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首狩りの少女(1)

 もう! 何でこんな事になってるのよ!


 ……あら、また来たの?


 けど、今は、駄目。

 ちょっと忙しいのよ。後にしてくれる?


 まったく、お兄さんもお兄さんだし……何で、ユグドラシルに接触しちゃうんだろ。

 しかも、上位権限とか、勝手に付与するし。もう、意味わからないわ。どうなってるのよ。

 お姉ちゃんも、好き勝手にするから、結局、システムもガタガタだし。

 まぁ、けど、あのいけ好かない馬鹿の作った物を壊してくれたのは、良かったわ。あれで負荷が減ったし。

 そういう意味では、お兄さんには感謝しないとね。


 ……あら? 何かしら、これ?


 変な領域に、記憶の欠片が……。

 おかしいわね。こんな所に、記憶が蓄積される訳無いのだけれど。


 え? 何? 見てみるの?


 まぁ、貴方達なら、見る事出来ると思うけど……そうね。

 見てみたら、どういう事か分かるかもしれないしね。

 いいわ。ちょっと力を貸してあげる。この記憶の持ち主の正体を探って頂戴ね。


 じゃあ、行くわよ?


 ――――コネクト:揚羽の権限を使用 対象:アンノウン――――



 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



「……大――夫。今日――ら、――も――と同じだ-ら。」


 だ……れ?


「一――に、――――を助けよ――ね。」


 ……ちゃん? な……に?


「そう、――れが好きって――気――ち。」


 これが……好き? ああ、暖かい……暖かいね。


「うん、――は、私――離――て、――に――るんだよ。」


 そっか。私……私になって良いの?


「――めて、よろ――くね? ――――。」


 うん、宜しくね。……ちゃん。



 けれど、心を分けてくれたその子は目の前で消えた。

 私の大事な人の目を見て、悲しそうに微笑んで消えた。


 私の心にも、その瞬間、大きな穴が開いた。

 底の見えない、大きな穴だ。どうしよう?

 折角もらった、気持ちが、心が、無くなっていく。

 嫌だな。好きって気持ちが、やっと馴染んで分って来たのに。


 好きって気持ちは凄い。


 私の大事な人を思うだけで、身体の芯から力が、想いが溢れて来る。

 何でもできる。そんな、気持ちが私を走らせてくれる。前へと、進ませてくれる。


 見ているだけじゃない。近付くんだ。私の大事な人。その隣に、立つために。


 けど、いつも心の片隅で思っていた。

 何で、私、見ているだけなんだろう?

 あの時も、今も、何でなんだろう?


 身体が動かない。

 あの男が言った一言で、私の身体は動く事を放棄した。

 ああ、私の大事な人が、泣いている。壊れて行く。

 何もできない。何て、私は無力なんだろう。


 嫌だな。見ているだけなんて、もう、嫌だな。

 私の大事な人を助けたいよ! 私も、何かしたい! もう、守られるだけなのは……嫌だよ。


 けどね、やっぱり、私の大事な人は凄かったんです。

 全部自分で、何とかしちゃった。

 綺麗な漆黒の翼が、赤い夜空を優雅に舞う。

 ああ、なんて、美しいんだろう。


 気が付いたら、私達の呪縛を解いて、動けるようにしてくれたんです。

 ちょっと困ったような、驚いたような表情を浮かべながら。

 そして、皆に逃げろって言いました。

 私の身体は、素直にその指示に従う。けど、心は異を唱えている。


 私は、また、見ていただけだった。嫌だな。嫌なだけじゃなくて、これって、何だろう?

 叫びたくなる。泣きたくなる。ジッとしていられない程、身体の芯から疼く。

 私の大事な人、この人に、並びたい。着いていきたい。そして、……愛したいし、愛されたい。


 だからかな? 跳躍が鈍った。

 私の大事な人を見つめながら、その様子を見ながら、少しずつ、足が勝手に遠ざかりながら、けど、目が離せなかった。


 けど……だからこそ、気づいたのかもしれない。異常に。


 禍々しい気配を放つ槍を持った女の子。

 そう、ずっと一緒だった、私の大事な人の愛しい子。

 その子に、私の大事な人が……刺された。


 何で? どうして!? 何でそんな事をするの?


 その光景を見て、そして、同時に思ったんだ。

 また、止められなかった。また、見ているだけだった。

 私の足は、それでも、止まらず、大事な人を置いて、距離を取ろうとする。

 彼がそれを、望んだから。だから、応えようとする。


 嫌だ。


 胸の奥が、しくしくと痛む。


 もう、嫌だ。


 心に空いた穴に、何かが湧き出す。それは、熱い想い。


 見てるだけなんて……もう、嫌だ!!


 その瞬間、私の身体は、私の物になった。

 反転。屋根を蹴って、来た道を戻る。

 今度こそ、私の大事な人を、守るんだ!


