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首狩りの少女(2)

 あら、来たの……。

 好きにしていくと良いわ。


 …………何よ?

 え? 元気が無い?


 ……そうよ。私、今、色々と余裕が無いの。だから、放っておいて。


 ……まだ何かあるの?


 何で、そんなに落ち込んでいるのかって?


 いいじゃないの。あんた達には関係ないでしょ。


 ……いいえ、あるのかもしれないわね。

 そうよね。共感因子を持っているんですものね。ある意味、貴方達も私と同じ。


 フフフ。そう考えると、滑稽よね。

 今まで馬鹿にしていた物が、実は私とあまり変わらない物だって、今更に気づかされるんだもの。


 はぁ……何でもないわよ。


 え? 欠片はどうしたって?

 ああ、そうね。そろそろ出来ているかもしれないわね。


 ……うん、あるわ。

 見るの?


 はいはい。じゃあ、見せるわよ。

 いってらっしゃい。


 ――――コネクト:揚羽の権限を使用 対象:アンノウン――――



 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 あれから、どの位の距離を走ったんだろう?

 何度も日が落ち、月が浮かび、それでも私は、当ても無く、走り続けた。


 昼は目立つから、なるべく木陰で休んだり、道々で調達した食料を食べたりして過ごす。

 そして、移動はもっぱら夜に。月明かりを頼りに、暗闇に紛れて、道なき道をひた進んだ。


 私は獣人だから、夜でもあまり問題にはならない。

 夜は、私の時間。


 雑多な匂いが、騒めく音が、僅かな光が、その全てを教えてくれる。


 だけど……それでも、私は、確実に少しずつ疲弊していった。

 目的地が無い旅って、こんなにも辛い物だと、初めて知ったんだ。


 終わりが見えない逃亡。


 愛しい人を守る為、私は、どこまで逃げればいいんだろう?

 ううん、どこまでも逃げるんだ。あいつらの手が届かない所まで。


 いつまで?

 いつまでもだ。あいつらに、愛しい人は渡さない。もう、離れたくない。


 胸元に抱えた、愛しい人に手を添える。

 その顔は眠っているかのように穏やかで、そして、同時に、変化もしなかった。


 あんなに楽しそうに笑っていらしたのに……。

 その笑顔も無い。


 少し困ったような、表情。

 今はそれを見る事も叶わないのが、辛い。


 泣いちゃだめだ。愛しい人……この人は、私の笑顔が好きだって言ってくれた。

 笑おう。辛い時でも、この人の為に、笑うんだ。


 胸に抱えた愛しい人の頭を、優しく撫でる。

 私の頭も、こうして、優しく撫でてくれた。


 心の底から、何か暖かい気持ちが湧き上がって来た。

 同時に、一抹の寂しさも、心を寒々と塗りつぶしたが、それでも、私は幸せだった。


 愛しい人の周りにいた仲間たちは、今は、皆いない。

 お母さんも、お爺ちゃんも、頼れる人は誰もいない。一人ぼっちだ。


 それを自覚させるかのように、夜の世界はどこまでも透明で、ただただ静かだった。

 それでも、だからこそ、私は、今、自由だった。


 そして、今、愛しい人は、私の物。


 その救い難い思いが、私の心を奮い立たせる。

 ――様、私は、駄目な子です。


 心で詫びながらも、独りよがりな想いを抱き、私は、今日も走り続けた。



 そんなある意味、幸せだった日々は、突然終わりを迎えた。

 血の匂いを嗅いだ私は、森の切れ目に音も無く移動する。

 私の進行方向、森が途切れたその先。


「だ、誰かぁ!!? た、助け……がひゅ。」


 あちこちで悲鳴が轟き、それが少しずつ消えて行く。


 目の前で無慈悲に行われている惨劇。

 けど、私には関係ない。私の目的は、愛しい人を守る事。いくら人族が死のうと……私には……。


 一瞬、宿屋で良くしてくれた女将さんの姿が脳裏に映った。

 筋骨隆々の男の人と、小柄だけど美しい女性が、笑っている。


 そっか。人族とか……獣人族とか……そんな事、関係ないのかもしれない。


 目の前で、無慈悲に切り捨てられていく人々を見て、私は、改めて愛しい人の言った事を、理解した。

 強い物が弱い物を虐げる。強さを求めた私だけれど、これは違うと、分かった。

 あの時、愛しい人のあの強大な力を目の当たりにしながら感じた、どこか寂しそうな雰囲気。

 それが、今、私の中にも確かにある。これは、空しさ? それとも悲しさ?


 まるで人を殺す為だけにあるような、蠢く人型の金属塊。

 いえ、これは、人族なの? そっか、鎧って言うものを着る人が居るって、昔お爺ちゃんが言っていた。

 じゃあ、これは金属の鎧を着こんだ人族なの? 何でこんな事しているんだろう?

 だけど、私の疑問に答える人はいない。ただ、その不快な行動を繰り返す者達がいるだけ。


 そんな鈍く光るその金属塊は、全部で5つ。


 ふと、不気味に動くその金属塊から目を逸らせば、森を横切る様に続く道の真ん中には、何かの箱型の構造物が、横たわっていた。

 私が見た事のある物より、装飾が派手であるけど、あれは、蜥蜴車と呼ばれる物だったかな?

