146.厄介
「王妃様が……魔族!?」
あれ?特に気にしてなかったのだがティモ君が驚いた表情で口を開けている。アルフ達は何となく慣れてきたのか特に反応がない。会ったばかりの初々しい反応が懐かしく思えてしまう。一年も経っていない筈なのだが。
というか今更だけどこの中で事情を全く知っていないのはティモ君だけか。リードさんはテスタリカと多分イジェと関わりがあったようだしその奥さんはイジェの眷属、ジアはその息子。まああんまり知らなかったみたいだけど。アルフ達は当然知っているしルーレちゃんやメリティはそもそも魔族だ。
「……まあ、元々巻き込む予定だったし良いか」
そう呟くとティモ君に向かって歩く。膝の上に座っていたテスタリカは動こうとするのを察知してさりげにお姫様抱っこを要求してきた。この幼女は抱き締められるのが好きなのだろうか。お姫様抱っこはした。
「ティモ君、とりあえず今聞いた話は全部本当なんだ。だから誰にも話さないでくれる?まあ話したらこの街落とすけど」
ティモ君の目の前まで歩いて目の前の机に腰掛ける。ティモ君は私の動向が気になるようでじっと見つめている。まあ思考が追い付かなくてただ見ているだけかもしれないが。腰掛けた机の上から右足をスッと前に出してティモくんの鼻先に付ける。
「まあティモ君が話そうが話すまいが最終的にはどうでも良いんだけどね。まあ騒動を起こしたくないなら今は口を噤んでいた方が良いと思うよ?」
にっこり笑ってティモ君の胸元に足をグリグリ押し付ける。ティモ君は未だ困惑から抜け出せないのかぼんやりしている。私は笑顔のままティモ君の胸元から顎に向けて足を振り上げる。
「がっ!?」
「ねぇ、私話聞かない人って嫌いなんだ。対話しようとしているのにそれを無碍にする行為でしょ?聞き逃したならまだしもそういう訳じゃないなら腹が立つよね?」
ティモ君はガクガク震えている。やっぱりか。ティモ君は結構この国に対して忠誠心が高い。魔族という存在は敵であると教え込まれている筈だ。ならそれでも構わない。ティモ君の価値自体は実はそれほどない。友達になったからといってそれが不利益に繋がるのならば私は容赦なく切り捨てる。
「返事は?話さないでくれる?私は面倒事を起こしたい訳じゃないんだ。暫くの間見過ごしてくれたら良いんだよ」
「……あっ、だ、だめだ!私はトラン伯爵家が次期後継者!ティモ・トランだ!魔族の存在を知っていながら黙る事など出来ない!例えそれが味方であっても報せないという事は許されない!」
私は露骨に舌打ちをする。こういうのは嫌いだ。自分の中に歪まない信念を持つ人間ほど厄介な人間はいない。これでは恐怖であっても優しく諭しても意味は無いだろう。まあそう分かっていたから最初から恐怖で脅してやろうとしたのだけど無駄だったようだ。
「そ、なら仕方ないね。ティモ君残念だよ。もう少し利口なら友達で居続けられたのに」
恐怖のせいか強張った身体を必死で動かし逃げようとするティモ君に対して私は魔力の塊を向ける。リードさんやその奥さんは止めようとしているがテスタリカが鎖で縛って動けなくしている。アルフも動こうとしたジアを羽交い締めにしている。
魔力の塊が渦巻く風へと変換されていく。それを見てティモ君は引き攣った表情を浮かべるがそれでも報せないという選択肢は無いのだろう。キッと此方を睨み付けてくる。はぁ、面倒だ。
「……良いや、気が変わった。ティモ君としては報告出来たら良いんでしょう。ならその必要を無くせば良いんだよ」
私は風を魔力に戻して飲み込むとティモ君に一気に飛び込み首元を引っ掴むと部屋の入り口から遠い壁に投げる。思いっきり投げた訳ではないので多少痛い程度だろう。まあ暫くは動けない程度に痛いだろうが。
「王城に向かおうか。襲撃しよう。ついでに亜人族奴隷の撤廃も出来たら良いね」
どうせ最初からまともな手段で奴隷の撤廃など出来るとは思っていない。一個人がどれだけ頑張ろうが国の制度そのものには勝てない。なら国の制度そのものを壊しに行けば良い。それが最も手っ取り早い。
