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姫と竜  作者: 銀月
3.歌姫エイシャと守護竜シェイファラル

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16/24

昔のように呼んでくれ

「シェイ、わたしやっぱり強運なんだわ」

 馬車の中でにっこりと笑ってエイシャが言う。

「荒野ではあなたに会えて、町に着いたらヨエルに会えて、ここで聖騎士様に会えたんだもの。きっと、わたしってすっごく幸運の女神様に愛されてるんだわ」

 くすくすと笑うエイシャに、シェイファラルも少し呆れたように小さく笑う。

「私は、どうしてエイシャがそんなに楽観的になれるのかわからないよ」

「あら、だって、今悩んでも仕方ないじゃない。今は待たなきゃいけないんでしょう? それに、悲観することと先のことを考えることは別だと思うの」

「……たしかにそうだ。エイシャは強いな」

 エイシャの肩を抱き寄せて、シェイファラルはこの華奢な身体のどこにそんな力があるのだろうと考える。自分はエイシャを護り切れるかどうか、不安でしかたがないというのに。


 いくら護り竜だといっても神のような力があるわけでもなく、しょせんただの竜に過ぎない。歳経た分、多少頑丈で、多少竜の魔法が使えるというだけだ。

 兵士100人になら勝てても、兵士1万人や魔術師が相手ではわからない。ましてや、今回のように誰が味方で誰が敵なのかわからない場所で、どこまで役に立てるのか。

 自分だけならいくらでもやりようがあっても、エイシャを無事にと考えると、どうしたらいいのかがわからなくなってしまう。


 竜はこの世界の定命の者の中では最強だと言われるが、シェイファラルにとってそれは幻想だ。一番わかりやすい“力”という一面だけを捉えてのことにしか過ぎない。今だって手をこまねくのみだというのに、何が最強か。

 むしろ、自分がエイシャの前向きさに救われている始末だ。赤竜の時だって、エイシャの歌に助けられたのではないか。

 護るといったところで、これでは……。


「シェイ、どうしたの?」

 エイシャが顔を覗き込むようにしてシェイファラルを見つめていた。

「なんでもないよ」

 エイシャの肩を抱く腕に力を込める。髪に顔を埋め、花のような香りを嗅ぐ。

 これまではこれまでだ。

 どうにも拭いきれない不安を無理やり捩じ伏せて、シェイファラルはひとつ息を吐いた。

「もう少しいろいろと判ってから、どうするかを決めればいい、と考えていただけだよ」

「そうね」

 エイシャは頷いて、頭をシェイファラルにもたせかけた。




 “嵐の国”までの旅程は順調に進んだ。

 その間、途中途中で聖騎士達は集めた情報をエイシャとシェイファラルへと届けてくれた。人を使ったり、魔術を使ったり……さまざまな方法で、王の使いや護衛達に気取られないように、密かに届けてくれたのだ。


 だが、それでも充分とは言えなかった。

 国王の交代がなぜ行われたのかは……疫病によって他の王族が亡くなったからとも、現王が簒奪したからとも言われ、あまりはっきりした話が伝わっていない。


「……誰かが故意に隠しているの?」

「そうとしか思えないね」


 けれど、いくら考えてもなぜそんなことをするのかがわからない。よほど、外に出してはまずい何かがあったということか。


 それでも、少しずつ送られた情報を頼りに、エイシャの記憶も合わせて考える。

 ラーシュが幽閉されているのは間違いないのだろう。国王である叔父が圧政を敷いていることも間違いないのだろう。宰相や要職の貴族達も、エイシャの知らない者たちに挿げ替えられているようだった。

