24.短期間で濃密な経験は人を成長させる
地味に後書きを考えるのがしんどいのです。
(:3ヽ∠)_
凶獣。それはこの世界に存在するありとあらゆる魔物達の上に立つ最強の魔物達の総称である。どのようにして生まれてくるのかは分かってはいない。その姿は多種多様であり唯一無二の個体でもある。見上げるほどに巨大な岩のような塊であったり逆に二尺ほどの魔物にしては小さい蜘蛛であったりする。しかしその全てに"知性を持たない"というのが挙げられる。そのためか恐ろしく強いのだがそれによって人族や亜人族が滅びるようなことは有り得たことはない。
罠を使えば引っ掛かり、移動先を誘導すれば面白いほどに簡単に釣れる。故に凶獣によって被害は被れど死者の数は反比例するように少ない。つまり対処法さえしっかりしていればSランクの魔物などより遥かに御しやすい魔物なのだ。
「と言うのが凶獣ってされてるけど」
『阿呆共よ。あの様な成り損ない共と我等を同列に扱うとは……やはり人も亜人も阿呆ばかりか』
草原で少女――スイ――と黒と銀の特徴的な色合いをした毛を持つ二メートル程の狼――イルナ――が陽の光を浴びつつ歩きながら語り合う。その姿は仲の良いペットと語り合う可愛らしい少女にしか見えないがそれが片や魔王でもう片方も凶獣であると知っていたらそれは恐怖でしかないだろう。スイが戻ると言うと少し話をしたいのかイルナが着いてきたのだ。
「仕方ないと思う。だって本当の意味で凶獣であるイルナ様のようなものは人知れず隠れて生活しているしそれが何百年もの間続けば亜人族はともかく人族は資料がなくなれば忘れ去られても仕方ないです。亜人族も忘れているのは多分だけど獣国に引きこもっちゃってるからだと思う」
『ふん。まあ良い。知られ過ぎて大挙して来られても困るしな。殲滅は容易だろうが』
「殲滅しないでください」
『断る。命を狙われて生かして返すような真似はせん』
「とりあえずイルナ様はいつまで着いてくるのでしょう?そろそろ村が見えてくるのですが」
『ん?もうそこまで来ていたか』
そう呟くとイルナの身体を白い光が覆う。白い光が消えたその時スイの目の前に居たのは子犬だ。いや狼なので厳密には子狼となるのだが。
「あの?」
『少しばかりスイと行動を共にする。我の古き知人に会いに行こうと思ってな。その間我の話し相手となれスイ』
「強引ですねイルナ様」
『ふむ。それとスイ。我のことを様付けするのはやめよ。先程からむずむずして仕方ない。同族に敬われるのは気持ちが悪い。気楽にイルナと呼べ』
イルナの同族という言葉から何となく察せられたのではないだろうか。そう凶獣というのは魔物が強大な力を秘めた素因を取り込んだことによって生まれる。素因を取り込んだ際に魔物達は身体の変質が発生し、身体が大きくなる、小さくなる等やそもそも完全に見た目が変わる場合もある。
そしてそれ以外には知性の獲得だ。ただしこちらは獲得するかはその魔物次第だ。大半の魔物が獲得出来ずただ暴れるだけの世間一般で言う凶獣となる。そして稀に獲得した凶獣が現在目の前にいるイルナのような個体となる。イルナのようになると真っ先に魔物達が考えるのが自身の生存だ。ある意味生物としては当然だろう。そのため殆どが隠れ潜むこととなる。
まあそれはさておきそういった経緯で凶獣と呼ばれるものが誕生する。だからある意味凶獣は発生の仕方が異なるだけで魔族と呼んでも然程おかしくない。そのための同族だ。
「じゃあイルナで。イルナが会いたいのは誰?」
『ふむ。呼べと言ったが普通に対応されると何とも言えんな。まあ良いか。鳥だ』
「鳥?私が知ってる、というか父様が知ってるのは二匹だけどどっちだろう?」
『ああ、両方違うぞ。炎の方は死んだ。ヴェルデニアに殺された。空の方は……どこまで上に行けるかと試しに飛んでいきそのまま消えた。あいつはどこまで飛んだのであろうな?』
