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2.私の写真

 さて、お腹が空いてきたぞ。

 今日もお弁当を持っているので、どこか場所を探して食べたいところだ。ちょうど向こうに児童公園が見えるが……。


「お昼、あの公園で食べようか?」


 若子さんの方から声をかけてくれた。


「確かコンビニも……あったあった。じゃあ私買ってくるから、そこのベンチで待っててよ」


 言われたように、公園のベンチに腰かける。上が藤棚になっているので日も当たらずちょうどいい。何人かの小さい子供が砂場で遊んでいるのを微笑ましく眺める。

 あ、そうか、このまま逃げてもいいんだ。すっかりあの人の助手に成り下がっていた。でもなぁ、逃げたらまた酷い目に遭わされるかもしれない。

 などと悩んでいたら時間切れだ。若子さんがやってきた。


「あれ? 逃げなかったね?」


 やっぱりそうだよね。


「逃げたらどうしてた?」

「もう今日は暇だし、キミを見つけ出すのに全力を尽くすね。草の根分けても、って奴さ」


 口を横に大きく開いて例の意地悪顔。本当にやりかねない。


「ていうか、学校にチクるでしょ?」

「そんなことはしないさ。女と女の、真剣勝負だからね」


 なんだそりゃ。

 まぁいいや、結局は逃げ損なったんだし。それよりお弁当を食べるか。

 でもなぁ……。


「何?」


 私の視線を受けた若子さんが聞いてくる。


「なんか、知らない人とご飯食べるのって……」


 嫌だ。

 私はあんまり社交的な人ではない。こうして知らない人と会話し続けているだけで奇跡的だ。


「いや、もう知らない人じゃないでしょ?」


 そうなのかな? さっき出会ったばかりの人なのだし、まだまだ知らない人の範疇ではなかろうか?

 私が首を傾げていると、若子さんはいじけたようにブーツで地面を軽く蹴った。


「なんか傷付くなぁ。もうちょっとで友達になれるのに」


 え? そうなの? 私が人と距離を取りたがるタチなのは自覚しているが、若子さんは若子さんで人との距離が近すぎないか?


「友達にはなれないよ」


 まったく何を言い出すんだか。


「なんでさ?」

「だって、年が離れすぎてる」


 ここで私も意地悪い笑み。


「なんて生意気なんだろう、最近のガキンチョは! あーあ、そんなこと言っていいのかな~?」

「何?」


 若子さんがもったいぶってコンビニ袋から取り出したのはプリン二個。


「これあげようと思ったのになぁ~」

「いやいや、プリンで釣られるとか子供じゃあるまいし」

「あ、いらないんだ?」

「いらないいらない」


 私は自分のお弁当箱を取り出す。もうこの人のことは考えず、自分のお弁当に集中しよう。


「そっか、一緒に仲よく食べようと思ったのになぁ~」


 わざとらしくしょげかえる若子さん。なんか、うっとうしい。


「分かった、頂きます。頂けばいいんでしょ? 食後に仲よく食べましょう」

「いや~、分かってくれると思ったよ」


 若子さん、にこやかな笑顔。実にわざとらしい。

 もういいや、お弁当箱を開ける。


「あ、美味しそうだね」


 実際美味しいよ。さっきこけた時に形が崩れたか心配したけど大丈夫だったようだ。


「お母さんが作ってくれたの?」


 コンビニ弁当を開けながら若子さんが聞いてくる。こういうのが嫌なんだよ。知らない人なんかに自分のお弁当のことをあれこれ言われたくない。でも答えないとまたうっとうしいことになりそうだ。


「そうだよ、お母さんだよ」

「いいね、愛情いっぱいだ」


 そう、お母さんは毎日仕事で忙しいのに、こうして手の込んだお弁当を作ってくれる。それなのに、私は学校をサボってこんなところでそのお弁当を食べるのだ。どうしようもなく申し訳なく思ってしまうが、今日ばかりは仕方がない。第一、お母さんが悪いんだ。


「一方私はさみしいさみしいコンビニ弁当ですよ」


 塞ぎ込みたいのに隣の人は許してくれないようだ。「さみしいな~、さみしいな~」などとうっとうしい。


「欲しいの、私のお弁当?」


 睨むようにして聞いてやる。


「いや~、それは悪いよ、それは悪いって」


 頭をかいて遠慮するふり。


「じゃあ、いいよね」


 そっぽを向いて箸を付けると向こうは覗き込んでくる。


「はぁ~、昨日の夜もコンビニだったなぁ~」


 そんなの知らないっての。

 なのに隣で「あーあ、べたべたしてる~、コンビニ弁当らしいや~」などとうるさすぎる。

 あーもー!


