幕間:取り憑かれちゃってる
「へえ……だから、あの町には歌う竜の話があるんだ」
ぱちぱちと燃え盛る焚火にぱきりと折った小枝を焼べながら、僕が少し大袈裟に驚いてみせると、彼は目を細めて頷いた。
それにしても、実際に歌声と共に竜が舞い飛んだなんて、あの町の人たちは誰も知らないんじゃないだろうか。
「町にそんな話が伝わっているというのを知って、面白いものだと思ったよ」
今まさにその話をしてくれた彼も、目を細めたまま感心したように言う。久しぶりに訪れた町で“歌う竜”の話を聞き、とても驚いたのだそうだ。
「まあ、めったに見られないものを見たら、語り継ぎたくなるものだからね。その光景、僕も見たかったな」
くすくすと笑う僕に、彼は笑むように口角を上げた。
──竜が歌う。
いや、今の話なら、実際に歌ったのはその姫君のほうだろう。竜が歌ったように見えただけで。
けれど、確かに“歌竜”と呼ばれる竜がいるという噂を聞いたことはある。実際にいるのかどうかも不明だし、もちろん実際に竜が歌ったなんて話も聞いたことはないのだけど。
「あ、そうそう、今、あの町がなんて呼ばれてるか知ってる? “歌う竜の町”だよ? 一度きりだったのに名前にまでなっちゃうなんて、みんなよっぽどびっくりしたんだろうね。ほんとうにすごいよ。
僕はてっきり、噂でしか聞いたことのない“歌竜”がいたから、そんな名前が付いたのかと思っていたんだけどね。
けどもしかしたら、その“歌竜”のことも、“歌う竜”の話が一人歩きした結果なのかもしれないね」
ひとしきり笑ってから、僕はこほんとひとつ咳払いをした。
もう一本薪を焼べて、少し火を掻き回す。
「しかし、本当にすごい偶然だったんだね、姫と護り竜と老詩人の出会いは。神の采配と言ってもいいくらいじゃないかな。なかなかないことだよ」
あまりにできすぎた話は、にわかには信じ難い。けれど、事実は時として想像を超えることをやってのけるものだ。
「私もそう思うよ。ああも偶然が重なるとは、もはや運命だったとしか思えない」
厳かな顔でもっともらしく言う彼も、たぶん同じ気持ちなんだろう。
運命の女神は、意外と気の利いたことをするものなのだ。
「何かひとつ欠けただけで、今がすべて無くなってしまうんだから、まったくだね。僕も姫の強運と出会いにあやかりたいよ」
腕を組み感心する僕を見下ろしながら、彼は何かを思い出したかのようにくすりと笑った。
「それにしてもさ。姫君のメンタルは、アダマンタイト並の頑丈さに、ミスリル並のしなやかさを持ってるとしか思えないね。ほんとうにただの深窓の姫だったのかな」
首を傾げ、どう育つとそんな環境でそんな姫君になるのだろうと不思議がる僕に、彼はわずかに目を瞠り、それからくつくつと笑う。
「僕なら、そんな育ち方してたらとても前向きになんてなれないと思うんだよね。
ああ……でも、なんとなくわかったからいいか」
ふと思いついたように呟く僕に、今度は彼が首を傾げる。
「わかったとは?」
「んん……姫の気持ち。僕も、なんというか、ある意味取り憑かれちゃったほうだしね。
──歌と物語に」
肩を竦める僕に、彼はまた笑った。
「取り憑かれた……なるほど。言い得て妙だ。なるほどな」
「でしょう?」
またくすくす笑う僕の言葉を受けて、彼も得心がいったというように、何度も何度もなるほどと頷いて笑っていた。