首狩りの少女(1)
もう! 何でこんな事になってるのよ!
……あら、また来たの?
けど、今は、駄目。
ちょっと忙しいのよ。後にしてくれる?
まったく、お兄さんもお兄さんだし……何で、ユグドラシルに接触しちゃうんだろ。
しかも、上位権限とか、勝手に付与するし。もう、意味わからないわ。どうなってるのよ。
お姉ちゃんも、好き勝手にするから、結局、システムもガタガタだし。
まぁ、けど、あのいけ好かない馬鹿の作った物を壊してくれたのは、良かったわ。あれで負荷が減ったし。
そういう意味では、お兄さんには感謝しないとね。
……あら? 何かしら、これ?
変な領域に、記憶の欠片が……。
おかしいわね。こんな所に、記憶が蓄積される訳無いのだけれど。
え? 何? 見てみるの?
まぁ、貴方達なら、見る事出来ると思うけど……そうね。
見てみたら、どういう事か分かるかもしれないしね。
いいわ。ちょっと力を貸してあげる。この記憶の持ち主の正体を探って頂戴ね。
じゃあ、行くわよ?
――――コネクト:揚羽の権限を使用 対象:アンノウン――――
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「……大――夫。今日――ら、――も――と同じだ-ら。」
だ……れ?
「一――に、――――を助けよ――ね。」
……ちゃん? な……に?
「そう、――れが好きって――気――ち。」
これが……好き? ああ、暖かい……暖かいね。
「うん、――は、私――離――て、――に――るんだよ。」
そっか。私……私になって良いの?
「――めて、よろ――くね? ――――。」
うん、宜しくね。……ちゃん。
けれど、心を分けてくれたその子は目の前で消えた。
私の大事な人の目を見て、悲しそうに微笑んで消えた。
私の心にも、その瞬間、大きな穴が開いた。
底の見えない、大きな穴だ。どうしよう?
折角もらった、気持ちが、心が、無くなっていく。
嫌だな。好きって気持ちが、やっと馴染んで分って来たのに。
好きって気持ちは凄い。
私の大事な人を思うだけで、身体の芯から力が、想いが溢れて来る。
何でもできる。そんな、気持ちが私を走らせてくれる。前へと、進ませてくれる。
見ているだけじゃない。近付くんだ。私の大事な人。その隣に、立つために。
けど、いつも心の片隅で思っていた。
何で、私、見ているだけなんだろう?
あの時も、今も、何でなんだろう?
身体が動かない。
あの男が言った一言で、私の身体は動く事を放棄した。
ああ、私の大事な人が、泣いている。壊れて行く。
何もできない。何て、私は無力なんだろう。
嫌だな。見ているだけなんて、もう、嫌だな。
私の大事な人を助けたいよ! 私も、何かしたい! もう、守られるだけなのは……嫌だよ。
けどね、やっぱり、私の大事な人は凄かったんです。
全部自分で、何とかしちゃった。
綺麗な漆黒の翼が、赤い夜空を優雅に舞う。
ああ、なんて、美しいんだろう。
気が付いたら、私達の呪縛を解いて、動けるようにしてくれたんです。
ちょっと困ったような、驚いたような表情を浮かべながら。
そして、皆に逃げろって言いました。
私の身体は、素直にその指示に従う。けど、心は異を唱えている。
私は、また、見ていただけだった。嫌だな。嫌なだけじゃなくて、これって、何だろう?
叫びたくなる。泣きたくなる。ジッとしていられない程、身体の芯から疼く。
私の大事な人、この人に、並びたい。着いていきたい。そして、……愛したいし、愛されたい。
だからかな? 跳躍が鈍った。
私の大事な人を見つめながら、その様子を見ながら、少しずつ、足が勝手に遠ざかりながら、けど、目が離せなかった。
けど……だからこそ、気づいたのかもしれない。異常に。
禍々しい気配を放つ槍を持った女の子。
そう、ずっと一緒だった、私の大事な人の愛しい子。
その子に、私の大事な人が……刺された。
何で? どうして!? 何でそんな事をするの?
その光景を見て、そして、同時に思ったんだ。
また、止められなかった。また、見ているだけだった。
私の足は、それでも、止まらず、大事な人を置いて、距離を取ろうとする。
彼がそれを、望んだから。だから、応えようとする。
嫌だ。
胸の奥が、しくしくと痛む。
もう、嫌だ。
心に空いた穴に、何かが湧き出す。それは、熱い想い。
見てるだけなんて……もう、嫌だ!!
その瞬間、私の身体は、私の物になった。
反転。屋根を蹴って、来た道を戻る。
今度こそ、私の大事な人を、守るんだ!
