400.白い怪物
「ん……?」
細切れになった人達を見ながら少しだけ考えていたら何かが高速で飛んでくるのを感じてスイは顔を上げる。速度はそれなりに早く、しかも一直線に此方に向かって来ているようだ。
「亜人族……?いや魔力的に、というかそもそも人……なのかな?」
不可思議なその魔力にスイが首を傾げると同時に目の前にそれは着地した。それは一見かなり大柄な男に見えなくもない。しかしその姿は異様としか言えず少なからずまともな存在であるとは言えなかった。
それは服は着ておらず全身が白くほんのりヌメっとしている。そしてどう見ても腕の関節が五個はあり顔はのっぺりとして主張の激しいまるで針のような牙が耳に当たる場所まで並んでいた。それに比べて足は比較的大きさは変わらない。但し丸太か何かかと勘違いしかねないほどの分厚さがある。
「……何だろこいつ」
感じる魔力は魔物にも感じるが恐らくベースは人だと思われる。魔物化兵士達の失敗作か何かなのかもしれない。だがそれに感じる力にスイも少し警戒する。勿論戦ったところで負けはしないだろうが何か変な感覚があり気が抜けないという感じだ。
「…………ジィィ…ィ……ィィ?」
それはスイ達の事を見て首に当たる場所をぐにゃりと曲げる。凡そ関節があるとは言えないような曲がり方であり控えめに言って気持ちが悪かった。人型の蛸のようなものにも感じなくもない。
そしてそれは魔物化兵士とスイを見比べて牙をガチガチ鳴らし始めた。それと同時にその化け物の肌を突き破るように幾つもの腕が腹から出てその先に凶悪な爪が生える。どこから見ても戦闘態勢でありまず間違いなく厄介な状態だった。
「フナイ走って、こいつの強さが分からない。守りながらだとちゃんと戦えないから少し離れて」
スイの残っている記憶の中にあった深き道・深淵にて遭遇した異形の化け物、リザードマンもどきに通じる何かを感じたのだ。それはスイと事実上の相討ちをした数少ない強敵の魔物である。勿論その時と今ではスイ自身の実力が違う。だから負けることはないだろうがだからと言って油断が出来るかと言われたらそれは別だ。
「……ある意味リベンジ戦かな?」
ボソッとスイは呟くと同時にその白い化け物に一気に迫るとまずは先制と言わんばかりに蹴りを繰り出した。スイの身体能力的にこの時代にその速度に追い付ける者が居るとは考えにくいのだがその白い化け物は難なくそれに反応すると腹から突き出た腕の爪で反撃すらしてきた。
「おっとと、危ないなぁ……」
咄嗟に蹴りの軌道を変えて爪を蹴り飛ばして元の場所に戻ると化け物は追撃の為に丸太のような足に力を込めて頭から突っ込んでくる。その異常としか言えない行動に流石のスイも反応が遅れてその攻撃を躱せずその場でそれを受け止めた。首の関節が恐らく無いせいか頭突きではなく頭から突っ込んできたにも関わらずとんでもないほど上に向いた顔の牙で噛み付こうとしてきたそれを受け止めた後スイは右の足で膝蹴りをその首に叩き込んだ。
吹き飛んだそれは一回転してから地面に頭から落ちる。しかしそこで終わらずそれは足が地面に着いた瞬間に跳ね飛ぶようにスイに向かって来ると二度目の噛み付き攻撃を仕掛けてくる。あまりにも奇抜過ぎて全く反応出来なかったスイの足にそれは噛み付いた。
「……っ!いった……!」
ギチィっという音を出してスイの足を噛みちぎったそれは更に腕を振り回しスイの肩を殴って吹き飛ばす。そこでようやくその化け物は止まりのっそりと立ち上がりスイの方を見る。
「……っ!やってくれるなこの白タコ……!」
スイはこの時代に来て初めて負った傷に酷く腹が立つ。この時代の存在にスイを傷付けられることは無いだろうと思っていたその油断とでも呼ぶべき驕りを突き付けられたような気で酷く苛立ったのだ。
勿論スイはこの時代ではグライスも使っていなければティルも使っていない。魔法も目立つ事は理解していたから攻撃系の魔法はあまり使わないようにはしていた。そういう一種の縛りを課していたのは間違いない。だがそれでもその上で大丈夫だと理由もなく思っていたのだ。
左足の半分近くの肉を抉りとられ痛みで動きが止まったとはいえその後にも追撃をみすみす食らった。スイはその不甲斐なさに表情を少し険しくした後、こんな状況でもずっと持っていた赤ちゃんを入れた籠をそっと置く。結界があるから傷も付かないし誰かに触られることもないがあえて更に強固に結界を張る。
そして化け物に向かって歩いていくと化け物もまたゆっくりとではあるが歩いて来てスイの目の前で立ち止まる。スイもまた立ち止まるとスイの二倍近い巨体の化け物を見上げる。こんな姿の化け物であっても理性に近いものを持っているという事を理解して更に腹が立つ。
「……」
「……」
一人と一体が向かい合ってその瞬間にお互い拳をぶつけ合う。奇抜な動きなど要らないとばかりにただ純粋な力だけで殴り合う。パワーに関しては流石にスイの方が強いのか徐々に化け物を押してはいるがそれでも比較的拮抗しているように見えるあたりその化け物の力がどれほどの物かが分かる。
「……死ね」
「ジィィ……!」
スイが繰り出した魔力も込めたかなり本気のパンチに化け物は咄嗟に腕をクロスさせてそれを防ぐ。しかしそれでも防ぎ切れず腕が爆砕すると共に腹に大きな穴を空ける。
「ジィ……ィィ……ィ」
ぼたぼたとその白い身体から飛び出していた腕が落ちる。内臓らしき何かも気色の悪い音を出してその場に落とすとその化け物は地面に崩れ落ちた。
「ふぅ……」
スイもそれなりに本気を出したから少し疲れたように首を回し赤ちゃんの籠を回収しようとしてその目の前に白衣の女が居る事に気付く。
「ジィジちゃんがやられちゃうなんて凄いわね貴女」
白衣の女はそう言ってスイに拍手を贈る。何時の間にか居たその白衣の女にスイは警戒する。ジィジちゃんと言うらしいあの化け物と戦っていたとはいえ女の接近に気付かないとは思えなかったのだ。
「貴女誰?」
「私?私は白衣の女神様……なんて冗談よ。そんな目で見ないでよね」
ふざけた女を射殺すかのような視線で黙らせたスイは一歩女に近付く。
「あら、私を殺すのかしら?」
「寧ろ殺されないと思うの?」
「思うわ。だって貴女は放置していたら絶対に困っちゃうもの」
女はそう言うとスイの後ろを指差す。スイがまさかと振り返ろうとしてその腹に見覚えのある白い腕と凶悪な爪が飛び出す。スイは血を吐きそうになるそれを気合いで押し込めて全力で右肘打ちを背後にして当たると同時に前に少し出て爪を背中側から出す。
「げほっ……」
「あらあら死んじゃいそうねぇ?大丈夫?」
やたら苛立つその女の声を意図的に無視して背後の化け物、ジィジちゃんを見る。ジィジちゃんの腹は未だに穴は空いてはいるもののどう見ても先程吹き飛ばして空けた穴よりも小さくなっていた。
「致命傷ですら治るって事……?」
「ざぁんねんねぇ?ジィジちゃんはね、不、死、身、なの」
スイが見ている状態で穴が完全に塞がれたジィジちゃんは再度スイを見てその牙をガチガチと鳴らし吠えるのであった。
ジィジ「……………………」




