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354.コーマの街



「あ、姉さんあれじゃない?」

拓が馬車の窓から覗きながら言った先には壁らしき物が見える。私もそれも確認すると馬車をゆっくり停めて近付く事にした。森の中を馬車で爆走しているのって明らかに不自然だからね。木を薙ぎ倒しながら行かせた私が言うのもなんだけど。

皆で近付いて行くが途中で気付いた私とリーリアは少し表情を顰める。コーマの街が魔物に襲われにくい理由を理解してしまった。反対に拓達は街で休めると喜んでいる。

「ママ……」

「大丈夫だよ。別に悪い事じゃない……こんな大陸だもの。人が狂うのは何もおかしくない」

私とリーリアの会話は小声だったせいか皆には気付かれていない。街壁まで近付くと門番が立っている。人自体はそんなに来ないのであろう。隣に立つ門番と仲良く喋っている様子がここからでも見える。近付くにつれ門番も気付いたようで此方を見ている。

「ようこそ、コーマの街へ!」

「歓迎するよ小さな旅人さん」

門番の二人はにこやかな笑顔で私達に対応する。彼等の指には何処かで見たような指輪が嵌められていた。



コーマの街の中に入った私達は宿を取る事にした。ヘカトンケイル達による轟音はどうやら聞こえていたようだが魔物同士による争いと認識されているようだった。まあある意味間違えてはいないし曖昧に笑って会話を終了させておいた。

街の治安はかなり良いみたいで人々の笑顔が所々で見られた。悪政を敷かれている事もなく総じて良い街だといえるだろう。私とリーリアは気分が悪くなったと言って宿に引っ込む事にした。拓達は少し街を見て回るようだ。リロイは宿に居たかったようだが拓に押し付けた。

そして皆が居なくなった後私はリーリアを抱き締めていた。

「ママぁ……」

「うん……」

「この街は悲しいよ……」

「そうだね……」

「どうにか出来ないのかな……?」

「…………」

「ママ」

「ごめんね。リーリア。私にも出来ないや。リーリアはどうしたい?悲しい街を終わらせたい?それともこのまま夢の中に居させたい?」

「…………ママ。私が終わらせる。だって悲しすぎるもの」

「そっか。分かった」

私はリーリアの身体をぎゅっと抱き締めた。ふと顔を上げて見た宿の窓から見えた人々の指には同じ指輪が嵌められていた。



拓達は街の屋台で少し買い食いをしてきたようだ。私達用に買ってきたイカ焼きみたいな物を食べる。リーリアは食べながらも元気が出ないみたいだ。美味しいが私もあまり元気が出ないから仕方ない。

シェスも少し表情が固まっている。もしかしたら気付いてしまったのかもしれない。拓とルーレちゃん、リロイは私とリーリアの態度から何かがある事は分かってもそれが何かは分からないみたいだ。それでも聞いて来ないのは私に話す気が無いことが分かるからだろう。実際訊かれても答えるつもりは無い。

「私後でリーリアと出るから皆は付いてこないでね」

私の言葉にリーリアは少し固まり、皆は一瞬反対しようとして止まる。リーリアは少し頭を振ると頷いた。



二人で街の中を見て回る。道行く人々には希望が溢れているように感じる。浮浪児らしい子も居らずかなり良い環境なのだと一目で分かる。売られている物も新鮮な野菜や安価な肉等で経済的にも良く、魔物からの襲撃等も少ない事が窺える。

私達はそれらを横目で見ながら街の中心部に向かって歩いていく。中心部には周りより少しだけ大きな建物があった。その建物の入口には兵士が立っていて中に入るのを拒んでいる。

「止まれ。この建物は進入禁止だ」

兵士が槍を持ち私にそう言う。

「ごめんね。リーリア」

「うん……"死んで"」

兵士がリーリアの言葉を聞くと糸が切れたようにその場で倒れる。私達はそれを最後まで見ずに建物の中へと入って行く。気配が一つだけある部屋を目指して歩いて行く。私達が進入したせいか建物の中は慌ただしく声が響いていた。

やがて部屋の前まで辿り着くとゆっくりと開ける。中には優しそうな笑顔だが少し困ったような表情をした男が椅子に座っていた。

「……ついに来ちゃったか」

男は辛そうに顔を俯かせる。

「リーリアは終わらせたい。こんな悲しい街。貴方が作ったの?」

「……悲しい街か。そうだな。悲しいよな……うん。僕が作ったよ」

リーリアの問いに男は俯かせたまま答える。

「リーリアは……」

「いや、言わなくてもいいさ。いつかこんな日が来ると分かっていた……そこに大きな宝石があるだろう?それを壊すといい。それで全てが終わる。終わるんだ……この街が」

男の言葉に少し躊躇うリーリアだったが意を決したようにゆっくりと宝石に近付いていく。

「ねえ、貴方私と一緒に付いてくるつもりは無い?」

私からの問いに男は顔を上げるが少しした後顔を横へと振る。

「僕などが君達と一緒に行動する事など許されない。過去に縛られ未来を見ようとしなかった僕が今更そんな事出来る訳もない」

男はそこまで言うと笑顔を向ける。

「勿論君の申し出は嬉しいよ。ただこれは僕なりのけじめなんだ。少なくともそれが終わるまでは君達と一緒に行く事は出来ない」

「……そう。分かった」

男はリーリアの方を見る。リーリアは宝石の前に居てその右手に魔力を溜めていた。そして男の見ている中リーリアはその手を振り下ろして宝石を粉々に砕いた。宝石は砕かれた後まるでそこにあった事が嘘だったかのように空気の中に溶けるように消えていった。男はそれを見た後、一筋の涙を流した。私はリーリアの手を取り部屋の外へと出て行った。無駄に聴覚が発達している事をこれ程後悔するとは思わなかった。

