詩人と子供
「それから、姫と竜はどうなったの?」
「もちろん、末長く幸せに暮らしたんだよ」
ぽろんぽろんと艶やかなリュートを奏でながら、その若い詩人はにっこりと笑った。
彼を取り囲む数人の子供が、ぱちぱちと手を叩く。
「ねえ、歌姫はその国の女王様になったの?」
「そう。竜はその傍らで、彼女をずーっと支えたんだ」
「でも、それなら王様は? 世継ぎはどうしたの?」
王様なら、世継ぎがいないと困るんじゃないか。
首を傾げる子供にくすりと笑って、詩人はまるで内緒の話でもするように小さく囁いた。
「だから、その国の王族は竜の血を引くと言われているんだ。竜はその国で、“偉大なる父祖の竜”とも呼ばれてる」
子供はあっけに取られ、目をまん丸に見開いて驚きの声を上げる。
「……竜の血筋なら、みんな長生きなんだろうね」
「うん、最初はそうだったんだ。まるで妖精みたいに人間の何倍も生きたらしい。けれど、竜の血はだんだんと薄まってしまうから、今じゃ普通の人間と全然変わりがないというよ」
そういうものなんだ、と子供は感慨深げに頷く。
すごいなあ、竜の子孫だなんて、と呟く子供もいる。
「……あ、でも、その竜は? 姫は人間だから、竜より先に死んじゃうんじゃないの? 竜はそれからどうしているの?」
「彼は姫の護り竜だからね。姫亡き後もずっと姫の眠りを護りながら、まだ生きているんだ。
そうは言っても、もう相当なお爺ちゃん竜なんだけど」
「ふうん?」
「今では、竜が眠る姫に物語を語っているんだよ。たぶん、寿命が尽きる頃には、竜は護り竜から姫の眠る場所の守護者へと変わるんだろうね」
くつくつと笑って、詩人はそのようすを奏でる。
低く朗々と、竜が姫に向かって物語を語るさまを。
寿命の尽きた竜が大地に融け、その地の守護者へと変わるさまを。
そして、守護者となった竜に歌姫が再び寄り添うさまを。
……そう、歌姫は待っている。
あの森の泉の、彼女の守護竜が寝そべるあの場所のすぐそばで、また彼に会える日を。
その日が来たら、きっと彼女は溢れる愛情を歌声に変えて彼を迎えるのだろう。竜はあの美しい翠玉の目に喜びを湛え、彼女にまたそっと寄り添い、その名を愛しげに囁くのだ。
そして、あの小さな古い森をふたりで護っていくのだ。
「……ところで、お兄さんはどうしてそんなことまで知ってるの?」
「僕?」
詩人は、どうしようかと考えるように、いたずらっぽく首を傾げた。
「その竜に聞いたから」
「え?」
「僕の知る物語を教える代わりに、竜の物語を教えてもらったんだ」
「お兄さん、竜に会ったの?」
目を丸くする子供に、詩人は「羨ましいだろ?」とくすくす笑った。
「僕の家に先祖代々伝わってる、僕の家の興った場所があるんだ。だからちょっとおもしろそうだなと思ってそこを訪ねてみたら、運良く竜に会えたのさ」
「ええ? ほんとうに?」
詩人は夜を映したような黒髪を揺らして小さく首を傾げると、そのすこし垂れた翠玉の目を細めてにっこりと笑う。
「僕は強運な家系に生まれてるからね」
詩人はぽろぽろとリュートを掻き鳴らす。
古い古い意匠の、艶やかに磨き上げたリュートを。
それから、また子供達に笑って尋ねた。
「さ、君たち、次はどんな話が聞きたい?」
この世界全体を襲った“大災害”と呼ばれる、世界のあり方が変わるほどの大きな災いによって、その王国はずいぶんと前に地図の上から消えてしまった。
国の半分は亀裂とともに地の底へと沈み、残りの半分は頻繁に魔法嵐に襲われるようになり果て、今ではとても人の住める土地ではなくなってしまったのだ。
生き残った国の民は皆、今ではあちこちに散り、バラバラに生きている。そのうち、その国の民だったことも忘れられてしまうだろう。
王族も例外ではない。かつてはかの国の王の一族だった……とわざわざ伝えることもしていない。
知っている者は、もう僅かだ。
ただ、彼らの父祖の地を知るだけで、その身にわずかながらの竜の血が流れていることを知る者もほとんどいない。
いつかそのうち、何もかも忘れて、ただその身を流れる血だけを伝えていくようになるんだろう。
けれど、たぶん、これで良かったのだ。
歌姫と竜は、晩年、その身を“王”という不自由な暮らしに置いた。だが、その末裔は再び自由を得て、気ままな暮らしを送れるようになったのだ――
そう考えれば、現状はさほど悪くない。
吟遊詩人は夕暮れの朱と藍に染まる空を仰ぎ、ふんわりと微笑んだ。





