418.膝枕をしましょう
「アイダがあんだけ怯えてんのなんか初めて見たな」
俺の視線の先に居るのは小柄な白髪の少女、それと話しているアイダだ。アイダは相対した相手の力量を感じる事が出来る特殊なスキルを持っている。だからこそ自ら向かったんだろうが……Sランクのドラゴンにすら引かなかったあのアイダがまるで町娘のように震えている。もうそれだけで異常だ。
「草原に隠れてんのはラトスか。いざとなったら挟み撃ちにって考えてんだろうが……く、はは」
思わず笑いが零れてしまう。俺のスキル天眼により見える少女のとんでもない魔力量に諦めの笑みを浮かべる。
「何だあれ。人がどうこうできる存在なのか?」
俺の問いに答えられる者はきっと居ないだろう。それこそ神でもない限りは。
「アイダ頼むぞ。あんなのに暴れられたら世界の危機だ。頑張ってくれよ」
もしかしたらあれが魔王ってやつなのかもしれない。そんな事を考えながらアイダと少女の姿をした怪物のやり取りを注視するのだった。
この少女は何者なんだ。相対した私が思うのはただそれだけだ。商隊に対しての態度から上手く行けば交渉出来ると考えて私一人で来たのだが今はすごく後悔している。控えめに言ってもう泣いて家に閉じこもりたいくらい怖い。誰か連れてきたら良かった。そうしたらそいつの背後に隠れてせめてもの抵抗が出来たのに。
「ねえ?どうする?」
敵対するのかどうかを訊いてくる少女。出来るわけが無い。私だってアイザック様の副官としてそこらの兵士より鍛えあげており並大抵の存在ならば斬って捨てる事が出来る。SSランク相当の魔族と言えども斬り合って逃げることぐらいなら出来ると思っていた。無理だ。この少女から逃げられる気がまるでしないしそもそも斬り合うことすら出来る気がしない。
「あれ?固まっちゃった?私そんな怖いかなぁ?割と……うん、自分で言うのもなんだけど美少女だと思うんだけど」
あぁ、美少女だろうさ。ただし華やかさで釣って笑顔で貪る食虫植物等の美しさだろうが。私のように相手の力量をある程度理解出来るスキル持ちでなければただの可愛らしい美少女だろう。
アイザック様かラトスに助けに来て欲しい。私一人でこれと向かい合うのが物凄く怖い。まるで生娘のように震えるのが抑えきれない。そしてそれを理解しているのか少女は笑みを見せる。
「ん〜、声を出せないのかな?そんなに怖いかぁ。ちょっとだけショック。まあ仕方ないし……そこの草原に隠れてる人が出て来たら恐怖も少しは緩和するかな?」
完全に気配も魔力も隠していたラトスに気付いているだと!?ラトス率いる部隊の連中は全員特殊な訓練により気配も魔力も完全に隠蔽する事が出来る。それに距離的にも音も聴こえないはずだ。なのにはっきりと理解している!
私が驚愕に目を見開いた瞬間私は何故か地面に横たわっていた。何をされたのか分からない。ただ私の頭の下には何か柔らかいものがあり私の目の前に先程まで居た少女が居るというか……これ膝枕か。いやいや待て待て。どんな速度で動けば私に一切気付かれずに膝枕など出来るのだ。理解出来ない。ついでに何故膝枕されているのかも理解出来ない。
「私が貴女を倒した?って勘違いされたら出て来てくれるかもしれないからちょっとだけ大人しくしててね?あの距離だときっと私と貴女の会話が……いやまあ一方的に私が話しかけてただけだけど。聞こえないと思うからね。背中痛くない?一応クッションは引いたけど」
変な気遣いされてる。確かに地面に横たわっているにも関わらず背中の痛みも無いがこれクッションが下にあるのか。本当にどれだけの速度があればそんな意味不明な速度で動けるのだ。ある意味怖いのだが私を見る少女の瞳に敵意が無いことに気付いて強ばっていた身体が少し弛緩した。
だけど油断はしない方が良いだろう。敵意は無い。私を気遣うだけの余裕もある。街を攻撃する気は少なくとも今の所は無いと言えるだろう。だけど間近で見たからか理解してしまった。この少女は私に笑みを向けて優しげな瞳で見ているが同時に私の事などどうでもいいと眼中に無いのだと理解出来てしまった。それはつまりほんの少しの気紛れで街の生死が決まるという事だ。きっとこの少女にとって私達は取るに足らない存在なのだと路傍に転がる石程度にしか思っていないのだと分かってしまった。
「ふふ、草原の人達が動き始めたね。貴女って結構慕われてるんだね?」
そう笑う少女。笑っている筈なのにその瞳に映る色はまるで実験対象を眺める研究者のようだ。いやまだほんの少しの興味があるだけでも有難いことなのかもしれないと私はそんなことを本気で思ったのだった。
アイダ様があの一瞬で倒された!?目で追えない程の速度で一瞬の内にアイダ様を地面に寝かせた少女。SSランク相当の魔族というのはこれ程の実力者なのか!
「隊長……どうしますか。今なら背後に回れます」
副隊長であるガランがそう声を掛けてくる。確かにあの少女は何をしているのかアイダ様を倒された後座り込んでしまった。いや正確にはいつの間にか座っていたから倒すと同時に座ったのかもしれないがそれはどうでもいい。今はあの少女が俺達に対して背中を向けているということだ。
SSランク相当の魔族といえど気配も魔力も完全に隠蔽した俺達に気付いているとは思えない。魔王ならともかくあの少女はあくまで魔族だろう。気付かれる心配はない。ましてや街から回ってきて背後に来たならあの魔族も警戒するだろうが街に到着するよりも前に背後に居た俺達は予想外だろう。
「ガラン、二班に分けて強襲する。お前は半数を連れて右に回れ。俺は左に回る」
俺の言葉に頷きを返してガランが消えていく。
あの魔族が何をしているか分からないがもしかしたらアイダ様に死後に恥辱を与えているのかもしれない。いや恐らくはそうだろう。魔族は嗜虐的で苦痛や恥辱を与えるのが好みだと聞く。実際に俺が一度会ったSランク相当の魔族も死体を弄んでいた。見た目通りの年齢ではない魔族ならそういう事をしていてもおかしくない。
「落ち着け俺」
少し気が逸りそうになるのを抑える。気配が乱れれば隠蔽も解けかねない。隊長である俺がそれで見付かる等許されない。ガランが着いたのを見て気配を隠し殺意も隠しながら剣に手を掛ける。まだ気付かれていない。
俺が飛び出すと同時にガラン達の方からも飛び出す。まだ魔族は背後を見ていない。位置関係から俺の剣が一番早く魔族の首に届く。その首取った!
「はい。お疲れ様」
何が起きたのか分からない。ただ俺の視界の端に折れた剣が吹き飛んでいるのと何故か生きているアイダ様。笑みを浮かべる魔族と手足のどちらかが吹き飛んでいるガラン達が見えた。
ああ、俺も右腕の感覚が無い。きっと握っていた腕ごと吹き飛んだのだろうと何故か理解出来た。
薄れゆく意識の中で魔族が困惑したような表情を浮かべていたのが分かった。
「思ってた…………脆……」
魔族の言葉が何故か届いた。思ってたよりも脆い……。ああ、これはSSランク相当とかそんなのよりももっと酷い。多分この魔族は……いや、こいつは、こいつこそが
「……魔……王」
アイダ「……(何故膝枕した状態でラトス達の攻撃が捌けるのだ……)」




