286.辛くても
六連続投稿五日目です。
フェリノは泣き疲れたのか抱き着いたまま寝てしまったのでベッドに運んで布団を掛ける。良く見るとフェリノの身体も俺と同じく手足が少し痩せている。やはりどれだけマッサージやらをされた所でそもそも食事もせずに寝ているのだからこうなるのは仕方ないだろう。
そのまま部屋を出るとステラの部屋を目指して歩く。ディーンはどうやらメリーの所に行ったらしい。ステラの部屋の前に立つと中からステラの声が聞こえた。
「おはよう。アルフ。久し振りね」
「おはよう、そうだな。二ヶ月も会ってないらしいからな」
「ふふ、凄く長い間寝てしまっていたらしいわね」
こうして話す限りではステラに変な所は無い。だが隠すのが上手いステラだ。心配を掛けないようにしているだけかもしれない。
「そんなに身構えなくても大丈夫よ。ここからでもフェリノの声は聞こえたわ。あの子があんなに苦しんでいるのに私だけ弱っていたりなんて出来ないじゃない。アルフはディーンに言われて来たんでしょう?ええ、そうよ。私怖くなったわ。戦うのが怖い。死ぬのが怖い。けどそれ以上に、皆と離れるのが怖い」
そう口にするとステラはベッドから降りようとする。慌てて支えるとありがとうと小さく礼を言われた。
「アルフ、少しの間だけ私を支えてくれる?」
頷くと再度礼を言われた。ステラは少し歩いて棚の中を少し探るとすぐに手を引き戻す。その手の中には指輪が入っていた。ステラが作った魔導具だ。その指輪の中からステラは一つの短剣を出す。
「この短剣、ヴァルトはね。スイが最初に手渡してくれた武器なの。これだけはあの時ヴェルデニアの魔力波にも弾かれなかった。それを見て気付いたわ。あの子が本当に私を守ってくれようとしたんだって」
そう言ってその短剣を大事そうにステラは抱える。
「ルーフェさんに見てもらったのだけどね。この短剣には隠された術式として死に至る攻撃を緩和させる効果があるらしいわ。ヴェルデニアの攻撃で即死しなかったのはこれのお陰だって。勿論そこまで凄い効果って訳じゃないわ。最初に作ってくれた時なんて私がヴェルデニアと戦うなんて想定していなかった筈だもの」
ステラはそう言いながら涙を浮かべる。
「あの時私達は決してあの子の味方ってわけじゃなかった。けどあの子はあの時私達に故郷に帰る選択肢も与えてくれていたわ。自分の身も守れる状態じゃないのに私達というリスクも抱えた。なのに私は一度死にかけたからと言って逃げようとしたわ。あの子は最初から逃げる選択肢を与えてくれていたからと自分に言い訳をして」
ステラはヴァルトを握った手からギシッと音が鳴るほど拳を握り締める。
「あの子は本来なら私達を助ける義理なんて無い。そもそも奴隷となった私達を助けてくれたのにその上私達の失敗で死にかけたのに命まで更に救ってもらって。けど私は恥知らずにも逃げようとした。最低よ私は。あの子は間違えたら自分も死ぬような魔法を使ってまで生かしてくれたのに逃げようとした。してしまった!私は屑よ。最低最悪の悪党だわ」
そう語るステラの身体を引き寄せて胸の中に頭を収める。
「人ってのはさ、生きるって事が一番辛いらしいぞ。死ぬのは辛いし苦しいのも辛いけど生きるってのはその両方を味わってしまうから最も辛いんだそうだ。けどな、だからこそそれを乗り越えた先で幸せがあるんだと。そんな苦しみも何も無い人生なんてものは幻想でしか無いんだと。ステラ、お前は確かに言う通り屑なのかもしれない。最低最悪の悪党なのかもしれない。でもそれをお前は辛い事だと理解してるんだろ?ならそれを乗り越えてしまおうぜ。屑だと言うなら屑じゃなくなれば良い。最低最悪の悪党だって言うなら最高最良の善人になってしまえば良い。だから今は辛いと思え。それで次の、未来のことを考えよう。俺も居るしフェリノもディーンも皆居る。皆で考えて最高の最良の未来を作ろうぜ」
「……慰めが下手ね。でも、ありがとう」
ステラは少しの間胸の中で涙を零したあとすぐに離れる。
「ふふ、こんな姿見られちゃったらスイに申し訳ないしディーンにも勘違いされかねないわ。私はもう大丈夫だから。アルフ、あの子の所にでも行ってあげて」
そう笑ったステラを見て言葉通り大丈夫だと分かったので俺も笑う。部屋を出るとスイが眠っている部屋の前に着く。そのまま部屋の扉を開くと少し薄暗い。最低限の明かりしか付いていないようだ。部屋の中に入るとベッドにスイは眠っていた。
フェリノやステラと違いその身体は起きていない。外傷らしいものは何も見当たらない。だがその身体の中は良く死なないなと感心される程ぐちゃぐちゃになってしまっているのだそうだ。布団から少し出ている小さな指先を布団を少し動かして入れてあげる。眷属と化してまだ身体が安定したばかりなのでギリギリのバランスでどうにかなっているスイに触れる事も出来ない。