「ティモ君じゃあね。教える必要が無ければ黙っていてくれるでしょう?私だって殺したいと思ってる訳じゃないんだ。だから許してね」
呻いているティモ君に吸魔の鎖を巻き付ける。アルフがジアを離すとジアはティモ君の元に一目散に掛ける。怪我が思ったより大きくなかったのかほっと一息つく。まあ人が吹き飛んだのだから心配にもなるか。
「アルフも来る?」
「当然だろ?むしろ行かないって選択肢があったのか?あっても選ばないけどよ」
「あったけど分かったよ。一緒に行こっか」
「ちょっと、お兄ちゃんだけに行かせないからね!私も一緒に行く!」
フェリノが慌てて声を発する。ステラ達もそそっとさりげなくやってきて意思表示をする。メリティは首を振ったので行かないのだろう。ルーレちゃんも断る。
「まだ私そこまで強くないから。行って足手まといは嫌よ」
その言葉にはテスタリカも肯く。いやテスタリカは元から連れて行くつもりはなかったのだが。そう伝えるとガビーンと古い表現をしてルーレちゃんに抱き付く。いや私をだしにして抱き付きたかっただけか。ルーレちゃんも満更でもないのか抱き締めている。まあ抱き心地は凄くいいからね。
「じゃあ、行くのは私とアルフ達だけで。適当なローブでも買ったら行こっか」
ローブに隠蔽術式と防御術式でも組み込めば即席の防具だ。さっさと作ってやってしまおう。
「ふあぁぁぁ」
「おい、こっちまで眠くなるから欠伸をするなら静かにしてくれ」
「悪い、悪い。しかし王城警備って本当暇だよなぁ」
帝都イルミアの王城は中心部に位置する巨大な要塞だ。いや要塞に見えるくらい巨大で尚且つ城っぽくないだけで王城ではあるのだが。
「まあなぁ。そもそも帝都のど真ん中だからな。不審者警備ぐらいしか意味合いがないからな。それもこの辺りの治安を考えると必要かどうかはさっぱり分からんが」
貴族街が近くにあるため貴族が雇った私兵や治安維持部隊が常に巡回している地域を抜け出して王城まで突っ走る不審者などそういるものではない。十年以上ここの警備をしているがそんなことが起きた事は一度も無い。隣の友人もそれが分かっているからこんな事を言って気を紛らわしているのだ。でなければ自分も眠気に勝てそうにない。
「まあ後もう少しで交代の時間だ。交代したら一杯やろうぜ」
そう言って前を向いた時に身体が強張った。黒いローブに身を包んだ小柄な影がこっちに向かって走ってくる。厄介ごとの気配だ。
「そこのローブの者!これより先は王城だ!そこで立ち止まれ!」
そう呼び掛けると素直に立ち止まってくれた。止まると思っていなかったが良かった。
「…………この中に王様は居ますか?」
男か女か判別の付きづらい声でローブ姿の影が問う。
「それは答えられん。諦めろ」
同僚がそう言って追い返そうとする。その瞬間同僚の腕が俺の顔に飛んできた。
「は?」
「え?」
「あぁぁ、いてぇぇぇ!!??」
「うわぁぁぁぁ!?!?」
「恨みはないし悪い人だとも思わないけど少し痛めつけるね。大丈夫、死なないから。悲鳴で騒ぎが大きくなってくれたらそれで良いんだ。ごめんね?」
そう言って見えたローブの内側には小さく畳まれた耳が見えた。そして濁った色の液体の滴る鉤爪をこちらに向ける。
「死ぬほど痛いけど死なないから大丈夫。ただの痛毒だからさ。まあ四肢の壊死位はあるかもしれないけどそれくらいは我慢して。兵士だからいけるだろう?」
そう言って酷薄な笑みを浮かべたそいつはまるで死神のように存在が希薄だった。
「……無邪気な死神」
死神がこの世に降り立った。
テスタリカ偉業四分の四
スイ「偉業三、実はこの世界の最初の地図の原型を作った」
テスタリカ「大戦時に地形バッコンバッコン壊れて役立たなかったですけどね〜」
スイ「……偉業二、国を幾つか作って連盟を組ませていた」
テスタリカ「大戦時に全部無くなりましたけどね〜」
スイ「…………偉業一、人族の底上げアーティファクトを作った」
テスタリカ「壊れましたね〜大戦時でしたっけ?」
スイ「いや、なんか…ごめんなさい」




