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28.部下



スイが目の前の男から金貨が三枚ほど入った袋を見せられる。先程奴隷を売って欲しいと言った男だ。

「今はこれだけしか持ってないが後でしっかりと払う。だから頼む」

「嫌です」

「なっ、頼む。仲間を……」

「嫌です」

スイは冷めた目で男を見つめながら拒否を続ける。男はスイが売る気が無いと分かった瞬間忌々しげにスイを見て去っていく。

「……(後でちょっかい掛けてきたら殺そう。鬱陶しいし生かしておいても邪魔にしかならなさそう)」

スイはそう考えながら奴隷商へと向き直る。

「残りの奴隷のところに案内して。今買った奴隷達は……」

「こちらの方で一時的に預かりましょう。どうせ店まで一回戻ることになりますので」

「そう?なら良い。店があるならどうしてこんな路上でオークションなんかやってるの?」

「私の店はオークション専門の店でして店では販売していないのですよ。なのでお嬢様は特別ですね」

そんなことを話しながらスイ達は薄暗い路地へと入っていく。暫く歩くと薄暗い路地が開けてきて表通りほどではないがある程度光が差し込む路地へと出る。そこに一軒だけかなり大きめの屋敷がありそこが目的地のようだ。

「あそこに残りの奴隷達が居ます。中はあまり綺麗ではないので屋敷にてお待ちいただけたらと思います」

そう言って奴隷商が指差したのは屋敷の横にある小さな家だ。扉の前には四人組の冒険者らしい男達がいる。

「地下に降りる階段がありましてその中で教育を行っています。少し待っていてもらえれば……」

「良い。面倒だし一緒に行くよ」

「そうですか。お嬢様がそう仰るのでしたら止めはしませんが……」

「気にしなくて良いからさっさと連れていって」

スイがそう言うと奴隷商は中へと入るために鍵を開ける。中に入ると何処からか()えた臭いがする。冒険者らしい男達も扉の前に残った一人を除き奴隷商の後ろに立つ。護衛のようだ。奴隷商が部屋の扉を開くと地下へと続く階段が出てくる。臭いの元はそこからのようだ。

地下へと続く階段を降りていくと再び扉がある。二重の扉越しに臭いが届くぐらいなので中は相当臭い筈と考えたので小さく風を起こし口や鼻を新鮮な空気で覆う。視覚や聴覚と違って嗅覚自体はそれほど鋭敏にはなっていないスイだがそれでも普通の人よりも遥かに敏感だ。階段を降りている最中でもかなりの臭いにやられそうになっていた。

扉を開くとむわっとした風と圧縮された臭いの砲弾のようなものを受け風を起こして覆っているにも関わらず微かに風を突破してスイの鼻に饐えた臭いを届かせる。その臭いに思わず顔をしかめるスイ。

「こちらに残りの奴隷達がおります……やはり待っていらした方が良かったのでは?」

「気にしないで。全員集めて」

「畏まりました。おいお前達連れてこい」

奴隷商が男達に声をかける。冒険者だと思っていたが命令し慣れているということは単純に奴隷商の店で働く者なのかもしれない。しかしそんなことはどうでも良いものをスイは見付ける。男達が連れてきた男女併せて五人の奴隷達。男が三人、女が二人だ。それぞれかなり美形だと言えるだろう。震えそうになる声を必死に抑えて話し掛ける。

「これからよろしくね」

それだけを言うと五人はスイを見る。訝しげに思う者、睨み付ける者、何かを企んでる者と様々な反応を見せた。

「見ての通りまだこの者達は来てそれほど時間が経っていないために教育が不十分でして先程同じ額でと言われましたが少し割り引かせて貰いたいと思います」

「……そう。分かった」

スイはそう一言だけ言うと奴隷商に向き直り一歩間違えれば死ぬ威力で顔面を殴る。余りに唐突な攻撃に護衛達が反応できずにいるとスイはその膨大な魔力を使い五人の奴隷達の奴隷紋を悉く壊す。そしてスイは五人に向かって一言笑顔で話し掛ける。

「さあ、同胞達よ。恨みを晴らして良いよ?」

スイの言葉に五人が一瞬呆けてすぐに獰猛な笑みを浮かべ男達に襲い掛かる。先程まで捕まって弱っていたとは思えないほどに機敏な動きに男達は対応できずに地面に伏すことになった。



