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姫と竜  作者: 銀月
2.詩人と護衛騎士

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私がいます

 あれから数度、まるでこちらの様子を伺うかのように町が襲撃された。

 しかも、その襲撃の様子から判断するに、彼らはあまり頭のよくないヒューマノイドの混成軍であるにも関わらず、驚くくらい統率が取れていた。


「おそらく、何者かが軍をまとめ、率いているのだ」


 軍議……といっても、警備隊長や騎士隊長、町の人々を纏める者たちを集めた会議でしかないが、その席上で領主はそう結論を出した。

 エイシャは広い見識を買われて同席しているが、正直、戦や軍のことはさっぱりなので、じっと聞くほうにばかり終始している。


 確かに、ヒューマノイドの軍勢はよくまとまっていた。動きを乱すものはほとんどおらず、後方からの合図によく従っている。

 領主の言うように、誰か、上に立って彼らをまとめている者は確実にいるだろうと思われた。

 背後の者の目的はわからない。

 なぜ、こんな辺鄙な町を襲うのか、襲ってどうしようというのか。


 だが、“豚鼻(オーク)”や“小鬼(ゴブリン)”、はては“人喰鬼(オーガ)”や“丘巨人(ヒルジャイアント)”のような、本来、あまり仲の良くない種族同士をひとつの軍としてまとめ、ここまで率いてきている者だ。力もあり、頭もいいことは間違いないだろう。

 何度も小刻みに襲撃を繰り返し、じわじわとこちらの消耗を誘うやりかたといい、かなり手慣れているようでもある。


「……このまま長引いて、糧食が尽きてしまえば我々は終わりだ」


 誰かがごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。町に幾人かいる司祭たちが協力し、神術で食料を作り出したりもしているが、ほんの僅かの量でしかない。

 町に残った兵や人々の数を思えば、焼け石に水程度のものだ。

 なるべく長持ちさせるために、毎日節制もしているが、それでも時間の問題であることに変わりはない。


「幸い、義勇兵として幾人かの冒険者たちが駆けつけてくれた。彼らは軍に入れるよりも、彼らのやり方で遊撃兵として働いてもらったほうが良いだろう。

 ……だから、彼らには、ヒューマノイド軍をまとめる者を調べ、できることなら討つようにと頼んだ」


 誰かが、ほう、と息を吐く。

 ヒューマノイドの混成軍なら、おそらく上が討たれれば、瞬く間にまとまりを欠いて自ら瓦解するだろう。

 言うなれば、あちらの軍に深く入り込まねばならない危険な任務だが、来てくれた者が手練れの冒険者なら十分に期待できる。


「既に、ふた組ほどの冒険者が町を出ている。我々は、彼らの存在に気付かれないよう、そして負けないよう、これまでと同様に戦うことが役目だ」


 誰かが戦の神の名を唱え、勝利を祈る声が聞こえた。

 どうか、冒険者たちがうまくことを成し遂げてくれますように。

 エイシャも幸運の女神に祈る。

 女神よ、どうかこの町と我々と、敵軍の将を打つために出た冒険者たちに、おおいなる幸運をもたらしたまえ。




 襲撃の合間に、エイシャは兵たちや残っている人々の間を歩いた。

 皆、ひとりでいることが怖くて自然と魔術師の立像がある広場へと集まってくる。

 エイシャはその広場を中心に歩き回り、人々の不安が和らぐようにと励まして回る。


「あなたが、噂の歌姫か」


 そう声を掛けられて振り向くと、今日到着したばかりの冒険者の一団が、エイシャに軽く会釈をした。

 正義と騎士の神の聖騎士と司祭がいるから、おそらくこの町の状況を聞いて駆けつけた義勇兵志願なのだろう。


「はじめまして聖騎士様。わたしは吟遊詩人のエイシャ。彼はわたしの護衛騎士のシェイです」


 にっこりと微笑んで腰を落とすように、エイシャは礼をする。


「この町のために駆けつけてくださった、勇敢なる志のお方とお見受けいたします。領主様のところへご案内いたしましょうか?」


 そう言ってエイシャが微笑むと、彼も破顔した。


「それはありがたい。ぜひ頼む」




 町に現れた3組目の冒険者は、領主の館へと案内されながら、神より啓示を受けたのだと語った。この戦いの裏に邪竜の使徒がいることを神が示し、自分にそれを討てという使命を授けたのだと。

