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姫と竜  作者: 銀月
2.詩人と護衛騎士

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10/24

竜の援護

 ヒューマノイドの軍勢は、数千どころでは済まない数だった。


 最初の報せから2日、町はずっと騒然としている。

 幾人も放った斥候の報告によれば、ヒューマノイドたちの歩みは遅く、この町に到達するまでは最低でも10日はかかるだろうとの予想だった。


 近隣の村々からも逃げ込む人が増えている。このまま人が増えていけば、あっという間に町の糧食を食い尽くしてしまうことになるだろう。

 領主の触れにより、戦える者だけが残り、戦えない弱い者はもっと後方……北の、奥方の実家がある町へと逃げることになった。先導するのはもちろん領主の奥方だ。領主の下のふたりの子供たちも付いていく。


 北の町に向けて、援軍を送ってくれるようにと頼む使いは既に出ている。

 北の領主は奥方の兄だ。実妹の夫からの要請ということで、可能な限りの援軍を寄越してくれることにはなっていた。近隣の町に向けて義勇軍を募る使いも出している。

 何しろ、この町がやられれば、次は自分の町の番なのだから、他の町も他人事ではない。


「エイシャ殿、あなたも北へ」


 何もかもが慌ただしく進められる中、領主にそう言われて、しかしエイシャは首を振った。


 かつて、ラウリは皆怖いのだと語った。勇敢な騎士や、それを束ねる領主でさえ、戦いは怖いのだと。英雄ですら例外ではないと。

 たしかにほんとうだと、エイシャは思う。今、軍勢が来ると言われて自分も震えるほどに怖い。できることなら、戦いなど関係ない遥か遠方まで逃げてしまいたいとすら考えてしまう。


 けれど、それでもエイシャはにっこりと微笑んで首を振った。


「エリオット様、わたしを何とお思いですか? わたしは詩人です。ここに残れば、微力ながら戦の力となれるでしょう」


 領主はわずかに目を見開いて、ひとつ溜息を吐いた。きっと、詩人がどんな人間かを知っているからだろう。


「そうか……では、くれぐれも、気をつけて」




 エイシャは町を歩き回り、戦いのために残る人々を勇気づけた。逃げるものたちにも、罪悪感を抱く必要はないのだと説いて回る。何もかもが終わった後にこそ、あなた方の出番があるのだからと。

