385.記憶の花
とりあえずアーティファクトの事を忘れて移動をすることにした。そろそろ置いてきた拓達と合流したかったのもあるがこの辺り余りにも何も無さすぎてやる事が無かったのもある。元より真の魔族とやらを殺しに来ただけでそれもあの消えた魔族達によって殺されたのであれば留まる理由もない。
ゼブルは消えた魔族達の記憶を何故か持っていないのでスイとゼブルが頑張って真の魔族を殲滅したと思い込んでいる。それが凄く気持ち悪くスイはその話題を最初に出した以降出さないようにした。エポナもゼブルの言葉に何の違和感も抱いていないようで酷く気持ちが悪い。
「……(けど本当にあの魔族やドヴァーグ、この指輪の事すら覚えていないってどういう事なんだろう。ドヴァーグが口にした力ある言葉のせい?でもそれなら間近で聞いた私にこそ一番影響ありそうなものだけど。それとも逆?影響があるから私は忘れてないとか?でもそれならそれでどうして力ある言葉の意味が私に伝わらなかったんだろう……)」
忘れて移動していたがふと何故かスイの中でそんな疑問が溢れ出す。そして一度溢れ出すと止まることなくその場で動きを止めてしまう。スイ自身全く意識しないまま止まったのでゼブルに肩を叩かれて初めて理解した。
「……(これ何か操作されている?いや……操作とは少し違うかな)」
スイが立ち止まった場所の周りを見る。そこは特に何も無さそうな海の見える丘だ。真の魔族をあの消えた魔族達が殺した場所からそう遠く離れていない。けれどどうしようもなく胸騒ぎがしたスイは少し辺りを見て回ることにした。
「……ゼブル、エポナを連れて先に戻って拓達に事情説明とかお願いしてもいい?」
「それは構わんが……」
困惑した様子のゼブルを無理矢理帰らせる。最後まで渋っていたゼブルだったがこの辺りの魔物程度にスイが殺される訳が無い事と真の魔族ももう居ない事から納得したようでゼブルは少し名残惜しそうに振り返りながらも先に帰っていった。エポナはスイに付いていくと決めていたが後から合流するならと特に何も言わなかった。
スイはゼブル達を見送った後改めて周りを見渡す。特に何かがあるようには見えない。魔力の痕跡も無いので隠されていたりということも無いだろう。なのに何故か胸騒ぎがする。
暫く適当に歩いていると何処か見覚えのある、しかし決して来た事も無ければ見た事も無いはずの花畑に出た。色とりどりの花畑ではなく一種類の花で埋め尽くされて居るようで遠くから見た時はただの草原に見えていた。
そこは濃い緑色の花で埋め尽くされた不思議な場所だ。花畑は人工的に植えられたとしか思えない程に不自然な綺麗な円形になっていてその中心部に何かがある。距離があるので近付いていく。そこにあったのはスイにとって見慣れない筈の物……なのに身体の震えが収まらない。
「……ヒッ、あっ……」
呼吸が荒くなり過呼吸気味になる。けれどそれにスイは近付いていきついに目の前までやってきた。そこにあったのは幾つもの武器の成れの果てだ。その中心部にはほんの少しだけ土が盛られた場所があり木片が刺さっている。魔力を感じるので腐敗防止の魔法がかかっているのだろう。木片には何か書かれている。
「……ハ、ハハ……アハ……アハハ、アハハハハハハハ!!!」
それを見たスイは抑えきれないほどの激情を笑う事で無理矢理抑えようとする。そこに書かれたものはたった一つの名前が書かれている。けれどその名前はスイには読めない。だってそれは……。
「…………」
読めない。読みたくても読めないそれは漢字で書かれているように思う。いや思うではなく事実そう書かれている筈だ。
「まあこれは良い」
そして周りを見たスイは一本の大剣に近付く。とてもではないが人が扱う武器とは思えない程大きく重たい。スイですら振り回せばすぐに動けなくなるだろう。けど誰がこれを使っていたかを今のスイは分かっている。一本の刺突剣を見た。刺突も出来るが斬ることも出来る剣だ。どういうカテゴリの剣になるかはいまいち分からない。けど誰がこれを使っていたかを今のスイは知っている。幾つもある黒い短剣を見た。全てに違う魔法が付与されているのだろう。鉤爪を見た。扱いが難しいのに使いこなそうと頑張っていた子を知っている。そしてこの墓場が何かをスイは知っている。
「私の墓……そして皆の墓だ」
それは本来なら存在する筈も無い不思議な物だ。何故なら今もスイは生きているし皆もまだ生きている。けどこれは正しくスイ達の墓なのだ。
「この花畑は私の結界か……外部との全てを遮断する結界」
これは未来の墓なのだ。本来この時間軸には存在しない。だけどそれが生まれた理由は単純明快。私自身がもう一度過去に飛び未来を変えたからだろう。その結果未来に居た私は消え今の私が存在する。そう本来なら過去の出来事を変える事など許されない。三神であろうとそれは絶対のルールだ。それを未来の私は犯したのだろう。
その結果として今私が生きてここに辿り着いた。未来に得たのかその時の私の記憶を引き連れて。三神がそんな事を許すとは到底思えないので間違いなく地球の神から渡された力を使っている。
「多分私真の魔族達との戦いで死ぬか再起不能になるんだろうなぁ」
こうして過去の私を救えたことを考えると再起不能の方だろうか。どちらにせよヴェルデニアと戦える状況には無かったのは間違いない。だから自分が消える覚悟を決めて今の私を救う為過去に飛びあ ドヴァーグと消えた魔族達に助けを求めたのだろう。そして消える前に私に全てを受け継がせる為にこの墓を作り指輪を島 ドヴァーグに預け私はここで消えたのだろう。グライスはこの場の結界を作るために恐らく自壊させているから無いのだろう。
「……思い出した。私戻らないといけないな……アルフ、フェリノ、ステラ、ディーン。皆に謝らないと」
未来の私はアルフ達と再会したのだろう。だが今の私なら分かるがその時の私には記憶が無かった。故にアルフ達を受け入れられなかったのだろう。仲違いなのか訣別したのかそれは分からない。けれど少なくとも私自身が絶望に近い感情を抱いてしまう程度には悪い再会をしたのだろう。だからこそ自分が消えるというのに躊躇いもなく行動出来るのだ。
木片に書かれた名前は拓かルーレちゃんにでも書いてもらったのかもしれない。私じゃ書けない筈だから。誰に相談するでもなくただ消えることを望んだ私。過去のやり直しを求めてしまう程心がボロボロになった私。
「……反吐が出る」
どれほど悲惨な事になろうと突き進むと決めていても結局私も最後には砕けてしまうような人だったという事に酷い苛立ちを感じる。勿論砕けるだけの理由があったことは分かるし納得もする。ただ認めたくないだけだ。しかも並行世界とかでも何でもなく今の私の未来の話なのだ。認めたいわけが無い。
「いや違うか。認められないからこそ私に再起を頼んだのか」
《………… イラ・ラヴァ・ノク・ミュ・ジャ》
あの時ドヴァーグが口にした力ある言葉。今なら理解出来る。
《私は皆に謝りたい……そう伝えろと》
「……当然、心配も掛けたしね」
私は立ち上がると振り返ることも無く花畑を後にした。私の居なくなった後花畑は空気に消えるように解けて無くなった。けれどもう振り返らなかったスイにはそれが分からなかった。
スイ「…………」




