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姫と竜  作者: 銀月
3.歌姫エイシャと守護竜シェイファラル

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15/24

天からの助け

 翌日、“嵐の国”の使者が再び訪れた。

 招待を受ける旨伝えると、既に馬車が用意されていた。翌日朝、すぐにでも()てるようにと。

「主人から、歌姫殿は必ず招待を受けるはずだと伺っておりましたので」

 この使者の言葉には、エイシャもシェイファラルもさすがに絶句した。

 だが、それでもその意図に乗らなければラーシュは……と考えて、ふたりともすぐさま出立の準備を整えたのだった。




「途中の町で国のことが聞けないのは残念だわ。これじゃ、事前の準備も何もあったものじゃないもの」

「それを狙ってのことだろうね」

 馬車に揺られながら、エイシャは声を低めて話す。常に護衛という名前の監視が付いているような状態だ。これでは立ち寄った町で話を聞き回ることもできない。シェイファラルには、エイシャはその窮屈さにも少しイラついているように思えた。

「まあ、それでも方法がないわけではない。せめて何か少しでも探れないかは、やってみよう」

 心配げな表情を浮かべるエイシャに、大丈夫、とシェイファラルは笑ってみせた。


 その夜も、逗留先となる宿に入ると、いつものようにさっさと食事を済ませた後は部屋へ戻されてしまう。


「エイシャ、少し静かにしていてくれ」

 部屋に落ち着くなり、シェイファラルは天井の片隅に向けてチュクチュクと舌を鳴らした……まるで、動物を呼ぶ時のように。エイシャは驚いた顔で、けれどシェイファラルのやることをじっと見守る。


 そのうち、天井板の隙間から、小さなネズミが2匹現れた。ネズミは少し躊躇してから、シェイファラルの足元に降りてくる。

 シェイファラルは、まるで小さく竜が唸るような声でネズミに声をかけた。すると、ネズミがそれに応えるかのようにチイチイと鳴き声をあげた。

 エイシャが見守る中、しばらくシェイファラルとネズミのやりとりが続いた後、差し出したパンの欠片を受け取ってネズミはまた天井裏へと戻っていった。


「シェイ、ネズミと話ができるの?」

「さほど頭は良くないから、たいしたことは聞けないけどね」

 頷くシェイファラルに、まあ、とエイシャは目を輝かせる。

「すごいわ! ねえ、他には何ができるの? どうしてわたしに教えてくれなかったの?」

「いや、教えなかったわけではなくて、これまで特に必要な機会もなかったから……」

「ひどいわシェイ! もっと早く教えてくれればいいのに!」

 シェイファラルは戸惑い顔で、「エイシャ、落ち着いて」肩を叩いた。

「あなたがそんなに動物と会話がしたいなんて知らなかったよ」

「だって、面白そうだもの。シェイばっかりずるいわ」

 不満そうにむくれるエイシャに、シェイファラルは困ったように眉尻を下げる。

「……私は、もともと森の水辺に棲む竜なんだ。だから、動物とはある程度の意思疎通ができる。けれど、たいていの動物はあまり頭が良くないから、本当に聞きたいことを聞くのは難しいんだよ」

