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103.ゴリラと亀



「スイ、本当にもう行くのかい?」

レクトとデートをした後スイはすぐに街を出ようとしていた。アルフ達の話をした為か早く会いに行きたくなったのだ。まあそれとは別にアルフ達に自分の生存がしっかり伝えられているのかが心配になったというのもある。考えてみたら彼処(あそこ)にはグルムスもいるのだ。教えていない可能性があることに気付いたのだ。

「ん、行くよ。もう一ヶ月……いや到着する頃には二ヶ月くらい経っちゃってるだろうからね。流石に心配かなって」

スイも教えられて初めて分かったがどうやら異界深き道では時間感覚がおかしくなるようで奥に行けば行くほど現実との時間がずれるようなのだ。

「そっか。なら道中に必要な物は」

「大丈夫。もう指輪の中にいっぱいあるよ。レクトは自分の事に今は集中しないと。あの刺客なんかを見るとまだレクトの事を認めていない人も居るんでしょ?」

刺客は気絶しているのを護衛達が発見したらしくそのまま捕縛したようだ。今は聖騎士達が見張っているらしい。

「うん。分かった。ならスイ私に元気をくれないかな?」

「ん?」

スイが元気をあげる?と疑問に思った瞬間スイの額にレクトの唇が当たる。優しくされたキスにスイはビクッと震えたが突き飛ばせば軽くミンチにさせてしまう自信があったので動けない。

そっと離れたレクトの顔は真っ赤で頑張ったんだなと良く分かった。まあそれはそれとしてスイはすっと小さく足を上げるとレクトの脛を蹴った。無駄に高い身体能力を発揮して三連蹴りである。レクトは強烈な痛みに涙目になり(うずくま)る。

「変なことしない。次にやったら砕く勢いで蹴るからね。私付き合ってもいない男の人とそういう事はしたくない。レクトだからまだそれだけで許したけど知らない人だったら首握り潰してるから」

かなりお怒りの様子のスイに首がもげるのではないかと思う程に頷くレクト。それを見て一旦落ち着いたのかスイは怒りを鎮める。というより鎮めないと漏れ出た魔力で屋敷に(ひび)が入りかねない。

「ふぅ……まあとりあえずもう行くよ。此処に居てもする事ないしね。それにレクトの邪魔になりかねない。女にかまけてるなんて思われるのはどうかと思うし。ということで私はさっさと居なくなることにするよ。レクトじゃあね」

そう言うとスイはさっさと屋敷を出て行ってしまう。レクトは思わず手を伸ばしたがすぐに引っ込める。

「そう…だね。今は居ない方が良い。だけど次に会った時にはちゃんと国を掌握してみせるよ。だからその時にもう一度……」

レクトの後半の呟きは誰にも聞こえずに風に掻き消されていった。


一方足早に屋敷を出て行ったスイだが街を出てすぐの平原でふらふらと頼りない歩き方で歩いていて誰も居なくなるとしゃがみ込んだ。

「キ……キスされちゃった…男の子に…」

スイの顔は真っ赤になっていて恥ずかしさのあまり飛び出すように出て行ったことが良く分かる。スイにとってキスを額とはいえされたのは初めてなのだ。しかもそれが事故や偶然ではなく意図的に且つ好意を寄せる男の子となればスイとて十四歳の少女。恥ずかしくもなるのだ。

良く勘違いされるのは常に無表情かつ無感動(に見える)なスイはこういったことに対しても何ら反応しないと思われている事だ。それは間違いだ。あくまでもスイは顔や声に思っていることが出ないだけであって人並みの感情はある。故にキスをされたという事実にこうやって混乱するのも当然なのだ。

「……戻ろう。帝都に」

混乱しまくった結果一周回ったのか冷静になったスイは当初の予定通り帝都に向かうことにした。道中で出会った魔物達を理不尽に蹂躙しつつ……やっぱりまだ混乱中なのかもしれない。