 けれど、エイシャにわかることはその程度だ。


「わたし、もっと宮から出ていろんなものを見たり聞いたりしておけばよかったわ」

「けれど、宮から出るのは危なかったのだろう?」

「そうだけど、わたし、自分のいた国の、自分のいた王宮なのに、何も知らなすぎて……」

 エイシャは悔しそうに唇を噛み締める。

 もっとしっかり物事を見聞きしていれば、こんなに悩むことはなかったのではないかと。

「今それを考えても仕方ないだろう? そんなに噛み締めたら傷になってしまう」

 聖騎士達も、よく調べてくれているとは思う。だが、中に入らなければわからないことも多いのだ。

 やはり、何もかも、ふたりが到着してからなのか。


 そして、いよいよ明日には王宮入りという夜。聖騎士達から、使いとして“動物の伝令”が寄越された。


『直近のことだけでもと、“託宣”の神術であなた達への助言を神に請うたので、知らせておく。曰く、“ふたつのうちいずれかを選ばねばならぬ。欲望と猜疑が惑わし誤りをもたらす”。以上だ』


「欲望と猜疑?」

「王宮の中までが乱れていることは間違いないね。選ばなければならないものを、誤るなということだろうけど……」

「……聖職者は、どうやってこういう神の謎めいた言葉を解釈しているのかしら」


 今のところ、選ぶふたつと言われて思いつくのは叔父と甥のふたりくらいか。どちらに着くかを選べということなのか。

 欲望と猜疑とは何のことなのか。そもそも、場所は王宮なのだ。欲望と猜疑など、そこら中に充ち満ちている。

 こんな、どうとでも取れるような助言を戴いても、どうすればいいというのか。


「シェイ、怖いわ」

「エイシャ」

「いったい何があるというの?」

「エイシャ……私がいるから」


 こくりと頷いて、エイシャはシェイファラルをきつく抱きしめた。シェイファラルも、エイシャを安心させるように、ふんわりと抱き締める。




 とうとう、着いてしまった。


 10年ぶりに眺める王宮は、自分がここを出た時となんら変わってないように見えた。馬車を迎えて両脇に並ぶ使用人達の顔にはほとんど見覚えがなかったが、もともと離宮に引きこもっていたに等しい状態だったのだ。本館の使用人の顔など、きちんと覚えていたわけではない。


