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236.空の言葉



「…………」

『どうだ?空の世界は素晴らしい景色だろう?』

アウラスが周囲を見て(ほう)けている私にそう声を掛けてくる。私はそれに頷く。雲を突っ切る感触の後に速すぎるせいかほんの少しだけ付く朝露のような水、眼下に広がる雄大な景色、空を見上げれば普段見れないであろう近い星達、風を身で切る感覚。その全てが非日常を表している。

「……綺麗」

『そうだろう?空は綺麗なんだ。誰にも侵されることの無い聖域と言ってもいい』

アウラスの言葉に少し苦笑いを浮かべる。前世である地球では飛行機が飛び交い排気ガス等で空の星は覆い隠されている事を知っているスイからしたら申し訳無い気持ちにしかならない。

『何か心に重石を抱えてしまっているようだけど良ければ私に話してみないか?』

「えっ……?」

『此処には私以外誰も居ない。誰かに見られることも無い。勿論話したくないというのならば訊きはしないが誰かに話すだけでも心というものは軽くなるものだよ』

アウラスのその言葉はとても優しげで本当に気遣って話してくれていることが良く分かる。だからだろうか。私はいつの間にか話し始めていた。もしかしたら誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

「アウラス……私ね。此処とは違う異世界からの転生者……なんだと思う」

『珍しいな。私も会うのはスイで二人目だ』

「もしかしてもう一人はクライオン?」

『いや、また別の存在だな。クライオンとやらは知らないな』

「そっか。うん、それでね。私元の世界では色々やってるんだ。それこそ人には言えない事をいっぱい」

アウラスは何も言わず私に続きを促す。

「私は多分世間一般で言うなら悪なんだろうね。そしてそれを自覚しながら止めないからより悪質な悪人」

『ふむ。善と悪の境界線は曖昧な所もあるが自分でそれを自覚しているのならばスイは悪なのだろうな』

「詳細は言っても仕方ないから省くけど酷かったと思う。そんな私だけどね。お父さんとお母さん、後は拓也と湊ちゃんは好きだったんだ。ううん、私にとっての根幹だったと言ってもいい。でもその根幹は呆気なく折れちゃった。そしたら気付いたら拓也も巻き込んで死んじゃってた」

アウラスの背中でそのすべすべした鱗の感触を背中に感じながら更に話していく。

「そんな私だからそもそも二度目の人生なんて考えたことも無かった。生き返りたいなんて思ったことも無いし強くなりたいとも思わなかったし誰かと戦いたいなんて以ての外。なのに、何で私なんだろうね」

少しだけ涙が出てくる。どうして私なのか?決して善ではなく自死を選ぶ程度には心も脆い私じゃなきゃ駄目なのだろうか?

「私は別に善人じゃない。誰かを助ける為に力を振るうなんてしたくないし誰かの願いの為に動くなんて嫌だし誰かの思いを胸に秘めたりなんて真っ平御免。私は私の為に力を振るいたいし私の願いの為に動きたい。そんな私なのにどうして皆は私に期待するの?私じゃなくても良かったんじゃないの?どうして私が転生したの?きっと転生したい人なんて私以外にいっぱい居たよ。なのにどうして私なの?」

『……スイ。私は凶獣だ。人の気持ちには疎いとは思っているし人の事情も然程詳しくは無い。だがそれでも言うのだとしたら転生した理由など無いと思う。恐らくは君だから転生したのではなく単に選ばれたのが君だっただけでそこに大した事情も理由も無い。また他の者達が君に期待するのは君がそうやって作られた存在だからだ。君自身に期待しているのではなく君の身体の持つ高い能力に期待しているだけだ』

アウラスのその言葉に少し驚く。慰められるのかと思っていたからだ。まあ慰められたら恐らくはこれ以上の話はしなかっただろうが。

『だがそれがどうした?君の二度目の人生なのだろう?ならば君のしたいようにすればいい。それを止める権利は誰にも無いし誰かに道を強制する権利など何処にも存在しない。誰かが止めようとするならば蹴り飛ばしてでもやりたい事をやりなさい。強制されるのならば新たな道を開拓して進んでやればいい。選択肢等それこそ星の数程、いやそれ以上にあるのだ。誰かに遠慮する必要など無い。やりたい様に好きな様に君は君らしく生きればいい』