「助けていただきありがとうございます。この恩は決して忘れません」

スイの目の前で五人の元奴隷達が跪き、一人の男が代表して礼を言う。

「気にしないで。ここに来たのは偶然だったから」

スイはそう言いながら治癒魔法で五人を癒していく。五人は魔力が枯渇気味のようで治癒魔法が使える状況になかったのでスイが代わりに使っているのだ。

「そうもいきません。何か礼をしたいのですが何をすれば良いでしょうか?」

頑なに礼をしたがる男にどうしたものかと思っていると女のうちの身長が高い方が男に話し掛ける。

「ミティック、この女の子がどっちか分からないのに良いのか?」

勝ち気そうな青い瞳でスイを見つめながら燃えるように赤い髪から文字通り火を出している女だ。ちなみに奴隷紋があった先程までは出ていなかった。ミティックと呼ばれた男が女に呆れたような声で言葉を返す。

「はぁ……だからお前は馬鹿なのだ。この方が誰か分からないのか?……分かるわけなかったな。考えてみたらお前にだけは教えてなかった」

「おいちょっと待て!私にだけ教えてないってなんだ!」

「馬鹿に教えたら面倒だったし万が一ばれたら最悪だからな。内緒に出来る者だけで情報が共有されていたのだ」

「私一応隊長だぞ!?」

「実力しかなくて頭は幼児並のな」

「ああん!?」

何故かいきなり険悪になった二人をスイが止める。止めるといっても言葉でも手で止めた訳ではない。ただスイがほんの少し不機嫌な空気を出しただけだ。その小さな身体から漏れた魔力が周りの壁に罅を入れることになったが。

「ミティックもアトラムも落ち着け。不機嫌になられているだろうが」

そう言ったのはもう一人の女だ。スイと似た色の髪に紫の瞳を持つ仕事の出来る大人の雰囲気を出している。

「だって私のこと」

「良いから今は大人しくしていろ。この方が敵であることは無いから」

「……分かった」

「はぁ、貴女のせいで私も」

「ミティック?」

「分かりました」

要らないことを言おうとしたらしいミティック――黒髪黒目の男――を名前を呼ぶだけで諌めるとスイに向かって再び跪く。

「跪くのやめて。居心地悪い」

スイがそう言うと五人は少し目配せしあってから立ち上がる。アトラムだけは未だに理解できていないのか立ち上がるのが遅かった。

「とりあえず間違いじゃないと思うけど名前を教えて。偽名を使ってるならそっちも」

「では私から。ミティックと言います。それと私達は偽名を使用していません。悪魔族です」

ミティックが名乗りながら頭を下げる。スイに向かって言った悪魔族というのは魔族の中の種族名だ。良く勘違いされるが魔族というのは大別して三種族のことを指す。悪魔族、鬼族、そして吸血鬼族だ。鬼族と吸血鬼族は混同されやすいが明確に違う種族だ。違うとは言っても魔族の発生は例外無く全て一緒なので一緒と言ってもまあ間違いではない。

悪魔族と言ったことから分かるようにスイの目の前にいる五人は全員魔族だ。人族に遅れを取るような魔族は基本的にいない。何があったのかを訊きたい気持ちを一旦抑え名乗りを続けさせる。

「グラフ……鬼族」

「ダスターです。悪魔族です」

「私はトリアーナと言います。吸血鬼族です」

「アトラムだ。鬼族」

無口な感じの二メートルはある巨漢の男で赤い髪に赤い目を持つ男がグラフ、執事のような洗練された動きでお辞儀をした青い髪に水色の瞳のダスター、先程ミティックとアトラムを止めたのがトリアーナ、最後がアトラムだ。

「そう、私はスイ。魔王ウラノリアと北の魔王ウルドゥアの娘。吸血鬼族だね」

スイが自己紹介をするとアトラムがぽかんとしている。本当に一切知らされていなかったようだ。

「それでどうして魔軍の隊長達がこんなところでしかも捕まってるの?」

スイが疑問に思っていたことだ。魔軍の隊長格であるミティック達は魔族の中でもかなりの実力者だ。人族に捕まり、ましてやそれが複数で捕まるなど殆ど有り得ない。それにミティック達から感じる素因の数が一つしか無い。最低でも五つは持っていた筈なので訳が分からない。それに答えたのはダスターだ。

「そうですね。私からお話いたします。まず前提としてヴェルデニアはある程度の強さを持っている素因の反応を追えます。大体三つ以上からぼんやりと分かるようです。なので私達はもう一人の仲間に私達の残りの素因全てを持たせ脱出させました。合計で三十一の素因を持たせましたので問題なく脱出しました。その脱出騒動の際に私達はバラバラに逃げ後に合流しました」