「そうなの? でも、やっぱり楽しそうだわ……これが落ち着いたら、絶対、わたしも一緒に混ぜてちょうだい」

「ああ、わかったよ、お姫様」

 シェイファラルは苦笑を浮かべてエイシャの頭にキスをした。

「約束よ、シェイ」

 にっこりと笑って、エイシャもシェイファラルにキスを返す。


「……それで、あのネズミからは何が聞けたの?」

「たいしたことは聞けなかった。

 ただ、東が荒れてるようで、そちらからの隊商が減っているらしい。この宿の主人が、物が値上がりしていると愚痴をこぼしていたそうだ」

「荒れてるって、どうして……」

 エイシャの疑問に、シェイファラルは肩を竦めて首を振る。

「そこまではわからない。だから、今夜はここを抜け出して、少し話を聞いて来ようと思う。エイシャは待っていてくれ」

「どうやって……」

「私が動物にも姿を変えられること、知っているだろう?」

 エイシャは瞠目して、それからすぐにまた心配そうにシェイファラルを見上げる。

「そうね、そうだったわ。でも、気をつけて」

「ああ、わかってる」

 ぎゅっとエイシャを抱き締めて、それから少しだけ窓を開けると、シェイファラルはたちまちネズミに姿を変えて部屋を出て行った。




 宿を離れ、人気のない小径でシェイファラルはまた人型に戻った……ただし、人間ではなく、妖精族の姿で。

 そしてそのまま、しばらくじっと物陰に身を隠して周囲の様子を探り、誰もいないことを確信してから通りへと出る。


 遅くなっても多くのひとで賑わう酒場へと入り、適当な酒を注文し……それから、この辺りの事情に明るそうな人間を見繕って話しかける。

「こんばんは。君はこのあたりの人間かい?」

「お? 妖精の兄ちゃんとは、珍しいな。この辺りは初めてかい?」

「そう。とある仕事を受けて、これからもっと東のほうへ行かなきゃならないんだ。だから、そっちの様子を聞けたらと思ってね。

 ああ、次の酒は私に奢らせてくれ」

「つまり、あんた冒険者ってわけか。うん、東、東ねえ……ここ数年は、あんまりいい話を聞かないな」

 男が話してくれたことは、ほんの少しだけだった。


 東方のどこだかの国の王が変わって、それ以来どうにも情勢が落ち着かず、関所の通行税も上がっていること。

 通行税だけでなく、その国のあらゆる税金が上がり、国を捨てて逃げ出す者も現れていること。

 そのため、東方との行き来が滞り、東方産の様々な物品が値上がりしていること。

 これらすべて、新たな国王が原因なのだという。


 ……この町は少し遠いためか、それ以上に詳しい話は聞けなかった。

 だが、断片でも入ってきている噂は、どれも良いとは言えないものばかりで……。


 シェイファラルは適当に話を切り上げて酒場を後にした。

 ひとつ息を吐いて、他にも何か聞けそうな場所はないかと考えながら、歩き出す……本当なら、隊商や行商の商人が集まる酒場が良いのだが、既に夜は遅い。


 と、前方に、まるで待ち伏せていたかのように佇む者がいた。


「お前が、啓示にあった者か……?」


 顔は影になっているものの、声を掛けてきた男の姿をはっきり捉えて、シェイファラルは目を眇める。

 鎧は身に付けていない。しかし腰には剣を()き、紋章……いや、聖印を刺繍したチュニックを着ているようで……。


「正義神の聖騎士? 啓示とは何のことですか」

「ああ……」

 シェイファラルは訝しむように首を傾げる。だが、対する相手の言葉は歯切れが悪く、やや目を逸らし気味だ。

「今日、この時、この場所で出会った者を助けよ、と……お前は何か重大な問題を抱えているのか?」


 問題など、言うまでもなく抱えている。だが、この胡散臭い相手を信じて委ねるべきかどうかの判断は……いや、だがこの聖騎士には見覚えがあるような?


 シェイファラルはますます目を眇め、じっと聖騎士を見つめた。

「海辺の町の……神託の聖騎士殿?」

「……ん? 海辺の町の神託というのは、邪竜司祭率いるヒューマノイドの軍勢のことか?」

 顔を顰め、思い出すように考え込む聖騎士に、シェイファラルは安堵に小さく息を吐いた。

 あの聖騎士なら、信用できる。

「お久しぶりです。私は歌姫エイシャの護衛騎士、シェイです」

 聖騎士は目をまん丸に見開いた。

「まさか……あの、青銅竜殿か。赤竜を討ち取った」




 宿の部屋に戻ると、「シェイ!」とすぐにエイシャが飛びついてきた。

「大丈夫? どこか怪我をしたりしていない?」

「大丈夫。どこもなんともないよ」

 抱き着いたまま、あちこちを確かめるように触るエイシャに、シェイファラルは苦笑する。


 ようやく納得したのか、エイシャは身体を離し、シェイファラルの目を覗き込むようにじっと見つめた。

「では、何か聞けたの?」

「少しだけ。けれど、ネズミから聞いた以上のことは」

 首を振るシェイファラルに、エイシャは少しだけ肩を落とす。

「そう、残念だわ。でも、もう少し東に進めば何か聞けるかしら」

「けれど、エイシャ」

 今度はシェイファラルに抱き締められて、エイシャは顔を上げる。

「海辺の町で会った聖騎士を覚えているかい?」

「あの、邪竜の司祭を討ち取った?」

「そう。彼とこの町で会ったんだよ。彼の協力が得られるんだ」

「まあ! すごいわシェイ、なんて偶然なの!?」

 目を輝かせるエイシャに、シェイファラルはくすりと笑う。

「それが、偶然じゃないんだ」

「どういうこと?」

「神は彼に、今度は私たちに助力するようにという啓示を与えたらしい」

 驚きに目を瞠るエイシャに、シェイファラルは軽く口付ける。

「彼は冒険者だ。仲間も一緒だという。だから、先回りして東のことを調べて、それを私たちに報せてくれることになったよ。

 エイシャ、何か特に知りたいことがあるなら、今すぐまとめるんだ。私が彼らに届けてくるから」


 今いちばん必要なのはやはり情報だと、シェイファラルは考えた。何もかもがわからないまま、唯々諾々と“嵐の国”に連れて行かれることがいちばんまずいのではないか。あらかじめわかっていることが多ければ多いほど、やるべきことの選択肢は増えるはずだ。

 エイシャの甥ラーシュ……トルスティ・ストーミアンのことだって、エイシャが最後に会ってから10年という月日が流れている。叔父である現国王アーロンだってそうだ。

 この10年の間に、彼らにいったい何があったのか。

 ……まずはそれを知らなくては、何をどうすることも考えようがないだろう。


 エイシャは頷き、すぐに彼らに確認して欲しいことをしたためた。シェイファラルはそれを持って再度姿を変え、聖騎士のところへと届ける。

 これで、夜毎エイシャのそばを離れずにも済むと、シェイファラルは少しだけ安心した。


 それにしても……エイシャの話によれば、以前の叔父は特に王位を欲するようなようすを見せていなかったという。

 ましてや、兄やその家族まで手に掛けようとするなど、考えにくいと。

 彼が即位した5年前に、いったい何が起こったのか。


 単に式典に出席しただけで終わるなどとは到底思えず、シェイファラルは嘆息する。



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