちゃわちゃとしている私の中の娘達があんまり居なかった。ムンちゃんは私の下でのんびり昼寝しているし獏は今も私の腕の中でうごうごと動いているので中に居ないのは当然だがそれ以外の娘達は特に出していない。
それなのに今私の中に居るのはフェニックスのニクス、マーナガルムのマナ、アジ・ダハーカのダーちゃん、ラタトスクのトクちゃん、ヴィゾーブニルのヴィーちゃん、ユミルのユーちゃんだけだ。物凄く少ない。
私の体の中に本来居るのはレヴィアタン、ベヒモス、ジズ、ハティ、スコル、マーナガルム、フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル、アジ・ダハーカ、ジャバウォック、ニーズヘッグ、ラタトスク、フレスベルグ、ヴィゾーヴニル、ヴェズルフェルニル、アスピドケロン、ウロボロス、カーバンクル、フェニックス、バロール、ヘカトンケイル、ユミル、テューポーン、バハムート、白面金毛九尾、獏、バロンとかなり多彩だ。多分私のまだ封印されている記憶の中では他にも創命体が居ると思うけど少なくとも今は居ない。尚大半の創命体の能力は把握してない。というか知らない。
なのにたった六体プラス出ている二体しか居ない。何が起きたのだろうか。まあムンちゃんや中に居る意外と真面目な子(そこそこ過激発言多め)なユーちゃんが何も言っていないから大丈夫なのだろうけど若干気になる。というのも創命体の娘達は自我やらがあるので結構好き勝手動くのだが何も言わずに私から離れて行動するような事は今まで無かったからだ。
「……ん〜、まあ良いか。ムンちゃん皆が何処に居るか知ってる?」
『むぅ……?他の奴らなら感知したダンジョンに突撃して行ったぞ。何やら退屈だったようでな。身体をまともに動かせたのは我ぐらいだったしな』
「……あぁ〜」
凄く納得した。それなりに好戦的な娘達が多いから今回のダンジョン破壊の際に出たかっただろうに私がつい使い勝手が良いムンちゃんを出しちゃったせいで他に出られた娘はニクスと辛うじて出せたユーちゃんの足くらいだったもんね。狼衆も出てた筈だけど気にしない。マナ以外の狼衆は多分狩りに行く気分で一緒に出ていったんだろうな。
「……ん?いや待って?戦いに向かない子も一緒に行ってない?大丈夫?」
『大丈夫であろう。元よりこの世界に我等を傷付けたる存在などおらん。適当に放っておけばいずれ戻ってくるであろう』
「そうだろうけど……」
ムンちゃんの言う通りなのだろうけど少し気になる。それに私もあの機械天使達もう少し殴り飛ばしたかったんだけどな……まあ良いか。娘達が不満を抱えるよりはマシだ。以前暇な時に不満解消のためやったウロボロス引きとか動き回る大量カーバンクル投げとか踏破を諦めそうになったユミル登頂とか本体どーこだフェンリル探しとかやるよりは勝手に不満解消してくれる方が楽だ。
「ってうん?カーバンクルダンジョンじゃないよねこれ?」
『うむ。其方が寝やる前に男と女子が来たであろう?あの者らの背に付き魔王城とやらに向かったようだ』
「本当に何してるの?」
別に今は魔族と何かやるつもりなんてないのに面倒臭いなぁ。そう思っていたのが顔に出たのかムンちゃんは更に続ける。
『面倒かもしれんが我等のような創命体と其方の間にはパスが繋がっておるし行こうと思えば繋がりを利用して渡れるであろう?そこまで面倒か?』
「……渡れる?」
『うむ』
ムンちゃんが言うには創命体の娘達は純度百パーセント私の魔力でできている。それがゆえに場所も辿れるし何なら少し魔力をその辺りにばら蒔いておいてくれたらそれを終点または起点に転移できるということだ。
「なる、ほど……なら手始めにばんちゃんの所にでも行こうかな。ダンジョンじゃないっぽいしいきなり襲われたりもしないでしょ」
それにダンジョンは一応かなり弱い部類とはいえ神の手先でもあるしそもそも異界に近いから例え一歩先にあるくらい近くても転移は難しいだろう。
「よし、とりあえずばんちゃんの所にごー」
次の瞬間私の身体は光ったと思った瞬間、別の場所で立っていたのであった。そしてアイオラとズロース、何故か瀕死のアバリスに出会ったのであった。
「さてと、此処が魔王城だっけ?」
「は、はい。先程まで居たのが北の塔で今居るのが西の塔になります」
