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388.ちょっとエポナさん?



起きた時に強烈な違和感を感じた。一体何に違和感を感じたか分からず暫く目を擦りながらフェンリルの背中の上でぼんやり座っているとようやく分かった。

「フェンリルぅ……?止まってるけど着いたの?」

フェンリルに向かって声を掛けるが返事が無い。不思議に思いフェンリルの顔を背中越しに覗くと表情がピクリとも動いていなかった。まるで時間が止まったかのようなその表情にスイが寝起きの頭で疑問に思った瞬間、フェンリルが全力で走り始めた。唐突な急加速だったので落ちそうになりながらフェンリルの背中にしがみつく。

「どうしたの?フェンリル」

割と大きめの声でフェンリルに話し掛けるがフェンリルは答えぬままにひたすら走り続ける。スイが寝ている間に何が起きたのかさっぱり分からない。そもそもどうしてフェンリルが言葉を返してくれないのかも分からない。しかもフェンリルの表情的に怖いとか怯えとかよりも焦りが凄く見える。まあ狼の顔の表情なんていまいち分からないがスイ的にはそう見える。

時間制限がありそうな何かがあるのだろうと思い走らせる事に集中させることにした。スイは少し手に力を入れて落ちそうになっていた身体をフェンリルの背中にしっかり乗せると周りを見渡す。スイ達が居る場所は一番近いところで言えばエルフの里だろうか。ここからもう少し行ったら拓達と合流出来る筈だがどう見てもフェンリルが移動している先が街の方角ではない。

フェンリルが何を感知したのかは分からないが暫く放置していると時折止まって匂いを嗅いだり周りを見たりしてはまた走り始める。そうして走り始めて二十分が経過する頃にようやくその焦りの原因を見付けた。何かを囲っている魔物達をフェンリルは恐ろしい程の速度で爪と牙で殲滅する。そして何を囲っていたのかを理解した。

「……赤ちゃん?」

籠の中で眠っている赤ちゃんとそれを必死で守っていたのであろう息絶えた女性の死体だ。女性は亡くなっても尚赤ちゃんを守ろうとしたらしく籠を抱きかかえていた。そのお陰か赤ちゃんはすやすやと眠っている。良く見ると涙の跡が見える為泣き疲れて眠ってしまったのだろう。女性の服装はそれなりに綺麗であり庶民とは言いにくい。

女性の服の中に何か手掛かりが無いかと探すが残念な事にそういった身分を証明する様なものは見付からなかった。いや正確には唯一頑張れば証明出来そうなものとしてやたらと装飾が綺麗で紋章らしい物が付いた短剣があったが生憎とスイはこちらの大陸の貴族的存在についてまるで知らない為調べようがない。

「フェンリルこの人達を助けたかったの?」

『……だけど間に合わなかった』

フェンリルは恐らく血の匂いか何かを感じてここまで急いで来たのだろう。ここまで来るとかなり濃密な血の匂いが辺りに充満しているから私よりも遥かに嗅覚の優れたフェンリルならば気付くことも出来ただろう。

「女性が亡くなったのは多分推測だけど十分から十五分程度前に見えるからフェンリルが気付いた時には既に手遅れに近かったよ。まだ赤ちゃんが助けられるだけマシだと思っておこう?」

凹んでいるフェンリルの頭を撫でながらそう言うと頷く。女性の死体は指輪に入れて赤ちゃんは籠を私が持つことでゆっくり帰らせる事にした。女性の倒れていた向きや足跡などを考えると拓達の居るグリエンの街に向かっていたと思われる。ならグリエンの街ならこの女性と赤ちゃんの正体が分かる人が……とそこまで考えた所で領主だったであろう一家がエルフ達によって殺されていた事を思い出して嫌な気分になる。勿論グリエンの街の偉い人達が全員亡くなったという訳では無いだろうが限りなく知っている確率は減ったんじゃないだろうか。

「ん〜、まあ気楽に行けば良いか」

この時の私の言葉を心底呪いたいと思った。



グリエンの街まで戻って来た私達はすぐに拓達と合流……した筈なのだが今現在私は何故か一人で街のドブさらいをしている。拓達が巻き込まれていないのは間違いないがスイは一人思った。

「どうしてこうなった?」


事の発端はグリエンの街に着いてすぐに拓達と合流した時だ。というか合流してすぐにエポナが私に近付いてきて私の腕を取った瞬間こう言ったのだ。

「じゃあ行こうか」

「ん?」

理解出来ずにエポナの方を見たら周りを光が覆い尽くして私は見知らぬ街に飛んでいた。エポナが私を転移魔法で飛ばしたのだと気付き周りを見て一気に顔が青ざめた。有り得ないし意味が分からないしどうして私がという色んな感情が混ざった。

「スイ、ここは……」

私と手を繋いだままのエポナがそう声を掛けるが私はそれを手で制した。そして制した後気付いた。あれ?私まだ籠下ろしてなかったよね?と。エポナと手を繋いだままの手を見るとしっかり籠は掛かっていて……ゆっくり下ろしてそっと籠の中を覗くとすやすやと眠る赤ちゃんが……。

「………………あれ、これやばいのでは?」

「スイ、ここは……」

「待って、待って。先に聞くね。何がどうなったら私は戻れるの?この子も戻れるの?」

「スイが強くなったら戻れる。その子は戻れない。その子の運命はここにある」

「……」

「ここは神々の大戦が起きる二百二十年前。ここでスイは二百二十年鍛えて強くなる。それが私に対して下った命令。総神様が私にそう伝えた」

「総……神?」

「三神の親神。スイが機会があれば会えるかも?」

「いや会いたくないけど」

三神の親とか絶対会いたくない。会った瞬間圧だけで死にそうだし。というかサラッと言われたけど私ここで二百二十年も過ごさないと行けないの?