その言葉に頭を殴られたように衝撃が走った。

「やりたい様に?好きな様に?」

『そうだ。その上で君がやりたいならば誰かを助けてやればいい。逆に見捨てても構わない。君の心を押し潰してでも何かを成し遂げる必要など何一つ無い』

「で、でも私は悪人だよ?色々と酷いことを周りにするかもしれないよ?」

『悪人、悪か。スイ。私は君から見て善か悪かどっちだ?』

「えっ……と、善じゃないかな?アウラスは色々な所で人を助けたりしているよね?」

『ああ。そうか、私は君から見て善か。だがスイよ。間違えてはいけないぞ。私は君の言う世間一般からすれば悪なのだ。どこまで行っても私は魔物であり更にその中でも強い凶獣である。それに人からも悪だとは思われているだろうが魔物からしても私は悪だ。何せ人を助けるために同種の魔物を虐殺するのだから』

そう言ったアウラスは少しだけ寂しげだがすぐにそれも消える。

『つまり善と悪など立場やその時の風潮等でコロコロ変わるのだ。そんな事を気にする必要は無い。寧ろ気にするだけ時間の無駄だな』

バッサリと切り捨てたアウラスの言葉がストンと心に入ったのが分かった。

「なら私は私のしたい様に?」

『ああ、生きていけばいい。君の人生だ。誰かに縛られる必要などない』

アウラスはそこで言葉を区切ると一度大きく羽ばたいて急上昇していく。眼下の景色が一気に遠のくのを眺めているとある程度で止まる。

『見ろ』

アウラスはそう言って首をある方向に向かって突き出す。スイもそちらを見ると海と空が混じり合い白き月が空と海の両方に浮かんでいた。空には魔物なのかそれとも普通の鳥なのかは分からないがかなり大きめな鳥が優雅に飛び海では魚群らしきものと遠くの方で鯨らしきものが海面より背を出していた。

『自然というものは誰かに縛られたりしない。だがそこに美しく存在し続ける。美しくあれと誰かに乞い願われたわけでも無いのにだ。そうなった理由はそれこそ各々が好きな様にしたい様に生き続けたからこそだ』

アウラスは少し言葉を区切ると首を曲げて背中に居るスイに向けて言葉を発する。

『私も君もこの世界の自然の一部だ。ならば私達は私達らしく生きようじゃないか。その果てに何があるかは分からないが何があるか分からないからこそ今を私は後悔したくない。スイ、君はどうだ?』

そう問われスイは思考する。すぐにその答えは出た。

「私も……後悔したくない」

後悔しながら死ぬのはとても辛い。一度目の人生の時はお父さんとお母さんともっと何かが出来たんじゃないかとそう考えていた。考えれば考えるほど辛くて意識を失うその瞬間まで後悔に彩られていた。転生してつい数時間ほど前には無力感と後悔に塗れながら死んだ。後悔しながらの死というのは二度と経験したくない。

『君のこれからはそれでも後悔することもあるだろう。私ですら後悔することもあるのだからな。だけどそこで立ち止まったら更なる後悔を招くことになる。だから後悔してもいい。だけど挫けるな。私が言えるのはそれぐらいか』

アウラスはそう言うと首を前に向けて更に上へと飛翔する。

「ん、分かった。アウラス、ありがとう」

何かが解決した訳では無いと思う。でも確かにスイは少しだけだろうが救われた気持ちになった。だからこそ感謝の言葉をアウラスに言うとアウラスは少しだけ笑うとこう返してきた。

『どうだ?空も飛べるくらいに心は軽くなっただろうか?』

その言葉に私も笑うとアウラスの鱗に抱き着くように身体の向きを変えると笑顔で返した。

「うん。今までに無いくらい飛べている気がするよ」

スイ「アウラスってどれくらい高く飛べるの?」

アウラス『身体がふわふわと飛んでも居ないのに浮かび上がる場所までなら行けるぞ。それ以上に行くと戻って来れなさそうだったし何より食事が出来ないからな。限界はあるさ』

スイ「宇宙か……やっぱり三匹って化け物過ぎないかな?」


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