231.走れ!
宿舎地下への道は知らない。はっきり言って何処を通れば良いのか分からない。ならば分かる人に聞けば良いのだ。そう考えた私は休憩所へと向かった。休憩所には誰も居らず魔法の痕だけが至る所に残っている。確か休憩所の廊下から上司の部屋に向かえた筈だ。
死亡した者からの記憶を読み取る魔法もありはするが魔族は対象外だ。何故ならそもそも身体が残らないから対象に出来ないのだ。そこら辺を魂として彷徨っているなら良いのだがこの世界でのそれは俗に言うレイスという魔物となる。
この世界では死体を放置するとゾンビやグール、スケルトンやリッチとなり焼き払われて死体が無くなった者からは時折強い念によりレイスとなる者が現れる。死体の放置はおよそ二時間でアウトだ。凄まじく早い。その為戦争など起きて死体の回収が出来なければそこかしこでゾンビやグールが発生することになる。かつての戦争では大量発生したゾンビやグールによって両軍が全滅した事例も存在する。
まあそんなことは今はどうでもいい。上司の部屋に向かっているつもりだがいまいち場所が分からない。なので手当たり次第にドアを開けまくっていく。
「見付けた!」
明らかに内装が綺麗で他の部屋より二回りは大きい部屋だ。少なくとも一般兵の部屋ではない。中に入ると都合良く宿舎の地図を発見した。地図を見ていくとやはりというか地下への道は描かれていなかった。だけど不自然な場所を見付けることは可能だ。やたらと奥まった場所に不自然な空白がある。地下への道ではなく秘密の部屋と言う可能性も無くはないが今気にしても仕方ない。地図を握り締めると部屋を飛び出す。
走っていくと幾度か魔軍の兵士と出会った。今は私を追い掛けていたほど殺気立っては居ないようだが隠れてやり過ごすには時間が惜しい。走っていき全力で飛び蹴りを食らわせた。
「ごはっ!?」
いきなりの不意打ちに反応出来ず吹き飛ばされる兵士。一気に近付くと胸に蹴りを叩き込む。蹴った場所から魔力を放出して素因の活動を阻害する。こうすると意識はあっても動かせなくなるのだ。繊細な魔力操作が必要ではあるが制御の素因を持つ私にとっては造作もない。
そうして無力化しながら空白の場所へと向かう。そこにはかなり厳重な結界が張られており見た目ではそこに何があるか分からない。なので本気で結界に蹴りを叩き込んだ。一撃目は耐えられたが二撃目、三撃目と叩き込むと甲高い音を鳴らして結界が崩れ去った。
結界が壊れた先にあったのは一つのドアだ。ドアを開けようとするが鍵が掛かっている上魔法でも締められている。腹が立ったので魔法は解除してドアは蹴り破った。中は部屋だ。外れかと思ったけどよく見ると奥に続くドアがある。あれを確認してからでも遅くはないだろう。
中は薄暗く埃っぽい。あまり使われていないのかもしれない。地下に素因が保管されていると言われたけど本当だろうか?奥のドアを開けて中に入る。
「誰?」
突然の声にビクッと震える。声の方へと向き直ると半透明の少女がいた。少女の服装はスイも良く見知っていたブランドの服でどう見てもこの世界の人には見えない。具体的には日本人にしか見えない。
「貴女は……?」
「むう、質問したのは私だよ?」
「あっ、ごめん。私はスイ」
「スイちゃんね。私は茜っていうの」
茜と名乗った少女は部屋の中の鉄格子の中に居た。つまり牢屋だ。
「どうしてそんな所に?」
「ん〜?さあ?出ようと思えば出られるんだけどねぇ。何年前だったかなぁ?私の事が見える人が居て怖がって中に閉じ込められちゃったの」
「見える?」
「そうだよ〜。私はレイスじゃないからねぇ。幽霊さんなんだよ?まあ言っても分からないと思うけど」
「幽霊」
まさかこんな所で本物の幽霊に会うとは思わなかった。地球にはそういったホラー映像が多数存在したがスイ自身にはそういう経験自体は無い。というか大多数の人間はそういう事を経験したことは無いだろう。
「茜は何時から幽霊なの?」
「えーと、何時からだったかなぁ。時間感覚がかなり曖昧になるんだよねぇ。名前を言ったら分かるかなぁ?ウラノリアっていう男の子なんだけどね」
「男の子?」
父様の見た目は間違えても男の子と呼ばれる見た目ではない。という事は父様が成長し切っていない時に出会ったと思われる。
「そうそう、最初は凄く暴れん坊でね。気に入らないことがあったら手当たり次第に周りに当たるの。最後には私の死を悲しんでくれたぐらいには優しい子なんだけどさ」
「父様が……」
「……え?」
「ん?」
「父様?」
「そうだよ?ウラノリアは私の父様だよ」
「……まじかぁ」
