395.魔物を倒すのに最適なのはやっぱり暴力だよね!
「ん〜?」
山を越えた森の中の一部にあった湖の底というかなり不思議な場所に居た蜘蛛を見付けて糸を回収してから帰っている最中に何処からか木々が薙ぎ倒される音が響く。魔物は普段の生活では意外と木々等は壊さないので恐らく獲物を追い掛けていて木にぶつかったか何かしたのだろう。ただその音がずっと響いているので獲物側は中々しぶとく生きているようだ。
「こっちに近付いてる?」
音の発生源的にもう少しで魔物がこっちまで来そうだ。折角なので狩ってしまおうと少し待っていると森の奥から何かが飛び出して来た。
「げっ!?」
「血塗れ幼女!?」
「くそっ!本当に子供連れて来てるのかよ!」
男が二人と女が一人の冒険者、もとい探索者のパーティのようだ。というか何度か組合でも見掛けた覚えがある。まだ少年と言ってもおかしくない年齢の男と同年代か少し上に見える少女、引率役に見えなくもない少し年上の青年だ。
「あぁ、剣少年と弓少女と盾男くんか」
「何だそのそのままな呼び方!?」
剣少年に突っ込まれたが名前を知らないのだからそう呼ぶしかない。実際別に関わる予定も無かったから困らなかったし。
「まあまあ、それより来るよ」
私が森の奥を見ると三人がハッとして振り返る。振り返った先に出て来たのは巨大な人型。魔物の中でも珍しい。人型の魔物はオーガとかしか見掛けないのにこの魔物は見た目は人に見えなくもない。まあかなり毛深くて服を着ていないから見間違える人は居ないだろうが。
「ん〜、どんな魔物だったかなぁ。猿型、ゴリラかな?そんな感じっぽいけど……まあどうでもいいか」
その立ち上がったゴリラみたいな魔物はスイを警戒しているのか立ち止まってじっと見詰める。見詰めた後少ししてから頭を掻いて先程までの嗜虐的な表情を消すと振り返って帰ろうとした。
「……凶獣はまだ存在しない筈だから特殊個体かな?何にせよ……」
帰ろうとしたその魔物の足元まで一気に近付く。気付いたのか即座に走り出そうとしたその魔物の足を掴むと地面から引っこ抜くかのように上へと持ち上げる。
「ガァァッッッ!!!」
「逃がさないよ?」
掴んだままジャンプするとそのまま地面へと叩き付けた。叩き付けられる寸前に腕をクロスして防いだのを確認したので振り回して木にぶつけていく。ジャイアントスイングのような形でグルグル回転しながら魔法で尖った岩を作るとそこに勢いをつけたまま顔の部分を叩き付ける。壊れないようにかなり魔力を込めていたのでスイングが完全に止まる。それだけの衝撃を受けた魔物は防いだ腕ごと顔面が破壊された。
「念の為っと」
ピクピクしている魔物の顔に近付くとえいっとばかりに顔を蹴り首を飛ばす。ねじ切れた事から流石に死んだと思われたので魔法で浮かす。正直に言って指輪に入れたいのだがこの時代はアーティファクトどころか魔導具すらない。悪目立ちするのは分かりきっていた。
ちなみに蜘蛛の糸も同様に魔法で浮かしている。蜘蛛は殺していないので欲しくなればまた行けば貰えるかもしれない。お返しに指輪から美味しいと評判の魔物の肉を三匹分程落としておいたので貰えると思っておこう。
魔物を殺した私を見て三人はそれぞれ違う表情を浮かべていた。青年はドン引きの表情だ。自分より明らかに小さく見える少女が背丈だけで二メートル半はありそうな魔物をジャイアントスイングしていたり持ち上げてジャンプして叩き付けとかやっていたら仕方ないかもしれない。
少女はキラキラした目をしている。まるで憧れのアイドルにでもあったかのような目だ。ちなみにこの子が私を見て血塗れ幼女とか叫んだ子である。というか血塗れ幼女って何だ。
少年の方はぽーっとしている。何だか嫌な表情だ。前世でも何回か見たことある顔をしている。何を思ったのか少年は近付いてくると地面に片膝を付くと私に大声でこう言ってきた。
「お、俺と結婚を前提にお付き合いしてください!!」
「え、やだ」