暫く魔物を蹂躙してから漸く馬車を出して移動し始めたスイはそれから数日の間のんびりと過ごしていた。元々スイはそう忙しく動き回るという事をしない性格だった。この異世界アルーシアに転生して以降何かしら動き回っていたがそれはあくまでも自発的にというよりウラノリアの言葉通りに動いていたに過ぎない。

今もまた動いてはいるがそれはあくまでも単なる移動に過ぎないのでそこまで動いているという訳でもない。そもそも馬車といっても魔力を込めたら勝手に自走するのでスイがしているのは少しの方向転換と魔力を込めるくらいだ。魔力を込めるといってもスイから漏れ出る魔力だけでいいので込めている自覚もあまりないが。

ゆったりとした時間を過ごしていたスイは人の気配を感じて馬車を止める。スイの感覚で少し離れた位置に人が居る。なので馬車を収納するとそちらに向かって歩いていく。そうして見付けた人達は門の前で待つ商人達であった。一瞬ノスタークに着いたのかと思ったが街の大きさが明らかにこちらの方が小さい。恐らく違う街に着いたのだろう。

商人達の後ろに並ぶと商人達に不思議そうな表情を浮かべられた。まあ明らかに小さな少女が門前に並ぶということが理解しにくいのだろう。並ぶイコールで街の外から来たになるのだから当然だ。他の商人の子供とでも思ったのか何も言われなかったが。

「嬢ちゃん、此処には一人で来たのか?親はどうした?」

スイの後ろからお爺さんが話し掛けてきた。他の商人達も地味に気になるのか耳を傾けているのが分かる。

「ん、一人だよ。父様は居ない。旅をしてるんだ。こう見えても強いんだから!冒険者見習いではあるけど年齢制限が無かったらとっくに活躍出来るのにって皆からは言われてるんだよ?」

全力で演技し始めたスイ。演技対象は小学校の時に一緒のクラスだったちょっとお調子者だけど皆から愛されていた活発少女だ。

「一人でか!危ないだろうに。その皆とやらは何を考えてるんだ」

若干怒り気味で話すお爺さん。他の商人達も似たような感想を抱いたのか頷いていたりする。良い人達のようだ。

「大丈夫だもん。見てて、ほら!私が狩った魔物だよ!どう?」

そう言って指輪から出したのはCランク相当の魔物ヴェルジャルヌガだ。全く名前から想像出来ない魔物だがこれは恐らくクライオンが魔物図鑑を作る前から名前が付いていた為変更出来なかったのだろう。そういう魔物は幾つが存在している。その内の一つがこのヴェルジャルヌガだ。

見た目は……はっきり言ってただのゴリラである。特に何の変哲も無いゴリラである。紛う事なきゴリラである。ただこのゴリラ、もといヴェルジャルヌガは単体でCランクというだけあって割と強い。

まず安物の剣であれば刃が通らない。打撃は基本無効化、魔法は妙にキューティクルが高い毛によって流される。毒物はすぐに気付く上そういうものからは極力離れる。逃げ足が地味に早いという。じゃあどうやって倒すのかというと簡単だ。落とし穴にでも落としてから良い剣で突き刺せばいい。そうじゃなくても突き系統は苦手なようで弓矢でも最悪倒せてしまう。魔法も貫通性能が高いものなら流されずにそのまま刺さる。槍なら簡単に刺せてしまう。というどれだけ突きに弱いのかと言いたくなるほどに弱い。

そしてスイはそのヴェルジャ……ゴリラを全力の蹴りで貫通させたのだ。グライスなら無視して切り刻めるのだがさっきも言った通り切るといった行為に対しては割と強いので仕方無く蹴りで突いたのだ。いやグライスでも当然刺せるが短剣なので致命傷になり得ない。だからこその蹴りである。単に気付かずに蹴り殺したわけではない。断じて違う。

「ほぅ……凄いのぅ。ヴェルなにがしを倒せるとは」

お爺さんががっつり省略した。やっぱりヴェルジャルヌガとかいう名前はあまり好まれていないようだ。まあ長いし言いづらいし仕方ない。

「そこの女そのヴェルジャルヌガを私に献上するという名誉を渡してやる。寄越すといい」

貴族専用らしい列に居た長身の男性がそう言い放つ。服に付いている紋様から見てどうやらイルミアでもセイリオスでもない国の貴族のようだ。

「お爺さんあの人誰?」

「あの者は隣国エルン国の子爵の息子じゃな。大人しく渡しておいた方が良い。面倒じゃぞ」

お爺さんが教えてくれたが……エルン国ってどこだろ?