 町の城壁周りには丸太で障壁が組まれ、たくさんの塹壕も掘られた。

 すべてが時間との戦いだ。ヒューマノイドが到着する前に皆を逃し、準備を終えなければならない。

 エイシャとシェイファラルも、自分にできることをと必死に手伝った。




 そしてヒューマノイドがもう明日にでも来るだろうという距離に迫った日。

 シェイファラルは小さく囁くように、とうとうエイシャに尋ねた。


「エイシャ様、私はどうしますか?」

「……どう、って」


 何を聞かれたのか、もちろんエイシャにはわかっている。考えたくなくて、ずっと目を逸らしていたことだったから。


「私は戦力になります。それこそ、人間の兵士100人分にも相当するような力に」


 ずっと人間の姿を取ってはいるが、シェイファラルは竜だ。それも十分に成長した、大きな力強い翼と堅い鱗に覆われた身体の、鋭い爪と牙を持つ竜なのだ。


「私はあなたの護り竜で護衛騎士です。あなたが命じるなら、兵とともに戦います」


 エイシャはごくりと喉を鳴らし、震える手を伸ばす。


 ……シェイファラルは青銅竜(ブロンズドラゴン)だ。虐げるものから弱いものを助けることを善しとする性向の強い、気高い竜だ。

 本当なら、今すぐにでも出て、少しでもヒューマノイドの軍勢を押し止め、町を守る助けをしたいのだろう。


 けれど、数千どころか万を越える数のヒューマノイドを相手に、たかだか一頭の竜だけで何ができるというのか。

 ちらりとそんなことを考えてしまう。


 ……エイシャのそれは単なる言い訳だ。ただ、シェイファラルを戦場に出したくないだけだ。

 シェイファラルの視線を受けて、エイシャは俯く。


「シェイ……力を貸して」


 エイシャは俯いて、ごめんなさいと小さく呟く。


「わたしたちを助けて……でも、お願い。絶対に死なないで」


 シェイファラルの身体を、ぎゅうと抱き締める。


「……あなたこそ」


 シェイファラルはそっと抱き締め返す。


「兵たちの耳に歌が届く場所に出るということは、前線に行くということです。竜に戻って戦えば、ずっとあなたのそばに付いているわけにはいかない。

 ……どうか、お願いです。くれぐれも気をつけて」


 微かな震えが伝わる。

 抱き締める腕に力を込めて「大丈夫よ」とエイシャは囁いた。大きくひとつ息を吐き、シェイファラルを見上げてにっこりと笑う。


「わたしはあの荒野であなたに会えたくらい、強運なのよ。だから大丈夫。わたしもあなたも、この町も大丈夫よ」

「そうでしたね」


 シェイファラルも笑って頷いた。




 ヒューマノイドたちが現れたのは、翌日の日暮れ後だった。

 もともと夜目の利く彼らにとって、夜の闇は障害にならないのだ。


「予想はしていたが、やはりか」


 領主はぎりぎりと歯を食い縛りつつ、すぐに迎え撃つ体勢を整えるように指示を出す。

 エイシャもリュートを抱え、城壁の上、弓を構える兵たちのそばに立つ。声が遠くまで届くよう詩人の魔法を使い、静かに、けれど力強く曲を奏で始める。

 “風乙女に愛されし射手”と呼ばれる弓兵の物語だ。

 彼の射た矢は、彼を愛する風乙女に運ばれ、戦いにおいて生涯一度たりとも的を外すことがなかったのだと語られる伝説の射手。

 その射手にあやかり、この海辺を見下ろす町の兵たちが射る矢も、外すことなく的に当たるようにと歌う。


 しかし、盾を掲げ、雨のようにバラバラと降り注ぐ矢を物ともせず、ヒューマノイドたちが走り始めた。その後方では突撃の命令を示す太鼓の音が鳴り響いている。

 籠城するこちらが若干有利とはいえ、ただ耐えているだけでは勝ち目もないが、打って出る余裕もないのだ。


 突然、町の上空で大きな咆哮が響き渡った。町の兵もヒューマノイドたちも、皆が驚いて動きが止まる。

 エイシャはちらりと空を見た。

 シェイファラルだ。


 ばさりと大きなものが羽ばたく音と風圧がかすかに届き、いったい何が現れたのかと皆が空を見やる。

 空の星を遮る影と篝火を反射する鱗の光に、誰かが「竜?」と呟いた。

 ばさりばさりという羽ばたきとともに影は空を舞い、地を走るヒューマノイドたちへと向かう。すぐにカッと光る稲光のような光と、雷に焼かれるヒューマノイドたちの悲鳴が聞こえた。


「味方だ! あの竜は味方だぞ!」


 誰かの叫びに、固唾を呑んで成行きを見守っていた兵たちが、歓声をあげる。


「あの竜を援護するんだ!」


 たちまち勢い付いた兵たちが、再びヒューマノイドへと矢を射かけ始める。




 戦いは明け方まで続いたが、どうにか町を守りきることはできた。

 夜が明け、さすがに不利を悟ったヒューマノイドたちが引き上げていくに至り、町の者も兵たちもようやくひと息吐くことができた。

 犠牲が皆無というわけにはいかなかったが、夜間の不利な状況でよく崩れなかったものだと、皆が揃って胸を撫で下ろした。

 領主も「まずはひとつか」と、初戦を無事凌げたことを安堵した。

 やはり、あの竜のおかげだろう。

 だが、あの竜がどこから来てどこに去ったのかは誰ひとり知る者はなかった。


 シェイファラルはたいして怪我は負っていなかったが、一晩中飛び続け、雷の息を吹き掛け続けて、さすがに疲労困憊といった様子で戻ってきた。

 姿を見るまでどうにも不安で仕方なかったエイシャも、帰ってきたシェイファラルを目にしてやっと安心することができた。


「シェイ、無事でよかったわ」


 ぎゅうと抱き締め顔を埋めるエイシャに、シェイファラルは困ったように笑う。


「当たり前です。約束したじゃないですか」

「そうね、そうだったわ。シェイは約束を守る竜だもの」


 抱き締めたままシェイファラルを見上げて、エイシャはにっこりと笑う。

 シェイファラルは解いて流したままのエイシャの髪をするりと撫で下ろした。


「それにしても、どうやって見つからずに戻ってきたの?」

「適当なところへ降りて、鳥に姿を変えました」

「まあ! シェイは動物にも姿を変えられるのね?」

「はい。どちらかといえば、動物に変わるほうが得意ですよ」

「そうだったのね」


 擦り傷だけだという言葉の通り、シェイファラルの負った傷はどれもたいしたことのないものばかりだった。それでもエイシャは全部の手当てを済ませて、「さあ、ちゃんと休むのよ」とベッドを指差す。

「ええと、エイシャ様。私には控えの間のベッドがありますが?」

「いいの。ここに寝て。あなたがいちばん疲れてるはずだもの」

「しかし、エイシャ様が」


 たちまち、エイシャは眉尻を下げて少し恥ずかしそうに俯いてしまう。


「……あのね、シェイ。その、ほんとは、わたしが一緒に寝て欲しいの……なんだか、眠れなくて……まだ、ヒューマノイドの声が聞こえるような気がするの」


 もじもじとするエイシャの言葉にシェイファラルは目を見開いて、それからくつくつと笑い出す。


「エイシャ様は、まるでまだ子供のようですね」

「そ、そんなことはないのよ。だけど、あんなにたくさんのヒューマノイドが、真っ暗な中、押し寄せてくるところを見るのは、初めてだったから……」


 シェイファラルはやれやれと息を吐く。


「……わかりました。私が付いていますから。エイシャ様は安心して眠ってください」


 エイシャはベッドに横たわると、傍らに寝たシェイファラルの、心臓の鼓動を確かめるように頭を寄せて、ようやく眠りについたのだった。


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