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429.ばんちゃん



二人は信じられない光景を目撃していた。アバリスが一瞬にして四肢を無くしたのを見た時は血の気が引く思いだった。しかも次の瞬間全く視線を逸らしてなどいないというのに目の前に十数匹の小動物に囲まれていた。更にその後小動物の中で他の小動物に比べてほんの少し大きく感じる個体がいつの間にか目の前に来て瞬きの内に黒いフードを目深に被った人物と入れ替わっていた。

「……なっ!?」

「……んきゅ」

驚愕しているアイオラに向けてフードの人物は一言答える。いやそれは答えるというより鳴いた。あの小動物と同じ鳴き方で少女と思しきそれが鳴いた。それであの小動物がフードの人物になったのだと理解した。

「…………ん、ぃぃぅ、うぅねぃ……んんっ……」

何度か喉の辺りに手を当てて少女が声を発する。

「……ていこう?……なら……しぃ」

ただそれは言葉の意味をあまり理解していない様な口調でどうにも拙く辿々しい言い方だった。

「違う。俺達はそんなつもりは無い。そこの奴が勝手にやっただけだ。弁明させてくれ」

ズロースはアバリスを咄嗟に売った。仲間としてそれなりに過ごしてきた存在ではあるがここで渡さずにあの少女との関係が完全に拗れるのを見過ごす事は出来なかった。アバリス一人の命を救う為に魔族という種族を絶滅の危機に晒す訳には行かなかった。

「……………………べん、めい……かって……うん。わかった…………なら……それ……し」

フードの少女はアバリスを指差す。身体全部がすっぽり隠れるフードから出て来たその指は艶めかしくそれでいて純粋に気持ち悪かった。人の指を真似ただけの生肉、そんな感想を抱かせたのだ。

「アバリスを……渡せば良いのか?」

「…………」

アイオラの問いにフードの少女は答えない。ただ指差したまま動く気配が無い。

「………………まま……ごめ……ん。はい…………ばんは……あやまり、あやまる」

指差したまま不自然に動かなかったフードの少女は突如として何かを言うと背後へと振り向く。同じように二人も同じ方向を見て悲鳴を上げるのを何とか抑えた。

あの少女が、大蛇の主であるあの少女がこの魔王城の中に現れていた。張り巡らされた幾重もの結界も物理的な壁も何もかも無視してそこに当然のように居た。有り得ない。そう叫んで逃げ出したかった。けどそれは許されない。既に少女は二人の事を完全に認識しておりこちらを透き通るような翠の瞳で見つめていたのだから。

「…………誰だっけ?」

「あ、アイオラだ……」

「ズロースだ」

あの少女は二人を見て首を傾げて問い掛けてきたので即座に名を答える。下手に渋ったり誤魔化そうとして不興を買いたくなかった。

「アイオラとズロース、うん、覚えたよ。それで此処って何処なの?この子が迷惑掛けなかった?あ、そう言えば名乗ってなかったよね。私はスイ、この子はカーバンクルのばんちゃん……って言っても分からないか。まあこっちの子は覚えなくても良いよ」

そう言って少女、スイはばんちゃんと呼んだフードの少女の頭を撫でる。そして次の瞬間にその姿が消えた。あまりに唐突に現れ唐突に消えたフードの少女に二人が面食らっているとスイが四肢が吹き飛び今にも死にそうなアバリスに気付く。

「ん〜?まあ良いか。ばんちゃんに何をしたのか知らないけど気を付けなよ?神癒(コールヒール)

見て手を翳して魔力が動いたと思った瞬間アバリスの怪我が凄い勢いで治っていく。血は一瞬で止まり肉片になっていた四肢は魔力による光の欠片がそのまま腕や足になってくっつき十秒もしない内に五体満足のアバリスがそこに転がっていた。

アバリス自身何が起こったか分からないのか目を丸くしている。その顔色は今にも死にそうだった時と比べて健康的な顔色だ。先程までただ寝転がっていただけと言われても違和感は無いだろう。