せめて何か言おうとしたのにこうして眠るスイの姿を見ると何も言えなくなった。椅子を少し持ってきてスイの近くに座る。静かな寝息だけが聞こえてくる。こうしていると本当にただ眠っているだけなのに少なくとも最低数年の間はスイは起きることは無い。
何も言えず唇を噛み締める。自分の不甲斐なさで死にたくなる。こんな時に何も出来ない自分に殺意が湧きそうになる。拳を握り締めてスイの姿を焼き付けるかのように見つめる。
「スイ……俺強くなるから」
それだけを言うと立ち上がる。そしてそのまま部屋の外へと出て行く。足取りに迷いはなかった。
「メリー聞きたいんだけど何でこんなにパン酵母あるの?」
「元々パン屋さんやってたような私が一家族分程度のパン酵母しか作らないと思います?」
「あ、うん。その言葉で良く分かったよ」
「それに魔族や眷属の方には寿命が無いんでしょう?幾らあっても足りませんよ」
ディーンはメリーのパン作りを手伝うついでに晩御飯でも作ろうかと思っていたのだが想像以上にメリーのパンに対する思いが強く未だ晩御飯の調理に入れない。
「ディーン、その種はこっちです。焼き加減が重要なのにその辺りで焼いたらパンの形が崩れちゃいます」
どうもメリーは釜の中の温度まで理解しているらしくかなり細かく指示をされる。
「パンの形とかどうでもいい様な……味が変わるわけじゃないでしょ?」
「は?何言ってるんですかディーンは。パンはその見た目も大事なんです。幾ら美味しくても見た目真っ黒なパンと艶々して光に反射するくらいテカテカしたパンでしたら後者の方が美味しそうでしょう!?同様にパンの形というものも重要なんです!良いですか!同じ味だろうが潰れたパンと綺麗にロールされて美しさすら感じる芸術的なパンを一緒にしないでください!全くこれだから素人は駄目なんですよ!先人達の知恵により作られた美の結晶とも言えるパンに対してそんなことを言うなんて恥を知りなさい!」
「え、あ、うん」
厨房に向かったアルフが見たのは想像以上の反撃を受けてタジタジになるディーンだった。ディーンも近付いてきたのを感じたのかアルフの方を見て目線で助けを求めているがアルフはメリーを見て即座に後退した。それを見たディーンが泣きそうな表情をしているが直後にメリーに説教され始めた。
「……メリーにパンについて聞くのはやめよう」
何だか恐ろしい未来しか待っていなさそうだ。戦々恐々としながら歩いていると宿の庭に出て来た。花家などという名前なだけあって庭には幾つもの花が咲き乱れていた。ただ匂いはかなり控えめで不思議に思っていると後ろから声を掛けられる。
「匂いがあまりしないのが不思議ですか?」
そこに居たのはこの宿の主人の娘らしいそばかすの浮いた少女だ。決して美人とは言えないかもしれないが愛嬌のある顔をしており人に好かれそうな子だ。
「ああ、これだけ咲いていたら嫌でも匂いは来そうなものだけど俺ですらあまり感じない。いや感じはするけど不快どころかそれなりに気持ち良さすら感じる」
「ありがとうございます。私達の自慢の花なんですよ。独自に品種改良を繰り返してましてこの花家の看板花となってるんです。この辺りは亜人族の方もそれなりに来ますからね。その方々が不快に思われないようにと長い時間掛けて作ったんです」
そう語る少女はかなり自慢げだ。実際亜人族の者に不快にさせない程度の匂いしか出さない花というのは中々作るのが難しいだろう。それを長い時間掛けたとはいえ作れたのだから自慢にしても良いだろう。
「気候的に他の場所だと上手く育たないのでこれで生計を立てたりなんてことは出来ないんですけどね」
そう言って笑う少女は花を一輪摘む。
「はい。これあの人にでも渡してあげてください。ずっと眠っているあの人何か大きな病気にでも掛かっているのかもしれませんがお花を見たら少しでも元気になるかもしれません。私達の自慢の花ですから」
そう言って少女はアルフの手に一輪の黄色い花を渡す。
「ああ、ありがとう。スイも喜ぶよ」
少女はその言葉を聞いてにこやかに微笑む。少女はではと言って離れていく。アルフは手の中にある小さな花を持って行こうとして不意に気付いた。
「……誰だ?」
「アルフさんですか?」
庭に何かが居る。ほぼ間違いなく人ではない。そしてその身から感じる魔力量はアルフの知る限り最大の持ち主だ。スイよりも遥かに多いその魔力の持ち主は友好的な笑みを見せて立っている。
「私白き霊王が娘、霊姫のオルテンシアと言います。以前スイ様と一緒に行動していたのですがどうも行き違いで置いていかれてしまったので追い掛けて参りました。以後お見知り置きを♪」
美しい銀髪の少女、オルテンシアはそう言って輝くような笑みを見せた。
オルテンシア「置いてけぼりにされて悲しかったです」