「いや知らないですけど。そうですか……ルーベの方は死にましたか。トルケスは何してるんだろう。とりあえずヴェルデニアを消す理由が増えましたね。なら鳥って誰ですか?」
『ウラノリアが死んでから生まれた若い個体だ。ある程度まで育ててやって放置したのだ。今はどうしてるかと思ってな。会いに行こうというわけだ』
そう言ってにやりと器用に笑うイルナ。こうしてスイ達の道中に一匹の子狼が着いてくることになった。
「だからイルナが着いてくることになったから」
イルナ村――名前が付けられた当時はイルナを信奉していた――の宿屋悠久の草原の部屋でスイはアルフ達にイルナを紹介する。
『暫く着いていく。あまり気にするな』
「スイって本当色んな事するよな。何処でどうやったら凶獣が着いてくることになるんだ?」
アルフが疑問を呈しフェリノ達がうんうんと頷く。
「別に私が何かした訳じゃないよ。イルナが話し相手が欲しいから着いてくることになっただけなんだから」
スイは少しだけ頬を膨らませて不満を露わにする。
「まあ良いや。それよりスイ鍛練しようぜ。一日しないだけで力は落ちるからやっておきたいんだ」
アルフがまあ良いやの一言でイルナのことを放る。イルナはそれを見て『まあ良いや……か』としょぼんとしているがアルフは気にしない。というか気にしているのはずっと見ていたジェイルや竜牙のメンバーだけだ。アルフ達は特に気にもしていない。
「ん。その心意気は良いね。ならアルフ達が帝都に着くまでに私に一撃与えられたら言うことを聞いてあげる。だから今日もしっかり鍛練に励もうか?」
普通にイルナを無視して鍛練に出掛けていったアルフ達を見てカレッド達は呆然としていた。
「さてと、とりあえず……課題開始」
スイの言葉を聞くとアルフ達はそれぞれ自分に与えられた課題に取りかかる。アルフとフェリノは魔闘術を効率良く運用しながら、ステラは二十本の黒紋剣ヴァルトを動かし、ディーンは術式の増えた夢幻を使う。そしてスイは新たな武器の作成を始めていた。ちなみにアルフ達との組手中である。武器作成をしながらアルフ達を軽くあしらっていく。
「皆の要望はアルフはより重く……重く?えっ?あれより重くするの?軽く二百キロは超えてるのにまだ?アルフ……力強すぎないかな?フェリノはより軽くて突きやすいように……か。レイピアみたいなのが良いのかな?でも斬りにくいし意外に難しいな。ステラは……増やさないで……無視。最終的には一人で万単位くらい同時に相手出来るようになって欲しいもんね。ヴァルトはまだまだ増やすよ。ディーンのは足も欲しい?うん。仕込み爪みたいなのを作れば良いかな?あとは鉤爪に飛ばすための仕込み針でも入れようかな。魔力で飛ばすやつ。そうしたら万毒の効果がより使いやすくなるし」
そう一人で呟きながら錬成していくスイ。アルフのコルガから取り掛かる。まずは一旦全てを分解する。魔力的に繋がっているために追加などが出来ないからだ。そうして分解したコルガの刀身を縦に割り中に錬成して作り出した灼火岩を組み込んでいく。組み込むと再び元に戻す。更に周りをグラム鉱石で覆い重量を増す。最後に魔力回路を形成すると出来上がりだ。重量はおよそ二割増し、斬りつけると内部の灼火岩から火が吹き出て追加ダメージを負わせるかなり凶悪な剣が出来た。
次にフェリノの剣だ。やはり全て分解すると刀身を削り出していく。削り出した粉を鍔や柄に吹き付けて全体の重量を減らす。その後に指輪から感応石――塔の壁に使われていたもの――を取り出して薄く膜のようにして刀身に貼りつけていく。最後にステイル鉱石を柄に埋め込むように入れてくっ付ける。魔法回路を形成すると出来上がり。ステイル鉱石の強固に固まる特性を触れあったものに反応して性質を変える感応石で同じ特性を得る。こうすることで切れ味を変わらないのだ。ステイル鉱石を膜にすると強固に固まらなくなるので感応石で代用した。