「……」

アバリスが自分の手足を見てスイを見て二人も見てスイを再度見る。

「そうか。お前……いや貴女が俺を助けてくれたのか」

「ん?そうだね。ばんちゃんに多分蹴飛ばされたんでしょ?何したのか知らないけどあの子は私以外に触られるの凄い嫌がるからね。お詫び代わりに治したよ」

「いや、俺はああされてもおかしくないことをした。詫びを入れたいが触られるのも嫌ということは俺の顔など見たくないだろう。代わりに貴女に詫びさせてくれ。すまなかった」

アバリスの気持ち悪い程素直な態度に二人が心底気持ち悪そうにアバリスを見ているがアバリスは気付いた様子もなくスイに頭を下げている。スイはスイで状況が意味不明過ぎて困惑していた。

「……えっと、うん、受け取っておく…ね?」

「ああ、その上で……そのだな。いやうん。男子らしく正々堂々と言わせてもらおう。貴女を俺の主君として永劫仕える栄誉を与えて貰えないだろうか」

「……え?えぇっと、間違いじゃないなら貴方も魔王軍?の人だよね?」

「その通りだ。魔王軍第五の将雷牙のアバリスという。そこに居る第三の将炎魔のズロースと第六の将知眼のアイオラと同じ将だ」

「……魔王軍の将軍って話なら貴方の主君は魔王になるんじゃないの?」

「そうだな。だからその主君を貴女に変えたいと願っているのだ。受け入れてくださるのならば魔王様には事情を説明する。その際殺されるかもしれんがその時は素直に受け入れようとも思う」

「…………何でいきなり私を主君にとかそういう話になるの?そもそも私別にそんなつもりで貴方を治してないし別に要らないんだけど?」

「俺の心に従った結果だ。貴女が俺にとって女神であり使徒であり運命の輪であると心が叫んだ。此処で死にかけたのもその結果貴女と出会い治して貰えたのもこうして話せるのも天が、神が定めた運命だとそう感じた。そして俺もまたそれに従い貴女に仕えたいとそう思った。駄目だろうか」

スイはアバリスの顔を見てその瞳を見た。嘘偽り無くただ真実を告げるその瞳に少し考えを変えた。

「……ん〜、アバリス貴方って何が出来る?」

「戦闘と言いたいがばんちゃんなる者には何も出来なかった。だから流石にそちら方面では役に立たない可能性は高いと思う。だが仮にも将としての経験がある為書類作業等はそれなりに行った経験がある。また将兵の監督等も出来るとは思う。それ以外だとまだ何を出来るとは言えないが女神である貴女の為ならば苦手な事であれど身命を尽くし遂行することを誓おう」

「ん、分かった。受け入れるよ。貴方は今から私の物だ。魔王に主君変えを伝えて来るといいよ。だけど私の物になった以上死ぬのは許さない。必ず戻って来なさい。良いね?」

「は!必ずや戻って参ります!」

アバリスはそう言うと二人の方へと歩き出し気味悪そうに見る二人に優越感に浸った様な表情でドヤ顔をしながら歩き去っていった。その余りにも気持ち悪い位に変貌した元同僚に二人はスイが何かをしたのかと思ったがスイの態度から勝手にああなっただけだろうとすぐに思い直す。

元々アバリスは魔王軍の中では将としてはしっかり働くほうだったがそれ以外では不真面目だった。それが主君に対しての不忠義から来ていたのだとするならば納得もする。そして今真の意味で忠義を尽くす相手に出会ったということなのだろうか。認めたくないが。

「……貴方達も主君になってとか言わないよね?」

スイの少し嫌そうな瞳に二人はほんの少しだけ考えたそれを首を振る事でかき消すのであった。

スイ「変な人が部下になったなぁ。というか世界が違うけど連れて行っても大丈夫かなぁ?悪影響とか無い?異物扱いで排除されたり……はないか。自分達で勇者召喚やら何やらで異物受け入れてるもんねアルーシア」

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