「中心にすぐ行かないのは何で?」
私の問いにアイオラはすぐに答える。まるで早く答えないと死ぬとでも言わんばかりの態度だ。まあばんちゃんに何かしてキレさせたみたいだし仕方ないかもしれない。
「結界の効果で幾つかの順序を踏まないと入れないのです。スイ様なら入れるかもしれませんが私達が入れませんので……も、もう少しお待ちください」
「別に気にしてないから良いよ。窓から外を眺めるのもそれなりに楽しいし景色も意外と良いからね」
私はそう言って窓の外を見る。魔王城とか言うくらいだから辺り一面暗かったり墓場みたいな雰囲気でもあるのかと思ったら実際はそんなことはない。というか見た感じ普通の王城とその城下町と言った感じでザ・魔王城みたいな感じではない。分かってはいたけど魔族と呼ばれているだけであり普通に人族とあまり変わらない感じだ。強いて違うならアルーシアの魔族みたいに見た目がほぼ人族と変わらないみたいな魔族は居なくて角が生えてたり触手の塊みたいな存在が居たり下半身が多分鹿?みたいな人も居たりとファンタジーって感じだ。どちらかと言うと亜人族に近いかもしれない。
そんな不思議な人達が街路樹の剪定をしていたり屋台で売り込みをしていたり子供達が小さな枝を持って走り回っていたりと概ね平和な感じだ。これで人と敵対していて戦争中だというのだから何とも言えない。
「ねえ、ここの人は戦争している事は知っているの?」
「勿論知っていますが……それが何か?」
アイオラが不思議そうにそう尋ねてきたので首を振って何でもないと答える。戦争が当然の種族というのならばそりゃ人と相容れないだろうなと納得した。まあ長年戦争していて戦争をしていない日が無いからというのもありそうだがそれ以前に多分争いが当然になっているのだろう。もっと言えばこの世界の理がダンジョンを通じて干渉されたことで書き換えられているのだろうなと思った。
「ん〜、ジズとハティ、ハクちゃんとバハムートがダンジョン破壊に成功かな?他の娘達もあと少しって感じかなぁ。あ、バロンも壊したか。でもダンジョンまだまだ多いんだよねぇ……当面帰ってこないかな?」
かなり遠くで破壊したのを何となくで察知しながらアイオラ達に付いて結界をすり抜けていく。今し方すり抜けた結界を見て多分殴ったら壊れたなぁと思いながら付いていく。謁見の間みたいな物があるようでそこには既に魔王が居るようだ。
手順としては魔王に跪いたりとか頭を上げては行けないとかあるみたいだけど諸々全部無視して部屋の扉の前で止める兵士も無視して片手でちょっと重めの両開きの扉を開ける。スタスタ歩いて行って魔王とやらを見る。
玉座に座った女の姿は二十代半ば位で綺麗な黒髪のポニーテールに側頭部からは角ではなく紫陽花に似た花が咲いていた。足は至って普通に見えるが良く見ると少しうねっているし木の根のように見える。いやというか実際そうなのだろう。
窓から見た限りでは城下町に似たような種族は居なかったが創命魔法で娘達を作る際に色々な神話やら不思議生物やらを調べていてこの姿に似たものを見た覚えがある。
「アルラウネ?」
「……そういう君は吸血鬼かな?」
「ん、よく分かったね」
「犬歯が長いしそうやって少し目を細めた時に瞳孔がほんのり縦になってる。羽が生えていたし悪魔かとも思ったけどそれにしては小悪魔や夢魔、悪魔の類にはどうも思えなかった。それならまだ吸血鬼とかの方が有り得そうかなと」
「…………」
「…………」
「好きな食べ物は?」
「今じゃ食べられない物だよ」
「生魚は好き?」
「寄生虫が居ないなら」
「…………」
「…………」
何となく感じてた。というかこの魔王が異物なのは間違いないんだけどそれと同時にこの世界の存在でもあるという不思議な感覚があった。異物でありながら受け入れられている不思議な存在。そして何よりこの世界で地味に初めて見た黒髪とちょっと幼げな感じの童顔、いや分かりやすく言おう。この世界の住人っぽくない。というか種族が違うだけで凄く日本人っぽい。
「お寿司」
「…………私は寿司より茶碗蒸しが好き」
「……苦労したんだね」
そう言って疲れが見えたその顔に苦労が見えて思わず私はその魔王の事をつい抱きしめたのであった。
スイ「よしよし」




