252.白き霊姫
スイはユーノグスに言われた場所に向かうためまずはリュノスに向かっていた。イーグ達と離れて既に二週間が経過している。そろそろ戻らないといけないと思ったのとどうせ行くなら呪詛を受けた張本人も連れて行った方が良いと思ったからである。
スイの見立てでは恐らく呪詛はかなり進行している。ナイトメアが少しでも遅らせてはいると思うがそれ程劇的な効果は無いだろう。以前見た状態で残り一月といったところだった。それから少し遅らせても伸びて数日だろう。そもそも一月で集められるような材料では無いのだからもしも亡くなったとしても文句を言われる覚えは無い。とはいえ仮にも助けようとしているのだからむざむざ死なせるつもりもないのだが。
そんなスイの目の前に何かが落ちてきた。かなりの速度で走っているスイの目と鼻の先である。仕方ないので少し速度を早めて落ちてくる何かを優しく引き寄せる。とはいえかなりの高度から落ちたのか衝撃は大きかったがその程度でやられるほどスイは弱くない。難なくその衝撃を受け流すと自らが引き寄せた存在を見る。
スイの腕の中に居るのは綺麗な女の子だった。スイの白髪と似ているが少し煌めいて見える事から銀髪とでも言った方が良い髪を持つ美しい少女である。意識を失っているのかぐったりとしてはいるが浅く息をしている事から気絶しているだけだと判断した。年齢的にはスイよりかは上だろう。恐らく十五から六程度だと思われる。
「……ん、予想外」
そう、予想外と言わざるを得ない。何故ならこの少女からはかなり強力な素因を感じたからだ。それでいてその身体は魔力で出来てはいない。そんな存在はそう多くはない。魔族が普通に産んだ子供か素因を偶然手に入れた存在かもしくは凶獣かである。
「……白き霊姫」
そしてこの少女の存在をスイは知っていた。というより知っていたからこそ探そうとしていたのだから。そんな探し人?が突然上から降ってきたのだ。それは驚くだろう。そして気絶していて且つこれ程の凶獣をいとも簡単にここまで運べるような存在などそれ程多くない。
「ん、ありがとう。白き霊王」
恐らく共に行動していたであろう白き霊王がこの少女にしか見えない存在を飛ばしたのだろう。その証拠と言わんばかりに少女の身体には小さなだが異様に存在感を放つ骨が巻き付けられていた。その骨の数は二本。それを見たスイは一体何処から自分を見ていたのかと驚くがここに居るのはスイと少女、いや白き霊姫だけである。
何処に居るのかは分からないがスイは恐らく飛ばされてきたであろう方角に向かって頭を下げる。暫く下げた後は白き霊姫を横抱きにしながらスイはリュノスへの道程を再度進み始めた。
リュノスに着いたのは良いのだが門番の所で止められてしまった。当たり前といえば当たり前だが気絶した少女に見える存在をそれよりも幼そうな少女が横抱きにして入ろうとしたのだ。事情を知りたがってもおかしくは無いだろう。なのでとりあえずスイはまだ中に居るであろうイーグを保護者として呼ぶ事にした。ちなみにイーグという名前は有名だが有り触れた名前でもあるので特に門番達は言わなかった。
そうして待つこと二十分程でイーグがやってきた。まあやってきた瞬間に寝かされている少女、白き霊姫を見て顔を引き攣らせたのだが。流石に人族で最強とまで呼ばれた武聖としての目は誤魔化せなかったようである。白き霊姫の力はイーグの力を遥かに上回っている。それが顔を引き攣らせた理由だろう。勿論その程度ではスイがあしらえるのであまり気にする必要は無いのかもしれないが。
「ん、イーグ。ありがと」
イーグが細々とした手続きの類を済ませたお陰で比較的短めに解放されたスイがイーグにお礼を伝える。尚流石に街の中でスイが少女を横抱きにするのは色々と問題があるということでイーグが背中に担ぐという事になった。
「いや大丈夫だが……この子は誰だ?あからさまにやばそうなんだが」
「さあ?私自体はその子のこと知らないし」