「欲しけりゃどれでもどうぞっ!」


 うっとうしい干渉に屈してお弁当を差し出してやる。


「ラッキー! いっただきまぁ~す」

「ちょっと! ハンバーグはないでしょ!」


 たった一つのハンバーグを口に放り込みやがった。


「おいし~! これって手作り?」

「手作り」


 なんだか涙が滲んできた。




 その後も容赦なく卵焼きを強奪されたりしながら昼食を終える。

 そしてお楽しみのプリンです。


「うん、おいしい! ね?」

「はい、おいしいですね」


 お母さんの手作りハンバーグと工場で生産されたプリンでは割に合わなさすぎるが黙っておく。


「でさ、なんで学校サボったの?」


 食べながら聞いてきた。でも、そんな簡単に人に言えるようなことではないのだ。


「内緒」

「なんだ、大分仲良くなったのに、まだ内緒か」


 そう言って、口を尖らす。


「いろいろとあるんですよ、いろいろとね」

「そのいろいろを聞いてあげようってのさ。ハンバーグと卵焼きのお礼にね」


 彼女の見せる笑顔に他意はないように見えるが……。


「やっぱり言いたくない」

「そっか……じゃあ、写真をプレゼントしよう」


 諦めてくれたらしい若子さんが、例のカメラを取り出した。畳んでいたカメラをまた広げる。


「こっち向いてー、スマ~イル」


 カメラをこっちに向けてくるが、今は撮られたい気分じゃない。


「いいよ、商売道具でしょ? それ」

「一枚くらいいいよ。こうして出会えた記念さ」

「出会えた記念ねぇ……」


 いきなり追いかけられたんだけど。


「ほら、スマイル。キメ顔してよ」


 カメラから目を外して文句を垂れてくる。キメ顔なんてないよ。

 若子さんがため息をつく。


「仕方ないなぁ、私のとっときの秘密を教えたげよう」

「何よ?」

「私って何才に見える?」

「ん? 二十……?」


 二十代とは分かるが……、さっきそんなに若くないって言ってたし、後半か? 三十は行ってないだろう。


「実は五十超えてるの」

「えへっ?」


 思わず吹き出してしまった。


「はい、撮れた! かわいかったよ」


 カメラから出てきた写真を取り出す若子さん。


「へぇ、五十か……」


 人は見かけによらないってレベルじゃないな……。


「いや、そんなの嘘に決まってんじゃん」

「はあ?」

「宝蔵寺若子、ピッチピチの二十六才でっす!」


 小首を傾げてぶりっ子なんてする。やられた……。


「ていうか、二十六なんてピッチピチじゃないでしょ?」

「分かってるよ!」


 そう言いながら、今撮った写真を突き出してくる。そこに写っているのは何の変哲もない私の写真。笑ったような驚いたような、ちょっと変な顔かも?


「かわいく撮れたでしょ?」

「さあ? そのままだよね」

「今の笑顔がかわいくて印象的だったからね。今までずっと、ぶすっとしてたし」


 ぶすっととか余計なお世話だ。


「ふーん……、写ってる人とかものに対する一番の記憶が写るんだっけ?」

「そうそう、手に持ってる人の記憶が写し出されるの」

「でも何も変わらない」

「じゃあ、キミが持ってみてよ」


 写真を渡してきたのでとりあえず受け取るだけ受け取る。


「写ってる本人が持つと、その人自身の思い出が写るんだ。どんなのが写った?」

「私の思い出……」


 ふっと、写真に写っている私の像が変化した。そして隣に別の人影が。

 そこに写っているのは私とお父さんだった。

 よく憶えている。私が八才の時に動物園に行ったら、すごい雨に打たれたんだ。家族三人びしょ濡れになって、お母さんが作ってくれたお弁当も濡れて。忙しいお父さんが久し振りに遊んでくれたのにそんなことになったから、私はひたすら泣きじゃくって両親を困らせた。両親こそ最悪だ。自分達も酷い目に遭っているのに子供をなだめなくっちゃいけなくて。後から思い返すとすごく申し訳ない。だからよく憶えている。

