369.屋敷
街の中央へと向かっていく。特に敵襲は無いけれど一応警戒しながら歩いて行き屋敷の前に到着した。そして気付いてしまった。あの黒い影達と戦っていた時に時折感じた魔力が屋敷の中に居ることに。
「大当たりって事かな?」
「そのようだな。どうする?」
「勿論潰す」
ゼブルの問いに即答で返すと屋敷の中に入っていく。先程街に襲撃を掛けられたせいか兵士の類は見掛けない。執事やメイドの気配は感じるがどうやら一つの部屋に集まっているようだ。ふと気になったので私はその部屋に向かってみることにした。ゼブルも同じ考えのようで一緒に着いてくる。
そして見付けたのは死んでないのが不思議な程痛め付けられて無造作に部屋の隅に集められた人達の姿だった。どの人達も軽い怪我で骨折で重い怪我になると腕そのものが無くなっていたりした。元の腕があれば治してあげることも可能だがそういうものは見えない。
「これは……」
「魔族を引き入れたとは言い難い光景だな」
ゼブルの言葉に頷く。今の光景から導き出されるのはどうやってかは知らないがここまで潜入を果たした魔族が屋敷に設置されていたであろう結界の魔導具又はアーティファクトを利用してあの黒い影を作り出したのだろう。
そう考えながら執事やメイド達を治癒魔法で癒していく。全員重傷であることは間違いないが腕や足が無いのは執事達の方が多い。恐らく抵抗したからだと思われる。余程酷い目にあったのか治癒魔法で癒しても反応が全く起きない。治癒魔法で痛みを感じる事はそうそう無いがむずむずする感覚はある筈なのに一切反応しない。人形相手に治癒魔法を使っている気さえしてきた。
「姉さん」
治癒魔法を掛けていると拓から声を掛けられたのでそちらを見ると思わず顔を顰めた。そこに居たのはこの屋敷で療養中だった筈の女の子だった。女の子は目が潰されて手足が曲げられている。手足の曲がり具合からして恐らく何かに叩き付けられたことで曲がったのだろうと分かった。今にも死にそうな程弱っていて荒い息を吐いている。拓が治癒魔法を掛けているがあまり効果があるとは思えない。
「……あぁ、もう!」
拓の元へと向かうと治癒魔法を掛けつつ女の子に声を掛ける。
「ねえ、生きたい?死にたい?どっち?」
「姉さん!?」
私がしようとしていることに気付いたのだろう。拓が声を上げるが私は無視をして女の子の口元に耳を寄せる。
「…………て………………けて……お兄……たす…………」
私は断片的に聞こえたそれを聞くと同時に女の子の首元に噛み付いていた。女の子の血は私の中に私の血は女の子の中へと循環していく。既に大量の血を失っていたからかそれはすぐに終わった。眷属化だ。けれど女の子の身体は治る様子が無い。
「どうして……」
「……スイ、眷属化して治そうとしたのは分かるが……その娘は生存を望んでいない。残念だが……眷属化は失敗だ」
ゼブルの言葉を聞くとほぼ同時に女の子の身体から力が抜けていく。
「…………けて、お兄……んを……たす」
それは止める間もなくて女の子はそのまま息を引き取った。後に残ったのは後味の悪さだけだ。
「スイ……」
「大丈夫」
ルーレちゃんに声を掛けられるけどそう返事を返す。大丈夫な訳が無い。けれどそう返さないとこのモヤモヤとした気持ちで当たってしまいそうだった。二回ほど息を吸って吐く。そして女の子の身体をそっと横たえた。久しぶりに飲んだ血の味はとてもじゃないけど美味しいなどとは言えなくて凄く苦かった。
屋敷の住人の内助かったのは執事が二人とメイドが六人、後は全員死んだ。治癒魔法は治される側の体力を多少なりとも使うので仕方ないと言えば仕方ないのだけど苦々しい思いを隠せない。治さなければ生存していたかと言われたら否だと答えられるのでやった事に後悔はない。ただどうしようも無い怒りがあるだけだ。