ステラの剣はヴァルトを作るだけなので割愛する。強いて言うなら指揮個体という複数の個体を操る小隊の隊長格のようなものを作ったことか。
ディーンのは足版の鉤爪だ。あまり爪が長すぎると使いづらいので少し上向きにすることで地面に接触しないようにする。とは言っても魔力を流さなければ爪は出ないのだが。その後手と足の両方の鉤爪に小さな射出孔を作り内部に十本程の針を入れておく。ちなみに鉤爪に使用されているのは一部に感応石が使われているのを除けば大半がグラム鉱石だ。グラム鉱石は軽くも重くも出来るので使いやすいのだ。剣を持って振るのが難しいから鉤爪にしたのにその武器が重いと意味がないのでグラム鉱石なのは仕方無いだろう。本当ならテルト鉱石という魔力に馴染むものを使いたかったのだがアズライト鉱石についで重たいので断念した。
そして作り終えるとアルフが目の前に迫っていたので(他の皆?蹴り飛ばしましたが?)バックステップをすると追い掛けてくる。なのでバックステップから着地した瞬間にアルフに向かって突進し肩で体当たりをする。アルフが飛ばされながらもすぐに起き上がろうとしたのでスイはその頭に向けて踵落としをして沈める。
「ん、これで終わりかな?じゃあ鍛練終了。課題をこなすのは忘れちゃ駄目だよ。それと、はい。武器作っといたから確認だけしててね。気になる点あったら言って。じゃあ戻るよ」
その言葉通りアルフ達は既に動けなくなっている。特に踵落としで沈められたアルフに至ってはピクリとも動かない。いや、微かには動いているようだ。
「ま、待ってスイ……はぁ……あの…私の武器が凄い量に……はぁ……なってないかしら?」
疲れながらもヴァルトを確認していたらしいステラがスイに訊ねる。
「ん?うぅん、まだまだだよ。ステラには万単位を相手取れるくらいになって欲しいから……ああ、いや今はそこまで望まないよ?だからまずは百本からスタートだよ。最終的には一万は使えるようにしようね」
そう返したスイをこれが魔王かといった顔をするステラ。いや確かに魔王であってはいるが。
「そうだね。あとステラ?全てを頭で制御する必要なんてないんだよ?……ヒント終了」
呟いたその言葉でハッとしたステラはすぐに魔法を編み始めていく。そう魔法に長けたエルフであるステラだ。すぐに対応できる魔法を作り出してくれるであろう。
「アルフとフェリノは自分の魔力だけで補いすぎなんだよ?どうしたら良いか考えてね」
フェリノは思い付いたのか驚いている。アルフ?未だにピクリとしか動かないです。ディーンはその言葉から自分がすることを理解したのだろう。ヒントを言うまでに自分で気付いたようだ。
「ディーンは気付いたみたいだけどよりやり易くしてあげる。万毒の効果を思い出してみてね」
ディーンは万毒を使った戦い方を考え始めたみたいだ。
「とりあえず皆?明日はハジットの街に向かうからそのつもりでね。じゃあ宿に戻るよ」
そう言ってスイが後ろを振り向くとアルフが突如起き上がりスイに向かって体当たりをする。
「惜しい。どうせなら最後まで疲れて動けない振りをするべきだったかな?」
しかしスイに躱されてしまい二度目の踵落としを喰らう羽目になったアルフであった。
門番はまた変な目をしていた。昨日到着したばかりの者達が何故か入る前より傷付いた状態で出ていくのだ。村から出ていっていないのにである。しかも何処から来たのか子狼も連れている。
「ハジットの街に向かうのか?それならあっちの方角だ。気を付けるんだぞ」
気にしないようにしながらも思わず声を掛けてしまった門番は方角だけを指で指し示すと元に戻ろうとする。するとスイが馬車(イルナ村に着いてからカレッド達が買いに行っていた)から降りると門番へ近付いていく。
「ん……貴方の親に伝えて。頂の娘が行動を開始したって。じゃあね」