「その仲間は今どこに?」

「今は帝都イルミアに居る筈です。ああ、一応血の誓約をしていますので裏切ることはありません。それで私達が此方の大陸に移り移動していますとある人族と亜人族に出会いました」

「人族と亜人族?」

「はい。彼等は人災と呼ばれる者達のようです。一人は槍聖(そうせい)、もう一人が壊拳(かいけん)と呼ばれていました。共にそれなりに強くはありましたがアーティファクトを所持していまして体力の回復や必ず当たる槍などで押し切られました。その後奴隷として売られたのです」

「ちょっと待って。人災っていうのは奴隷狩りでもしてるの?」

「いえ私達を魔族と知った上で殺しにかかってきたようです。ですが素因さえあれば私達は死にません。殺しきる方法が無かったのでしょう。奴隷紋を付ければ良いということになり売られることになりました。私達が揃っていながらこの体たらく申し訳ありません」

ダスターが頭を下げる。他の四人も悔しそうにしている。素因を減らすというのは酷く力を使う。恐らくまともに戦える状況ではなかっただろう。

「そっか。大丈夫だよ。無事で居てくれただけで嬉しいから。なら貴女達はこれから帝都に?」

「はい。そのつもりでしたがスイ様と出会いましたので共に行動したいと思っています。よろしいでしょうか?」

ダスターがそう言うと四人も小さく頷いている。

「勿論。でも私も向かう先は帝都なんだよね」

少しだけ照れて言うと五人が少しだけ見惚れる。

「とりあえず私が一緒に居る子達のとこに一旦戻ろうか。ああ、それと……」

一瞬にして表情が消えたスイが指を指す。その先に居るのは先程顔面を殴った奴隷商だ。

「殺して良いよ」

酷く冷たい声でスイが言うと五人は顔を見合わせてグラフが近付く。近付いている最中に身体が更に大きくなっていく。奴隷商の元に辿り着いた時には三メートルを越していた。そして丸太のように大きくなった腕で奴隷商の顔を殴る。あまりの威力にその先の地面まで陥没させる。当然奴隷商は即死だ。その最中にダスターとミティックが冒険者風の男達に近寄り首を折ったり心臓を貫手で貫いていた。



家から出ると扉の前で立っていた男をすれ違い様にグライスで首を切る。切れ味が良すぎて殆ど首の皮一枚のような状態になってしまった。スイは男を階段まで持っていって蹴って落とすと階段を殴って崩落させる。これで暫く見付かるのを防げるだろう。

再び家から出ると屋敷の方に向かう。買った奴隷達はまだ屋敷に居る筈だからだ。中に入らず横の馬車を留めていた場所に向かうと居た。馬車から出してすらいなかったようだ。

「スイ様この者達ですか?」

「違う。この子達はさっき買った子」

スイは馬車に近寄ると中にいた十六人の亜人族(人族は居なかった。当たり前だが)に向かって手を差し出す。

「私の奴隷になって。悪くはしないから」

奴隷商が死んだ今奴隷紋は意味がなくなっている。逃げ出そうと思えば逃げられるのだ。だけどスイは奴隷になるように言う。簡単な話だ。主人がいない奴隷は犯罪奴隷になるかもしくはそれを知った者に拾われる事になるのだ。十六人が纏まって行動することは無いだろう。あまりに目立ちすぎる。少人数で別れる事になるだろうがその場合はかなり危険だ。主人さえいればそこまでの危険はほぼ無くせる。

「……本当に?」

誰かが言う。十六人も居るとごちゃごちゃして誰が言ったか判別できない。

「本当。多少危険な目に会う可能性はあるけど死なせたりはしないと約束する。衣食住も与える。住は宿とかになるけども」

「……分かりました。一緒に付いて……いや付いていかせてください」

そう言ったのは前の方にいた狐の耳を持った美女だ。いや全員何かしらで容姿は優れているがその中でもかなり綺麗だ。胸もかなり大きい。スイは自らの身体を見てその美女を見て複雑そうな顔をする。美女もまた何と声を掛けたら良いか迷っている。

「……うん。こっちからお願いするよ」

多少声が小さくなったスイに後ろの方でミティックがおいたわしやなどと言っている。後で殴る。スイの殺気にも近い空気を感じたのかミティックが若干震えている。そんな時に男達がやってきた。ここに来る前スイに譲るように言った男だ。後ろには冒険者らしい人が十人は居る。