屋敷の地下を見付けたので中を見たがそこにあったのは恐らく街を守る結界の魔導具だったものだ。既に完膚無きまでに壊されていて元が何の魔導具だったかを見極めるのにも一苦労する程だった。
結界の魔導具の代わりに何かの端末の様な物が置かれていた。これが何かは分からないが黒い影と全く関係が無いとは言えない。恐らく黒い影を生み出す魔導具の遠隔操作用の魔導具じゃないかなと思っている。つまりこれはあくまでコントローラーで本体じゃない。ここに居たであろう魔族には逃げられてしまったという事になる。
「チッ……」
思わず舌打ちをする。のうのうと逃げて行った奴のことを思うと酷くいらつく。その端末を握りつぶしてやりたくなったがもしかしたら何かに使えるかもしれないので一応指輪の中に入れておく。
それ以外には特に何も無さそうなので屋敷の外へと出る。あの糸目の男の人や護衛らしきあの二人の姿は見当たらなかった。一体どこに行ってしまったのだろうか。もしかしたら兵士を引き連れてエルフ達の襲撃を迎撃しに行って怪我を負ったのかもしれない。考えても分からないので街の方を捜索することにする。
街は悲惨な事になっていた。スイが呼び出したムンちゃんによる被害もあるがそれ以上に人の死体が至る所に無造作に捨てられている。嬲られて殺されたような死体は無いが代わりにあまりにも適当に捨てられていてまるでゴミを扱うかのようなそれに怒りを感じる。そして見付けてしまった。
「…………」
無言でそちらの方へと歩いていく。そこにあったのは首だけだ。身体から弾き飛ばされたのだろうか。最初に会った時何故か糸目の男性に担がれていた男の人の首が落ちていた。その表情は真剣な目で苦痛に満ちた表情ではない。苦痛を感じるよりも前に首を落とされたのだろう。
そして周りを見渡すと店の中に投げ飛ばされたのであろう熊の亜人族の男の人も見付けた。内臓を壊されたのだろう。一見は無事そうだがお腹がぶよぶよしていて骨がちゃんと機能していないことはすぐに分かった。
そしてその近くに糸目の男性が居た。血の涙を流していてその手には可愛らしいリボンにラッピングされた小さな包みがあった。包みには小さな紙が挟んであった。
「我が愛する妹、ウィネアへ」
そう書かれていたその紙は血で汚れていた。妹へのプレゼントか何かだったのだろうか。私はそっとそれを置くと糸目の男性の涙をハンカチで拭いた。
「…………ふぅ」
少し息を吐くと私の身体の中の娘達に声を掛ける。
「追い掛けられるよね?……行け。必ず見付けて。私が殺す」
糸目の男性が殺されたのがエルフなのかそれとも魔族なのかそれは分からない。けれどタイミングが一緒なのだ。追えばどちらかと会える。なら別に気にする必要は無い。だって両方殺すつもりなのだから。
「真の魔族だかエルフ達の集団だろうが関係無い。全部殺し尽くしてやる」
「待て、スイ。憤る気持ちは分かるが一応エルフ達は拐われたエルフを助けるという目的の為に行動している可能性がある。一概にあちらだけが悪いとは言い切れん」
ゼブルに声を掛けられて少し冷静になる。確かにそうだった。まあこれを成したであろうエルフと魔族は確実に殺すつもりだがそれ以外がどういう気持ちで襲撃を掛けたのかは分からない。焦らずに事実を分析しなければいけない。
「ありがとう」
「構わん。私もこれを見て憤りを感じたからな」
深呼吸を三回ほどしてから冷静になる。じゃあまずはエルフ達が拐われた事実があったのかを調べようと思いゼブルにそう提案する。ゼブルは頷くと全員でまた屋敷の方へと歩いて行った。屋敷の捜索をして無ければ奴隷商があるかの確認、まだ生き残っている人達からの聞き取りを行うことにする。
「どうなるかな……」
少しの不安を感じながら私は歩みを進めたのだった。
スイ「…………」




