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姫と竜  作者: 銀月
3.歌姫エイシャと守護竜シェイファラル

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19/24

英雄を堕とす声

 だんだんと自分の今を把握できて、落ち着きが戻ってくる。

 エイシャは数度深呼吸をして、出られないなら出られないでも、何かわかることはないかと目と耳を凝らすことにした。

 シェイファラルはきっと来てくれる。だからその時に、少しでも彼の助けとなれるように。


 ──それにしても。


 おそらく、エイシャの入っている“魂の檻”は、アーロンが持ち歩いているのだろう。

 だから、かすかに見えるもの、聞こえてくるものは王宮内のようすなのだろうが……王宮はこんなところだったろうか?

 離宮暮らしで本館へはほとんど来たことがない。だから、よく知っているわけでもない。

 しかし、それにしてもこれまでの旅暮らしで訪れた地方領主の城のほうが、よほど賑やかではなかったか。使用人の姿はあまり見かけず、文官や武官も最低限のように思える。むしろ、この数で本当に政務が回るのだろうか。

 ……アーロンは、本当に国を治めているのか?


 ここへ来るまでに、聖騎士たちが教えてくれた噂や情報を思い出す。

 税の上昇、荒れた街道に町、腐敗した役人……どれもこれも、アーロンがろくに国を治めていないことを示していた。アーロンが故意に荒らしているわけではないのだろう。ただ何もしていないだけだ。

 王が何もしないから、国に手が回らない。


 ……アーロンは、国をどうしたいというのか。


 時折嘆願書らしき書類が運ばれてくるが、アーロンはろくに目を通しもしない。よく目を凝らせば、執務室の片隅には、そんな書類の積み上がった箱がいくつも置かれているようだ。

 エイシャは眉を顰め唇を噛み締める。

 王宮がこんな様子では、町はいったいどうなっているのだろう。


『ならば、お前が王になればいい』


 いきなり何者かの囁きが聞こえて、エイシャはがばりと顔を上げた。いったい今の声はなんだ?


『お前が王になれば、国民を救えるのではないか?』


 ……ぞっとする声だった。地の底から響くような、人ならぬものの声。

 あれは、ひとを蠱惑し、道を誤らせるものの声だ。


 エイシャは自分の身体を抱き締めて、ぶるりと震える。

 あの声を聞いてはいけない。

 絶対に、耳を貸してはいけない。

 シェイファラル、わたしを支えて。

 エイシャはじっと祈る。




「では、お前たちならあの竜を倒せると?」

「はい、陛下」


 王の御前に跪き、聖騎士アルヴィーンは(こうべ)を垂れる。


「幸い、竜の行き先は突き止めてあります。今すぐに向かえば、姫の身も損なわずに済むでしょう。我が神の名と私の名誉にかけて、必ずや姫を取り返して参ります」

「……では、任せよう。無事、任を果たし、姫の身柄を取り返して来た時には十分な褒美を約束する」

「ありがとうございます。それでは、直ちに向かいます」


 竜退治を申し出た聖騎士アルヴィーンたちは立ち上がると、王に礼を送り踵を返す。

 出口へと向かいながら、アルヴィーンには、この謁見の間の空気がひどく重く澱んで、とても息苦しいものに感じられていた。

 魔術や神術の訓練を簡単にしか受けていないアルヴィーンがそうなのだから、司祭のクラウスや魔術師のエリクはもっと何かを感じているのではないか?


 ようやく王宮を出てひと息吐くと、エリクが感心したように「すごいですね」と呟いた。

「どうだ? 私には、どうにも良くないものが潜んでいるとしか思えなかったのだが」

「アルヴィーンの感じたことに間違いないだろうね。エリクにも感じられたくらいだ」

 アルヴィーンの言葉に、ちらりと後ろを振り返りながらクラウスがぽそりと呟く。

「何も準備せずに行ったことが悔やまれますね。せいぜいがとこ、そこら中にうっすら魔力の気配があることくらいしかわかりませんでした。魔術の痕跡でもないのに、私の目に“見える”ほどですから、おそらく魔法的な存在がいるのでしょうね。例えば……」

悪魔(デヴィル)とか?」

 エリクの言葉を継いで、オスモがにやっと笑う。

「魔術なんか全然だから、俺にはわからなかったけどね。でも、なんかいやーな気配があるなってのは感じたよ。ちょっと前に遭った地獄界から来た魔物が、たしかあんな気配だったろ?」