「ママ、私のした事は間違いだったのかな?」

「どうだろう。正解とも言えるし間違いだとも言えるかもしれない。ただ私は正解だと思いたいな」

「うん……」

リーリアは私の手をぎゅっと握り涙を浮かべた。

あれ程活気のあった街はいつの間にか静かな街へと変わっていた。



「すまないね。待たせてしまったようだ」

男がその瞳を赤く腫れさせて私達の前に現れる。

「僕は今から……散歩をしようと思うんだ。君達はどうする?」

「付き合うよ」

「そうか。なら暇潰しに下らない男の話でも聞いてくれるかい?」

私は男の言葉に頷いた。男は静かに微笑んだ。

「君なら分かると思うけど僕は魔族なんだ。強い魔族とは到底言えないけれどね。素因は願望。願いは叶うなんて言うけど僕のはただ本当に願うだけだったよ」

建物の中から外に出る際に中を歩き回っていたのであろう女性が壁に横たわるように眠っていた。男は女性を抱き上げるとそのまま歩き始める。

「僕には名前は無くてね。願望の素因は名付けられることすら拒否するんだ。そんな得体の知れない僕を受け入れたのがかつてのこの街だったんだ。当時は魔族は怖いというぐらいしか知られてなくてね。人族しかないこの街にとって僕というのはかなり異質な存在だったと思う。それなのに受け入れたんだよ。凄いと思わないかい?」

「コーマの街はそんなに昔からあったの?」

「いや、言い方が悪かった。当時は小さな村さ。名前すらないような小さな村。だけど一応大戦時から存在しているよ。コーマの街とまで呼ばれるようになって発展したのはここ数十年の話さ」

男は女性をベッドの上に寝かせるとそのまま歩き街の中へと繰り出していく。

「僕を受け入れてくれたこの街の為に力を注いだよ。仮にも魔族だからね。魔力だけはあったからね。魔導具を作ったりアーティファクトも幾つか作ったよ。少しずつだけど発展していくのを見るのは楽しかった。当時の村人達はもうとっくに死んでいたけれどそれでも嬉しかった。恩返しが出来たと本気で思ったよ」

男はそう言いながら近くで眠る男の子の頭を撫でる。

「切っ掛けは何だったかな。僕に花冠を贈ってくれた小さな女の子だったかな。ある日僕にもう一度花冠を贈ろうと森の中に入って行ってしまったんだ。危ないから駄目だって言われていたのに……。女の子は魔物に食われて死んだよ。お腹が食い千切られていてね。内臓がボロボロ落ちているんだ。今でも夢に見るんだよあの時の光景。けど私はそれを認めなかった。認めたくなかったんだ。あんな小さな子が、優しいあの子がそんな死に方をするなんて認めたくなかった!魔物に弄ばれて死ぬなんて結末は認めたくなかった……!」

男は泣きながらそう叫ぶ。

「その時さ。ふと思ったんだ。死なせたくないって。もう死んだあの子の顔を見ながら死なせたくないって思ったんだ。僕はアーティファクトを作った。あの宝石だよ。願望の素因が混じっているせいか名付ける事は出来なかったけど。あの宝石元々はもっと大きかったんだ。それこそあの部屋いっぱいぐらいにはね。僕はあの宝石を削り出して指輪を作ったんだ」

「……アーティファクト"残骸虹生(ざんがいこうせい)"かな」

「それがあの指輪の名前かい?」

「うん」

私の答えに男は笑う。

「効果は君達なら分かるだろう?死んだ生命を甦らせる。だけど……正確には違う。あれは死体を死体のまま動かすアーティファクトさ。意識だけは間違いなく甦っているし身体は死に絶えていても腐りもしないのだからある意味では蘇生と言っても良いのかもしれないけれど。この街の住人には全員にあの指輪を渡している。皆には危なくなったら助けてくれる魔導具だと言っているけれどね」

男は寂しげに笑う。

「この街の住人に生者はいない。全員死んだよ。皆はアーティファクトの力で動いているだけの死者だ。魔物も襲わない筈だよ。死肉を食らうためだけに襲い掛かる魔物もそうは居ないだろうからね。身体は死に絶えているから新しく生命が生まれることも無い。けど皆は疑問には思わない。それがアーティファクトの代償でもある。記憶を糧に動き続けるんだ。死んだ時の記憶を残したくないという僕の願望によってね」

男はそこまで語ると眠って……いや既に死んでいる男の子の頭を撫でて涙を流す。

「……もっと早くこうするべきだったのだろうね。けど僕には出来なかった。彼等を眠らせるその判断が僕には下せなかった……ごめん。君達には嫌な思いをさせてしまった。そして彼等を眠らせてくれてありがとう」

男はそう言って頭を下げる。私は男の頭を抱きかかえる。男は一瞬驚いたようだが私が背中を摩っていると次第に涙を流して大声をあげた。無駄に晴れ渡った天気が嫌になった。

???「ありがとう……」

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