420.街に入れた!
「……良かったのですか?」
「良くはねぇが要求を呑まなかったら呑まなかったでどうなるか分からん。一応一般人の避難は済ませているし残った奴らも覚悟はしてる。最悪俺達が全員死ぬだけだ。それなりにもてなして気持ち良く帰ってもらうのを待つしかないな」
アイダからの言葉にそう返す。はっきり言ってこんな化け物と戦えば無駄死にするだけだ。なら低くても生き残る可能性がある方を選ぶ。街に残った奴らもその考えに賛同してくれることだろう。
話す俺達の前を歩くのはご機嫌な様子で周りを見る白髪の少女。だがその正体は気配が完全に無い筈のラトス達の奇襲を全く見ること無く制圧してみせた怪物。しかもアイダからの言葉通りだと手加減して尚腕や足を吹き飛ばしたという正真正銘の化け物。SSランク相当と当初思っていたがとんだ間違いだ。これ程までの濃密かつ膨大な魔力を持つ者がSSランク……上位竜程度とは到底思えない。それこそ魔族の長である魔王もしくはそれに準ずる者だろう。そんな者がどうしてこの街に来るのか理解は出来ないが。
「……ん〜?街の規模に反して人の数が少ないね?避難させたの?」
少女の言葉にドキッとするが少女は本気で疑問に思っているようで他意は感じられない。いや俺なんかでは意図を読み解くのは出来ないかもしれないが少なくとも害意は感じられなかった。
「……」
「別に無理に答えようとしなくても良いよ。寧ろ私が来るって分かってから避難させたにしては凄い手際が良いね。凄いよ。ただ少しだけ気になるんだけどね?」
少女がそう言ってチラッと別の方を見る。そちらの方に視線を向けると今俺が着ている服より豪華な服を着た、というかこの辺りを統治している領主であるバルガが居た。昔はかなりの剣術を使う領主だったらしいが今じゃまるまると肥え太った存在だ。
「うわっ、何で居るんだよ」
アイダと同じ副官であるべレドが嫌そうに呟く。気持ちは分かるが一応あんなのでも俺達の上司に当たるのだから辞めておけと言いたい。目の前の少女も不思議そうにバルガを見ると何を思ったのか近寄っていく。
「どうしますか?」
「どうするも何も一緒に行くしかないだろう」
アイダが恐る恐る聞いてくるがそう答えるしかない。今日はなんという厄日なのだろう。死ぬかもしれない日に何でこんなのが重なるのだろう。
「……あぁ、くそ。神が居るなら恨んでやるからな」
俺はそう愚痴ると少女の後を着いていった。
「貴様か。儂の魔宝具を奪った魔族とやらは」
「貴方は誰?」
「儂か?儂はバルガ。オルタナの英雄バルガといえば儂のことよ!」
「オルタナ?」
「む?知らんか。やはり魔族とやらは情報の管理がなっておらんの。十年前魔族達との国境争いで主戦場となった街の名前じゃ。そこで儂はお主の様な魔族をバッサバッサと斬り捨ててやったのよ!」
「へぇ、まあさっきの人達より強そうだしね」
私の目の前に居るのははっきり言ってかなりの巨漢もといおデブだ。だがその身体から漏れ出る闘気とでも呼ぶべきそれはかなりの物を持っている。おデブであっても動けるおデブといったところか。
「ほう?儂の力を見破るか。大抵の者はこの身体を見て鼻で笑うのじゃがな?」
「ん?太っているのって貴方の燃費が悪いからじゃないの?」
「……なかなかの目じゃな?よう分かるものじゃ。まあその話は置いておこう。今はそれより!儂の魔宝具を返さんか!」
「魔宝具?それって何?」
そんな物を奪った覚えも無ければそもそも手に入れた記憶もない。
「しらばっくれるでないわ!お主が商隊から奪った物があるじゃろ!」
「奪ったっていうか貰っただけだけど」