茜は頭を抱えて悶々とした表情でくるくる空中で回る。やがてその動きを止めるとじっと私の顔を見る。
「あの子さぁ。私の事好きだったらしいんだけど幽霊になった後は見えなかったみたいでさ。私もそれなりに好きだったんだけどねぇ。まあ幽霊との恋話とかやってられないけどさ。でもちょっとショックかも」
「父様と暫く会ってないの?」
「うん。もう何千年も会ってないかな。私が悲しくなるからね。でも近くには居たくてうろうろしてたの」
「そっか……父様の相手はウルドゥアっていう女性だよ。お兄ちゃんも居てゼスって名前なの」
「ウルドゥアちゃんかぁ。それなら仕方ないかなぁ。ゼス君は知らないけどきっと格好良いんだろうねぇ」
「うん。お兄ちゃんは格好良いよ。弱いけど」
「あはは、弱いのかぁ。魔族だからそれなりだろうけどそれなりじゃ厳しいよねぇ」
「それと……それとね」
「うん、大丈夫だよ。分かってる」
「父様は……亡くなったの」
茜の表情があまりにも寂しそうで悲しそうで言葉に詰まったけれど言い切った。酷な事かもしれない。何千年も会わなかったとはいえ好きな人物がいつの間にか亡くなっていたと知れば傷付くだろう。けれど誰かに教えてもらうのと自ら知るのでは傷の大きさが違うと思ったのだ。
「そうだね。うん。分かってたよ。でも君の中にウラノリアは生きているんでしょう?」
その言葉に頷く。
「ならそれでいいよ」
茜はそう言うと鉄格子を抜けて私の前に立つ。ふわふわと浮いているので立つというのもおかしな表現だけど。そして私の身体を抱き締める。不思議な事に触られている感触があった。
「うーん、スイちゃん抱き甲斐があるねぇ。それとスイちゃんが凄く大変な事情に巻き込まれちゃってるのは分かったかな。よーし、この茜ちゃんがスイちゃんの力になってあげよう」
突然そう言うと茜は私の背中にふわっと乗るとゴーゴーとか言い始めた。すると私の視界に矢印がピコンと出現する。その矢印はさっき入ってきた道を戻っていく。
「ほらほら、進め〜♪」
仕方ないので走り始めた。矢印が恐らく茜の能力なのだろう。進んでいくと何故かぐるぐると同じ道を回っていく。疑問に思い始めた矢先に無かったはずの道が出現してそちらに向かって矢印がピコンと出現する。
「ゲーム的建造物って感じだよねぇ。特定の道を回ることで出現する道って。誰が考えたのかねぇ?」
なるほど、地図にない筈だ。こんなのをどう書き残していいか分からない。その道を進むとすぐに地下への階段が現れた。階段はそれなりに使われているのか埃が溜まっていない。
「茜、後で良いから父様との話を聞かせてくれる?」
「良いよ。私も話したいし君との会話もそれなりに楽しいし可愛いからねぇ」
最後のはいるのだろうか?疑問には思ったけどスルーした。茜が無視されたーとか言っているけど突っ込まない。というか最近スフィアというガチガチの女の子ラブな子にあったせいでちょっと警戒しているのだ。
階段を降りていくとドアがあったので蹴破る。感触から言って普通に開けれたかもしれない。まあこっちの方が無駄がなくて良い。
中は驚く位素因が保管されていた。大抵は最小の素因なのでかなり弱い。しかし中には最上位のものもある。これらをヴェルデニアが吸収していない理由は幾つかあると思われる。まず一つ、ヴェルデニアの吸収速度はそれほど早くなくて吸収が追いつかない。二つ、部下への下げ渡しの為。九凶星が幾つも素因を持っていた以上その可能性が高い。三つ、使い勝手が悪い素因ばかりの為だ。最小の素因は当然として最上位であっても概念的に弱いなら逆に弱体化しかねない。出力が大きくなるのに使えないとなると普段の行為が出来なくなる場合がある。実際それで格下の存在に負けた魔族も幾人も存在する。
「素因がいっぱいあるねぇ。これどうするの?」
「とりあえず全部回収する」
「おっけー。なら……ほい」
茜が腕を振り上げて何やらしたと思ったらひとりでに素因が動き出して私の前で急停止する。一瞬驚いたけどすぐに指輪の中に入れていく。最上位の素因だけは吸収しておいた。
「素因はもう無さそうだねぇ。後何かする事はあるの〜?」
地下の部屋はこれだけしかないみたいで特に何もない。だから私は首を横に振る。
「んじゃ行きましょ〜♪ゴーゴー♪」
また私の前に矢印がピコンと現れる。何だかカーナビみたいだなぁとか考えながらその矢印に沿って走り始めた。すると魔族の兵士と会うことも無く宿舎を出れてしまった。矢印はピコンとずっと出ていてその方角へと走り始めた。遠くで聞こえる爆音の正体を意図的に無視するようにただ走った。
スイ「茜は何というか警戒心を薄れさせる何かを持ってるんだよね」
 




