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姫と竜  作者: 銀月
序:姫と少年
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死ぬのは嫌だなって

 じりじりと太陽が照りつけ、容赦なく肌を焼く。

 こんな薄布一枚では、荒野の過酷な太陽の光を防ぐ役にも立たず。

「……わたし、死ぬのかな……」

 かろうじて持ち出せた水袋はもうほとんど空だった。今をどうにか凌いだとしても、これで明日を生き抜くのは難しいだろう。

 それでも諦めたくなくてよろよろと歩を進めていると、それが眼に飛び込んできた。


「あ……建物?」


 大きな石を組んで作られた、明らかに人の手による建物。

 長年風雨にさらされてか、半分以上は崩れ落ちているけれど、でも、これが建物なら……。


「水、あるかしら……」


 もう歩くのは嫌だと悲鳴をあげる足を叱咤して、わたしは中へと入り込んだ。




「井戸……どこかに、井戸は」

 地面に転がる小石を避けながら、わたしは奥へと進んでいった。空気が乾いているからか、思いの外、中の空気は涼しかった。

 何もかもを炙り焼き尽くすような外に比べれば、ここは天国のようだ。これで水さえ見つかれば、ここは天国で確定するだろう。

 頭から被っていた布を外し、襟元を少し緩めて衣服の中に風を通すと、中に溜まった熱はたちまち消え去った。ちょうどいい大きさの石を見つけて腰を下ろすと、わずかに残る水をひと口含む。ゆっくりと口の中を潤すように、少しずつ少しずつ飲みこんでいく。

 ほ、とひと息ついて、ようやくゆっくりと周りを見回す余裕もできた。


「ここは、何なのかしら」


 荒野のど真ん中に、こんな建物があるという話など聞いたことがなかった。あまり見かけない様式であるところや、相当崩れてしまっているところからすると、やはりかなり昔の建物なのだろうか。

 よく見れば壁にはうっすらと彫刻の跡がある。文字らしきものはもうすっかり削れて見る影もないが、似たような印象の彫刻が町の教会を飾っていたことを思い出す。


「打ち捨てられた教会か、それとも神殿なのかしらね」


 ……削れてもとがなんだったのかわからなくなってしまった彫刻を指でなぞりながら、まるで、自分のようだと思う。

 供の者たちは皆死んでしまった。自分だけは辛うじて逃がされたけれど、食べ物どころか水さえも尽きてしまっては、結局のところ風前の灯火だ。

 おそらく、襲った者たちはわたしも死んだと報告するだろう。だから、助けも来ない。

 嫁ぎ先へは腹違いの姉か妹が行くことになるだろう。

 そもそも、わたしを襲うように指示したのも、一の妃か二の妃か……わたしを疎んでいた誰かなのだから。


 はあ、と溜息を吐いて、どうすればいいだろうかと考える。考えたところで井戸が見つからなければ、詰みだ。運良く井戸が見つかったところで、ここから町まではどうやっていけばいいのか、さっぱりわからないのだけど。


「……死ぬのは、嫌だわ」


 俯いて、ぽつりと零す。

 こんなことなら、もっと好きなことをやれば良かった。妃殿下方の顔色など伺わず……いっそ、宮を出て市井に降りてしまえばよかったのだ。もっと言えば国など出て、それこそ冒険者にでもなってしまえば……。


「それこそ、無理だわ」


 剣の振り回し方どころか、人を叩いたことすらないのだ。魔法なんてもってのほかだし、せいぜいが手慰み程度に刺繍ができて、竪琴をちょっと鳴らせるくらいの能しかないのだ。

 市井に降りてひとりで暮らせるかも怪しいのに、ましてや冒険者なんて。

 それでも、宮に時折訪れる吟遊詩人からいろいろな冒険譚を聞くことが楽しかったのだ。燃え上がるような恋物語も悪くはないけれど、勇敢な騎士や神に選ばれた戦士の織り成す冒険譚にこそ、胸を躍らせたものだった。

 勇敢なヒロインに自分を重ねてうっとりと空想にふけることもあった。


「ああ、でも、聞くと実際とでは大違いだわ。物語じゃ、長い時間歩き続けたらこんなに足が痛くなるものだなんて教えてくれなかったし、水がなくなったらどこに行けばいいかってことも語らなかったもの」

 ぶつぶつと零しながら、それでも座って少し休んで元気が出たので、立ち上がる。

「せめて、井戸くらいあると、本当に助かるのだけど」

 奥へと続く通路をじっと見て、わたしはまたひとつ溜息を吐いた。




 奥へ奥へと進んでみると、井戸はなかったけれど下へ降りる階段は見つかった。

 覗き込み、ごくりと唾を飲んで、どうしたものかと考える。

「何か、あるかしら……」

 馬車はもちろん馬もロバもいないのだ。町まで歩くにしても、今ある被り布と水袋だけでは、たぶん途中で行き倒れてしまうだろう。身に付けたままの装身具だって、町まで行かなければ換金することもできない。


 ……地下にはいったい何があるのだろうか。

 考えてもさっぱりわからなくて、進むのは怖い。

 だけど、ここでこうしていても、結局、乾いて死んでしまうだけなのだ。


「一歩よ。一歩だけ、踏み出すの」

 ゆっくりと階段を一段降りる。

 それから、大きく深呼吸して、「さあ、また一歩よ。一歩だけ進むのよ」と一段降りる。


 怖くて震えそうになりながら、そうやって長い時間をかけて降りた先には、大きな扉があった。

 おそるおそる指先だけで扉に触れて、何も起こらないことを確認する。

「……物語だと、開けたらものすごく悪いことになるか、ものすごくいいことがあるかの、どっちかなのよね」

 自分はここを開けるべきか、それとも後ろを振り返って立ち去るべきか……。

 はあ、とまた溜息を吐く。もう、溜息ばかりだ。

「どうせ、引き返したってどうにもならないもの。毒を食らわば皿までって言うじゃない。それとも死なばもろとも? これはちょっと違う気がするわね」

 これが最後の深呼吸よ、と考えて、わたしは大きく息を吸い込み、大きく息を吐き出した。3回それを繰り返して、ようやく落ち着くことができた。

 よし、と頷き、思い切って扉に手をかける。


「じゃ、開けるわよ」


 扉の取っ手の部分を思い切り押してみる。引っ張るようにはできていないし、これでいいのよねと考えながら。

 扉は大きさのわりに妙に軽くて、大袈裟に力を入れたわりには、たいした抵抗もなく開いてしまった。


 階段は辛うじて差し込んだ日に照らされていたけれど、扉の先は当然ながら真っ暗だった。

 思い切り扉を開ききっても、奥までは完全に明るくならず……おまけに、期待外れなことに、部屋の中には町へ向かうために役に立ちそうなものなど、何もなかったのだ。


「……がっかりだわ」

「何が、がっかりなの?」


 はあ、と項垂れて呟くわたしに、何かが尋ねてきた。少し高い、子供の声が。


「──えっ!?」


 誰か他にいるなんて夢にも思っていなかったので、驚きのあまり腰が抜けそうになってしまう。


「だっ、だれか、いる?」


 声はこの部屋の奥から聞こえてきた。ここには、先客がいたということなのか。

 それに……え、子供?

 何か重たいものをじゃりじゃりと鳴らしながら、部屋の暗がりから現れたのは、男の子だった。

 年の頃は自分よりも3つか4つくらい下だろうか。12か13くらいの、まだ幼い少年に見える。


「お前は、誰なの」


 この荒野に、人に化けて人を襲うような魔物はいただろうか。思わずそんなことを考えて、ぶるりと震えてしまう。


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