悪魔(デヴィル)か……」


 アルヴィーンはじっと考える。可能性があるなら、ひとつずつ潰したほうがいい。


「……もう日暮れだな。

 王にはああ言ったが、竜殿のところへは、明日、夜が明けてから行くことにしよう。今夜は別なところを確認したい」

「別なところ?」

 クラウスが眉を上げる。すぐにでも歌姫を助けに行かなくていいのかというようにじっと見られて、アルヴィーンは肩を竦めた。

「歌姫殿と竜殿は、甥であるトルスティ殿下の身も案じていただろう。今夜のうちに、殿下の所在と今の様子を探っておきたいんだ」

「……簡単に言うけどさ、アルヴィーン、それってひょっとしなくても俺の仕事だよね?」

「もちろんだ、オスモ。期待している」

 顔を顰めるオスモにアルヴィーンはにっこりと笑みを向ける。これだから無茶振リーダーって呼ばれるんだよと、オスモは溜息をひとつ吐いた。




 エイシャは耳を凝らす。

 紅い壁を通してでは周りがあまりよく見えないが、長年鍛えた耳はよく音を拾ってくれる。

 音を頼りに周りの様子を探るのだ。


 それに、時折聞こえる不気味な声。

 まるで、こちらの心の弱いところを突くように、ちらりと考えてしまったよからぬことを後押しするように、囁く声。

 何かが引っかかる。

 頭の片隅で、この声の正体は何だろうと考えながら、じっと耳を澄ませる。


 さっき聞こえた聖騎士を名乗る声は、きっとここへ来る途中再会した者たちだろう。

 邪竜司祭を討った彼らなら、きっとシェイファラルの助けになってくれる。

 シェイファラル、どうか、どうか無事で。


『自由になりたいか?』


 また、聞こえた。

 囁くように魅了するように、まるで恋人の甘い囁きのように耳を擽るおぞましい声。


『愛しい竜が心配ではないか?』


 ……何かが、記憶に引っかかる。

 ……何か、いや、あれは……。


 エイシャは目を大きく見開いた。ようやくこの声と思しきものを思い出したのだ。


 かの英雄ウェイセルを堕落させた声。

 姿なき悪魔(デヴィル)

 欲望と猜疑の王の(しもべ)


 ……では、まさか、すべてこいつが?

 アーロンを変えたのも、前王である父を凶行に走らせたのも、これの仕業?

 いつからこの王宮に巣食っていたのか。

 エイシャはギリギリと歯を食い縛る。


 囁く者、唆す者、惑わす者、堕とす者……こいつを表す言葉はたくさんあった。

 姿を見せないまま、声だけを囁きとして送り、ひとの不安や欲望につけこんでよからぬ思いの後押しをする。

 いかな英雄であっても、常にその心が強くあるわけではない。この悪魔(デヴィル)はその弱くなった瞬間を巧みに突いて、ひとの心を堕とすのだ。ひとがこの悪魔(デヴィル)に抗うことは、とても難しい。


 だが……。


 悪魔(デヴィル)は通常自分の名を明らかにしない。名を明らかにされた悪魔(デヴィル)は力を失うと、物語には語られている。

 なら、こいつの名を明らかにできれば、わたしたちの勝ちだ……エイシャは、紅い壁の向こう側をぐっと睨む。

 正体の目星はついたのだ。まるきりの徒手空拳でというわけではない。


 檻の中で、エイシャはじっと座り込んだ。

 目を閉じて自分の知る物語や伝説をすべて浚う。この悪魔(デヴィル)の名を突き止めるために。

 こいつに纏わる伝説の中に、きっと秘められた名を暗示している部分があるはずだ。ひとはそうやって、悪しきものに対抗するための手掛かりを伝えていくのだから。


 大きくひとつ深呼吸をして、これまでに覚えたすべての物語を思い返し始める。シェイファラルが来るまでに、きっと突き止めてみせよう。

 



 夜の闇に紛れ、オスモは音もなく木々の間を走り抜けた。


 “離宮”という名が示す通り、白木蓮の宮は王宮の広大な敷地の片隅にある小さな宮殿だ。本館とは広さも警備の厚さも違う。


「けれど、それにしたって、少なすぎないか?」


 オスモは小さく呟いて、首を傾げる。王族が住まう宮にしては警備の数が少なすぎるのだ。ほぼいないも同然と言っていいくらいでもある。

 暗くてはっきりはしないものの、この辺りの庭園も手入れが行き届いていないようで……本当に、ここに王族が住んでいるのか?


 ゆっくりゆっくりと建物に近づく。

 中はさすがに月明かりも期待できない。魔道具である闇を見通すゴーグルを付けて、じっと建物の中を窺った。

 それから、影になり見通しの悪い位置にある窓を選び、周囲に気を配りながら音を立てないよう慎重に鍵を外す。

 カチリという手応えとともに開いたことを確信し、そっと開けようとして……ギ、と思ったよりも大きな音に慌てて手を止めた。

 どうやら蝶番の部分が錆びていたようだ。

 腰に下げた袋から油差しを取り出し、金具にしっかりと染み込ませる。十分なくらいに時間をおいてから、もう一度ゆっくりと窓を開き、身を滑り込ませた。


「この部屋、使ってないのか?」


 オスモは入った部屋の位置を考える。ここは使用人用のエリアではない。むしろ客室としてだって使える場所にある部屋だ。

 なのに、手入れが行き届いていないどころか、掃除すらされていない。

 調度は埃を被ったままだし、窓枠にも汚れがこびりついたままだ。蝶番だって、確かめてみれば長い間使われてないことが明らかなくらい錆び付いている。蜘蛛の巣すら張ったままではないか。


 建物の中にも人の気配はなく、オスロの感覚では数年使わずに放っておいたのではないかと判断できるような状態だ。


「ここには、いないってことか……?」


 なんとなく嫌な予感を覚えながら、それでもひと通りは確認してから引き上げようと、十分に注意しながら宮の中を歩き始めた。


「なんか、貧乏くじ引いたかも。あとでアルヴィーンに埋め合わせしてもらわなきゃ、割に合わないな」


 そんなことを独りごちながら、ゆっくり、けれど確実にひと部屋ずつ確認していく。




 堕とす者、腐敗者、悪魔(デヴィル)

 エイシャの頭の中に渦巻くのは、やはり英雄ウェイセルの堕落の物語。

 やつの名前は、必ずこの中に隠されている。

 紅い壁の向こうを睨んで、エイシャは大きく息を吸う。


「必ず見つけてやるわ。お前の好きなようにはさせない」


 『できるものか』


 囁きが聞こえる。けれど、エイシャは迷わない。


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