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379.褐鼠族の娘



「お前は誰」

揺らぎを吸収した後私はゼブルと少しの間別れ一人結界の外を歩いていた褐鼠族の元へと向かうと真っ先にそう問われた。その褐鼠族の娘は見た目だけならば十五か六の少女だ。肌が浅黒く頭の上には鼠の耳がちょこんと付いている。しかし何より一番目立つのはその顔や袖から見える無数の傷だろう。傷があっても尚美しく見えるその顔には大きな醜い傷が深々と付けられている。魔物による爪か何かの一撃と見られるがこれだけの傷でありながら良く死ななかったなと本気で思う。

この世界では治癒魔法がある以上早々傷跡などというものは残ったりはしない。褐鼠族は確かに魔法がそう得意な種族というわけではないがそれでも傷跡程度ならば消すことは出来るだろう。だが恐らくこの娘はそれを何らかの理由で受けさせては貰えず傷跡が残る事になったのだろう。

一度完全に残った傷跡を治すには治癒魔法では出来ない。傷跡はあくまで跡であって傷じゃない為治癒魔法では治せないのだ。これを治そうとするならばスイ達のような魔族が眷属化させた時の身体の作り替えか傷跡を覆い尽くすような怪我をさせてその上で改めて治癒魔法をかけるしかない。しかしこの娘はそれすら難しいだろう。ここまで来ると顔のほぼ全てを失う怪我でもしなければ治すことは不可能だ。そしてそこまでの怪我ならほぼ間違いなく即死している。

「誰って訊いている。答えないのならば敵とみなす。再度問う。お前は誰」

抑揚も無く問い掛けてくるこの娘の表情はスイと同じような無表情だ。しかしスイは表情が出ないだけで感情そのものはある。だがこの娘からはその感情を一向に感じない。恐らく感情の起伏そのものが少ないのだろう。スイが言葉や表情から何を考えているかを読めないのはある意味久しぶりだった。

「私の名前はスイだよ。貴女は?」

「ボクに名前は無い。適当に呼べば良い。それよりお前は一人で来たのか。どうしてここに来た。答え次第で敵とみなす」

「……先に訊きたいんだけど貴女もしかしてここで一人で住んでいるの?」

スイの目には娘の背後に小屋のような家がぽつんと建っている。どう見ても素人が作ったボロボロの建物であり職人が作ったような家ではないことがすぐに分かる。娘はその問いに頷く。

「ボクはずっとここで住んでいる。それが何かあるか」

「……ううん、でも褐鼠族の里はすぐ側にあるよね?どうしてここで一人で住んでいるの?結界の外だし魔物が少なかろうと危険だよね?」

「お前質問に答えろ」

「あ、うん。一人じゃないよ。少し離れた所にもう一人居る。ここに来た理由は言えないけど貴女に害をなす為じゃないよ」

「そうか。なら良い。ボクは里には入れない。食料を買う時と切れた薬を買う時だけ入れて貰える。魔物は強い奴はたまに出るがそれだけだ。大抵の魔物なら倒せる」

その褐鼠族の娘はそう言うともう興味を失ったのかスイから目を離すと近くに立てかけてあった斧を持つと最初にやっていた木の伐採をやり始めた。

「ねえ、貴女はどうして里に入れないの?」

「知らない。だが中に入れば斧を投げられる。罵倒される。なら入らない。入る意味もあまり無い。食料は魔物でも補えるから」

スイは内心で少し困っていた。本当はこの褐鼠族の娘に結界を解除してもらって中に入るつもりだったのだがこの様子だと理由こそ分からないが村八分にされているらしいこの娘では結界の解除の方法を知らないかもしれない。それでなくてもこの娘と一緒に入っただけで褐鼠族の者はスイのことを忌み嫌い敵視してくるのは間違いない。別に褐鼠族自体は殺すつもりだからいくら敵視されようとも構わないが警戒されると逃げられる可能性が高くなる。それは避けたい。

「里に入りたいのか。なら直接里まで向かえば良い。ボクでも結界は解除出来るがやめた方が良い。無駄に客人を怪我させるつもりは無い」

ついでに言うならばこの娘が不遇過ぎて褐鼠族を殺すつもりであってもこの娘を殺す気にはなれない。

「……ん〜、ねえ?里の人達嫌い?」

「………………………………………………さあ?」

嫌いかどうかを尋ねると斧を動かす手を止めてたっぷりと時間を掛けてそう答えた。

「斧を投げられたりするのに嫌いではないの?」

「…………多分どうでもいい。死んでも生きていてもボクと関わる事は無い。それにちゃんと狙いを定められてないから斧は当たらない。ただ身体も小さい時に殴られたり蹴られたりしたのは少し嫌だった。もうそいつらは死んだからどうでもいい」

言葉通り本当にどうでもいいのだろう。娘はそう言うと斧を再度動かし始めた。

「じゃあ最後に二つだけ。里の人達が全員死んでもどうでもいい?それとこの場所でずっと住んでおきたい?」

「質問の意図が分からない」

「そのままだよ。里の人達が全員死んでも良いのかなってこととそうなってもこの場所でずっと住んでおきたいのかなって。まあ要は旅をする気はある?」

「死んでもどうでもいいがお前は悪だ。つまりボクの敵だ」

スイの問いに対して答えたかと思ったら斧がスイの首目掛けて振り抜かれた。スイは右手を前に出して斧を掴むとそのまま前に進み娘の体勢を崩す。娘は即座に足を上げて膝蹴りを繰り出してきたが身体を捻って避けると地面に押し倒す。

「っ!」

「危ないなぁ。少なくとも私は貴女の敵ではないよ?」

「だがお前は里の者を殺すつもりなんだろう。ならば悪だ。敵ではないと何故言い切れる」

「敵だったら今こうして会話をするよりも前に貴女の首を折っているよ」

「ただの気紛れだろう」

「……まあそれは否定しない。ただ貴女を殺すつもりは少なくとも今の所私には無い」

「それなら何故里の者を殺そうとする。彼等が何かしたのか」

「人族狩りって知っている?」

スイの問いにふるふると首を振る娘に私は一度説明する。その間ずっと押さえ付けておくのもしんどかったのですぐに身体を起こした。

「里の者はそんな愚行をしていたのか。何のために」

「さあ?ストレス発散の為とかじゃないの?ここに来るまでにあった他の里の人達はそんな感じだったよ。褐鼠族だけが例外とは思えないな」

「だが……いや、確かめよう。里に入る」

「入って訊いて真実だったらどうするの?」

「分からない。その時のボクの心に従う」

娘はそう言うと斧を掴むと背中に括り付ける。

「お前も入るか」

「……ん、お願いしようかな」

「分かった。今日は……暗いから明日だ。今からだと結界が開かない。明日の朝、日が頂点に達する頃里に向かう。お前はどうする」

「その時にまたここに来るよ」

「分かった」

娘が頷くと木の伐採をし始めた。今更だけど何で今からだと結界が開かないんだろう?まだ昼前だし幾らでも入れそうなものだがもしかしたらこの娘が一日に里に入れる回数があったりするのかもしれない。仕方ないのでゼブルに伝える為に私は来た道を戻って行った。念の為にカーバンクルを出して娘を監視させてから。

「……何も無ければ良いんだけどね」

私の言葉は風に掻き消されて私自身の耳にも届きはしなかった。

スイ「けどあの娘強かったな……素の力だけで私の力に対抗しかけたよ。魔力も使ってたらちょっと危なかったかも」

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