「スイ頑張って。私は戻る」

「戻るなら私も……」

「駄目。命令違反したら私が書き換えられちゃう」

そう言われたら無理を言い辛い。

「頑張って。早く戻れそうなら迎えに来るから」

エポナはそれだけを言うと消えてしまった。

「…………ねえ、赤ちゃん私達どうしよっか?」

すやすや眠っている赤ちゃんはそれには答えない。そりゃそうだよなぁとか思いながら仕方なく籠を持ち上げて歩き始める。身体が小さいから籠の持ち手じゃなくて底を持ちながら歩いていく。どうやら娘達も出せないようだ。完全に私と名前も知らない赤ちゃんだけで二百二十年とかいう今の私からしたら途方もない年月を過ごさないといけないらしい。

「……はぁ。どうしてこうなったの?」



暫く歩いていてようやく気付いた。お金の単位が違うと。当たり前と言えば当たり前だがスイ達の使うお金は大戦後に定まったお金であってそれ以前のは違うに決まっている。

「お金が無い……!」

まさかここに来てお金が無い苦しみを味わうことになるとは思わなかった。赤ちゃんも目が覚めてしまい私の顔をきゅるんとした瞳で見つめてくる。

「……どうしよっか?」

「……ぁぅ、あーう」

手を伸ばしてくるので指を目の前に出すとギュッと掴んできた。可愛い。やばい、本当に可愛い。私の子にしたら駄目かな?駄目だよね。

赤ちゃんと戯れていたらお腹が減ってきた。魔族だから一応お腹が減るとか減らないとかは無い。そしてスイはお金が無いから断腸の思いでお腹が減らないようにしている。いやしていた筈なのだが……。

「お腹が減った?」

もしかして魔族としての身体機能も一部使えないのだろうか。

「お金稼がないと死ぬかも?」

「……ぅぅ、ぁぅ」

「あなたの分も稼がないとね」

私はそう思い先程からやたらと自己主張激しい剣と盾のシンボルを掲げている建物に入った。ほぼ間違いなくこれ冒険者ギルドでしょう?

その思いは間違えていなかったようでスイの知る冒険者ギルドと形はかなり違うがそれっぽい場所だ。受付へ向かうと女性が丁寧に対応してくれる。

「ねえ、ここでお金って稼げるかな?」

「探索者は依頼をこなせば稼げるわ。ただ危ない事も多いからあまりお勧めはしないわよ」

「大丈夫、それなりに戦えるんだから」

「そう、それなら……まあ良いけど」

そう言いながらも女性が探索者というらしい職の説明をしてくれた。大半は冒険者としての規則と変わらなかったが一部違うものとして遺跡調査や街の雑用とかがあるらしい。遺跡って何だろうと思いながら聞いていくと探索者のライセンスには発行にお金が掛かるということ。とはいえお金が無い人が最後に望みを託すのが探索者らしいので一回目は建て替えてくれるそうだ。

「でも魔物退治の依頼で約十回分かぁ……高いなぁ。分割で三十回……いや高いなぁ……」

魔物退治の依頼はそこそこ高めの報酬だったにも関わらずそれなので控えめに言ってライセンスが高過ぎる。まあ身分証明書扱いでもあるらしいので下手な人に発行出来ないのかもしれないが。

「とりあえず今日は……街の雑用……ドブさらいぐらいしか残ってないんだけど。でも無駄に報酬高いなぁ。やりたがる人居ないからかな」

ドブさらいを受けて籠を持ちながら依頼場所に向かった。あ、勿論匂いが付かないように魔法で周りを囲ったけどね。赤ちゃん臭すぎたら泣いちゃうだろうし。置いていくという選択肢は流石に無い。

「……はぁ。まあ頑張ろう……」

深い溜息を吐きながら私はドブさらいを頑張ったのだった。

スイ「報酬が六千……ルバ?で三割引だから……四千二百ルバ……屋台のパンで三百ルバでミルクが四百ルバ、宿は……二万ルバで泊まれないから何処か適当な所で寝るとして……魔物退治が大体一万から五万程度……宿高い。でも巻き込んじゃったこの子の為にも宿か借家、家を買うか……作るかして過ごしたい。流石に赤ちゃんの頃から野宿生活は可哀想過ぎるし」

赤ちゃん「ぁぅ、あぅーぁ」

スイ「名前も決めないとね。あなたは戻れないみたいだから……ごめんね」

赤ちゃん「ぅーぅぁ?」

スイ「ううん、何でもないよ」

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