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姫と竜  作者: 銀月
1.姫と竜

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詩人は何をする人ぞ

 翌日、シェイファラルが宿の主人に部屋を変えたいと交渉している間に、さっそくエイシャは、老詩人ヨエルに詩人の弟子にして欲しいと押しかけていた。


「わたし、詩人になってシェイに護衛してもらいながら、旅をしたいの」

「それはそれは……」

 ヨエルは何か微笑ましい子供を見るように、目を細める。

「だからおねがい、わたしをヨエル様の弟子にして、詩人の技を教えてもらえないかしら」

 拝むような格好のエイシャに、ヨエルはくつくつと笑った。

「楽器や歌を教えるのは構わないよ。お嬢さんのようないい声の者に、わたしの歌を継いでもらえるのは、とても嬉しいことだ」

「ほんとう!?」

「ああ、だが、詩人となると別だね」

「まあ!」

 目を丸くするエイシャに、またヨエルは笑う。


「お嬢さんは、吟遊詩人と呼ばれる者が何をする者か、知っているかい?」

「ええと、各地を旅していろんな物語や歌や話を聞いて、それをまた人に歌ったり語ったりする者よね」

 ヨエルはにっこりと笑って、首を振る。

「それなら、楽人や旅芸人たちがいる。語り部だってそうだ。彼らと吟遊詩人は何が違う?」

「……まあ、ほんとうね!」

 驚いた顔で首を傾げるエイシャに、またヨエルは笑う。

「そうだね、お嬢さんにそれがわかったら、弟子にしてもいい」

「まあ! まあ! なら、わたしがんばるわ。きっとヨエル様の弟子にしてもらうから、待っててね!