 八才のガン泣きしている私を抱き締めてくれているお父さん。写真には、そんなみっともない場面が写っていた。


「おお、かわいいじゃない」

「見ないでよ、恥ずかしい」


 すぐにその写真を裏返したが、若子さんはそれを許さず私の手首をひねってまた表に返した。


「お父さんでしょ? イケメンじゃない」

「でしょ? お父さんは格好いいんだから」

「え? 謙遜なし? どんだけファザコンなのさ」

「あーもー、うるさいなぁ」


 若子さんの手をどうにか振り解き、彼女には見えないようにして写真を眺める。


「これって、やっぱり本物なんだ」

「そうだよ。なんだ、信じてなかったの?」

「いや、そうじゃないけどさ、自分の記憶がこうやって写ってるのを見て改めてっていうか」

「そう、自分の大切な思い出が写るから、大抵の人はすぐに信じてくれるんだよね」


 なるほど、確かに今写っているのは私にとって大切な思い出だった。


「でもこれ、私の記憶なのに私を正面から見てるよね? 私の見たままが写るんじゃないんだ?」

「あくまで記憶は頭の中で再構成されたイメージだからね。過去のことを思い出す時って、やろうと思えば自分を外側から見たりもできるでしょ?」


 実際に自分の頭の中で試してみる。


「うーん? あ、できるね」

「自分の顔は鏡とか写真とかで知ってるしね。元の写真が記憶を呼び起こすきっかけになるから、構図が元の写真と一緒になるわけ。キミを横から撮ったら、同じ場面を横から写した写真ができるよ」

「どういう仕組みなの?」


 そんなカメラの存在なんて、今まで聞いたことがなかった。


「知らない」

「いや、自分が使ってるカメラでしょ?」

「でも知らない。私の師匠が使ってたんだよ。フィルムはとある神社から取り寄せてるんだけどね」

「じゃあ、神道とかそういうの?」

「知らない。あんま興味ないんだよね。要はこういうカメラがあって、うまく使えば人が笑顔になれる。それで十分じゃない?」


 若子さんが透き通るような微笑みを私に向けてくる。同じ女とはいえ、そんな無防備な笑顔を向けられるとどぎまぎしてしまう。思わず顔を背けてしまった。

 とにかく、秘密にしているというわけではなく、本当に興味がなくて知らないみたいだ。そんなんでいいのかな?

 でもこの写真は本物だ。手に取った人の、写ってるものに対する一番の記憶が写る。

 じゃあ……もしかすると……。


「ねぇ、このカメラだけどさ……ちょっと借りたりできない?」


 人にものを頼んだりは本来苦手なんだけど、今はそう言ってられない。


「何に使うの?」


 当然、そう聞いてくる。


「うーん、お母さんを、撮りたいの」

「ふーん。じゃあ、私が撮ったげようか?」

「いや、いいよ。私が撮りたいの。だから貸して欲しいの」

「うーん、でもなぁ、このカメラは大切な奴だからなぁ」


 若子さんが顔をしかめる。

 やっぱり無理か……。でもこのカメラが必要だ。


「ハンバーグ食べたじゃない」

「まぁ、そうだけど。いろいろとわけあり?」

「うん……まぁ、詳しくは言えないんだけど……」


 大切なものを借りるのに、こっちは使い道を言わない。心苦しいんだけど、言えない、言いたくない。


「じゃあ、貸してもいいけど、レンタル料十万円な」


 ひょいっと手を出してくる。


「えっ! 十万円!」

「写真だけならもっと安いけど、カメラ貸すならそれくらい貰わないと。後、契約書も書いてもらう」


 そうなんだ……シビアな現実……。

 でも、どうしても借りたい。


「ねぇ、分割払いとかは?」

「分割ねぇ。ただの中学生じゃあ、分割払いは無理だね。収入に対する信用ってもんがないもの」

「うう………」


 うなだれてしまう。そもそも私の月三千円のお小遣いじゃ、払うのに何年もかかりそうだ。しょせん無理なのか……。


「嘘だよ」

「え?」


 顔を上げると若子さんがにやりと笑っていた。


「一晩だけ、貸したげる」

「いいの!」

「いいさ、知鳥ちゃんはもう友達だからね」


 そうか? 友達なのか? いや今はなんでもいいや。


「うん、友達のものだから、大事に使うよ」

「じゃあ、壊さないようにね。名刺渡すし、明日事務所まで持ってきて」

「分かった」

「あ、学校終わった後で来なよ。またサボるのは許さんし」


 大きな口を左右に引っ張ったような笑みを見せながら、私に釘を刺してくる。


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