194.お風呂から上がったよ
「ん、と」
今現在私はお風呂場に居ます。隣には出来るだけこっちを見ないように顔を逸らしたアルフ。恥ずかしいけれどこれも何時かは良い思い出になれば良いかなぁ。
「スイ……」
恥ずかしそうにアルフが呟く。一応無理矢理タオルを被せられたから入る時のように全裸では無いのだけどそういう事は関係ないのだろう。まあ私もこの程度で恥ずかしさが無くなる訳ではないけど。
ちなみにもう身体とかは洗ってある。本当は洗いっこしたかったけどアルフにそれだけは勘弁してくれって言われたので仕方なく一人で身体は洗った。つまり今は湯船の中に二人で入ってます。身体が近くて火照るのが良く分かる。
「ん、アルフ……」
アルフにそっと近付くと軽いキスをする。お湯を吸ったタオルが重くて上手く動けなかった。タオルを湯船に浸けるのはどうかとは思うけどちゃんと湯船のお湯は張り替えるから許して欲しい。
軽いキスを暫く続ける。アルフは少し吹っ切れたのか私の身体を抱き締めている。それでも最後の一線だけは超えないように自制している辺り中々これを崩すのは難しそうだ。
「……それでスイ、何か話があったんじゃないのか?」
「良く分かったね。流石だよアルフ」
入ってからも少しの間覗かれていたけれどそういうシーンを覗く程酷い存在ではないようだ。それでもこの時間はそう長くは続かないだろう。手短に話を進めることにしよう。
「アルフ、色々疑問はあるだろうけど全てを話し終えてから反応してね。あぁ、いや、そうだな。うん。こうするよ。<私の言葉を聞いて覚えてそして然るべき時まで忘れよ>」
そうして私は語り始めた。この身体を支配する存在について。アルフは最後まで聞き終えた後静かに頷く。
「……」
私は最後の言葉を話そうとして止める。そしてすぐにアルフに覆い被さった。アルフは一瞬驚いたけど命令が発動して即時で忘れたようだ。驚きながらも受け入れてくれる。どうやら今度は離れてはくれないようだ。流石に見られているのを理解しているのに一線を越えるのはちょっと厳しい。というかしづらい。
腹が立つからアルフとキスを繰り返していたら二人してのぼせました。そういえば湯船の中だもんね。ずっとお湯に浸かってたら幾ら身体が丈夫でものぼせるよね。
「もう!長いから大丈夫かなって心配したら湯船に突っ伏しているのを見付けた私の気持ち分かる?お兄ちゃんとスイが好き合ってるのは知っているけど限度っていうものがあると思うの」
「うっ、わ、悪い」
「ごめんなさい」
「……むぅ、本当に反省してる?」
フェリノにジト目で見られてアルフと二人で頷く。その様子を見てふうっと息を吐くとフェリノは冷やした果実水を持ってきてくれた。
「とりあえずこれでも飲んでゆっくりしていてね。私だけ入れていないから入ってくる。ステラさん二人のこと宜しくね」
「分かったわ。ゆっくり浸かってきなさい」
ステラにお願いしたフェリノはタタッと軽快な足取りでお風呂場に向かう。凄く今更だけど気付いたことがあった。
「フェリノってステラの事をさん付けで呼んでるの?」
「え?まあそうね。というか最初からそう呼んでたわよ?」
「私その場面一回も見た事ない」
二人が一緒に行動しているのをあまり見ていないというのもあるけれどそもそもお互いに名前を呼び合う機会がそう無かった。
「皆ってお互いの事どう呼んでるの?」
ちなみに私は全員呼び捨てだ。別にそう呼びたいとかそういうのではなく関係性のせいだ。私は主人で四人は奴隷だ。それをさん付けしたりしたら四人の立場が悪くなる可能性がある。まあそれは杞憂だとこの世界で過ごしてきて分かったのだけど最初はそんな理由からだったのだ。今更変えにくい。皆も特に止めないから余計にだ。
「俺は全員呼び捨てかな」
「まあアルフはそうなるよね」
性格的にもさん付けする相手はそう多くないだろうしそもそもアルフが一番年上だ。年下にさん付けはしにくいだろう。逆にその辺りは意識しているのか年上には結構さん付けするみたいだけど。
「私も呼び捨てかしら。アルフの方が年上だけど誕生日の問題なだけで実際は殆ど同年代のようだし」
それは知らなかった。というか考えてみたら私自分の誕生日も知らないし今が何月の何日かも分からない。まあ知る必要も無いから良いか。ヴェルデニアを倒したらしても良いかもね。それまではやめておこう。ディーン辺りが暴走して凄い規模の誕生日会を開きそうで怖い。皆止めるか怪しいし。