 ……では、かつて海の邪神の手から人々を守った魔術師たちのように、彼らがこの町を押し寄せるヒューマノイドから守ることになるのだろうか。

 エイシャはそんなことを考えながら、聖騎士の横顔を見上げて。


「怖くはありませんか?」


 ふと、思い付いたことを尋ねてしまう。


「怖いですよ」


 その聖騎士に、何を当然のことをとでもいうかのようにさらりと答えられて、エイシャは思わず目を瞠った。

 聖騎士はくすりと笑って周囲の人々を見回す。


「神の使命は私の手に余るのではないかと考えると、とても怖い。もし私が使命をしくじれば彼らはどうなるのかと考えると、ほんとうに怖い」


 水の入った桶を運ぶ女性をじっと見つめながら、彼は言う。


「そう考えると、いつになっても怖くて身が竦みそうになります。むしろ、戦うことのほうがよほど楽だ」

「まあ……」


 そう言って目を細める彼に、エイシャは何かが腑に落ちるのを感じた。

 領主も騎士も兵も、町に残った者たちは皆、同じだ。戦いはもちろん怖い。だがそれ以上に、ヒューマノイドたちに皆や家族が蹂躙されてしまうことのほうが、はるかに怖いのだ。


「ここが領主様のお屋敷ですわ。あなたがたが手を貸してくださることを、領主様は喜んでくださると思います。

 ──どうかご武運を」

「ありがとう。あなたに私たちの物語を歌って貰えるよう、必ず使命を果たします」




 3組目の冒険者たちが町を出て、あっという間に5日が過ぎた。

 戦況は相変わらずで、あまり変化はない。双方とも少しずつ消耗しながらじりじりと時間だけが過ぎていく。

 シェイファラルもよく助けてくれたが、ヒューマノイドは後から後から湧き上がるように増え、戦列に加わっていく。

 これではいたちごっこだ。


 北の町からの援軍も到着したが、それでもこちらが有利などとはとても言えない状況だった。

 やはり冒険者たちの誰かが、ヒューマノイド軍を率いる何者かの首級をあげることを、期待しなければならないのか。

 後方から僅かながら物資が届きはするけれど、十分とは言えない量だ。これ以上ヒューマノイドが増えれば、その物資も届かなくなってしまうだろう。

 この町に船を着けられる港があればよかったのに、と考えてしまう。




 その日もいつものように人々の間を歩いていた。

 ヒューマノイド軍は午後遅くになってからでないと動かない……というのが慣例になっていた。

 が、突如、城壁の塔から鐘が鳴り響く。ガンガンと、それこそ気が狂ったかのような勢いで、見張り兵が鐘を鳴らしている。

 いったい何が起きたのかと塔を見上げると、そこには……。


赤竜(レッドドラゴン)……そんな……」


 悪しき竜族の中でも最強で最悪と謳われる、赤い竜の姿が空に現れた。威風堂々たる体躯の赤竜は、いっそ優美とも言える姿で悠々と空を舞う。

 ぽかんと見上げていた人々の顔は、すぐに竜の姿を認めて恐怖の色に染まった。


「赤竜だ! 赤竜が来た!」

「逃げろ!」


 怒号の飛び交う中、ゆったりと降下してきた赤竜は、町に向けて火炎の息を吹きかけた。

 たちまち建物が燃え上がる。

 人々の悲鳴がそこかしこに響き、呆然と立ち竦む人々と逃げ惑う人々で、たちまち町は混乱に陥れられる。


「そんな……赤竜なんて」


 エイシャは、真っ青を通り越して真っ白になった顔色で空を舞う赤い竜をじっと見つめた。

 いかに皆が善戦しようと、いかに自分の歌で皆を奮い立たせようと、空の高みから焼き払われてしまってはどうしようもない。

 竜目掛けて矢を射掛けるものもいるが、赤く輝く硬い鱗に弾かれて、傷ひとつ与えることもできない。


 ああ、赤竜だなんて。

 赤竜が、ヒューマノイドたちについているなんて。


 かたかたと手が震える。

 喉が詰まったように声がでない。

 うまく息もできない。

 ひゅっと喉が鳴る。

 いったいどうすればいいのか。

 何を歌えばいいのか。

 頭が真っ白に塗り潰されて、何も浮かばない。


「エイシャ様」


 震えだすエイシャの身体をシェイファラルがそっと背中から抱き締めて、耳元に囁いた。


「私がいます」


 その声にようやく息を吐くことができて、エイシャは後ろを振り仰いだ。シェイファラルの腕が自分を落ち着かせ、力を取り戻させる。


「シェイ……」

「私がいますよ、エイシャ様」


 くすりと笑って、シェイファラルが囁いた。エイシャに笑顔が戻る。


「ですから、どうか、私のために歌ってください。あなたの歌で私に力を」


 シェイファラルが抱き締める腕に力を込める。


「あなたのために、私が戦いますから」

「シェイ……」


 エイシャはシェイファラルの頬を撫で、微笑む。


「あなたのために歌うわ。だから勝って、無事で戻ってきて。約束よ」


 ぐっと手を握り締められて、シェイファラルは「もちろんです」と頷いた。


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