 でも、それまでは楽器と歌も教えてね?」

 ちゃっかりとお願いするエイシャに、ヨエルはくくっと肩を震わせて、「わかった、約束しよう」と頷いた。




「エイシャ様、あまりヨエル殿に無理を言ってはいけませんよ」

「大丈夫よ。無理なんて言わないわ」

 シェイファラルは本当だろうかと考えながら、荷物……といっても、たいしたものはないのだが、それを持って新しく用意された部屋へと、エイシャとともに移った。

風呂付きということで、昨晩泊まった部屋とは広さも設備も雲泥の差だ。

「まあ、広いのね。でも、こんなお部屋でお金は大丈夫?」

「昨日売った耳飾りの代金で、この部屋に10年は泊まれる計算です」

「まあ!」

 部屋が安いのか耳飾りが高いのかはよくわからなかったが、10日も泊まれればいいくらいだと考えていたエイシャは目を丸くして驚いた。

「すごいわ。わたしたち、意外にお金持ちだったのかしら」

「……エイシャ様、残りの装身具や耳飾りを売ったお金のことを、他で話さないようにしてくださいね」

「わかったわ。泥棒に狙われてしまうものね」

「はい」


 にっこり微笑むエイシャに、一抹の不安が拭えない。服は平民が日常着るようなものに変えたが、滲み出る育ちの良さはなかなか隠せないものなのだ。

 所作の美しさも彼女がかなり良い家の出であることを示しているし、これではずっと気を抜けないだろうと、シェイファラルは考える。


「今後のことを考えて私の鎧を誂えようと思うのですけど、よろしいですか?」

「え? お前、鎧を付けても大丈夫なの? すごく重たくて動きづらいのよ?」

 驚くエイシャに、シェイファラルは笑う。

「町中で何かあったときに、竜に戻るわけにはいきませんからね」

「まあ! そういえば、いつの間にか剣を下げてるわね。剣も使えるの?」

「昔訓練を受けたことがあります」

「竜も剣を習うの?」

 シェイファラルの腰の剣をじっと見て、不思議そうに首を傾げる。

「人型で戦えたほうがいいこともありますから、学ぶ者は多いですよ」

「すごい、初めて知ったわ。そうしていると本当に騎士みたい」

 エイシャもくすくすと嬉しそうに笑った。


「……そうだわ。シェイ、あなたはわたしの護衛騎士ってことにしましょうよ」

「え?」

「それがいいわ、わたし、自分だけの騎士って憧れだったの!」

 ぱちぱちと手を叩いて喜ぶエイシャに、シェイファラルは仕方ないなと肩を竦める。

「エイシャ様が望むなら。けど、私は正式な騎士として訓練を受けたわけではないですからね」

「大丈夫よ。だって、シェイだもの」

 にっこり笑って肯定するエイシャに、シェイファラルは眉をあげてみせる。

「エイシャ様の“大丈夫”は、いったいどこから出てくるんですか」

「あら、大丈夫かどうか悩むくらいなら、大丈夫って思っていたほうがうまくいくようになるのよ。自信はひとを強くするって、物語でもよく語られてるじゃないの」

 当然のようににこにこ笑って答えるエイシャに半分呆れて、残りの半分は感心して、シェイファラルは苦笑した。

「エイシャ様が詩人になるのは、あながち間違いじゃないのではと思えてきましたよ。エイシャ様に言われると、なんだかその気になってきますね」

「あら、本当?

 ……あのね、シェイ。わたし、実はヨエル様に“詩人は何をする者か”って訊かれたのだけど、よくわからないの。歌や物語を披露するだけなら楽人や語り部がいるのに、なぜ詩人なのかって」

「何をする者か、ですか」

 シェイファラルも首を捻る。楽人や語り部と詩人の違いなんて、考えたこともない。

「でもね、それがわかったら弟子にしてもらえるのよ。だからわたし、一生懸命考えてみるわ」

「なら、それはエイシャ様が自分で考えたほうがよさそうですね」

「ええ、そうね。わたしがんばるわ。ちゃんと答えを見つけて、ヨエル様の弟子にしてもらうんだから。

 ゆくゆくは、吟遊詩人エイシャと護衛騎士シェイで旅をして、いろんなところへ行くのよ。楽しみだわ」

 詩人になったらどこへ行こうかと、あれこれ嬉しそうに語るエイシャを眺めつつ、シェイファラルは、まあ、それもいいかもしれないと考えた。




 昼間は市場広場へと出向き、当面必要なものを取り揃えた。旅をするにもここに留まるにも、荷物がなさ過ぎてかなり不便だったのだ。

 市場広場の露店や店舗に並ぶものはどれもこれもエイシャの目には珍しく、ひとつひとつの店に立ち寄ってはあれこれと商品を見たがるので、あっという間に時間が過ぎていった。


 それでも必要と思えるものをひととおり買い終えて、いったん宿へ戻ろうかという道で。


「まあ、かわいい」

「お嬢さんいらっしゃい。ずいぶんと綺麗な髪だね。お嬢さんの黒髪なら、この色が映えるんじゃないかな」

 銀細工に色とりどりの色石を飾った髪留めは、もちろん、もともとエイシャが持っていたものよりもずいぶんと安価なものだった。だが、エイシャの目にはどれもこれも凝った繊細な細工の素晴らしいものに見えた。

「どれも素敵ね」

 立ち止まってうっとり眺めるエイシャに気づいて、簡単に編んで紐で結わえただけの今の髪がシェイファラルの目に入る。

「……エイシャ様、せっかくですし、ひとつ買っていきますか?」

「え、いいの? 贅沢じゃない?」

「大丈夫ですよ。気に入ったのでしょう?」

「ほんとう?」

 どうしよう、迷っちゃうわと言いながら、エイシャは嬉しそうにあれこれと選び出す。これまでエイシャは文句らしいことなど何ひとつ言わなかったが、もしかしたらずいぶんと我慢をしているのかもしれないと、ふと考えた。


 何と言っても、ついこの前まで王族の姫君として、何不自由なく贅沢に暮らしていたはずなのだ。こんな市井の暮らしなど、粗末なものばかりに囲まれて、初めてのことばかりで、思う通りにならないことも多いのに、よく付いてきている。


