368.合流
短いです。
黒い影達は踏み潰された後跡形もなく消え去っていた。魔法に近い存在というのは分かっているので死体が無いのは分かっていたが奇妙な事も起きていた。
「残留魔力すら無い……」
通常魔法は自然に魔力が減衰して無くなりでもしない限り残留魔力というものが残る。所謂使用されずに余った魔力だ。当たり前だが先程のユミルの攻撃で破壊されたのならば魔力が残らなければ有り得ない。直接魔力を送り続けていたのだとしても身体を構成していた魔力までは残る筈なのだ。
「何か気持ち悪いな……」
魔法に近い存在の筈なのに魔法として異質にも程がある。創命魔法も大概おかしい魔法だと思っていたが此方はそれをより顕著にしている。それに創命魔法だとユミル達が死ねばそこにはしっかり残留魔力が残る。勿論大半の魔力は私とのパスによって回収される為その場に残る魔力はそう多くないがそれでも全回収などは出来ない。
「……まあ良いや。考えても気持ち悪いって事ぐらいしか分からないし」
あれが魔法だろうが魔法に近い別の存在だろうがどちらにせよ敵として向かってくるなら消し飛ばすだけだ。そう考えてから何の気なしに周りを見渡す。住民は既に避難したか全て死んだかでこの辺りには人っ子一人居はしない。
「あれは一体何だったのだ?」
「分からない」
問い掛けられるが私にも分からない。恐らくで良いのならばアーティファクトじゃないかなとしか言えない。けどあんなアーティファクトがあるとは聞いた事が無いし父様の記憶の中にも存在しない。つまり完全に未知の存在だ。以前どこかの街で似たような存在を見た事もあったがあれとは根本的に違うしあの時の魔導具は私が壊した。もしかしたらあれの原点のアーティファクトという可能性もあるがどうせ考えても分からないし例えそうであってもあまり関係がない。
「まあ何だって良いよ。今はとりあえずこの場を離れよう。拓達も心配だし」
「うむ。賛成だ。またどこぞからわらわらと湧き出てきたら堪らん」
探知の為に魔力を薄く広げて拓達を探す。少し離れた所で見付けた。どうやら特に怪我等をしているわけではないようだ。私は少し安堵する。幻術の類とはいえ拓達の姿を模した物を見させられたら不安にもなる。
「こっちだよ」
拓達の方へと歩き始めた私を見てゼブルは頷くと後ろから着いてくる。やがて歩き始めて三十分ほど経つと目の前は壁の外だった。恐らくだがムンちゃんによる攻撃を見たあと拓達は留まるのは危険と判断して街の外に出たんじゃないだろうか。
確かにムンちゃんは大きすぎて細かい制御は出来ない。とりあえず薙ぎ払え位しか出来そうに無いしその判断は間違っていないだろう。まあ流石にそんな命令を出すつもりは無いが。
街の外に出てから暫くすると拓達が移動を開始する。何かで監視でもしていたのかもしれない。拓とルーレちゃん、シェスの三人の気配がこちらに向かってくる。ちなみにリーリアとリロイは街の中に気配があったので一緒に行動していないのは分かっている。
「さっきみたいなことになりたくないから迎えに行こうと思うんだけどゼブルも来る?」
「ああ」
ゼブルが頷いたので拓達の方へと飛んで行く。十分も掛からずに合流できた。黒い影がもう作れないとは思わないがどうして襲わなかったのだろうか。はっきり言って私やゼブルを殺すには力不足だが拓達ならば殺すまで行けずとも致命傷を負わせるぐらいは出来たはずだ。
「……もしかしてあの街でしか出来ないとか?」
だけどそうなるとこの街と魔族が繋がりがあるという事になる。いや、もしかしたら街の中に魔族が侵入して魔導具又はアーティファクトを起動して作り出した可能性もある。早とちりは危険だ。
「……はぁ」
考えても答えは出ないのだが一度疑問に思うと中々その疑問から抜け出せなくなるのは私の悪い癖だ。思考を切り替えるために頬を抓る。