あの後組合まで戻ったのだがその最中ずっと少年が根気強く私に好き好きアピールをしてくる。かなり鬱陶しい。というか告白は断ったのだから付き纏って欲しくない。告白を断った後何故か少女がその恋を応援し始めてしまい青年はドン引きしながらも良いんじゃないか?と割と適当な返事をしたせいで少年の中で恋が燃え上がってしまったようだ。
ちなみに少女の方も私に付き纏っていてお姉様呼びをしてくる。少女の方がどう見ても私よりも年上に見えるのだがその辺りは気にしないらしい。いや気にして欲しいのだが。そしてしつこく付き纏ってくるせいで名前を覚えてしまった。
剣少年はシャイラ、弓少女はレヘス、盾男君はアケドというらしい。剣少年はまるで女の子の名前のようで嫌だと言っていたが嫌いではないようだった。ところで剣少年の名前、というか他の二人の名前も聞いて嫌な予感がした。というかほぼ確定だろう。
剣少年の名前シャイラは恐らく天剣シャイラの元ネタだろう。もしくは何かしらの要因で実際にトナフから貰ったのかもしれない。まああと二百年以上どうにかして生きないといけないが。レヘスというのはトナフが作り上げた訳では無いがトナフが唯一認めた魔導具師のシャチェットという者が作った戦弓レヘスっぽい。アケドは確か同じくシャチェットが作った連盾アケドだと思われる。
この子達に何があるのかは分からないが恐らく三人の内の誰か一人は確実に二百年以上生きるのだろう。見た感じ三人とも人族にしか見えないから原因は分からない。エルフとかなら分からなくもなかったのだが。
「え、えと、スイって呼んでもいいか?」
「お姉様…………」
まあこの三人に何があるのかは知らない。案外自分が眷属化させたのかもしれない。けれどとりあえず今考えるのはどうやったらこの二人を引き剥せるかだろう。
「カーシャ助けて」
「えぇ……どういう事なの?」
「助けたら懐かれた」
「簡潔で分かりやすいわね。ほら、シャイラ!レヘス!スイが困ってるでしょ、離れなさい」
カーシャの一言で二人は直立不動の状態になる。二人はどうやらカーシャには逆らえないようだ。青年までビクッとなっているからカーシャは意外と恐れられているのかもしれない。
「あ、カーシャ、この魔物って何か知ってる?」
「組合の中に魔物を入れないでよ……見た感じエールロプスの変異種に見えるわね」
「エールロプス?」
「そうよ。人を攫っては子が出来るわけでもないのに犯してくるクソみたいな魔物よ。エールロプス自体は小さいから割と抵抗は出来るんだけどこいつは大きいわね。群れのリーダーだったならいいんだけど違うなら大規模な討伐作戦が必要になるかも。その魔物を買い取らせてくれない?少し上の方にも話をするのに見せた方が楽そうだから」
「別に良いよ。人型の魔物から何か作るのって私好きじゃないし。早くこの子の服も作りたいし」
「……そういえば赤ちゃんの服作りたいから行ったんだったわね貴女」
「そうだよ?」
カーシャは何を言っているのだろうか。元々そのつもりで行ってて三人の事はおまけなのに。
「あ、そういえばずっと気になってたのだけど」
「何?」
「その赤ちゃんってスイの子供ってわけじゃないわよね?それにずっと赤ちゃんって言っているけど名前は無いの?」
「あぁ、うん。そうだよ。ちょっと事情があって赤ちゃんを育てる事になっちゃったの。名前は無いかな。何となく付けられなくて」
「駄目よ。早く付けてあげないと。赤ちゃんは自分の事を呼ぶのに名前で呼ばれ続けてそれが自分の名前だって理解するんだから。早く付けないと名前で呼んでも気付かれなくなるわよ」
「それは困るなぁ……」
籠の中で眠る赤ちゃんを見て私は何とも言えない表情を浮かべたことだろう。カーシャが呆れたような顔をしていた。
「とにかく明日には付けてきなさい!いいわね?」
「ん、分かったよ、カーシャ」
カーシャにそう返事をする。それを聞いてカーシャが良しっと返事したのが妙に印象に残った。
エールロプス変異種「理不尽な攻撃だったと思います」