小声でそれだけを伝えるとすぐに馬車に戻っていき走り出す。門番は不思議そうな顔をしながら見送った。
その日門番は家に戻るともうかなりの年をいった父親に不思議なその出来事を面白おかしく伝えた。門番は父親が笑うだろうと思って伝えたのだが父親は真剣な表情をして話を聞いている。当てが外れた門番は残念そうにしながら部屋へと戻っていく。
「そうか……あの方が動き始められたか……」
父親のその言葉が妙に胸に残った門番であった。
馬車を走らせていると突然スイが止めるように言う。
「どうした?」
アルフがそう問うがスイは何も答えない。
『感じないか……やはりまだまだだな』
イルナがぼそりと呟いたのでどういうことかを問い掛けようとしたがすぐに理解した。誰も居なかった筈の草原からいきなり姿を表した者達がいたからだ。その姿は明らかに真っ当なものではない。武器を持ち馬に乗りながら周りを囲む存在は護衛でも雇っていない限りはあり得ないだろう。盗賊だ。魔導具で姿を消していたのだろう。
「金目の物を置いていきな!そしたら命だけは助けてやるぜ?」
盗賊の長らしき者の横に立つ大柄な男がそう呼び掛けてくる。盗賊の数は二十は居るだろう。しかもそのうち何人かは明らかに腕の立つ者達だ。スイはこんな状況なのに最初に出会った盗賊が強い盗賊とかテンプレから外れてない?とか考えていた。
「てめぇら命が惜しくねぇんだろうな?俺が断鎧のジェイルだと知ってんのか?」
ジェイルがそう言いながら馬車から飛び降りる。ちなみに馬車は壊す前と同じ二台だ。そのうちの後ろの馬車からジェイルが飛び降りてカレッド達もまた飛び降りてスイの馬車の前に立つ。
「ちなみに俺達は竜牙っていうパーティーなんだが知ってる奴はいるか?」
カレッドが盗賊達に気安く話し掛ける。ジェイルとカレッドの言葉に動揺した盗賊達だが長らしき者がジェイルに向かうと明らかに安堵していた。それと同時に崩れそうだった士気も元通りになる。狙い通りにいかずウォルが嫌そうな表情になりそれを見た盗賊の士気が上がる。
「ん、早めにハジットに着きたいんだけど面倒だね」
スイが馬車から少し乗り出して眺める。
「へへっ、まだ小さいが綺麗な子供まで居やがるな。高く売れそうだぜ」
そう言葉にした盗賊にスイは顔を向ける。
「売る?誰にかな?」
普通に話し掛けてきたスイにその盗賊は動揺したが答える。
「勿論貴族のやつらに決まってるだろうが。お前みたいなのを欲しがるやつらは結構いるんだ」
「そう……そっかぁ。拠点にはそういう貴族のリストみたいなのってあるのかなぁ?貴方達ってここに居る人達で全員?」
「あ?俺達は血濡れの熊団だぜ?拠点にゃまだまだ居るぜ?お前らが粘ったら拠点から追加が来るから諦めろよ」
そう口にした盗賊だったが当然こんな情報を洩らして良いわけがない。だがそもそも負けるとは思っていないのだ。そのため他の盗賊達も特に止めたりはしない。
「ん……なら良いかな?それに……良い練習になる」
そう呟いたスイは馬車から飛び降りる。アルフ達が慌てて飛び降りてスイの周りで警戒する。ディーンだけは夢幻を使って見えないようにしている。
「ん……ジェイルさん、竜牙の皆、動かないでね」
そう呼び掛けるとスイの姿がその場から掻き消える。長の後ろに出現すると首を掴んで、握り潰しながら地面にぶつけて少し離れた所にいた盗賊に向かって走る。長は頭がとてつもない力で削られて一瞬で絶命する。死ぬとスイは長をその盗賊に放り投げて蹴りで胴体を爆発させる。盗賊は何が起きたか分からないままに長の身体の爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。
「ん……じゃあ何人か捕まえようか」
そう言ったスイは酷薄な笑みを浮かべる。その姿はどこまでも美しくそして現実離れしていた。
ジェイル「あれ?俺の出番は?」
スイ「ニッコリ」
ジェイル「(´・ω・`)」