「誕生日……皆の誕生日知らないなぁ。お祝いとかした方が良いよね?」
「そりゃされた方が良いだろうけどやめた方が良いんじゃないか?」
「どうして?」
「スイの誕生日もしなきゃいけなくなるしディーン絶対に暴走するぞ?あいつの事だから記憶とか記録とか改竄してでも多数の人を巻き込むと思うんだよなぁ。イルゥさんとかそれ知ったら絶対協力すると思う」
凄い想像出来た。やめておこう。やるとしても個人的にプレゼント渡す程度かな。
「プレゼントだけならいけるかな?」
「まあいけるんじゃないか?それくらいならやたら高価なアイテムとか渡してくるぐらいで済みそう」
あっ、お返しされるのは前提なんだね。まあディーンならしそうだよね。否定出来ない私を許して。
「じゃあ誕生日プレゼント渡すね。二人の誕生日は?」
「俺はスイに出会う少し前だからなぁ。まだ来てない」
「私は四週間ぐらい前かしら。スイが居ない時期だったわね」
「……なんかごめん」
「別に気にしないで。責めている訳じゃないのよ。そもそも誕生日にプレゼントを渡すなんて考えた事無かったし」
「そうなの?」
「それを気にする事が出来るほど余裕がある人が少ないからな。スイは強いからあんまり実感無いかもしれないけど例えばノスタークに居た時に起こったスタンピード。彼処までの規模の物はそう多くないけど小規模なものは頻発してるんだ。それで亡くなる人はかなりの数存在するしそもそも村人にプレゼントを渡すほど金に余裕がある人も居ないだろうしな。街に住んでいてもやっぱりスタンピードで亡くなる人は皆無って訳じゃないし同じく金に余裕があるわけじゃない。スタンピードを生き残れるだけの力がある人も無謀な行動をして亡くなるのが多い。結果としてそこまで多くないんだ」
そういう事か。私は生まれた時から力があった。お金も残されていた。お金で買えないようなアーティファクトまであった。それを考えたらかなり優遇されているのかな。いや種族という乗り越えられない壁があることを考えたら微妙かな?まあどちらにせよ魔族であるという一般的な人からしたらデメリットがある事を除けば私は恵まれているだろう。
「ん、そっか。じゃあとりあえず二人には後で何か渡しておくね。フェリノ達の誕生日は知ってる?」
「フェリノはもう少し後だな。ディーンも同じくだ。ディーンの方が遅い筈だぞ」
「ん、じゃあまた考えておく」
誕生日プレゼントか。この世界だと実用品の方が好まれるのだろうか?それとも装飾品の方が良いのだろうか。いや装飾付きの実用品、もしくは装飾品の形の実用品?魔導具になっちゃうかな。作ることは出来るけれど喜んでくれるかな?店を見て回って良いのがあったら買ってもいいかもしれない。
ああ、後眷属になった人達の物もやらないといけないかな。真達は……一応渡すか。数が多いから全員分用意して一括で渡してあげれば良いかな。この商会に居る子達はどうしようか。流石に二百を越える人達の誕生日プレゼントは中々用意しづらいのだけど。ハルテイア達だけなら良いけど変なことにならないかな?
「……ここに居る人はどうしよう?ハルテイア達だけは駄目かな?」
「流石に人数が人数だしきついだろ。プレゼントじゃなくてお金だとしても負担は酷いと思う。文句を言うやつも出ないと思うしハルテイア達だけなら良いんじゃないか」
ハルテイア達だけにしよう。後はミュストラ達もいけるかな。グルムスは……渡したら面倒そうだけど渡そうか。ルーレちゃんの誕生日はまだ先のはずだけど……あれ、そういえばどっちの方で誕生日プレゼントを渡せばいいんだろう?私の方は元の誕生日を覚えていないからこっちの世界での誕生日しか実質ないけどルーレちゃん覚えてるよね?また直接聞くことにしよう。そんな事を考えながら果実水を飲む。
「ん、美味しい」
そんな果実水よりアルフとのキスの思い出の方が甘くて美味しかったって念話で送ったらアルフが突っ伏した。ステラはいきなりのアルフの奇行におろおろしている。ん、楽しいなぁ。再確認したよ。この楽しい人生を誰にも壊させたりしない。その為ならどれだけの苦痛を払っても良い。私の全てを使って叩き潰してみせる。
???「流石に覗けないな」