「お~。上等なやつばかりじゃねぇか」

「……はぁ。何?」

スイが問いながら振り向くと男はにやにやと気色の悪い笑みを浮かべている。

「あんたが大人しく譲れば良かったのによ。売らないからこうして取りに来たんだよ」

「堂々と犯罪予告ありがとう」

スイが冷めた声でそう答えると若干不機嫌になった男だがすぐにまた気色の悪い笑みになる。

「あんたも顔は良いから俺が飼ってやるよ」

「旦那あんな小さいのが好きなんですかい?」

「いや、だけど将来的には良い女になりそうじゃねぇか。今のうちに飼うのもありだと思ってな」

下卑た会話を続ける男を見つめながらスイは徐に右手を小さな胸に当てる。

「将来的には良い女かぁ。どうなるだろう?ちょっと気になる。トリアーナ、アトラム、私がどんな感じか後で教えてね」

同じ女であるトリアーナとアトラムにそう言うとスイは小さな胸の内側、素因に向かって魔力を送る。魔族は特徴として今の身体より成長したり逆に幼くすることが出来る。その成長を使おうとしたのだ。ちなみに幼くしたらスイの場合は幼稚園児、下手をすれば赤ん坊並になってもおかしくない。

スイの身体から圧縮された魔力が噴出し身体を覆う。あまりの膨大な魔力に中が一切見えなくなるほどだ。覆っていた魔力が少しずつ薄れると中から絶世の美女が出現する。未だ幼さは若干残っているが大人と少女の丁度狭間位の姿だ。歳は恐らく十八、九歳と言ったところか。白い髪は艶やかさを持っていて風に揺らめく姿はまるで輝いているかのように美しく、大きくはないが程よい大きさの形の良い胸、陽射しをあまり知らないかのようにキメの細かい白い肌、着ていた服ですら上品な色合いに変身していてどこから見ても貴族のお嬢様だ。その姿に思わず全員が見惚れる。

その中でスイは変わらずその指で男達を指すとその内側から巨躯が飛び出す。四メートルほどになった三つの頭を持つ犬、ケルベロスだ。ケルベロスは男達に飛び掛かると前にいた男を弾き飛ばしながら最後尾の男を自らの後ろに口で咥えて放り投げると最後尾にそのまま陣取る。

「さて、殺そうか」

スイはそう言うと形の良い唇を歪ませた。



その頃アルフは一人で歩いていた。特に目的があったわけではない。依頼に関しても適当な街の中での郵便作業をしてお茶を濁している。なのでただ街をぶらついているだけだ。屋台を見て美味そうな串焼きを食べたり武器屋や魔導具を扱う店に行き中を見ていたりした。武器屋ではスイの作ったコルガより数段は下と思われるものしかなく落胆したが魔導具は面白いものがあった。魔族であるスイや亜人族であるアルフ達にはあまり意味はないが暗闇を照らす小さな珠があったり魔物の嫌がる音や臭いを出す音叉のようなもの、水を飲料水にしたり魔力の籠った魔水にする円筒等だ。アルフは知らないがコルガ等は魔導具だしスイは作ろうと思えば店にある全ての魔導具を作れる。材料に関しても鉱石は自前で作れるし薬草等もギルドか雑貨屋にでも行けば幾らでも買える。

アルフは興味深そうに見ていたが結局は買わずに店を出る。渡された銅貨二十枚、少し使ったので銅貨十九枚と鉄貨九十枚では買えそうになかった。一番安くて銅貨三十五枚、高いのは銀貨八枚もした。銀貨八枚のは高機能天幕というやつで幾つかの魔導具がセットで売られていた。

店を出たアルフが何の気なしに裏路地へと入ると少女の叫び声が聞こえる。それと同時に男の声も聞こえる。それを確認するとアルフは声に向かって全力で走る。一分ほど走り曲がった路地の中に少女が男に組み敷かれているのを見るとすぐにアルフは走り寄り男の横腹を蹴る。それなりに力を込めて蹴ったので男は吹き飛ばされてかなりの距離を転がる。男はそれでも意識を失わなかったみたいですぐ起き上がるとそのまま逃げていく。アルフは少女に近付く。

「大丈夫か?」

そう訊くと少女はアルフを頬を染めて見つめている。

「は、はい。大丈夫です。王子様」

「王子様なんかじゃないよ。ただの冒険者だ」

だがそう言っても少女がアルフを見つめる目は全く変わらない。アルフはどうしようかと迷うことになった。

アルフ「どうしようか」

少女「王子様ぁ……」

アルフ「……本当どうしようか」

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