 意識を向ければ、その箱型の内部に、微かに人の気配を感じる事が出来た。

 だけど、それはひっくり返っていて、動かす事は出来そうにない。

 輪っか状の物――確か車輪だったっけ?―― が、空を仰ぐように、ゆっくりと空しく回っている。


 周りには、咽返る様な血の匂い。


 既に金属塊の人以外に動ける人はいないようだ。


「……後は、中だ。……引きずり出せ。」


「はっ!」


 金属音が五月蠅く響き、木製の箱から、誰かが引きずり出された。

 それはまるで、どうでも良い荷物を頬り出すかのような、無造作な物だった。

 どうしようか? 本当は、私には関係の無い話だ。このまま去ってしまった方が良い。

 だけど……。5つの金属塊に囲まれた、幼子を見て、心が揺れる。


「わ、わらわを、だ、誰と、こ、心得る。」


 震えながらも気丈に口を開くその子は、年の頃まだ、7つか、8つと言う所だろうか。

 けど、そんな口上も、金属塊の男達は、無言で返した。

 いえ、ひと際大きい一人が、口を開く。その声は、金属板に隠されている為か、くぐもって聞こえた。


「勿論、良く知っておりますよ。第三皇女殿下。」


「そ、それを、知っていての……あ、ああああ!? ナタリー!! ガネーシャ!?」


 目の前で既にこと切れ、その体から血を出し切っている女性に目を向けた瞬間、その幼子は、狂ったように叫ぶ。


「ああああっー!? 酷い! 何故、なぜぇ!? こんな事をぉ!!」


 駆け寄ろうと……いえ、這いずるように人族の亡骸に近づこうとした幼子でしたが、それは蹴りと言う、至極単純で一方的な暴力によって中断させられた。

 その行動に、思いやりも、慈悲も、それ以上に、感情すら感じられない。ただ、邪魔だから蹴ったとでも言うかの様に、当たり前で、無機質な物だった。

 私は、その光景を見ながら、唇を噛む。


「それは……ご自身のその血と、皇帝陛下にお聞きになれば良いでしょうな。」


 その低い声を聞いた限りでは、男だろうか? 淡々と言葉を紡ぐその抑揚のなさが、この場の温度を下げる。


「ちち、うえに……。」


 消えそうな火のように、弱々しく響く声が、私の胸に刺さる。


「もっとも、あの世で聞いて頂く事になると思いますがね。」


 その言葉の意味を理解する事もできず、ただ、呆然と目を見開いで涙を流す幼子を見て、私はここを去る事が出来ずにいた。

 振りかぶられる鈍色の金属。

 お爺ちゃんの持っていた刀という物より武骨だけど、それでもあの子の命を奪うには十分すぎる代物だというのは見て分かる。


 それを信じられない様な面持ちで、ただ見上げる幼子。

 それらが帰結する所を、脳裏に描いた瞬間、私の心が一つの答えを出す。


 それは……駄目だよ!


 その瞬間、私は咄嗟に、飛び出していた。

 私の馬鹿! ――様をむざむざ危険な場所に連れ出すなんて!?

 そう思っても、一度、身体が動いてしまえば、後は、もうやるしかなかった。


 振り上げられた金属の腹を蹴り飛ばし、折る。

 その反動を使い一度地面へと着地。瞬時に、その金属を振り上げていた人族を思いっきり蹴り上げた。

 鈍いけれども、決して小さくない音が響く。


 まず一人。


 驚いたのだろう。横で身を引いた鎧の腹をすかさず、魔力を込めた掌底で、吹き飛ばす。


 二人。


 腰に手をかけようとした鎧の人族へと、地を蹴り肉薄すると、手前で軌道を変更して背後へと瞬時に回り込み、烈破衝を最小威力で打ち込む。

 鎧の人族は、そのまま、膝を折り崩れ落ちる。


 これで、三人。


 崩れ落ちた膝が地面につく前に、宙へと舞った私は、縦に回転すると、そのまま、踵蹴りを狼狽えている鎧の人族の後頭部へと打ち込む。


 四人。


 唯一口を開いていた鎧の人族が、


「きさっ……。」


 と、何かを口にする前に、横蹴りで問答無用で、吹っ飛ばす。


 これで五人。


 一応、手加減はしたから、死んで無いと思うけど、すぐには動けないはず。

 ざっと周りを見渡し、私は安全が確保されたことを確認すると、涙を目に溜めたまま、動かない幼子へと近寄った。


 この出会いが、私のこれからを大きく変えることになるとも知らないで。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 ふぅん。そっか。だから、この子、あんな事になっていたのね。

 ……こっちの話よ。


 え? 気になる事を言うなですって?

 しょうがないじゃない。元々、貴方達が、此処に来る方がおかしいのよ。

 これって不法侵入よ? 貴方たちの世界なら、あっという間に、警察行きよ。


 全く、これだから、困るのよね。

 お姉ちゃんも、お兄さんも、おかしいのよ。ええ、そうよ。私が普通なの。そうに決まってるわ。


 ……はぁ、空しいわ。


 え? なんで、ここの私は、こんなに饒舌なのかって?

 余計なお世話よ!


 けど、そうね。多分、これがベースの私だからじゃないかしらね。

 お兄さんと一緒だった時は、お兄さんの記憶に引きずられていたし。


 勿論、肉体なんて厄介な物があれば、その影響力は計り知れないわ。


 って……なんで、私、こんな事しゃべっているのよ!?


 ……ああ……私、寂しいのね。何となく今、話をしていて気付いちゃったわよ。

 はぁ、全く、どうしようもないわ。


 もう、開き直るけど、どうしたら良いと思う?

 お兄さんは、もう、止められないと思うし。けど、このままじゃ……。



 ……来ちゃったわ。



 もう駄目ね。

 タイムリミットよ。全部終わり。


 じゃあね、共感因子を持つ、不運な子達。


 さようなら。


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