 近付く宿の屋上。

 そこに見えたのは……私の大事な人。

 だけど、変だ。頭が、ない? 槍に刺された胴体が崩れて……次の瞬間、身体もバラバラに切り刻まれて……腕が、足が……腰が、あぁぁあああああ!


 高笑いする男の横に、表情を無くした、空色の女の子。

 床に転がっているのは……私の大事な人だった、欠片。手も、足も、腰も、胸も綺麗にバラバラに転がっていて……その光景を見た瞬間、目の前が真っ赤になった。


 私は心で絶叫しながらも、そのまま飛び込む。

 そして、一番、持ちやすい欠片を胸に抱いて、全力で跳躍した。


 胸には、大事な人の頭。首から下が無いけど……それでも、私はあんな奴に、渡したくなかった。

 涙が出る。それでも、夢中で飛ぶ。

 市壁を超え、外に飛び出す。赤い世界を一人、ひた走る。

 なるべく、痕跡を残さないように、接地は最小限に。


 上空に浮いていた目が追って来るかと思ったけど、何もしてこなかった。

 女の子も、男も、追って来なかった。


 それでも、安心できない。

 私は、無我夢中で逃げ続けた。


 赤い荒野が徐々に緑の平原へと変わり、黄色い森が、徐々に緑の山地へと変化した。


 どれだけ走っただろう? どの位、飛んだのだろう?

 身体の限界だったのか、足がもつれる。


 ああ、大事な人の頭だけは守らないと!?

 そのまま、背中を強打しながら、転がる様に止まる。

 胸の中に抱えていた大事な人の頭を見る。

 良かった。怪我も無さそう。


 見ると、お辛そうな表情をしているけど……生きているように見えた。

 首筋から血は出ていないし、良く見ると、微かに呼吸をしているようにも見えた。


 不意に涙が込み上げて来た。辛い。けど嬉しい。

 良く分からないけど、相反する気持ちが混ぜこぜになって、私の心を突き動かす。

 暫く、そこで大事な人の頭を胸に抱え、静かに泣いていた。

 触ると、頬が暖かい。愛おしさが込み上げて、頬ずりをする。

 こんな姿になっても、この人は私の支えになってくれていた。

 うん、そうだ。こんな程度の事で、大事な人が死ぬはずがない。


 私が……私が、この方を守るんだ!

 今度こそ、私の全てをかけて、守るんだ!!


 だから、逃げなきゃ。

 人のいない所まで。あの男たちが、来れない所まで。


 私は、走り出す。

 山脈を超え、人のいない秘境を目指して。



 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 ……そうか。そういう事なのね。お姉ちゃん。


 え? 全然分からないですって?

 良いのよ、こちらの話よ。


 けど、貴方達なら、この記憶の持ち主、分かったんじゃないかしら?

 私でも、分かった位だから、簡単よね?


 え? 首? ああ、そうね。生きているわね。

 しかし、こうやってみると、お兄さんもしぶといわよね。

 まぁ、考えてみれば、それもそうかも。

 その位じゃないと、そもそも、この世界には来れないだろうし、何より生身でユグドラシルと接触して、生きてるってどんな化け物よ。


 全く……流石、お兄さんよね。……いえ、何でもないわ。


 ちょっと、口が軽くなっちゃったわね。

 忘れなさい。今の事は、綺麗さっぱり。良い?


 え? この記憶の持ち主はどうなったかって?

 うーん、その内、また欠片が出来るんじゃないの?


 けど、今は、そうね。あまり動きが無いかもしれないわね。

 なんせ、この子の大事な人の心は、私の手の中ですもの。


 ふふふ。気になる? だーめ。教えてあげない。


 ふぅ……このまま、ずーっと、私の中にいてくれたら良いんだけどね。


 ……けど、駄目ね。流石は、お兄さんだわ。徐々に、取り戻してる。

 もうそろそろ限界かもしれないわね。

 全く……なんで、お姉ちゃんの方が良いのかしら。胸なの? 胸なのかしら?


 ……ああ、もう、何でもないわよ!!今のも忘れて!


 え? なんだか、前と雰囲気が違うですって?

 そうね。だとしたら、お兄さんのせいなんじゃないかしら?

 その内、嫌でもわかるわよ。……私の醜態と共にね。


 ああ! もう! 考えてみたら、どんな羞恥プレイよ!

 あの記憶、全部消したいわ。消しても良いかしら? 

 はぁ……分ってるわよ。それに、どうせ消せないわよ。

 あれだけ、システムに食い込まれたら、手が出せないもの。


 それは兎も角、事態が動いたら……その時、この子の記憶も成長するかもね。

 それまでは、暫くお別れね。


 じゃあね、共感因子を持つ優しい子達。


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