19.スパルタ教官スイちゃん
「ん~」
現在スイは冒険者ギルドの地下にある鍛練所で気持ち良さそうに背を伸ばしていた。それだけを見たのなら可愛らしいと思わず頬を緩めてしまうような光景なのだろうが、足元で青年が余程強い勢いで地面に叩きつけられたのか動けなくなっていたり、少し離れた所では吹き飛ばされたらしい青年と同じ特徴を持つ少女がぐったりしていたり、まだ幼い男の子とそれに折り重なるように倒れた少女がいるとなれば困惑することは間違いないであろう。勿論青年達はアルフ、フェリノ、ステラ、ディーンの四人である。
何故こうなっているのかは簡単でジェイルとの喧嘩の仲裁をした際にスイの言った「鍛えてあげる」の一言からこの惨事が広がっている。元は確かにスイが四人から言われた口撃が原因ではあるが、だからといってただボロボロにするためにやり始めた訳ではない。鍛練が始まって三十分ほどはそういった気持ちが無かったわけではないが、既にそういう気持ちは無くなっている。
「なぁ?俺帝都まで付いていく必要あると思うか?」
鍛練を見ていたジェイルが同じく鍛練を見ていたカレッドにそう声を掛ける。
「正直要らないと思う。そもそも俺達も居るんだしジェイルさんは無理に付いてこなくても良いんだぜ?」
「いや、どうせ帝都には用があるからな。行くなら多い方が楽しいし」
「そうか。それなら良いんだが、帝都に用ってのは何なんだ?」
「いやなにSランクに昇格するために王様とちょっとばかし話するだけだよ」
「Sランク!?うわぁ……凄いな。俺達はリーダー以外Bランクだからなぁ」
「あれ見た後だと微妙に誇れないんだがな。それに俺が逆立ちしても敵わないようなやつらがごろごろいやがるからなぁ。"人災"のやつらとか化け物揃いだぜ」
「"人災"って何ですか?」
鍛練を一旦終えたスイが戻ってくると聞いたことのない単語があったためジェイルに問う。
「鍛練は終わったのか?」
「はい。アルフ達の今の大体の実力は分かったから一旦休憩です。少し休憩させたらまた再開しますけど」
「あんだけやって只の実力把握なのかよ。鍛練じゃなかったのか……」
「とりあえず叩きのめして上を見せてからの方が鍛練とかは上達しやすいと父様が言っていたみたいなので私も実践してみました」
「お前の父親は一体どんな奴だったんだよ……。ああ、それで"人災"だったな。"人災"ってのは冒険者ランクでSランクの……いやそれ以上の実力を持ったやつらに与えられる称号だな。Sランクより上は無いから一応Sランク冒険者扱いだが普通のSランクと比べたら天と地ほどの差があるような正に歩く災害みたいな奴らのことだよ」
「歩く災害ですか……山とか壊せます?」
「竜かなんかかそれ?」
「そこまではいかないんですね……(やっぱり人族の全体的な弱体化が目立つなぁ……年々弱くなってたみたいだしヴェルデニアとの戦いに助太刀は期待できないかな)」
「まあ山壊しとかは出来ないだろうが下位竜までなら一対一で楽に倒せるとかは聞いたことあるな」
「……(う~ん、微妙。賢竜とまでは言わないから属性竜位は軽く倒せないとなぁ)」
「何か微妙そうな表情だなおい?」
「いえ、どれぐらいの強さなのか把握できないので分からないだけです」
「あ~。まあ、そらそうだわな。下位竜がどれ位強いかなんて知ってるわけねぇか。とりあえず凄い強いと覚えときゃいいさ」
「なぁ、スイ~……」
ジェイルと話していると動けるようになったのかアルフが弱々しくスイのことを呼ぶ。
「ん?どうしたの?」
「そういえば依頼はどうしたら良い?」
地面からまだ起き上がれてもいないのにそんなことをアルフが言う。
「そもそも何を受けようとしてたの?」
「あぁ、そいつらが受けようとしたのはニードルレインの群れの討伐だよ。もう五ヶ月ぐらい放置されてる群れのな」
「五ヶ月か……数は大体で八万……いや食料的に考えるともっと少ないかな。五万居るか居ないかかな?」
「いや、小規模な群れは度々倒されてはいるから多分もうちょい少ないぞ」
「じゃあ一万位倒されてると見て考えたら四万程度ってところかな」
「まあそんぐらいだろうな」
「えっ?ニードルレインってそんな数の群れになんの?」
