413.湖
「…………おや、これは私もそろそろ天に召されてしまうのかもね」
月の光に満ちた部屋で一つの声がそう呟く。周りにあるのは多種多様な植物でありそれらは光る実を付けていたり、まるで水がそのまま実になったかのような物を生らせていたりと不思議な植物ばかりである。その植物達に囲まれた部屋で何やら作業をしていた女は口元に赤く瑞々しい実を持って齧る。
「……この実を食べるのも後数日といったところかな」
女は濡れた口を拭うと背筋を伸ばす。
「さて今代の勇者はどれ程までの力を保有しているのかな……あまり強くないと嬉しいのだけどね」
月の光を遮るように目元に腕を持ってきて女はそう呟いた。
「「「プギュップギュップギュッ」」」
「うわぁ、いっぱい居る」
水枕が沢山居る此処は凄く景色が綺麗な湖だ。水枕が大量に居なければ観光地でもおかしくない景色だ。私にとっては何の脅威でも無いから特に何事も無いけど集まってる所をチラッと見れば動物の骨らしきものが幾つか散乱している。骨も消化出来るのか水枕の身体の中には猿らしき頭蓋骨が浮かんでいたりする。
「可愛いのにやってる事怖いんだねお前たち」
「「「プギュップギュップギュッ」」」
私の呟きに対しての返答は水枕達による体当たりである。というか最初の水枕同様に知能は高くないのだろう。言葉を理解している様子は無い。
水枕達を押し退け……蹴り退け?ながら湖の縁に辿り着く。湖はかなり澄んでいて底まで見える程綺麗だ。やはり人が立ち入らない森の中の湖は綺麗なのだろう。まあ条件が良いだけだろうが。
「ん、美味しい」
掬って飲むが澄んだ水というのはかなり美味しい。自然豊かな場所で天然の水を飲むような機会等訪れた事は無かったので知らなかったが少し損した気分だ。
「……ん?何かある?」
湖のちょうど中心辺りに何かが沈んでいる事に気付いた。少し気になったので適当に結界を張りながら湖の中に入っていく。すると突然水枕達が凄く暴れ始めた。しかも先程までかなり大人しく道案内?してくれてた緑小人と豚頭も目が血走り私に向かって駆け出してきた。その瞳に浮かぶのは殺意であり気の弱い人ならばこれだけで失神しかねない程の恐怖だ。
更に上空から腕の辺りから羽が生えて羽なのか腕なのかよく分からない上半身だけ人で足が鳥の足の半裸の女性が大量に降ってきた。あ、これは創命魔法で娘達を作る際に調べたから知ってる。ハーピーってやつだ。
ハーピー、水枕、緑小人、豚頭が全員殺意を剥き出しにしている。緑小人と豚頭も何処からか増えて来て今では軍みたいになってる。
「そこまでして見られたくない何かがあるのかな?まあ水枕と緑小人と豚頭は殺したくは無いんだけど……どれがどの個体かさっぱり分からないや。まあいっか。魔物だしね」
襲い掛かってきた魔物の軍勢にそっと腕を向けてそこから極細の魔力糸を伸ばしていき軍勢の後方まで伸び切った瞬間に手を振りつつ魔力糸に切断の属性を付ける。
一瞬にして緑小人と豚頭は上半身と下半身が分かれる。まあ正確には上半身と下半身が分かれたのは豚頭だけで緑小人は首が吹き飛んだのだが。その魔力糸に更に魔力を送って太くした後に重力を操ってそのまま地面に叩き付ける。水枕達はぶちゅっと音がして潰れる。それら全てに当たらないハーピー達は上空からそのまま足の爪で攻撃してくる。
避けて湖に魔力を通して大質量の擬似的津波を起こしてハーピーを全部叩き落とした。何匹かは生き残っているようなので二回三回と津波を起こして流していたら全員息絶えたようだ。死んだ魔物の死骸もそのまま流されていったので少しだけ血の匂いがするだけでまた綺麗な……森が薙ぎ倒されている光景と少なくなった湖の水を除けば綺麗な光景に戻った。
「さてと……これか。何だろこれ?指輪と剣?」
祭壇のように石の土台に突き刺さった装飾の少ない直剣と持ち手に引っ掛けるようにしてある指輪が嵌ったネックレスだ。湖の底にあったというのに濡れた様子も無く不思議な物だ。
「……ん?抜けない?」
石の土台から剣を引き抜こうとして何か不思議な力で止められる。
「んんん……抜けない。頑張ったら引き抜けそうではあるけど……なんか折れそう。仕方ないから土台ごと……土台も抜けない?」
剣と同様に土台も抜けない。引っ掛かってるだけのネックレスですら取れない。まるで資格の無い者には手にすることすら許されないとでも言わんばかりだ。
「無理矢理取ろうとしたら壊れそうだしなぁ。でも面白そうだし欲しいなぁ……」
暫く剣やネックレス、土台を触るが何も起きない。魔力を流しても変化は無し。軽い魔法をぶつけても土台は壊れそうもない。仕方ないので思いっきり地面を蹴る。土台が抜けないのならばその土台がある場所ごと持っていけばいいじゃないと考えたのだ。
流石に土台がある場所ごと不思議な力で保護することは出来なかったようで狙い通り土地ごと持っていく事は出来そうだ。指輪の中に入れようとするがどうやら不思議な力が邪魔しているようで入らない。面倒だがわざわざここまでしたので持って行かないという選択肢は無い。魔力で包んで持っていく事にする。
「あぁ〜、そう言えば忘れてたけどどっちの方向に魔王が居るんだっけ?」
いきなり襲われたりしたのですっかり忘れていたが元々魔王の居る場所への案内を頼んでいたのだった。まあその頼んだ魔物達は自分が殺したのだが。
「…………適当に進も」
とりあえず同じ方向に歩いていれば何処かに辿り着くだろう。そう思って近くに生えてあった木から枝を一つ貰って地面に立てる。
「えい」
手を離して倒れた方向に向かおう。最悪全力で適当に走り回れば街に辿り着くだろう。枝を回収してからスイは歩いていくのだった。
「……な、な、何だこれ。何だこの……うわ、うわぁ」
私は今代の勇者?と思しき存在を水晶越しに覗いていたのだがとんでもない。勝つとか負けるとか以前にそもそも戦いにすらならない。大量のスライムに足場を囲まれながらゴブリンとオーク、ハーピーの軍勢に襲われて怪我の一つも負うどころか何もさせずに完封してみせた。しかも明らかに本気ではない。
「無理無理無理無理。あれに勝てるわけない。あれ、でもあれで勇者でも聖女でもないの!?嘘でしょ!?無理だよ!化け物じゃない!?」
勇者の剣と聖女のネックレスのどちらからも弾かれていたという事は勇者でも聖女でも無いのは確実だ。だがあれ程の大質量を苦もなく運ぶ力もあり面倒になったのかそこからとんでもない速度で疾走していく彼女はどう見ても化け物の類だ。しかも道中スロウエイプからの投擲で一のダメージも負っていない。それどころか木を避けるのすら面倒になったのか結界らしきものを張ってひたすら直進していくそれは人の領域ではない。
「……今から命乞いの用意でもしないといけないな」
私は慌てて秘書に命乞いの為の菓子折りを用意させることにしたのだった。
???「菓子折りって何が良いと思う?」
???「菓子折りですか?」




