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姫と竜  作者: 銀月
2.詩人と護衛騎士

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幕間:事実は小説よりも地味

「なるほど、そういう事件だったんだね」


 僕はさらに薪を()べながら、感心したように頷いた。事実は小説より奇なりとは言うけれど。


「その町、今じゃ“神竜の加護ある町”って呼ばれているよ」


 どういうことかと彼が首を傾げる。たしかに、今の話からなぜそうなるのか、彼にはわかりづらいのかもしれない。


「なんでも、正義の神の聖騎士が神の遣わした竜とともに降り立ち、邪神の司祭と彼に従う悪竜の率いる軍勢を押し返したのだ……って話になっているんだ。そのせいかな」


 彼は驚いて目を瞠った後、面白そうに口角をあげる。僕もにっこりと笑って、もうひとつを話し出す。


「おまけに、もうひとつ。

 聖騎士が恋人である竜の乙女とともにやってきて、悪しき者たちを退けたのだ……っていうパターンの話もあるんだ」


 今度は呆気に取られる彼に、僕はとうとうくすくすと笑ってしまう。

 そのどちらもが事実とはまったく違うものだなんて、皆疑ってもみないのだろう。


「すごいでしょう? このふたつの話、同じ事件のことで竜の乙女こそが神の遣いであったのだっていう人と、全く別の話だっていう人と、2種類に別れるんだ」


 彼は微妙な表情のまま、また口角をあげた。たしかに、笑っていいのかどうかは困るだろうな。

 ちなみに、僕は同じ事件派を推していたクチだ。


「で、さらに言うとね、聖騎士と竜乙女の話のほうは、詩人や芸人が披露する物語の中でも一番人気って言っていいくらいになってるよ」


 この話をうっとりと憧れるように語ってくれた、女楽人の顔を思い出す。彼女は夢見るような表情で、竜の乙女と聖騎士の恋話が特に大好きなのだと言った。きっと、彼女自身、あんなロマンスに溺れたいものだと憧れていたんだろう。


「種族を超えたロマンスがたまらないらしいね。障害を乗り越えて結ばれるというのは、古今東西もっとも好まれるモチーフのひとつだし」


 彼が少し呆れたように、困ったように目を伏せる。

 それもそうだ。彼にしてみれば、どうしてそうなるのだと抗議をしたいくらいだろう。


「ちなみにね……なんと、その続きまであるんだよ。ほんとうかどうかは誰も知らないけれど、って言いつつね」


 僕はまたくすくす笑う。

 彼はますます呆れたように空を仰ぎ、はあっと息を吐いた。


「そんな顔しないでよ。

 ま、今の話からすると、間違いなく後から付け足したんだろうね。もしかしたら、他の話も混じってるのかも。

 考えてみれば、時系列もふたりが訪れた場所のことも、きちんと並べるとどうにもぐだぐだだったし」


 肩を竦めて眉尻を下げる僕に、彼はやれやれと首を振る。

 なんでだなんて、僕に聞かれたってわかりようのないことなのだし、そもそも、物語が大多数の都合のいいように改変される……なんてよくあることだ。諦めてほしい。


「たぶん予想はついてると思うけど、聖騎士と竜の乙女が旅を続けつつ様々な事件を通し、愛を育んでいくって内容だよ。

 皆、こういう話が大好きなんだ。特に貴婦人がリクエストする物語なんて、こんなのばっかりさ。だから、貴婦人受けするようにって変えていった結果が、今伝わってる話なんだと思うよ」


 もう一度、彼は呆れたように僕を見た。僕も、彼の視線を受けて困ったように笑う。

 それから、ふと思い出してぽんと手を打った。


「そうそう。

 かつての大災害のおかげで、海を見下ろすあの町の近くに大きな裂け目ができてね、そこに海の水が流れ込んで大きな湾になったんだ。

 ──今度、そこに港を作るのだそうだよ」


 彼は、ほう、と驚いたように声を上げた。

 僕はそんな彼にまたくすりと笑う。


「あなたがかつて考えたとおりだったね。なぜ海から離れた丘の高みに町を移したのか、皆忘れてしまったんだ。

 広場の魔術師の像は健在だけど、彼がなぜ海を見張っているのか、その意味を知っているものも、もうほとんどいない」


 僕は、少し残念な気持ちになって少しだけ目を伏せて、ひとつ息を吐く。


「今ではもうひとつ、町を救った英雄である聖騎士と竜の像のほうばかりが注目されるようになってしまったんだ。

 人は派手でわかりやすいほうに流されていくものだとわかっちゃいるけど、僕は町を救った魔術師の話も好きなんだ。少し残念な気もするね」


 僕は喉を湿すために、水袋からひとくち水を含んだ。

 彼は感慨深げに、今の僕の話を反芻しているかのように、また目を伏せていた。


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