アルフが知らなかったのか問い掛けてくる。
「なるよ?」
「直線でしか攻撃しねぇから物凄い弱いし数が幾ら居ても慣れてりゃそんなに危なくはないけどな。弱いやつならすぐ死んじまうだろうが」
「でもそんな数になるなら一時的には居ても維持はできないんじゃないのか?」
「同族食い普通にするから一年くらいなら維持するよ。食べる量も一匹辺りそんなに多くないから」
「そうなんだ……同族食うのか……」
「ちなみにニードルレインの小規模な群れって言ったら大体千~二千匹の間位だから少ないと思って行ったりしたら危ないから気を付けてね」
「分かった。四万か……俺達じゃその数は相手出来そうにないから今回は諦めるよ」
「ん、じゃあそろそろ鍛練再開しようか?」
そう言ったスイの顔を見て本気で言ったことを察したアルフは思わず天を見上げた。
「アルフ動きが遅い、反応も鈍い、目で見て反応するのが悪い訳じゃないけどそれならもっと早く、相手の土俵に乗るな、自分の土俵に連れ込め、絶え間なく動け、剣を振り回すだけなら誰でも出来る、身体全部を使え、無駄な動きをするな、フェイント仕掛けるつもりならちゃんとやれ、疲れで動きを鈍らせるな、大振りは決めるときだけにしろ」
スイから厳しい言葉が出る度、骨が軋むほどの一撃と同時にアルフに傷が増えていく。そしてアルフの腹にスイの小さな手が風切り音と共にめり込み、アルフがそのままスイに向かって倒れ込みスイが受け止める。
「ふぅ……。ん、大体二時間くらいかな。今日は良く持った方だね」
スイの鍛練が始まってから既に一週間近く経過している。その間にアルフ達は街の中の雑用依頼を幾つか受けて終わらせている。それ以外ではほぼ一日中鍛練ばかりをしているのだ。普通これだけやれば心が折れるものだが、アルフ達は鍛練中ひたすら心が折れそうになる程の罵詈雑言を浴びせまくったせいかむしろ見返してやるといった気持ちの方が強いようだ。
ちなみにニードルレインの群れは何故か突如居なくなりホレスの冒険者ギルド内部をざわつかせている。そのあとにスイの指輪からニードルレインの肉が大量に飛び出してアルフ達の胃に消えたのは偶然だろう。多分。
「相変わらず物凄いなスイ」
離れて見ていたジェイルがスイに向かって言う。
「いいえ、私なんてまだ弱いです。本当の強者に会えば一分も持たずに死ぬでしょう。もっと強くならないといけません」
「スイで弱いなら俺なんか凄い弱いってことになるんだが?」
苦笑ぎみに言ったジェイルに対してスイははっきりと事実を断言する。
「そうですね。はっきり言って弱いです。そろそろ強さにも限界が来るでしょう。今以上に強くなりたいならそれこそ人を辞める覚悟すら居るかと思います」
スイの言葉に思わず反論しかけてその瞳が嘘偽りなく事実を言っているのだと分かり口をつぐむ。
「……アルフ達はまだ成長期だし上手く鍛えてあげれば魔軍とも……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も言ってませんよ。それよりジェイルさんは帝都に行かなくて良いんですか?王様と面会なのでは?私達を急かしたりもしませんよね」
少し落ち込んだため小さく呟いたスイの言葉を聞き逃したジェイルに対してスイは露骨に話題を変える。
「ああ、大丈夫だ。別に期限が決まってる訳じゃないし行かなかったらSランクとして認められないってだけだからな。スイ達の方こそ大丈夫なのか?」
「大丈夫です。というより今のまま帝都に行く方が危なそうな感じがしたのでここである程度鍛えてから移動にしようかと。幸いここは亜人族に対して特別悪い感情を抱いてないみたいなので」
「なるほど、帝都だと亜人族に対して当たりがきついからな。実力を付けておけば狙われにくいってことか」
「それでも当たる馬鹿は居ると思いますけどね。だから移動するにはもう少し時間掛かりそうです」
スイがそう言うとジェイルが同情するような視線をアルフ達に向ける。
「課題はいつクリア出来るようになるんだろうな?」
そう言ったジェイルにスイは言う。
「さあ?ただこのままなら間違いなく年単位になるでしょうね。もう少し厳しくしようか」