スイの言葉にギョッとするイーグだったがすぐにスイの事だからと納得してそれ以上何も言わない事にした。そもそも自分が背負っている少女から感じる力は確かにイーグを上回ってはいるがそれでもスイに勝てるとは思わなかったのも理由の一つだ。
「まあ良いけどな。戻ってきたってことは素材は集め終わったのか?」
「ん、最後にその子の持つ骨を貰えれば」
「えっ…?」
「その子の骨じゃないよ。身体に括り付けられてる骨があるでしょ」
「あ、あぁ、そうだよな」
何を思ったのか分かったスイは本人的にはじとっとした目を向けるがイーグはそれに気付いた様子は無い。
そんな話をしながら宿の中に戻ってくる。スイからしたら既に二週間以上経過しているので部屋は無いかと思っていたがどうやら残していてくれた様である。まあイーグ達は残っているので当然かもしれないが。
戻ってきたのを察知したのだろう。二階に上がってくるとナイトメアが立ち上がってこちらを見ていた。その隣にはグウィズもおり期待に満ちた瞳を向けている。
「ん、戻ったよ」
「……」
ナイトメアは相当消耗しているようで返事も返さずに会釈だけしたことからかなりの無茶を押し通して身体が崩壊しかけていると察した。
「ナイトメア、ありがとね」
礼を言いながらナイトメアに近付くと魔力を送り込み身体を癒していく。創命魔法で造られた生命は当然魔法である以上、その身体は魔族と同じく魔力の塊である。半ば半生命として確立し始めたケルベロスやヒークとは違いナイトメアは生み出されたばかりだ。呪詛の進行を止めるために魔力を多量に使い続けたのだろう。結果として自動で回復するはずの魔力よりも消費量が多くなりその身体の維持まで魔力が回らなくなってきたのだろう。
現にスイの送り込んだ魔力はかなりの量であったにも関わらず未だに回復仕切らない。だがスイもこの後魔力を使う予定がある以上それ程多く渡すことも出来ない。維持出来る程度まで回復させるとスイは早速とばかりに部屋の中へと入っていく。イーグやグウィズは男性なので外で待たせることにした。グウィズは恋人なのだし良いのでは?とも思ったが別に居てもうるさいだけで損しか感じられそうに無かったので別に構わないだろう。
部屋の中に入ったのはスイとナイトメア、それとナイトメアに抱えられている少女である。スイはとりあえず指輪から適当な魔物の骨を取り出すと少女の口元に持って行く。すると口をあぐっと開けたので骨を咥えさせる。
「……んぅ〜♪ジューシー♪」
寝言なのか分からないが初めて聞いた声はその少女らしい外見と同じく可愛らしい声だった。聞こえてきた内容はおかしいが。
「起きて」
「……んぁぁ〜、起きた!」
本当に気絶していたのかと思うような返事と共に少女はナイトメアからぴょんっと飛び上がると床に着地をする。それと同時に先程まで抑えつけられていた魔力が溢れ出すがすぐにそれは抑えられる。その魔力量はスイを遥かに上回っている。勿論だからと言ってスイが負けることは無いがこと魔法という物においては恐らく今目の前に立つ少女を超えることは出来ないだろう。少女は咥えていた骨をガリッと一気に噛み砕いて飲み干すとスイの元へと近寄りその足元に跪く。
「白き霊王が娘、霊姫のオルテンシアと申します。霊王トナフに代わりまして挨拶を」
そう言って白き霊王、いや宝王トナフのアンデッドの娘というかなり特殊な位置にある少女オルテンシアはにっこりと微笑んだ。
メタい発言
スイ「覚えてる人が居るか分からないけど宝王トナフはグライス等のアーティファクトを造り上げた史上最高の魔導具技師だよ。大戦時その技術を恐れた敵対勢力達に真っ先に狙われその命を散らしたとされているけど、実際はトナフ自ら作り出したアーティファクトによりアンデッドとして復活しているよ。その事実を知っていた人は皆口を噤んだから、後の世に伝えられることはありませんでしたって話だよね」