「お着きを長らくお待ち申し上げておりました」

 馬車を降りた途端に、迎えの者に深々と頭を下げられ、エイシャは戸惑ってしまう。

「ええと、そんな……わたしに」

「姫のご帰還ですのに、このような用意しかできず、大変遺憾に思っております。

 姫には、ご気分の悪いことと……」

「いえ、そうじゃないの! わたし、ただの詩人よ」

「いいえ。あなたは“嵐の国”ストーミアン王家の数少ない正当な血筋の姫君でございます」


 傍らのシェイファラルと顔を見合わせて、エイシャは溜息を吐いた。やはり、叔父は何もかもわかった上で、自分を戻らせたのか。


「それでは姫、どうかこちらへ」

 恭しく慇懃な態度の案内で歩き始めるエイシャに続こうと、シェイファラルが一歩を踏み出すと、静止がかかった。

「護衛の方はこちらへ。この先は、近衛が姫の護衛に付きますから」

「だめよ!」

「姫?」

「シェイはわたしの護衛騎士で……夫なのよ!」

 エイシャの言葉に、案内が訝しむような表情を浮かべる。いったいどんな妄言を言い出すのかという表情だ。

「……姫? いったい何を申されるのです?」

「彼をわたしから離すなんて、わたしが許さないわ」

 眉を吊り上げ、口をへの字に曲げるエイシャに、案内は溜息を漏らす。

「……陛下は、まずは姫おひとりにお会いしたいと仰っております。どうか、ここからはおひとりでお願いいたします」

「でも」

「陛下は、姫おひとりをとお望みです」

 強い口調で断じられて、エイシャは思わず口を噤んでしまう。ここでシェイファラルと離されてしまうことは、絶対にまずいとわかっているのに。

「でも……」

「エイシャ。わたしなら心配はないよ。むしろ、あなたのほうが危険だ」

 シェイファラルがエイシャの耳元に口を寄せ、囁く。エイシャはわずかに俯いた。

「わたしのことは、たぶん大丈夫だと思うの。けれど、あなたに何をされるかが……」

「エイシャ、私を何だと思っている? 大丈夫。夜までには必ずあなたのそばに行くから、今は指示に従ってみよう」

 エイシャは不承不承ながらも小さく頷いた。

 それを確認して、シェイファラルは案内に目を向ける。

「そちらの指示通りにしよう。それで問題はないね?」

「はい、もちろんでございます」

「エイシャを姫と呼ぶなら、くれぐれも彼女に粗相のないよう……万が一にも彼女の意に添わぬことが起こったなら、彼女の守護者たる私は容赦しない」

 シェイファラルから一瞬噴き出した威圧するような竜の気配に、その場にいた者達は、皆、蒼白になる。この男を怒らせるようなことがあってはいけないと、本能のようなところでひしひしと感じたのだ。

「ではエイシャ、気をつけて。何かあったら、私の名前を呼んで」

「わかったわ、シェイ」




「姫には、まずこちらで身支度を整えて戴きましょう。不足があれば、なんなりと侍女たちにお申し付けください」

 案内された部屋で、エイシャはたちまち侍女たちに取り囲まれた。

 風呂で洗われ、爪を磨かれ、髪を結い上げられ、化粧を施され、ドレスを着つけられ……こんな風に何もかもを整えられるのは、いったい何年振りかと遠い目になる。

 昔は当たり前のことだったのに、今はとても煩わしく感じてしまう。


 一通りの用意が終わると再び案内が現れて、エイシャを王の待つ部屋へと先導する。


 立派な彫刻と装飾に飾られた扉をコツコツと叩き、「参られました」と案内が告げると、内側から開けられて……。

「では、中へどうぞ。陛下がお待ちです」

 案内に促され、一歩部屋に踏み込んだ。

 毛足の長い絨毯が敷き詰められ、踏み出した足を柔らかく受けとめる。

 この部屋へ入るのは、初めてだった。たぶん、歴代の国王たちが使っている執務室のような部屋なのだろうか。簡略ながら、客人を迎えられるような長椅子なども設えられている。

「ウルリカ……」

 ぐるりと部屋を見回すエイシャに、奥の椅子から立ち上がり、自分に向かって歩いてくる男の姿が目に入る。

 ウルリカ・ストーミアン。またその名で呼ばれる日が来るとは、考えてもみなかった。

 側仕えに向かい手を振って人払いをしながら、彼はエイシャをじっと見つめる。

 覚えている姿よりも幾分か歳をとり、皺も増えているが、間違いなく叔父のアーロンだ。懐かしげに目を細め、腕を広げ、「ウルリカ、生きていてくれてよかった」とエイシャを抱きしめる。

「アーロン陛下……」

「ウルリカ、顔をよく見せて……ああ、ますます母君に似てきたのだな」

 エイシャの頬を撫でて顔を上向かせ、じっと覗き込む。

「それと、ウルリカ。昔のようにアーロン叔父と呼んでくれ」

「……陛下、あの書状はどういうことなのですか。ラーシュは? それに、父上や兄上に、何があったのですか?」

 エイシャは頑なに“陛下”と呼ぶ。アーロンは少し残念そうに眉尻を下げ、それでもまだ親しげに長椅子へと肩を押した。

「慌てるな、ウルリカ。ゆっくりと話そう。さあ、そこに座って。じきに茶も来るだろう」

 エイシャはひとつ息を吐き、勧められた長椅子に腰を下ろした。

 そのタイミングを見計らっていたかのように、茶器に菓子の揃ったワゴンを押した侍女がやって来て、ふたりの前に瞬く間に茶を用意する。

 まるで、何かの芝居でもしているようだとエイシャは思った。


「さて、ウルリカ。何から話したらいいか……」

 入れられた茶に、アーロンが口を付ける。エイシャも続いて、口を付ける。

 そこにあったのがただの茶の香りと味のみだったことにほっとして、エイシャは自分が随分緊張しているのだなと感じた。

 ほう、と息を吐いて、エイシャはぐっと口元を引き結び、顔を上げた。

「陛下……父上たちにいったい何が起こったのですか? ラーシュはどこに? あの子は白木蓮の離宮に幽閉されているのですか?」


 叔父の唇は、笑みの形に弧を描いていた。


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