「阿呆が!あれは儂がわざわざ職人の元まで赴きデザインまで渡して造らせた予約商品じゃ!金なら渡してやるから返さんか!」
「えぇ〜、あれ結構綺麗な物ばかりで嫌なんだ……け……ど。デザインを渡した?」
「そうじゃ!儂がどの角度から見ても美しく見えるように何時間も考えてデザインした無二の作品じゃ!」
「嘘……あんな綺麗なものを貴方が?」
「そうじゃが?」
指輪から雪の結晶みたいな装飾品、小さなクリスマスツリーのような不思議な装飾品、剣を持った天使像、小振りだが綺麗な緑の宝石の付いたイヤリング、翼の形の髪留めを取り出す。
「えっと、どれ?」
「全部じゃ。その白結の雪華はロランド作、万天の海樹はアイオーン作、執行天使はランプル作、緑包のイヤリングはシス作、連翼の髪留めはオイムの作品じゃ。全て儂がデザインし造らせた物じゃ。というか何故!儂の物ばかり奪っとるんじゃお主は!」
「だって一番綺麗だったから」
「……お、おう、そうか。じゃ、じゃが儂のじゃ。白結の雪華は暑がりな娘の為の魔宝具、万天の海樹は合格祈願、執行天使は生まれたばかりの孫の為の玩具、緑包のイヤリングと連翼の髪留めは妻の装飾品なのじゃ。頼む!返してくれ!」
「……ん〜、欲しいけど……まあ仕方ないか。予約したものを奪うのはちょっと気分悪いし。あの商人もそれを言ってくれたら良かったのに……言われても取ってたかも……」
凄く名残惜しいのだけど商品は商品でも既に人の物だった物を奪うのは何とも言えない気分になる。それにそもそも私はこの世界で暴虐の限りを尽くしたい訳では無い。略奪、窃盗、殺人なんでもありなんて言うつもりはないのだ。略奪と窃盗って一緒かな……?
「……うぅん、はい。返すよ」
「意外に素直に返すのう」
「返したくないけど……私を魔族と知りながら普通に接してくれる少数派の面白い人だからね。返してあげるよ。返したくないけど」
「本音が出とるのう。後儂が普通に接する理由……というよりお主からは何も感じんからの。まあ悪意は感じるがそれは悪戯心っていったものじゃからの。危険性は無いと判断した。何かあっても儂が死ぬだけじゃしの」
バルガはそう言って笑うと私から魔宝具?とやらを受け取る。
「うむ、確かに返してもらった。代わりと言っては何じゃがこれをお主に渡そう。昔造らせた魔宝具じゃがまだまだ現役じゃ。名を天鱗のブレスレットという。ではの。この街アルバームを存分に楽しむといい」
バルガはそれだけを言うと機嫌良く帰って行った。本当に最初から最後まで私を怖がることも無く自分の言いたいことを伝えて帰って行った。不思議な人だったなぁ。というか渡された天鱗のブレスレットとやらから凄い魔力を感じる。
『おお。すげぇな、マスター。アーティファクト程じゃねぇがかなりの力を感じるぜそのブレスレット』
『魔導具以上アーティファクト未満ですね。素材が悪いだけで創り直せばアーティファクトに昇格出来るかと』
ネズラクとグライスからもお墨付きを貰った。確かにそんな感じではあるけど。
「そもそもこれどう使うの?」
さっきから魔力を送ってもうんともすんとも言わない。全く動く気配が無いのだ。
『……さあ?』
『分かりませんね。構造から異なりますし』
この世界ならではの理で動くのだろうか。それとも私が知らないだけだろうか。まあ知らないだけだろう。
「まあ良いや。楽しめって言われたし楽しませてもらおうか」
まずはそこで美味しそうな匂いを漂わせる串焼きの屋台だ!
アイザック「……何が起きたんだ?」
アイダ「バルガ様と魔族が話した後にこやかに去られましたね」
べレド「魔宝具をやり取りしたっぽいな。何でそうなったんだ?」




