獣王さんと勇者様
大陸全土を明るく照らしていた太陽が夕陽に変わり、次第に周りの風景は夜の闇へと姿を変える。
さあ、早くしないと!
このおバカな獣王さんだって、昼間とは違った別の顔を見せ、理性を失い、一端のモンスターのように狂暴化するかもしれない。
わたしは焦ります。
そんなときは、再びちゃっかりタロットカードの一枚引きです。
期待するのは力のカード。そこに描かれるのは、女性がライオンを手名づけ支配し、コントロールする姿です。
それを引き当てれば、この状況が理想的な局面を迎え、わたしたちパーティーの目的を達成することができるからです。
ジュエルが手に入れば……待ち望んだ未来はもう直ぐそこです。両手に力が入ります。
そんな気持ちで、わたしが引き当てたカード。
それは予想に反して、一枚引きを終えることなく、好奇心旺盛な毛むくじゃらの手によって、有無を言わさず強引に奪い取られました。しかも、カード全てです。
「なんだもんよー、これ?」
「ちょ、ちょっと返して下さい!」
「教えてくれないと、返さないもんよー」
面倒なことになりました。
まるで子供のように、獣王さんはタロットカードに興味を示しました。
一枚一枚、物珍しそうに絵柄をまじまじと見つめます。
「おいら、こんなの初めて見るもんよー」
「まっ、それはそうですよ。それは勇者様から頂くまでは、わたしも知らなかったアイテムですもの。今、占うところだったんですよ」
「占う?」
「ええ。そうです。だから、早く返して下さい。もう陽も暮れてしまいますから」
「占うって……なんか、その言葉? 聞いたことあるもんよー」
「えっ、聞いたことあるんですか?」
わたしは、はっとしました。
もしかしたら……期待を胸に込め、次の言葉を切り出します。
「ねぇ、獣王さん! その占うって言葉、どこで聞いたんですか? って言うか、誰に聞いたんですか?」
「それなら、おいらでも覚えてるもんよー。でもよー、そんなこと聞いてどうすんだ?」
「いや、あの……ちょっと、気になったって言うか……そ、その程度ですよ」
わたしは苦笑いをして、その場をやり過ごします。そんなことより、早く教えて下さいモード全開です。
「じゃあ、教えなくてもいいもんよー」
「え!」
わたしは心臓が口から飛び出るかと思いました。
何言ってんだよ、この獣王! 教えなくていいわけないです。だって、それが……わたしの捜している、あの方かもしれないのだから……。
「お願いします。教えて下さい!」
わたしは必死です!
夕陽もまもなく沈んでしまうからです。
獣王さんの理性があるうちに聞き出して、もし狂暴化したら、みんなを連れて、そのまま夜の闇へと逃げ出せばいいのですから。
両目を瞑って、両手を合わせ、神に祈る思いで、獣王さんに頼み込みました。
それが伝わったのか、おバカのおかげなのか、その理由はよくわかりませんでしたが、獣王さんは――
「まっ、でも聞きてぇなら教えるもんよー」
ホント、ころころ変わる状況。
わたしは振り回されている状況の中でも、獣王さんの次の言葉を待ちます。
そして、固唾をのんだ瞬間!
「それは勇者だもんよー。勇者に聞いたもんよー」
「勇者、やっぱり! じゃ、じゃあ、その名前って、も、もしかして……」
さらに胸が高まります。
でも、ここは後方で待つ、エリザさんとユロロラさんに聞こえないような小声で、おバカ……否、貴重な存在である獣王さんの耳元で囁きます。
の前に、わたしは振り返って二人をチラ見します。
彼女たちがわたしたちの声が聞こえない距離にいるのか、耳に入らない距離にいるのか、確認するためです。
しかし、わたしの考えが甘かったみたいで、二人は火花を散らせながらジャンケンをしているではありませんか。
嫌な記憶が思い出されます。
だって、これはあのスケルトンファイターさんを討伐したときと同様に、どちらが相手の止めを刺すかって言う、おなじみの展開とまったく同じシチュエーションだったからです。
もし、エリザさんの拳や、ユロロラさんのロングソードが、今獣王さんを襲ったら……。脳内でそんな不安が過ぎると、わたしは慌てて、獣王さんに問いかけます。
「そ、その勇者の名前! もしかしてワーズですか? 獣王さんは、彼にわたしと同じように占う……そう、占いについて教えてもらったんですか?」
獣王さんはきょとんとします。開いた口が塞がらないようです。
えっ、なんで?
どうして、答えてくれないの?
わたしは最悪な状況を思い浮かべます。
想像は不覚にも現実化しました。
「あれ? そんな名前だったかもんよー。おいら、バカだから思い出せないもんよー」
期待した、わたしがバカでした。
正確には、わたしもバカでした。
獣王さんは頭を抱えます。
それにより、毛むくじゃらの手から解放されたタロットカード。
二十二枚の貴重なアイテムが雑草や茂みの間に散乱します。
わたしは必死にカードを掻き集めました。
言うまでもなく、ワーズから授かった大切な贈り物だからです。
何だが無駄に神経を使ってしまった。
夕陽もあと数秒で沈んでしまいそうです。
そろそろ星たちも夜空に浮かび上ってくる頃なので、獣王さんが頭を抱えて走り回っているうちに、ハンターガイに戻ろうと、わたしが二人の元へ向かって、おバカモンスターに背を向けた瞬間。
「こいつぁ、あたいの獲物だ! その首とって、ジュエルは頂くぞ!」
わたしの横を通過して、ユロロラさんが獣王さんに飛びかかります。
不安が的中して、これはもう大変です。
先程のジャンケンの決着がついて、遂に腹を空かした女戦士が本領を発揮しました。
しかし、ロングソードは空振ります。
「な、なんだよ、それー!」
ユロロラさんは勢いあまって、森の茂みに頭から突っ込みました。
よって、大きなお尻が丸見えです。
「ユロロラ! 大丈夫ですの?」
エリザさんは「何やってるんですの……」状態で苦笑いしながら、ユロロラさんの元へと向かいました。
一方、獣王さんはうまくタイミングが合ったのか、危険を察知して交わしたのか、よくわかりませんでしたが、襲ってくるユロロラさんの頭と、わたしの頭を大きく跳び越え、見事にわたしの前に着地したのです。
そして、獣王さんはわたしの前に立ち、目を輝かせながら見つめてきました。走り回っているうちに、忘れていた記憶がよみがえったんでしょうか。
「思い出したもんよー。勇者ダットだもんよー」
「ダット?」
「おいらの相棒だもんよー。そういや、もうすぐここへやってくるんだった。おいら、バカだから忘れっぽいもんよー」
わたしは言うまでもありませんが、肩のチカラが一気に抜け、どうしようもなく残念な気持ちでいっぱいです。
でも、ワーズとは別に勇者が存在すること自体に驚きを隠せません。
夜空にいっぱいの星たちが浮かび上がっても、獣王さんは狂暴化しませんでした。
いったい、どういうことなんでしょう。
そう思案していると、獣王さんが言ったとおり、ひとりの青年がわたしたちの前に現れました。
それが勇者と名乗るその人です。