そのスイの言葉にジェイルは物凄く引いていた。
「課題?どんなのだ?」
鍛練を始める前にスイがアルフ達に課題をこなすように指示をする。
「ん、今から皆に出す課題をクリア出来たら帝都に向かうから頑張ってね」
「どんな課題だろうがすぐにクリアしてやる」
アルフは自信満々に言い拳を握る。
「任せて!すぐ終わるように頑張るよ!」
フェリノは笑顔で宣言をする。
「どんな課題かしら?」
ステラが少し不安そうに指を絡めて言う。
「スイ姉さんは色々と規格外だからなぁ……」
ディーンは既にやる気を喪失しかけてた。
「ん、皆にはそれぞれで課題を与えるから頑張ってね。じゃあまずはアルフとフェリノの課題ね」
「スイに一撃与えろとかそんな感じかな?」
そう言ったアルフに対してスイはクスクスと言った感じで笑いながら
「寝言は寝てから言ってね?」
毒を吐いた。
アルフは流石にいらっとしたのか目付きが険しくなる。フェリノはまさかのスイの毒に戸惑っている。
「アルフ如きが私に一撃を与えるなんて出来ると思ってるの?自信過剰にも程があると思うよ?少し鍛えた程度でまさか私に並んだつもり?足元にも及んでない癖に?そんな一言は夢の中だけで言ってね?笑っちゃうから」
次々と毒を吐くスイにアルフの目付きがどんどん険しくなる。もはや敵意すら感じるレベルだ。ステラとディーンは状況に付いてこれず呆然としている。フェリノはあわあわしている。可愛い。
「やってみなきゃ分からないだろうが」
苛つきながら言ったアルフの一言に更にスイは毒を吐いていく。満面の笑みで台詞と一緒にスイはわざわざ身振り手振りで煽る。
「無理無理。絶対にね。何なら賭けてあげようか?今のアルフが私に一撃を与えられたらどんなお願いだって聞いてあげるよ。まあ希望ぐらいは与えておかないとね。もしかしたら億が一にも……ううん。最早天文学的数値より可能性が低いけれどほんの少しだけ可能性があるかもね」
そこまでスイが言った瞬間アルフがキレたのかコルガを持ち横に薙ぐ。本来ここで奴隷契約の"主人を奴隷は攻撃してはいけない"という文言に引っ掛かるのだがスイは課題発表前に全員の奴隷契約のその部分の文言を消しているため止まらない。アルフとしてはスイがこの程度でどうこうなるとは思ってはいないためかかなり本気で横に薙がれたコルガの上にスイはピョンと軽く乗り、振り落とそうとしたアルフの顔面に向けて魔法で作り出した砂を当てる。しかも砂は勢いを付けて当てたわけではなくただ煽る為だけにわざわざ口の中に入るように投げる。狙い違わずアルフの口の中に砂が入り思わず噎せるアルフに
「大丈夫?」
等とスイは心配していますといった表情でアルフを見上げる。アルフは噎せながらも右足でスイを蹴ろうとして股を潜られて左足を引っかけられて転ばされる。
あまりに一方的すぎるアルフとスイの戦いとも呼べぬ蹂躙劇を見てフェリノ達は絶句する。ジェイルとの言い合いの際に簡単に投げられたことから強いことは分かってはいたが、あれは不意打ちに近い。面と向かって戦えば勝てはしなくとも善戦ぐらいは出来ると思っていたのだ。それが四人の中では一番強いアルフが手も足も出ていない。今もまだ戦ってはいるが一撃どころか完全にスイに弄ばれている。
「ごふっ……」
アルフがスイに持ち上げられて地面に叩き付けられて動かなくなっている。死んだりはしていないがかなり辛いようで全く動く気配がない。アルフを叩き付けたスイはフェリノ達を見て笑顔で言う。
「三人で掛かってきても良いよ?」
その言葉に一人で戦わなくて良いと三人がスイに向かう。そして冒頭に戻る。
結局課題発表前に実力把握のために戦うことになってしまったがスイは予定通りにいかないのは普通だと気持ちを切り替える。とりあえずジェイル達には適当に父様――魔王ウラノリア――の鍛練方法だと言っておく。まさかあそこまでアルフが煽り耐性が低いとは思ってなかっただけなのだが。
「さて、課題発表するよ」
四人はボロボロのままスイの話を聞く。今度はアルフも何も言わない。
「まず、亜人族の皆には固有能力というのがあるよね?元から持ってたり後天的に固有能力と呼ばれるまでに昇華した二種類があるけど。元から持ってるのだとステラの"自然の囁き"かな?集中したら植物から声が聞こえるやつだね」