「ねえ、シェイ。これ、どっちがいいと思う?」

「……こちらなら、目の色にも合いますね」

 紫の色石を使ったものを指さすと、エイシャもやっぱりそう思う? と笑った。

「これにするわ」

「まいど! 銀貨8枚だ」

 支払いを終えると包みを大事そうに抱えて、エイシャは「シェイ、ありがとう」と微笑んだ。

「私のお金ではなく、もとはエイシャ様の耳飾りですよ」

「だって、シェイがいなかったら、買っても大丈夫なのかどうかもわからなかったわ」

 もじもじと述べるエイシャは、こういうところが姫君らしくないと思う。

「すぐに覚えられますよ」

「そうかしら」

 エイシャは自信がないわと眉尻を下げる。

「今すぐはともかく、しばらく暮らせば慣れますよ。金銭の価値がよくわからないのでしたら、出納(すいとう)を付けてみますか?」

「すいとう?」

 聞きなれない言葉に、エイシャはきょとんとする。

「毎日、何にどれだけのお金を払ったか、紙に記していくんです。商家などでは必ずやっていることですよ」

「まあ、それは良さそうね。わたし、やってみようかしら」

「では、それはエイシャ様の役目ということにしましょうか」

「任せてちょうだい!」

 すいとう、がんばるわと張り切るエイシャは、足取り軽く宿へと帰っていった。




「シェイ、シェイ」

「どうしましたか?」

 宿に戻るなり、さっそく髪留めを使って髪を纏めようと悪戦苦闘していたエイシャは、とうとう諦めてシェイファラルを呼んだ。

「ねえ、どうしてもうまく留められないの。どうすればいいの?」

「貸してください。私がやりますから」

 泣きそうな顔でしょんぼりと項垂れるエイシャの姿に、シェイファラルは苦笑する。こんなことでそこまで落ち込むことなどないのに。

「……わたし、ちゃんと練習して、自分でできるようになるわ」

「このくらい、私がいつでもやりますよ」

「……こんなこともできないのかって、呆れたりしない?」

 涙目で見上げるエイシャに、シェイファラルはどきりとして、それから、ふっと笑った。

「何を怖がっているんですか。呆れたりなんてしませんよ」

「ほんとう? 呆れていなくなったりしない?」

 シェイファラルはエイシャの言葉に瞠目した。いったい、何を恐れているのかと。

「しませんよ。私を何だと思っているんですか。ずっと一緒にいますよ」

「……よかった」

 ほう、と安心したように息を吐き、にっこり微笑むエイシャにシェイファラルはまたどきりとする。いったい彼女は何を心配しているのか。

「……今度、編み込みも覚えておきましょうか」

「え?」

「あの店員の結い上げた髪を、じっと見ていたじゃないですか」

「そ、そんなこと、ないわ」

 赤くなって目を逸らすエイシャにくすりと笑って、さらりと髪を撫でる。

「せっかくのきれいな髪なんですから、きちんと結ったほうが良いですしね。少し練習台になってもらうかもしれませんが、近いうちにちゃんと覚えますから、待っていてください」

 目を逸らしたまま、エイシャは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「ほんとうは、自分でやってみようと思ったんだけど、どうしてもできなかったの。シェイがやってくれるなら安心ね」

「はい。ですから、何もかも自分でなんて、考えなくてもいいんですよ」

「……でも、それじゃシェイが大変よ」

 また不安げに瞳を揺らすエイシャに、まったくこの人は、と思う。

「大丈夫です」

 髪を一房取って眺めて、それからシェイファラルは背中からエイシャを抱きしめた。

「私はエイシャ様の護り竜ですよ。それに、エイシャ様が任じた護衛騎士なんですから、そのくらいどうってことありませんよ。

 ちゃんとエイシャ様のそばにいますし、エイシャ様の面倒くらい見てあげます。心配しないでください」

 エイシャは嬉しそうに微笑んで、こくりと頷いた。


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