「姉さん?」
「ん?」
「いやどうしたのかなって」
「大丈夫だよ」
拓に心配されるが大丈夫という事を示す為に拓の頭を撫でる。昔は拓の方が小さかった筈だが今ではすっかり逆転してしまっている。身体も元々細かったはずだが剣を振っている関係か身体に筋肉が付いてしっかりし始めている。
「……大きくなったね」
「まあね。鍛えてるから」
そう言って力こぶを作る拓だがそれほどそのこぶは大きくない。というか小さい。筋肉は付いているようだが魔力という不思議エネルギーのせいか実際の筋力程見た目に変化がある訳ではないということだろう。
「それで姉さん何を悩んでるの?」
「誤魔化されてくれないの?」
「誤魔化されても大丈夫そうなら聞かないけど姉さんが悩むって事は相当面倒な内容でしょ?解決できるなんて事は言わないけど話す事で整理出来たり意見を聞くことは出来るよ。僕も姉さんの役に立ちたいな」
「……まあいいけど」
そう言ってから先程起きた出来事を教える。ゼブルと出会ったこともその後で拓達の偽物を見させられ挙句に黒い影に襲われたことも全て話すと
「……姉さん、街の中に魔族が潜入ってそんな簡単に行けるの?」
「潜入だけなら出来るとは思うけど魔導具やアーティファクトの存在があったならすぐに気付けたと思う。これだけの規模となると使用する魔力もかなりの物だし大型になると思うから」
「……なら考えられるとしたら権力者と仲良しって感じじゃないかな?」
「権力者と……?」
拓が何気なく言った一言が酷く頭に残る。権力者と仲良しならば確かにどれほど大型の魔導具だろうがアーティファクトだろうが関係は無い。
「……街の中央」
街全部を覆えるほどの結界が張れる場所は一つしかない。ここの領主の屋敷だ。糸目の男性が魔族を引き入れて何かをしているのかはたまた操られているのかは分からないが可能性としてはある以上何とも言えない。
「屋敷に向かうよ」
私はそう言うと拓達と一緒に再び街の中に入っていくのだった。
北欧神話、ユミル
『スノッリのエッダ』に出てくる原初の巨人。アウルゲルミル(耳障りにわめき叫ぶ者)とも呼ばれる。『スノッリのエッダ』第一部『ギュルヴィたぶらかし』ではギンヌンガカプのムスペルヘイムの熱とニブルヘイムの寒気が交わったところで生まれ、原初の牛アウズンブラの乳を飲んでいた。
ユミルの身体の各所から何人もの巨人が生まれその中には頭が複数ある奇怪な巨人も居たとされている。
最初に生まれた神ブーリの息子ボルが、ユミルの一族である霜の巨人ボルソルンの娘ベストラと結婚し、オーディン、ヴィリ、ヴェーの三神が誕生した。巨人達は非常に乱暴で神々と常に対立していた。巨人の王として君臨していたユミルは三神によって倒されてしまう。この時ユミルから流れ出た血によってベルゲルミルとその妻以外の巨人達は死んでしまう。
三神はユミルを解体し、血からは海や川、身体からは大地を、骨から山を、歯と骨から岩石を、髪の毛から草花を、睫毛からミズガルズを囲う防壁を、頭蓋骨から天を造り、ノルズリ、スズリ、アウストリ、ヴェストリに支えさせ、脳髄から雲を造り、残りの腐った体に湧いた蛆に人型と知性を与えて妖精に変えたとされている。
その凄まじいまでの存在にスイは少々びびりながら作ったが出来上がったのは何故か巨人とは似ても似つかない幼女だった。多分妖精云々で何か混じったのだろうなとは思ったが別に大柄で好戦的で乱暴な存在が欲しかった訳じゃないのでこれはこれでいいかと思っている。
あと巨人語の訛りなのかはたまた単純に人の言葉に慣れていないのか理由は分からないが発言内容を理解するのは困難。ちなみに見た目に相反してかなりの好戦的かつ粗暴な性格をしているようだ。ただし母であるスイに対しては甘えてくる。