「どうして私達エルフの固有能力をスイが詳しく知っているのか訊きたいのだけど?」
「父様の愛だよ。それで昇華させたのがアルフ達白狼族の"魔闘術"に兎人族の"夢幻"だね。"魔闘術"は魔力で身体能力を向上させるものだね。強化魔法と並行で使用できるから優秀と。まあ白狼族は魔法が苦手だからそんな技術が生まれたんだけど。"夢幻"は今もディーンが使ってる魔法だね。使えるのが兎人族位しか居ないから固有能力扱いなのかな?」
「俺達のも知ってるのか」
「うん、父様の知識は凄いよ。たぶん技術者とか研究者肌だったんだろうね。色んな知識があるよ。もしかしたら私に知識を残すために勉強した可能性もあるんだけど。まあそれは置いといてとりあえずこの固有能力を極めてみようか。それをアルフ達の課題にするよ」
そう言ったスイにアルフが疑問を投げ掛ける。
「極めるって言ったってどうするんだよ?そもそも何をもって極めたってするんだ?」
「ん、確かにそうだね。極めるというよりもっと効率良く効果を引き上げるのが目標だね。とりあえずアルフ、フェリノ、ディーンは固有能力をどれ位持続できる?」
そう訊いたスイにアルフ達は少し考えて
「全力で使用したら十分、弱めで良いなら三十分ってところか?」
「私も全力だと十分、弱めなら戦わないこと前提だけど一時間位持つかな?」
アルフとフェリノは全力だと同じ時間しか持たないが効率良く魔力の運用が出来るのはフェリノのようだ。
「僕はあまり動かないのなら丸々一日は持つかな。でも動いたりするから半日持てば良いかな」
元々常に使い続けるような生活をしていたためかディーンはかなりの長時間維持できるようだ。魔力保有量が多いのも影響しているだろう。
「ん、ならアルフとフェリノはとりあえず弱めの魔闘術を一日続けるのを目標にしよっか。ディーンは維持だけなら得意みたいだから夢幻の術式をちょっと増やしてみよう。それを一週間維持で」
軽く言ったスイの一言に三人が目を丸くする。当たり前だろう。三十分や一時間しか持たないと言っているのにそれを一日、ディーンに至っては半日が一週間に変わってるのだ。しかし、スイは出来ない事は言わない。鍛練次第で出来ると判断したのだ。
「えっと、無茶に思えるだろうけど魔力保有量を増やすだけなら簡単なんだよ?死ぬ寸前まで魔力を使って枯渇させ続けたら勝手に身体が作り変わっていくんだから。あと体外魔力の取り込みとかで増やせるね。微量だけどそっちも同時にやっていこうか。上手くいけばかなりの効果が期待できるよ」
スイの言葉にアルフ達は呆然としたままだ。
「とりあえず頑張ってね?あと維持に失敗して解けたら最初からやり直しだからね?」
そう言ったあとスイはステラを呼ぶ。
「えっと……アルフ達が固まっているのだけど?」
「ん、大丈夫だよ。アルフ達なら課題をクリアしてくれるはずだから。それでステラの課題なんだけど」
「どんな課題なのかしら?固有能力は鍛えようがないわよ?」
「分かってるよ。だからステラは……はい」
スイが何かを指輪から出してステラの手の上に載せる。その載せられたものを見てステラの顔が強張る。
「これは……あの…予備…よね?」
ステラの手の上に載せられたのは今もステラの腰に提げられている<黒紋剣ヴァルト>と瓜二つの剣だ。瓜二つというか全く一緒のものだ。だがステラの腰にはちゃんと四本全て提げられている。つまり五本目の剣ということになる。
「違うよ?新しく作ったヴァルトの五本目。とりあえず二十本までは作ってるから扱えるように頑張ってみよう。大丈夫。私でも扱えるから器用なステラならきっとすぐに慣れる筈だよ。持ち運びも皆用に私の指輪は無理でもそれに準じるものを渡すから。とりあえず頑張ってね」
こうしてスイによるアルフ達奴隷組の強制強化の日々が始まったのであった。
スイ「鍛練のメニューはしっかり考えないとね」
アルフ「スパルタすぎる……(ぐったり)」
フェリノ「なんであんなに強いの……(ぐったり)」
ステラ「分かってたけど桁違いすぎたわ……(ぐったり)」
ディーン「…………(ぐったり)」