近付く宿の屋上。
そこに見えたのは……私の大事な人。
だけど、変だ。頭が、ない? 槍に刺された胴体が崩れて……次の瞬間、身体もバラバラに切り刻まれて……腕が、足が……腰が、あぁぁあああああ!
高笑いする男の横に、表情を無くした、空色の女の子。
床に転がっているのは……私の大事な人だった、欠片。手も、足も、腰も、胸も綺麗にバラバラに転がっていて……その光景を見た瞬間、目の前が真っ赤になった。
私は心で絶叫しながらも、そのまま飛び込む。
そして、一番、持ちやすい欠片を胸に抱いて、全力で跳躍した。
胸には、大事な人の頭。首から下が無いけど……それでも、私はあんな奴に、渡したくなかった。
涙が出る。それでも、夢中で飛ぶ。
市壁を超え、外に飛び出す。赤い世界を一人、ひた走る。
なるべく、痕跡を残さないように、接地は最小限に。
上空に浮いていた目が追って来るかと思ったけど、何もしてこなかった。
女の子も、男も、追って来なかった。
それでも、安心できない。
私は、無我夢中で逃げ続けた。
赤い荒野が徐々に緑の平原へと変わり、黄色い森が、徐々に緑の山地へと変化した。
どれだけ走っただろう? どの位、飛んだのだろう?
身体の限界だったのか、足がもつれる。
ああ、大事な人の頭だけは守らないと!?
そのまま、背中を強打しながら、転がる様に止まる。
胸の中に抱えていた大事な人の頭を見る。
良かった。怪我も無さそう。
見ると、お辛そうな表情をしているけど……生きているように見えた。
首筋から血は出ていないし、良く見ると、微かに呼吸をしているようにも見えた。
不意に涙が込み上げて来た。辛い。けど嬉しい。
良く分からないけど、相反する気持ちが混ぜこぜになって、私の心を突き動かす。
暫く、そこで大事な人の頭を胸に抱え、静かに泣いていた。
触ると、頬が暖かい。愛おしさが込み上げて、頬ずりをする。
こんな姿になっても、この人は私の支えになってくれていた。
うん、そうだ。こんな程度の事で、大事な人が死ぬはずがない。
私が……私が、この方を守るんだ!
今度こそ、私の全てをかけて、守るんだ!!
だから、逃げなきゃ。
人のいない所まで。あの男たちが、来れない所まで。
私は、走り出す。
山脈を超え、人のいない秘境を目指して。
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……そうか。そういう事なのね。お姉ちゃん。
え? 全然分からないですって?
良いのよ、こちらの話よ。
けど、貴方達なら、この記憶の持ち主、分かったんじゃないかしら?
私でも、分かった位だから、簡単よね?
え? 首? ああ、そうね。生きているわね。
しかし、こうやってみると、お兄さんもしぶといわよね。
まぁ、考えてみれば、それもそうかも。
その位じゃないと、そもそも、この世界には来れないだろうし、何より生身でユグドラシルと接触して、生きてるってどんな化け物よ。
全く……流石、お兄さんよね。……いえ、何でもないわ。
ちょっと、口が軽くなっちゃったわね。
忘れなさい。今の事は、綺麗さっぱり。良い?
え? この記憶の持ち主はどうなったかって?
うーん、その内、また欠片が出来るんじゃないの?
けど、今は、そうね。あまり動きが無いかもしれないわね。
なんせ、この子の大事な人の心は、私の手の中ですもの。
ふふふ。気になる? だーめ。教えてあげない。
ふぅ……このまま、ずーっと、私の中にいてくれたら良いんだけどね。
……けど、駄目ね。流石は、お兄さんだわ。徐々に、取り戻してる。
もうそろそろ限界かもしれないわね。
全く……なんで、お姉ちゃんの方が良いのかしら。胸なの? 胸なのかしら?
……ああ、もう、何でもないわよ!!今のも忘れて!
え? なんだか、前と雰囲気が違うですって?
そうね。だとしたら、お兄さんのせいなんじゃないかしら?
その内、嫌でもわかるわよ。……私の醜態と共にね。
ああ! もう! 考えてみたら、どんな羞恥プレイよ!
あの記憶、全部消したいわ。消しても良いかしら?
はぁ……分ってるわよ。それに、どうせ消せないわよ。
あれだけ、システムに食い込まれたら、手が出せないもの。
それは兎も角、事態が動いたら……その時、この子の記憶も成長するかもね。
それまでは、暫くお別れね。
じゃあね、共感因子を持つ優しい子達。