「おい!聞いているのか!そこの女だ!」

「ん、ああ、ヴェルジャルヌガを寄越せだったっけ?お金は?冒険者から奪い取るの?ギルドが敵に回っちゃうよ?」

「貴様が自主的に献上すれば良いだろうが。それともその指輪ごと取られたいか?」

「えぇ……」

何だろうこの男。確かに面倒臭い。ヴェルジャルヌガは基本的に群れで襲い掛かってくるか単体という極端な性質を持っているので実は今指輪の中にはおよそ六十体程のゴリラがいる。だから渡してしまっても構わないのだがこの男には渡したくない。

「んー、そうだ。ここに並んでる商人さん達に買ってもらおうか。どうせギルドに渡しても商人さん達の方に渡るだけだし今渡しても問題無いよね。ということで今このヴェル…を買ってくれる人居ないかな?買ってくれたらついでにジュエルタートルを一匹相場の三割引で売ってあげよう」

ジュエルタートルは甲羅の代わりに宝石で身を守る性質を持つ亀だ。攻撃は時折出てくる首による高速噛み付きのみ。その代わりに物凄く硬く尚且つ魔法攻撃は完全に無効化する。極炎(ゲヘナ)天雷(ケラウノス)が耐えられたのには驚いた。仕方ないので噛みつきに来た瞬間に首を折った。

「ふむ、買わせて貰いたいのぅ」

「あっ、ずるいぞ爺さん!俺に売ってくれ!」

「抜け駆けすんじゃねぇ!」

何か凄くごちゃごちゃしてしまった。ジュエルタートル……いや、宝石って本当凄いなって思う。

「おい!貴様!私にそのジュエルタートルも献上しろ。私の覚えめでたくなれば」

「あっ、そういうの良いです」

さて、群がる商人達をどうしようかな。いや群がる原因作ったの私だけどさ。後でジュエルタートルまた狩ってこようかな。群れを見付けたからついつい楽しくなっていっぱい狩っちゃったけど今何匹位居る…百六十匹か。凄いなぁ。というかジュエルタートルって宝石を背中で作るんだね。何匹か捕まえて飼育してみようかな。まだ百匹は居た筈だし頑張ってみよう。とりあえず今はこの場を収めないと。

「えっと、お爺さんこっちに」

お爺さんに耳元でまだ何匹も居ることを伝える。なので一旦落ち着くようにしてもらった。静かに商人達の間でそれが伝えられると皆沈静化した。現金過ぎない?まあ商人だから良いかな。とりあえず貴族の…何国だっけ?の人に向かい合うと呟いた。

「自国に商人及び冒険者が来なくなっても良いなら献上してあげる。どうする?」

あっ、呟きじゃなくて割と響いた。静かになっちゃったから仕方無いね。貴族の男性は顔を真っ赤にしながらも何も言わずに去っていった。

「ふぅ……とりあえず売るにしても街中で明日でお願い。さっさと宿で寝たい」

私がそう言うと商人達は頷く。皆良い笑顔だったり良くやったって褒めたりと商人からの覚えは良くなったようだ。一貴族よりもこっちの方がよっぽど良い。私は気分良くなりながら街中にあった王味亭in宿屋に泊まった。王味亭幅広すぎない?

スイ「今更だけど微妙にゴリラの数が宝石…じゃない、亀に合ってない。やばい。後でゴリラ狩って来なきゃ」

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